走馬燈(脚本)
〇中世の街並み
「親しきも疎きも友は先立ちて、ながらふる身ぞ悲しかりける」
運転手「何か仰られましたか?」
山縣公爵「ただの戯事だ。黙って運転しろ」
運転手「かしこまりました。閣下」
55年後。江戸は、東京と呼ばれている。日本帝国の帝都である。
電気と蒸気によって繁栄した煉瓦の街に、鉄の車が走る。
「下に下に」と煙を吐きながら。
世は、維新も遥か遠くなった、大正。
洋化した街を征くM社A型の車内。公爵はじっと瞳を閉じている。
彼と彼らが命を賭して作り上げた世界の全てから目を背けるように。じっと・・・
〇雑踏
A型は街灯の下でパンクしている。
煉瓦ビルの街を行き交う和装洋装モボ
モガ達が、車を一瞥しながら通り去る。
街灯にもたれかかり、公爵はけだるそうに黄昏の空を見上げている。
運転手「お、お待たせしました!今、代わりの車を手配しました。もうしばらくお待ちを」
山縣公爵「おい。夜明けからどれくらい経った?」
運転手「パーティ会場には日の暮れぬうちに到着いたします。今しばらく・・・」
山縣公爵「日本の夜明けからどれくらい経ったと聞いているのだ」
運転手「も、申し訳ございません・・・」
山縣公爵「・・・・・・」
〇朝日
山縣公爵「太陽か・・・」
〇雑踏
山縣公爵「追いかける力くらいは、まだ残っているぞ」
公爵はひとり、歩き始める。
運転手「か、閣下!お車をお待ちください!」
薄暗くなってゆく街並み。
と、帝都が作り出した街の影から姿を現す若者達。夜の帳に紛れつつも、いつか日輪を掴もうとする彼らは『れぼりゅーしにすと』
活動家である。
活動家「民衆に自由を!」
活動家「平等なる権利を!」
活動家「我等は民本結社自由の翼!あらゆる階級格差を駆逐するものである!」
活動家「資本家は交渉せよ!元老は引退せよ!ともに大正維新を完遂せよ!」
山縣公爵「・・・・・・」
運転手「危険です。車の中にお戻りください」
山縣公爵「東京は我が庭だ。群がってくる羽虫共など幾らでも叩いて潰せる」
運転手「困ります。閣下に万一の事あらば、私の首ひとつでは済みません」
活動家「新しい時代のために若者にお力を!」
『来タル二月五日。民本結社自由ノ翼総決起集会』
山縣公爵「・・・・・・ふむ」
山縣公爵「恥ずべき所がなければ顔くらい見せたらどうだね」
活動家「勿論です!」
若き活動家「明けて治める時代は終わりました。これよりは大いなる正しさを追求する時代です」
山縣公爵「即ち、自由かね」
山縣公爵「宜しい。これからは君たちの時代だ。色々大変だろうが頑張りなさい」
若き活動家「ありがとうございます!」
山縣公爵「・・・・・・」
警官(・・・・・・)
山縣公爵「おい起きろ。間抜け」
警官「は?」
山縣公爵「5分歩いた。その間国家安寧を妨げる火種を16発見した。怠慢は見逃す。全て消せ」
警官「これはこれはご老体。報告御苦労様でアリマス」
公爵のステッキが警官の肩を思い切り叩く。
警官「このジジイ!何をするか!」
運転手「おやめ下さい閣下!」
運転手の制止をはねつけ、うずくまる
警官を何度も杖で打ちすえる公爵。
行き交う人々が好奇の目で見つめる。
他の警官たちが慌てて駆けつける。
『オイコラ貴様!何をしておるか!』
警官達の前に立ちはだかる運転手。
運転手「おやめ下さい!こ、このお方は!」
警官たち、公爵の正体に気づく。
警官「あ、あなた様は!」
山縣公爵「もう一度言う。国家安寧を妨げる不穏分子を速やかに捕縛せよ」
警官「了解いたしました!」
人々と共に騒ぎの一部始終を見つめていた若き活動家に、公爵は再び笑顔を送る。
山縣公爵「これから大変だろうが、まあ頑張りたまえ」
〇モヤモヤ
警官隊に捕縛される活動家達。
煉瓦街に響く警官の怒号と活動家の叫び。
銃床や鞘に収まったままのサーベルが若者達を完膚なきまで叩きのめす。
『大正維新』『小作争議』『自由平等』
『デモクラシイ』などと書かれたビラや幟は軍靴に踏み荒らされる。
人々はただ遠巻きに、顔をしかめ、あるいは好奇の眼差しで通り過ぎてゆく。
〇中世の街並み
公爵は再び歩き始める。
山縣公爵「はあ・・・・・・はあ・・・・・・はあ」
その眼前、ビルの隙間に落ちる夕日。
山縣公爵「まだだ・・・」
公爵は太陽を掴もうと手を伸ばす。
だが朦朧となり、杖にしがみつく。
〇黒
「その棒切れは、お前だ」
〇中世の街並み
山縣公爵「まだだ・・・」
公爵、杖を投げ己が足で踏みとどまる。
が、その息はどんどん荒くなり、遂に倒れ、地を舐める。
運転手「だ、だれか医者を!医者を呼んでくれ!」
山縣公爵「放せ!」
若き活動家「諸君!その男を救えばわが国の進歩が遅れるぞ!」
警官「動くな!貴様!」
若き活動家「その者は自由民権の敵!維新英傑の尻馬に乗っただけの雑兵!」
若き活動家「民に生れながら民を弾圧し、才無く徳無く金と権力をほしいままにする大俗物・・・」
若き活動家「山縣有朋だ!」
山縣公爵「まだだ・・・まだ終わっちょらんぞ・・・」
山縣有朋は必死にその手を伸ばす。沈んでゆく日輪に。その手を。
〇黒
「まだじゃあ!」
〇朝日
狂介「まだ終わっちょらん!退くな!」
しかし彼よりも立派な鎧を纏ったサムライ達は我先にと逃げ出してゆく。
紅の海に浮かぶ17隻の巨大な黒船が、
陸に向けて砲撃する。
英仏米蘭の旗がたなびくおびただしい
数のボートが海上を埋め陸地へと迫る。
逃亡するサムライ共を尻目に、その雑兵はひとり、槍を構える。
武人「やめろ狂介!」
武人「考えを改める時だ。これじゃ勝てない」
狂介「先生が間違っとったっちゅうんか!武人!」
武人「『このやり方では』と言ってるんだ」
硝煙の中、遥か海の向こうからの砲撃は見事に届き、次々に陸の砲台を沈黙させてゆく。
武人「皆が皆、才や覚悟を持ってるわけじゃない。だからまず藩が一つとなり国が一つとならないと。異国との戦は早すぎたんだ」
狂介「藩を一つに国を一つに。今がその為の戦さと違うんか?」
狂介、武人を振り払い砲台へと向う。
が、砲撃に阻まれ地面に倒れる。
狂介「くそったれ・・・」
武人、危険を顧みず狂介に駆け寄る。
武人「退こう狂介。共に長生きするんだ」
狂介「武人・・・」
海の向こうから攻め込んできた異国の水平達は、銃剣を手に遂にこの国に上陸する。
狂介は槍を支えにして立ち上がり、鯨波轟く水面を睨む。
狂介「来い」
武人「頑固なヤツだ」
狂介「一介の武弁じゃけえ」
武人もまた太刀を抜き、狂介と共に立ち向かう。
と、その時、無数の銃弾が異国の兵を次々になぎ払う。
〇荒野
驚き、振り返る狂介と武人
簡素な刀槍火縄銃で武装した、しかし血気盛んな300の民兵達が異国の兵に向かって突撃してゆく。
武人「この者らは一体?」
狂介「兵は正を以て合い奇を以て勝つ」
狂介「晋作じゃ・・・あいつ、奇兵隊を作りあげたんじゃ!」
武人「これが・・・奇兵隊」
狂介「勝てるぞ俺達は」
防塁を越え、民兵達は怯むことなく突進してゆく。
狂介「言、行を顧みず志に突き進む。即ち狂!」
武人「狂介・・・」
狂介「行くぞ武人!共に長生きするんじゃ!」
〇朝日
山縣公爵「そうだったな」
山縣公爵「あの頃俺達は五つの国と戦っていた。イギリス、フランス、オランダ、アメリカ、そしてニッポン。人々は口々にこう言った」
山縣公爵「長州は・・・お前達は、発狂したと」
MAD・AGE