第ニ話「その完璧執事、名はセバスチャン」(脚本)
〇黒背景
私がすべてを思い出したのは7歳の時だ。
〇洋館の階段
ルーク・オータム「きゃっきゃっ」
ラビニア・オータム「ルーク? なんでそんなところに・・・」
階段の踊り場で遊んでいる弟のルークが
バランスを崩す。
ルーク・オータム「うっ?」
ルークの小さな体が、階段に投げだされ
・・・その時、私の中の誰かが囁いた。
『・・・このまま弟が死ねば、
周囲の関心はまたあなたへ集まるわ。
再びあなたがオータム家の中心になれる』
確かに、弟のルークが生まれる前までは
私がオータム家の中心だった。
跡取りのルークが生まれた事で、
両親や使用人が私に構ってくれなく
なったのも事実だ。
――でも。
可愛い弟を見殺しになんて
するわけ無いじゃないっ!
ラビニア・オータム「ルーク、あぶないっ!」
オータム公爵夫人「きゃあああ! ラビニアーっ!」
私は駆け出し、咄嗟にルークを抱きしめたまま・・・階段から転がり落ちた。
『なぜだ!
なぜ弟を見殺しにしない?!
ラビニア・オータムっ!』
私の中の誰かが悲鳴を上げる。
そして思い出したのだ。
『ラビニア・オータム』
この名前の人物は『ラブデイズ~秘密の
スクール・プリンセス~』というゲームの
悪役令嬢だという事。
私はそのゲームをプレイする女子高生
・・・いわゆる、転生者だと言う事に。
〇ゆめかわ
『ラブデイズ
~秘密のスクール・プリンセス~』は
女性向けのアプリゲームだ。
主人公のヒロインはセーラ・スタン。
母親の再婚をきっかけに町娘から子爵令嬢になったセーラが王立学園に編入。
12人の攻略対象キャラと日々華やかな
新生活を送る、勉強に恋にとエンジョイ
する恋愛ゲームだ。
ゲーム中のラビニア・オータムはジョシュ
王子の『婚約者』であり【魔王因子】を
持った悪役令嬢だった。
【魔王因子】とはこの世界でたったひとり
魔王の素質がある者だけが持つ邪悪なる
遺伝子だ。
ラビニアは幼少の頃、弟の死によって
その因子が発現し、才色兼備のチート
キャラになったという設定だった。
悪役令嬢としてヒロインであるセーラを
妨害し、ラストは魔王化してセーラと
攻略対象キャラに殺される。
ラビニア・オータムはゲームに登場する
幾多の悪役令嬢の中でも上位に君臨する
完璧な悪役令嬢だった。
魔王ラビニア「目障りな弟が死んだ時、私の中で 何かが壊れ、そして解放されたわ」
魔王ラビニア「完璧なオータム家の跡取り令嬢として、 この国の王妃として、そして魔王として」
魔王ラビニア「あの日、ラビニア・オータムは 生まれ変わったの!」
ゲームのラビニアのセリフが蘇る。
けれども・・・
『この世界』の弟ルークは死んでいない。
ルークの死を回避した事でゲームと
展開が変わり、私の中の【魔王因子】は
発現しなかったのだと思う。
あの時私に囁いていた内なる声が
【魔王因子】だったのかもしれない。
〇貴族の応接間
ラビニア・オータム「ここ・・・は?」
ソファの上で目覚めた私を
覗き込むたくさんの顔。
オータム公爵「ルークを助けるために階段から落ちて 気を失っていたんだ。 どこか痛むところは無いかい?」
オータム公爵夫人「もうっ! あなたって子は無茶してばかり・・・ うっうっ・・・」
ルーク・オータム「ねーね? いたいの?」
ラビニア・オータム(でもこれって・・・もしかしたら 神様がくれたご褒美なのかもしれない!)
〇月夜
『この世界』の前・・・ラビニアに生まれ変わる前の私には家族がいなかった。
両親は幼い頃交通事故で亡くなり、
高校入学と共に一人暮らしをして・・・
いつのまにか死んでしまった。
穏やかで優しいお父様と、厳しいけど
情の深いお母様、可愛い弟のルーク。
『前の世界』と違う『今の世界』。
この温かな家族を失いたくない。
この人達を悲しませるような事は
したくない。
あの日、弟を庇って記憶が
よみがえった日に誓ったんだ。
今、私の中にその
【魔王因子】の気配は無い。
発現しなかった事できっと
私の中で再び眠りについたのだろう。
ゲームではラビニアの弟の死が
【魔王因子】の発現のきっかけだった。
つまり悲しみや不安、そう言った
『負の感情』が発現条件なのでは?
だったら・・・
私は【魔王因子】を絶対発現させない。
魔王にはならない。
『悪役令嬢』になんてならない。
愛する人のいる、
幸せな今の生活を守るために。
『・・・良いんですか?』
なによ、この人を小ばかにしたような声。
・・・っていうか、この声。
どっかで聞いたような・・・
『【魔王因子】が無ければ、お嬢様は
ただの平凡で地味なご令嬢ですよ』
ふん、そんなの言われなくても
知ってるわ・・・
チートが無ければ私は平凡で地味な
冴えない女子だって。
でも、誰かの不幸の上に成り立つ力なんて
欲しくも無いわ。
だったら、ただのご令嬢で十分。
『随分と勇ましい事で。せいぜい
頑張ってください、でもご存じです?
運命とは抗えないものなのですよ』
『第一、私はあなたに悪役令嬢になって
頂かないと、非常に困るんですよ』
なによ、困るって! って・・・
含みのある、笑い声交じりの声。
そう、この声・・・これは・・・
ラビニア・オータム「セバスチャンねっ! 夢の中までも小憎らしいっ! ・・・えっ? 夢?」
途端、辺りが真っ暗になる。
そして私は奈落の底に落ちて行った。
〇城の客室
ラビニア・オータム「はっ! ・・・夢、か」
飛び起きて辺りを見回すと
センスの良い調度品の数々に
天蓋付きのベッド。
これは私、ラビニア・オータムの寝室だ。
あの夢は10年前。
前世の記憶が蘇った時の記憶。
あの時にセバスはいない。
だってセバスは1年前に
オータム家に来たんだもの。
ラビニア・オータム「・・・そうよ、セバスが【魔王因子】の事なんて知ってるハズ無いじゃない・・・」
セバスチャン・ガーフィールド「――私が何を知っているハズが 無いのでしょうか?」
ラビニア・オータム「ぎゃっ!」
いつの間にかベッドの傍らに立っていた
執事に私は驚きの声を上げる。
セバスチャン・ガーフィールド「おはようございます、お嬢様。 まさか朝から潰されたウシガエルのような悲鳴を聞かされるとは思いませんでした」
ラビニア・オータム「な、なによっ! ウシガエルって! それにうら若き乙女の寝室に無断で入る なんて紳士のする事じゃなくてよっ!」
セバスチャン・ガーフィールド「うら若き乙女? はぁ・・・ラビニア様が 私の羞恥心を呼び起こすほどの魅力的な ご令嬢だったらどんなに良いか」
セバスの眼鏡の下の瞳がきらりと光った。
セバスチャン・ガーフィールド「確かにお嬢様は社交界デビューを果たした 公爵令嬢です」
セバスチャン・ガーフィールド「そして王子の有力な婚約者候補の一人。 しかし・・・」
セバスチャン・ガーフィールド「17歳になった今でも未だに 王子との婚約の気配も無い」
お説教モードに入ったセバスの話は長く、
ねちっこい。
1を返せば10になって返ってくる。
ここは逆らわず、黙って聞き流す。
ラビニア・オータム「ソウデスネ」
セバスチャン・ガーフィールド「それどころか身分確かな貴族令嬢でしたら いくつかあるはずの縁談の話も、 まったく無い、皆無、ゼロです」
セバスチャン・ガーフィールド「しかも、当の本人は危機ゼロ。 涎を垂らして惰眠を貪り、 挙句起こしに来た執事に対して暴言を吐く」
セバスチャン・ガーフィールド「これが私がこの一年間、誠心誠意を込めてお仕えしたご令嬢かと思うと苦言の1つも言いたくなります」
ラビニア・オータム「ちょ、ちょっと! 一応、あんたは私の専属執事でしょ? なのにそんな言い方って・・・」
セバスチャン・ガーフィールド「――ラビニア様。 『あんた』ではなく『あなた』です。 そしてそんなではなく?」
ラビニア・オータム「・・・そのような言い方は酷いと思います」
セバスチャン・ガーフィールド「違います、正しくは 『お黙りなさい、セバス! この私に楯 突くなんてよっぽど罰を受けたいようね』」
ラビニア・オータム「どこぞの女王様かっ! っていうか、 罰なんて与えたことないでしょっ!」
そんな事したらセバスの報復が怖いわ!
セバスチャン・ガーフィールド「それくらい威厳溢れるお嬢様に なって頂かないと」
セバスチャン・ガーフィールド「新しく入ったメイド達はお嬢様に 親しみを感じているのですよ」
セバスチャン・ガーフィールド「ここでお嬢様に対する恐怖心を植え付け、 緊張を持って仕事に取り組んで頂けるかと」
ラビニア・オータム「却下っ! 私は平和主義者だしっ!」
使用人達に親しみを持ってもらって
何が悪いのよっ!
セバスは私を独裁者にでもさせるつもり?
セバスチャン・ガーフィールド「残念です。しかし公爵令嬢たるもの、 目下の者にも言葉は崩さない様に お気を付けください」
セバスチャン・ガーフィールド「そして、主人だからこそ。 私は敢えて苦言を申したまでです。 良薬口に苦しと言いますでしょう」
ラビニア・オータム「――セバスの場合、 良薬って言うか毒薬だと思うけど」
セバスチャン・ガーフィールド「なにかおっしゃいましたか?」
ラビニア・オータム「おほほ、気のせいでなくて?」
セバスチャン・ガーフィールド「――とにかく、ラビニア様には魅力的な 令嬢になって頂かないと困るんです」
ラビニア・オータム「はいはい・・・とにかく着替えてくるわ」
セバスチャン・ガーフィールド「では私はドレッサーで御髪とお化粧の ご用意を致しますね」
ラビニア・オータム「・・・今日もセバスがヘアメイクなの?」
セバスチャン・ガーフィールド「はい。学生に相応しく、そして公爵令嬢 らしい装いには私の腕が必要かと」
にっこりと微笑むセバスに
私は愛想笑いを浮かべた。
セバスはとても仕事熱心だ。
お父様の言いつけ通り私を『最高の公爵
令嬢』とする事に熱意を傾けている。
でもそれが、私を自分の理想とする公爵
令嬢像に当てはめたいって言うか・・・
でもその理想像が・・・
THE!悪役令嬢!
って感じなんだよね。
正直・・・私の趣味じゃないって言うか
・・・ちょっと違うって言うか・・・
・・・でもセバスは完璧な執事だ。
セバスチャン・ガーフィールドは
物腰も所作も。
それこそ食器磨きから
ボディーガードまでなんでもこなす。
恥ずかしいけど、セバスが勉強を見て
くれるようになってから、私の成績も
人並みになってきた。
だから・・・
なによりも両親の信頼が厚い。
彼のやる事、なす事、
進言する事すべて正しい。
彼は今やオータム家の法律に等しいのだ。
そんなわけでセバスに大人しく従うのがオータム家で摩擦を起こさない一番の方法。
長いものには巻かれろ。
これぞラビニア式処世術の第一条。
ラビニア・オータム「・・・とりあえず、着替えてきます」
私は重い足取りで衣裳部屋に向かった。
もちろん、背後のセバスの独り言は
耳に届くはずもなく。
セバスチャン・ガーフィールド「――本当に、ラビニア様には魅力的な 令嬢になって頂かないと困るんですよ」
セバスチャン・ガーフィールド「王子どころか、全ての男達を跪かせ、 世間を振り回し、反感を買って・・・」
セバスチャン・ガーフィールド「すべてに裏切られ、 すべてに絶望してもらわないと」