第一話「その悪役令嬢、決意する」(脚本)
〇荷馬車の中
馬車に揺られる私の目の前には
イケてるメンズ・・・
いわゆるイケメンがいる。
黒髪をきっちりとオールバックにした
燕尾服姿の若い男。
銀縁の眼鏡を掛けていても、整った容姿が嫌でも分かる圧倒的なイケメン。
その彼が私に微笑みかける。
???「どうされました? ラビニアお嬢様」
ラビニア・オータム「・・・・・・」
何も知らない女の子だったら、彼に見つめられて頬を赤らめてしまうかもしれない。
でも私は知っている。
彼の素性を、本性を。
彼、セバスチャン・ガーフィールドが
最低最悪な男だという事を。
そして執事であるという事も・・・。
ううん、存在全てが偽物であるという事も知っているのだ。
ラビニア・オータム(私は・・・負けない)
あざ笑うかのようにこちらを見る彼から
目を逸らさず、私は黙ったまま自分の髪に
手を伸ばした。
きっちりと、らせん状に巻かれた亜麻色の
巻き髪は『こちらの世界』でも貴族の
お嬢様の象徴らしい。
ラビニア・オータム(でも・・・そんなの知った事じゃないわ!)
私はその縦ロールをぐしゃっと手櫛で壊し
ポケットから取り出したハンカチで目元を
ごしごしと擦る。
高そうな絹のハンカチには濃いめの
アイメイクがべったりとこびり付いた。
セバスチャン・ガーフィールド「おやおや、 せっかくの美しい装いが台無しですよ」
からかうような声色で面白そうに
言葉を零すセバスを私は睨みつける。
ラビニア・オータム「そう? でも前から思っていたの。 この装いは私には似合わないし、 第一私の好みじゃないわ」
セバスチャン・ガーフィールド「はて? 毎朝その装いをされていた様に 存じ上げておりますが」
ラビニア・オータム「あなたがさせていたんでしょ?」
そうよ、私は高飛車に見える
金髪縦ロールなんて大嫌い。
吊り上がったアメジスト色の瞳を際立だせるパープル系のアイメイクなんて大嫌い。
なのになのに・・・。
セバスチャン・ガーフィールド「お嬢様にとてもお似合いですからね。 実に公爵令嬢らしい装いで・・・」
ラビニア・オータム「公爵令嬢らしい? そうね、立派な縦ロールにきつめのメイク」
ラビニア・オータム「まるで典型的な意地悪令嬢みたいよね ・・・あなたの大好きな」
執事は私の言葉に、
にやにやと笑ったままだ。
そして長い沈黙ののちに――
不意に馬車が止まる。
セバスチャン・ガーフィールド「学園に到着したようですね」
〇ファンタジーの学園
御者の合図と共に馬車の扉が開き、
するりと執事は馬車から下りた。
簡易階段を踏み出そうとすると
執事は優雅な動作でそっと手を差し出す。
セバスチャン・ガーフィールド「お手をどうぞ、ラビニア様」
けれども私はその手をピシャリと払った
・・・それだけだった。
しかし。
私の指先は払った勢いで
セバスの頬をかすめる。
ラビニア・オータム(あっ!)
そして、その瞬間を待ち構えていたかの
様にセバスの良く通るバリトンボイスは
周囲に響いた。
セバスチャン・ガーフィールド「・・・ラビニア様。 大変、申し訳ございません」
私に深々と頭を下げ、
俯くセバスの謝罪の声は震えている。
男子生徒「・・・うわ、手を差し出しただけで、 ビンタするなんて・・・」
女子生徒「なんて怖い人なのかしら・・・ さすがラビニア様過ぎる」
ラビニア・オータム(こいつ・・・ワザとだっ! やられた・・・)
ざわつく周囲の言葉に私は内心焦り、
悔しい思いを噛みしめる。
遠目から見れば私が理不尽に彼に
手を上げた様に見えるだろう。
傲慢で非情なお嬢様との印象を
植え付けるには十分。
セバスが肩を震わせているのは
泣いているからではない――
笑っているのだ。
自分の思惑通りに事が運んで。
ラビニア・オータム(またこいつの思い通り、まわりに 『悪役令嬢』の印象を付けてしまった ・・・でも)
こいつにだけは絶対に謝りたくない。
悔しがる素振りも見せたくない。
私は大きく息を吐いて気持ちを抑え、
セバスに言い放つ。
ラビニア・オータム「・・・手助けは結構よ。 それにあなたの正体を知った今、 助けられるなんてごめんだわ」
セバスチャン・ガーフィールド「これはこれは、手厳しい事で」
ラビニア・オータム「何度でも言うけどね。 私は平凡で地味な令嬢として生きるの。 あなたの思い通りになんて絶対させない」
私はそう言い捨て、
颯爽と馬車から降りた。
〇ファンタジーの学園
そう、『この世界』の私は、
普通の令嬢として生きるの。
私は知っているし、覚えている。
私『ラビニア・オータム』は本当だったられっきとした悪役令嬢だという事を。
そしてこの世界は、
実はゲームの世界である事。
そしてそして・・・
私は悪役令嬢として転生してしまった、
普通の女子高生だったという事を。
セーラ・スタン「おはようございます、ラビニアさん」
藍色の髪をなびかせて私に声を掛けてくる
エメラルドの優し気な瞳が印象的な
ふわふわとした美少女。
彼女はセーラ・スタン。
この『ゲーム』の世界の『主人公』だ。
ラビニア・オータム「おはよう、セーラ・・・ ジョシュ殿下もご機嫌麗しく」
私はセーラに挨拶を返し、
隣の男子生徒に恭しくお辞儀をする。
ジョシュ・ヘンリー・ウィザース「おはよう、ラビニア嬢」
セーラの隣にいる彼は
ジョシュ・ヘンリー・ウィザース。
このウィザース王国の第ニ王子で、
私ラビニア・オータムは彼の婚約者候補の
1人だ・・・『この世界』では。
彼は私を軽く一瞥しただけで
セーラへ視線を戻す。
セーラ・スタン「あら、ラビニアさん・・・ 今日はなんだかいつもと違いますね?」
ラビニア・オータム「そ、そう? 髪型を変えてみたからかしら、 メイクもしてないし」
セーラ・スタン「いえ、そうではなくて・・・ なんというか瞳に意志と言うか決意みたいなものが宿っているってカンジで・・・」
私はセーラの指摘に
思わず言葉を詰まらせた。
さすが『主人公』だ。
恐ろしく勘が良い。
ラビニア・オータム「そ、それは・・・ 今朝、少し寝過ごしたのよ」
ラビニア・オータム「だから遅刻をしたくないって 決意が現れてるのかも」
ジョシュ・ヘンリー・ウィザース「ハハ。セーラは些細な事にも気が付く、 きめ細やかな性格だからなぁ。 僕に対してもそうだ。いつも──」
ジョシュ王子はその場で
セーラを褒め称え始めた。
ラビニア・オータム(・・・はいはい、 いつもの惚気が始まったわ)
そう、王子は御覧の通りセーラに夢中だ。
そして私には興味が無い・・・
というか嫌ってる。
でもそれで良い。
それが『通常のストーリー』なんだし。
王子の賛美に恥ずかしがりつつも、どこか
腑に落ちない表情を私に向けるセーラ。
マコ―マック「おはようセーラ、今日は殿下と登校かい? では明日は是非私と登校を・・・」
タロン「あー、 マコーマックセンパイったらずるーい!」
タロン「セーラお姉さま、 ボクとも登校してください~」
セーラ・スタン「ふふ、タロンくんったら。 ではこうしましょ」
セーラ・スタン「明日は皆さんと仲良く登校するって事で どうかしら?」
男子生徒「な、ならば俺も一緒にっ!」
次々とセーラの元に集まっては
主張する男子生徒達。
そして逆ハーレム状態の微笑むセーラ。
彼らは私には目もくれない。
愛するセーラを虐める『ラビニア・
オータム』を嫌っているからだ。
・・・虐めた覚えは
これっぽっちも無いけど。
そして・・・多分、この光景を『本来の
ラビニア・オータム』なら、嫉妬と怒りに
燃えた眼差しで眺めていたに違いない。
この世の全ては自分の物。
自分の物にならなければ破壊するのみ。
だってそれが、
『悪役令嬢ラビニア・オータム』の
『設定』であり『存在意義』だから。
でも私は違う。
その『設定』に『存在意義』に・・・
『運命』に。
私は逆らう。
全ての記憶を思い出したあの日。
悪役令嬢の歯車が逆転したあの日。
この世界の片隅で、地味におとなしく
生きてささやかながらも幸せな人生を
送るって決めたんだ。
私はこの生活を守るの。
そう、絶対に、絶対、ぜーったいにっ!
ラビニア・オータム(完璧執事の思惑通り、 悪役令嬢になんてならないんだからっ!!!)
私は決意とセバスチャンへの怒りを
胸に秘め、乳繰り合うセーラ達を後に
校舎に向かった。
〇ファンタジーの学園
ラビニアは気付いていなかった。
自分を遠巻きに眺める生徒達。
それはセーラと取り巻きの男子生徒達を
眺める数よりも多く、その眼差しが畏怖を
湛えていた事を。
現にラビニアの行く先では生徒たちが
慌てて道を譲っている。
セバスチャン・ガーフィールド「・・・当のラビニア様は 気付いていないようですけどね」
校舎に消えて行くラビニアの背中を見つめ
ながら、セバスチャンは小さく呟いた。
セバスチャン・ガーフィールド「ふふ、私への敵意を秘めてらっしゃるせいか、今のラビニア様は・・・」
セバスチャン・ガーフィールド「どこに出しても恥ずかしくないくらい、立派な威圧的な公爵令嬢にしか見えませんよ」
セバスチャンは眼鏡をゆっくりと外す。
その唇の端には妖しい笑みを湛えていた。
セバスチャン・ガーフィールド「でも、まだまだですね。・・・もっと もっと、人々に恐怖と猜疑を与えないと」
セバスチャン・ガーフィールド「ああ、ラビニア様。どうか・・・ このまま悪徳令嬢になってくださいませ」
セバスチャン・ガーフィールド「そして全てに絶望し、 身も心も破滅してください・・・ 全ての国民の願いのために・・・」
セバスチャン・ガーフィールド「――いいえ、私のために」
小さくなっていくラビニアの背中を
琥珀色の瞳に映したままセバスチャンは
歌う様に囁く様に笑みを零す。
セバスチャンの瞳は光の加減で
金色にも見える。
悪魔は黒き姿と金色の瞳を持って、
人を誘惑し堕落し、破滅に導くと言う。
まさに今のセバスチャン・ガーフィールドは悪魔そのものだった。