運命の席は夢の中を転がる−ケース1.三岐大蛇の場合(脚本)
〇レストランの個室
無貌の店員、濃紺のカードを渡す。
店員「すぐの相席となります。只今お席をご用意させていただきますので、こちらの伝票を持って少々お待ちください」
店の角の席に案内される。
店員「それでは只今から相席開始となります。ごゆっくりどうぞ」
シナツノヒメ「はじめまして。わたしはシナツノヒメ。あなたは人間よね? こう見えてもわたし、人間じゃないの。何が化けてると思う?」
シナツノヒメ「妖狐? まったく、なんで人間っていうのは、化けているというとキツネやタヌキなんて言うのかしら。ガマガエルなんか論外」
シナツノヒメ「よかったわね、口を滑らせなくて。もし下手なこと言ってたら、丸呑みにしてたわよ」
シナツノヒメ「そう、正解は蛇。三岐大蛇っていう、胴はひとつで三つの頭と三本の尾を持つ種族なの」
シナツノヒメ「こんな小さな椅子では座れないほど、本当は大きいんだから。 それより何か注いできたら?」
シナツノヒメ「それじゃあついでにね、鬼の肝煮を取ってきてくれない? とっても美味しいのだけど、そうそう食べれるものじゃないのよ」
シナツノヒメ「やっぱり限定品は、食べられるときに食べとかないとね」
シナツノヒメ「鬼の肝に調理法があったのか、ですって? 何を言ってるの、人間の肝だって食べれるわよ。わたしは好きじゃないけれど」
シナツノヒメ「なによ、そんな顔を青くすることないじゃない。わたしは好きじゃないって言ってるんだから」
シナツノヒメ「ああ、ありがとう。ご苦労様」
シナツノヒメ「名前も知らない、人相書きもない、どこにいるかも分からない。そんな女のためにあなた、旅に出たの? とんだ粋狂もいたものね」
シナツノヒメ「そう、ずいぶん入れ込んでるじゃない。呆れた子。せいぜいその女が悪魔じゃないことを祈ることね」
シナツノヒメ「悪魔はもうこの世界から去った、ですって? まさか! 彼らは確かに存在してるわ」
シナツノヒメ「あらゆる生き物に寄り添い、全ての欲望を肯定し、決して消えない炎をつけて煽るの」
シナツノヒメ「せめて己だけを滅ぼして終われるように気を付けることね。周りにまで火の粉をまき散らすなんて、よくある話なんだから」
シナツノヒメ「さ、それじゃ席替えしてもらいましょ。わたし、人間の男って好みじゃないの」
シナツノヒメ「席替えをこっそり頼むのはね、席の雰囲気を悪くしないためよ。お互い同意の上なら席で頼んだっていいの」
シナツノヒメ「わたしはね、天狗の若旦那みたいに、豪放磊落として天衣無縫、情に厚くて腕っぷしも強い男がいいのよ!」
シナツノヒメ「わたしとも話せてよかったですって? 人間ってのは世辞が好きね。それじゃあ、ごきげんよう」
無貌の店員に、反対の壁側の席に案内される。