第八話、愛の決戦(脚本)
〇山中の川
椎名康胤「・・・」
一兎「康胤様!ご無事でしたか」
椎名康胤「一兎・・・」
一兎「泣いてらっしゃるのですか?」
椎名康胤「・・・一兎。私は女か」
一兎「はい。女ですね」
椎名康胤「!」
一兎「ですが、椎名康胤様です」
一兎「女であろうと、貴方は椎名家当主に相応しい。 だから俺は命をかけるのです」
椎名康胤「一兎・・・」
一兎「俺の前では気にしないでください。 貴方はただ、俺の主(あるじ)です」
椎名康胤「・・・ありがとう」
〇森の中
鮎川清長「康胤!」
松葉「良かった。心配したぞ」
椎名康胤「遅くなってすまぬ。 ・・・景家は戻ったか?」
松葉「居城が近いので、軍を率いて一旦 そちらへ戻るそうだ」
椎名康胤「そうか」
鮎川清長「今後の戦場は山を抜けて平野となる。 三分一原あたりで総力戦になるだろう」
鮎川清長「我らは長尾に比べて圧倒的大軍、背後には柿崎城もあり、押し負ける要素がない」
鮎川清長「いよいよ、為景を追い詰めたぞ」
為景を討つ・・・
それはすなわち、晴景も
だめだ、情に流されるな。
とうの昔に覚悟したことだ。
目の前に現れたなら、私が首を取る。
〇原っぱ
鮎川清長「ついにこの日が来たぞ! 皆、力の限り戦え!功を上げろ!」
鮎川清長「越後を我らの手に! かかれーっ!」
〇原っぱ
鮎川清長「長尾の陣が見えてきたぞ! 為景の首までもうすぐだ!」
一兎「!? あれは何だ!?」
松葉「上条軍の背後から、矢が射かけられている!?」
一兎「あの旗印は・・・柿崎だ!!」
鮎川清長「何だと!?」
松葉「柿崎景家が裏切った!!」
〇原っぱ
柿崎景家「狙え! 上条定憲を討ち取れ!」
柿崎景家「退却の道を塞げ!補給を断て!」
〇原っぱ
椎名康胤「・・・そんな・・・!」
鮎川清長「定憲様が、我が軍の大将が危ない!」
松葉「だめだ、加勢には行けない! 長尾に背を向ければ我らがやられる!」
柿崎の城が敵の要塞となり、有利だった戦況が絶望的な挟み討ちに変わる。
形勢は一変した。
椎名康胤「景家、どうして・・・!」
〇山中の川
柿崎景家「わかったよ。お前の前から消えてやるよ」
〇原っぱ
あれは・・・
これほどの決別を意味していたのか?
逆だったのかもしれない。
阿賀北が守護代になっても、
柿崎に旨味はない。
景家は、長尾につくべきという判断を、
私への情で曲げていたのかもしれない。
その情の枷を、私が外したのだ。
まただ・・・
私の女の情のせいで・・・
私が仇など愛したせいで。
よこしまな想いを捨てられないせいで!
椎名康胤「あああああーっ!!」
鮎川清長「康胤、どうした!?」
一兎「康胤様!無茶です!!」
松葉「康胤ーっ!!」
〇草原
捨て身の勢いで馬を駆り敵陣に突っ込み、
手当たり次第やみくもに斬りつける。
斬る。斬る。斬る!
無我夢中で突進しながら、
敵の大将を目で捉える。
椎名康胤「為景ええええ!!」
椎名康胤「!!」
長尾晴景「我が名は長尾晴景! 儂が相手になる!」
椎名康胤「我が名は・・・椎名康胤! いざ、尋常に勝負せよ!」
長尾晴景「一騎討ちだ! 皆の者、手出しはならぬ!」
馬ですれ違いざま、鋼の高らかな音が鳴る。
戦う晴景は、気が狂いそうなほどに美しい。
今度こそ、殺さなければ。
この想いごと、殺さなければ。
〇河川敷
もつれ合うように並走し、
川のほとりに攻めたてる。
晴景の振るった刀が、馬の首を斬った。
馬がもんどりうって膝をつく。
地に転がって体勢を立て直そうとしたが、
椎名康胤「あっ!」
〇水中
気がつけば水の中にいた。
重い鎧が、体を川底へ引っ張る。
まずい、死ぬ・・・!
水面に伸ばした手を、誰かが掴んだ。
〇河川敷
椎名康胤「ぶはっ!」
傍らに、晴景の顔があった。
馬ごと川に飛び込んだのだ。
しかしさすがの馬も、泳ぎながら鎧武者二人は支えきれない。
椎名康胤「無理だ、放せ!」
長尾晴景「放さぬ!!」
その時、流木が流れてきた。
晴景は私を抱えたまま、流木に飛び移った。
〇山中の川
季節は春、川の水はまだ冷たい。
かじかんで滑りそうになる手を
晴景の手が覆った。
晴景は流木で体を支えたまま泳いで岸に近づいていき、やがて流木は岩場で止まった。
冷えきった体を動かそうとして、
意識が遠のく──
〇けもの道
気がつくと、晴景は火をおこしていた。
炎が凍えた体を温める。
視線に気づいた晴景は、
ほっとしたように微笑んだ。
長尾晴景「気がついたか」
椎名康胤「・・・っ!」
我に返って飛び起き、
まだ腰に残っていた脇差を構える。
椎名康胤「勝負はまだ決していないぞ!」
長尾晴景「儂を斬ってどうする」
椎名康胤「お前は父の仇だ!」
晴景も、脇差を手にして構えた。
長尾晴景「儂もおとなしく斬られる訳にはいかぬ」
椎名康胤「何故父を殺した!」
長尾晴景「儂が長尾だからだ!」
長尾晴景「神保は祖父の仇。それを討つため越中に入れば椎名とぶつかる」
長尾晴景「慶胤は調略に応じなかった」
あの頃、私には理解できなかった。だが、人の血にまみれた今は理解できてしまう。
人の道を外しても譲れないものがある。
だから武士は戦うのだ。
椎名康胤「では・・・では何故、姉を愛した」
長尾晴景「理由などない。朱が、朱だったからだ」
長尾晴景「己の私欲など、初めてだった。 儂の冷えきった心は、朱の前でだけ動いた」
椎名康胤「・・・っ!」
長尾晴景「康胤! そなたは、朱であろう」
椎名康胤「違う!私は、椎名康胤だ!」
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今一気読みさせていただいている最中なのですが、泣けてきてますー!!!!!(´;ω;`)!!!!!!!
そして、、、一兎に惹かれすぎてます!!!!!一兎推しになりました、、、素敵過ぎです、、、
あとストーリー凄いです!!私歴史物ってあんまり見れないタイプなのですが、じっくりと読ませていただいてます!!!!
一番描きたかったシーンは納得です。
神回。神回だ…。
命を助けられたのに、それでも起き上がるや否や脇差しを構える覚悟と胆力。この部分だけでも神回だと思ったのに後半もう一個見せ場あるのかい、というね。
そして忠誠心つーか、一兎は朱姫好きだよね、もう好きだから辛いけど好きな人のわがままを別な男とでも叶えて欲しいんだよね。っていう。で朱姫として現れるっていう。
どれだけ絞り出してんだ、この回。天才や。
一兎推しになりました……!!