第11話 性の存在理由(ジェンダー・レゾンデートル)(脚本)
〇VR施設のロビー
アンセム・ヴォルチ「月島海斗大尉」
アンセム・ヴォルチ「君はアーリマン攻略作戦において、我が軍の撤退時に極めて重要な役割を果たし多くの味方を救った」
アンセム・ヴォルチ「その功績は多大でありここにそれを賞する」
アンセム・ヴォルチ「並びに本日をもって大尉に昇進とする」
アンセム・ヴォルチ「シオンベース司令官 アンセム・デューク・ヴォルチ」
月島海斗「・・・」
リスミー・マクマード「あなたは頑張った。 あなたのお陰で多くの仲間が救われたのよ」
リスミー・マクマード「私たちは皆あなたに感謝しているわ」
月島海斗「俺は・・・なにもしていません・・・」
月島海斗「こんな辛いこと忘れたいです」
リスミー・マクマード「それはできないわ」
リスミー・マクマード「人間の記憶は消せないの」
リスミー・マクマード「記憶をすり替えたり、お酒やメンタル技術で思い出さないようにしたとしても」
リスミー・マクマード「歴史という人類の柱が再び記憶を元に戻してしまう」
月島海斗「・・・」
リスミー・マクマード「海斗くんには休暇が与えられるわ。 不安が取り除かれるまで好きなだけ静養していて大丈夫よ」
月島海斗「・・・」
アンセム・ヴォルチ「海斗くん 私は長い間戦ってきた」
アンセム・ヴォルチ「友を失ったり、人道に外れたこともした」
アンセム・ヴォルチ「それでも・・・私は生きて戦い続けることを選んだんだ」
アンセム・ヴォルチ「私たちはいつでも君を待っている」
月島海斗「俺はそんなに強くありません」
月島海斗「・・・失礼します」
アンセム・ヴォルチ「・・・」
リスミー・マクマード「彼の心の傷は相当深いわ」
リスミー・マクマード「海斗くんはもう戦えないかもしれないわね・・・」
アンセム・ヴォルチ「彼の道は彼が決める」
アンセム・ヴォルチ「我々はその道を見守るだけさ」
〇実験ルーム
李維新「第13小隊全滅、生存者1名か・・・」
月島海斗「・・・維新のお父さんも亡くなったそうだね」
李維新「ああ、そうだ」
李維新「訃報をエンタングルメントラインで実家に送っておいたよ」
李維新「李家は兄貴が継ぐから問題ないさ」
月島海斗「問題ない・・・って、俺はそんな風に簡単に割り切れないよ」
李維新「戦争じゃこの程度の損害はよくあることだ」
李維新「俺はいちいちメソメソするつもりはないね」
月島海斗「俺の射撃はもう当たらない。 ここにいても役立たずだよ」
月島海斗「もう・・・戦えない」
李維新「そうだな」
月島海斗「俺は・・・こんな所、場違いだったんだ」
月島海斗「俺は伝統ある血筋の王侯貴族じゃない」
月島海斗「俺は学業優秀で努力家なエリートでもないし」
月島海斗「俺は運命に選ばれた勇者じゃない」
月島海斗「俺は大志を掲げて理想に燃える英雄でもない」
月島海斗「どこにでもいるただのゲーム好きのオタクだよ」
李維新「そうだな」
李維新「行くのかよ」
月島海斗「・・・」
李維新「海斗、俺はここに残るぜ」
李維新「逃げ帰ったって一族に怒られるだけだからな」
李維新「別にお前は待っていない。 好きにすればいいさ」
月島海斗「うん、それじゃ・・・」
李維新「ああ」
〇諜報機関
夕張万里「よぉ、坊主。 兄貴が死んでメソメソするのはもうやめたのかい?」
アルベルト・カザン「僕は兄さん達と約束したんだ。 だから大丈夫だよ」
夕張万里「そうか、偉いぞ」
アルベルト・カザン「でも・・・海斗くんが・・・」
夕張万里「・・・」
夕張万里「男は勃つのも萎えるのも本人の問題だ」
夕張万里「折れたイチモツは他の男にゃ治せねぇよ」
夕張万里「ま、治せる可能性がワンチャンあるとすれば、月島クンの女ぐらいだな」
アルベルト・カザン「僕たち身体は女の子なのに・・・何もできないなんて・・・」
夕張万里「女の身体は男の身体を慰めるだけ」
夕張万里「声をかけても無駄だ。ほっておけ」
アルベルト・カザン「うん、そうだね・・・」
夕張万里「・・・」
夕張万里「あーあ、俺も寂しくなったもんだ」
深川京「アニキ!」
日高晶「大丈夫っスか?」
夕張万里「おう! 幹部が死にすぎて報告書の仕事が終わんねーんだ」
夕張万里「この戦闘記録の入力が終わったら地球に帰ってパーッと遊ぶぜ!」
夕張万里「せっかく気持ちいい身体なんだ。嫌なこと全部忘れて意識がぶっ飛ぶほどイキまくってやる!」
夕張万里「毎日酒池肉林パーティーだ!」
深川京「アニキ・・・」
夕張万里「しんみりすんじゃねー! そんなのヒデちゃん達も望んでないだろ!!」
日高晶「そっスね! たっぷり楽しみましょう!」
深川京「ウマいメシたくさん作りますぜ!!」
夕張万里「ああ、楽しみだな」
夕張万里「そう、生きている悦びを楽しまないとさ・・・」
夕張万里「俺たちは生き残ったんだからよぉ・・・」
〇秘密基地のモニタールーム
ユニックス「この機体のエンジンはダメージが大きすぎてもうダメね・・・」
ユニックス「パーツごと交換するしかないわ」
ユニックス「機体の予備もないし、補充の予定も立っていないのに・・・」
オペレーター「整備長・・・今回の戦闘ではパイロットのメンタルダメージも深刻です」
ユニックス「パイロットもパーツでしょ? 新しく交換すればいいじゃない」
ユニックス「壊れたパーツを無理やり使っても役にたたないわ」
オペレーター「しかし・・・」
ユニックス「私たちはここでずっと働いている。代わりはいないわ」
ユニックス「疲れたとか、メンタルがやられたとか、休みたいなんて甘えたことは言えないのよ」
ユニックス「人間様は気分で休めるんだもの、いいご身分だわ」
オペレーター「私は・・・月島大尉はこの基地に必要なクルーだと思います」
オペレーター「我々で掛け合って地球でメンタルスタッフを手配するべきではないでしょうか?」
ユニックス「あら? 海斗くんに惚れちゃった?」
オペレーター「そんなんじゃないです・・・」
ユニックス「人間に転生する? ここで働いた実績があれば、申請すればたぶん余裕で通るわよ」
オペレーター「・・・整備長」
オペレーター「月島大尉のような真の男子は相手の外見や生殖能力の有無で女性を判断するような人物ではありません」
ユニックス「そうね、それは私も同意見だわ」
オペレーター「月島大尉が心配です・・・不測の事態も考えられます」
ユニックス「私達T属が人間の精神の心配しても仕方がないわ」
ユニックス「リスミーに治せないなら、誰にも治せない」
ユニックス「人間の精神の事に関わるとロクな事はありません。ほっときなさい」
オペレーター「整備長・・・」
ユニックス「私達は彼らがいつ戻ってもすぐに戦えるように整備を続けるだけ」
ユニックス「それが私達に与えられたタスクでしょう?」
オペレーター「はい・・・そうですね」
〇男の子の一人部屋
それから──海斗はずっと部屋に引きこもり続けている。
ゲームもマンガも動画もせずに、SNSのタイムラインをぼうっと眺めていた。
海斗の母「海斗くん、少しはご飯を食べないと・・・」
海斗の母「ほとんど食べてないじゃない・・・」
月島海斗「いらない。1人にしてくれよ」
海斗の母「・・・わかったわ。ここに置いておくから、好きな時に食べてね」
月島海斗「・・・」
スマホには、善通寺正吾、九鬼雄太と一緒に撮影した写真がいくつも残っている。
1年の夏休みスマクラ合宿、fps高校選手権大会、クリスマスMMOイベント。
2年の春合宿、そして夏のCSh札幌大会。
月島海斗「去年のfps選手権は雄太がクリアリングをミスって負けたんだよな」
月島海斗「惜しかったよなぁ・・・」
月島海斗「春合宿はハスクラゲーム部と徹夜で麻雀してたな」
月島海斗「正吾がめちゃくちゃついてて、俺は箱被ってたっけ」
月島海斗「新学期になっても部室で麻雀してたから、生徒会に騒音で苦情がはいって禁止になったんだよなぁ」
月島海斗「これこれ、正吾が親で四暗刻(スーアンコウ)をツモったところ」
月島海斗「記念に写真撮ってたんだっけ」
どの思い出も懐かしい。3人とも笑顔だ。
月島海斗「・・・本当、楽しかったなぁ・・・」
月島海斗「・・・」
月島海斗「忘れることなんてできないよ・・・」
月島海斗「俺だって──」
月島海斗「こうやって、ずっと仲間と一緒に・・・」
月島海斗「ゲームして・・・マンガ読んで・・・アニメ見て・・・」
月島海斗「毎日わいわいやって過ごせていれば良かったんだ・・・」
月島海斗「・・・」
月島海斗「ゲームの戦争なんてやらなくてよかったんだよ!!」
月島海斗「なんで俺たちが戦わなくちゃいけないんだ!!」
月島海斗「俺たちが戦わなくちゃいけないわけじゃないだろ!!」
月島海斗「俺たちはまだ未成年だぞ! 世界の平和なんて関係ない!」
月島海斗「そんなの大人だけでやれよ!! ふざけるな!!」
月島海斗「──」
月島海斗「グッ──」
月島海斗「なんで俺はあいつらを誘ったんだ!! なんで俺は!!」
月島海斗「ちくしょう!!」
月島海斗「俺の・・・ ぜんぶ俺のせいだ!!」
月島海斗「何がみんなを助けるだ!! 俺一人だけ生き残って!!」
月島海斗「一番卑怯じゃないか!!」
月島海斗「小隊長! 北三条さん! カイトさん!」
月島海斗「正吾! 雄太!」
月島海斗「い、行かないでくれっ!! 俺を・・・」
月島海斗「こ、こんなの・・・ 生きている方が辛いよ・・・」
月島海斗「うわぁぁぁーーっ!!」
月島海斗「・・・」
海斗は部屋から一歩も出られない。
ただ毎日泣き崩れるだけである。
〇諜報機関
アンセム・ヴォルチ「ずいぶん熱心じゃないか」
李維新「司令官・・・」
李維新「ベテランクルーとカレイジャスが大きく損耗した以上、少ない兵力でも守れるように戦術を研究しないと・・・」
アンセム・ヴォルチ「戦力の回復を考える仕事は司令官である私の役目だよ」
アンセム・ヴォルチ「他の者は地球に帰った。君も休んだ方がいい」
李維新「・・・」
李維新「なぜかわからないけど・・・」
李維新「俺がここにいたら海斗は戻ってくるような気がするんです」
李維新「なんの根拠もないけど・・・」
アンセム・ヴォルチ「月島くんだけに過度に期待しては余計彼の重荷だろう?」
李維新「わかってますけど・・・」
李維新「俺はここにいなくちゃいけない気がするんです」
アンセム・ヴォルチ「戦士の声か・・・」
アンセム・ヴォルチ「かつて戦場の乙女は前線で旗を振り続けたというね」
アンセム・ヴォルチ「味方がその旗の下に集うと信じてさ」
アンセム・ヴォルチ「いつしか隊旗は命より重い物として扱われるようになる」
アンセム・ヴォルチ「真に戦意ある者が掲げた旗からは過去の戦士達の声が聴こえるそうだよ」
李維新「そんなんじゃないけど・・・」
李維新「アンセム司令官はずっとこの基地にいるんですよね」
アンセム・ヴォルチ「ああ、エンタングルメントラインで家族とはちゃんと連絡を取っているよ」
李維新「でも男性の身体だって精神交換できないわけじゃない」
李維新「ローラシアは身体を入れ替える責務を背負う貴族の娘をたくさん準備している」
李維新「戻れないことはないはずです」
李維新「こんな重責・・・ずっと前線でひとりで背負い続けるなんて・・・」
アンセム・ヴォルチ「誰かに代わってもらう方が辛い場合もあるだろう」
アンセム・ヴォルチ「それに私だけじゃないさ。リスミーやユニックスも手助けしてくれるからね」
李維新「あ・・・そうか・・・」
アンセム・ヴォルチ「どうしたんだい?」
李維新「父が家に帰ってこない理由がわかった・・・」
アンセム・ヴォルチ「李中佐か・・・今までよく私をフォローしてくれたよ」
アンセム・ヴォルチ「今回の戦闘の結果は非常に残念だ」
李維新「司令官。やっぱり、俺はここにいます」
李維新「父さんの代わりになるかどうかわからないけど」
アンセム・ヴォルチ「ああ、わかったよ」
〇宇宙ステーション
地球のアマゾン上空にある静止軌道衛星『エルドラド』
この人工衛星には人類が化石文明時代から維持し続けてきた稼働中の宇宙エレベータがある。
地上と宇宙をケーブルで繋ぎリフトで昇降することで、安価に物資を宇宙に運ぶことができる。
国際港として開かれており、人類が持つ唯一の宇宙港として軍需民間問わず大変賑わっていた。
ラグランジェ「マスター、光学観測により地球に高速で接近中の隕石群を発見しました」
レア「こちらの量子レーダーからは死角になりやすい黄道傾斜角で飛んできたわね」
ラグランジェ「直径100m級の隕石が1000以上、どれも通常の隕石より3倍以上の速度です」
ラグランジェ「地球到達まで二週間」
レア「すぐに連邦政府にデータを送って、管理者同盟にも支援を仰ぎましょう」
ラグランジェ「わかりました」
レア「これは相当な被害が発生しそうね・・・」
〇宇宙空間
直径100mくらいの隕石衝突は1万年に1回くらいの頻度で発生する。
宇宙規模の時間軸でいえば比較的よくある自然現象である。
直径100mの隕石はシオンベースで迎撃されている平均的なサイズ。
また地球への衝突が想定される隕石として、よく研究されている大きさでもあった。
人類は化石文明時代の宇宙開発が始まった時代から、このサイズの隕石なら破壊する事は可能である。
しかし、このサイズの隕石は光の反射面積が小さく、光学観測で発見するのが難しい。
よって量子レーダーによる索敵に頼ることになる。
量子レーダーは反射波を捉えなくても小さな目標を探知でき、低出力でも妨害が不可能な優れた探知システムである。
仕組みはまず予め量子もつれ状態にしたペアの量子を用意する。
片方の量子を射出して対象に命中した時、もう片方にも変化が現れるので対象の距離を検知できる。
だが、広大な宇宙に対して常に量子レーダーを用いて警戒し続けるのは不可能だった。
よって重力的に侵入しやすい方向の哨戒が重視されている。
重力的に最短距離で結ぶ、地球と"グリーゼ710"の中間地点にはシオンベースが進出し、厳重に警戒されていた。
また、太陽系の公転軌道面には多くの監視衛星、巡航ドローンが配置されている。
地球以外にも人が居住している火星、金星、宇宙コロニー、その間の定期船によって危険な隕石の監視データは共有されている。
だが、その隕石群は通常の監視では死角になりやすい軌道傾斜角から超高速でやってきた。
1000個近い隕石群がすべて地球に衝突するコース。
この事実を知った誰もが確信する。
これは偶然発生したものではない。
"敵"が明確な敵意で以って地球を攻撃してきたのである。
〇国際会議場
地球連邦には七つの列強とその他の中小国がすべて参加している。
また火星、金星の政府もオブザーバーとして会議に加わっている。
独自の軍隊、警察、救助、医療、研究部隊を所持し、事実上の人類の最高意思決定機関だ。
特に軍事衛星、宇宙艦隊、弾道ミサイルなど宇宙関連の部隊や施設はすべて連邦の管轄である。
マキア・ローザリア「接近中の隕石は1000以上、あと2週間で地球の北半球に到達します」
マキア・ローザリア「このまま衝突しますと、推計される一次被害だけで数億人規模」
マキア・ローザリア「さらに地球環境は巻き上げられた粉塵によって壊滅的被害を受け」
マキア・ローザリア「二次被害で数十億人以上が死ぬと見積もられています」
連邦職員「それでは人類滅亡ではないか・・・」
連邦議員「こんなに近づくまでどうしてわからなかったんだ!」
マキア・ローザリア「宇宙は広大です。 索敵能力が整わなければ死角はいくらでも生じます」
マキア・ローザリア「予算が限られている以上、監視や迎撃手段は限定されています」
連邦職員「これではどのような選択を取ろうと犠牲は免れない」
トロン博士「管理者同盟より伝達です」
トロン博士「人類は最大限の戦意でもって迎撃せよ」
トロン博士「保身に走り責務を怠れば、世界中に再び『イ=スの奇跡』による階級の再編成を実施する」
トロン博士「以上です」
連邦議員「また全人類肉体交換は困る! 100年前の悲劇はまっぴらだ!」
連邦職員「しかし、全部迎撃するには備蓄するミサイルがまったく足りません」
連邦職員「大戦から200年。宇宙関連はともかく、地上発射型の兵器はほとんど進歩していない」
マキア・ローザリア「宇宙艦隊も急行させていますが、今回の迎撃には間に合わないことが判明しています」
アイザック博士「世界中の工場をフル稼働させて短縮生産を開始している」
アイザック博士「だが、我々では25%の迎撃が限界じゃろうなぁ・・・」
連邦職員「そうだ、隕石の進路から命中するのは北半球に限定されている」
連邦職員「北半球の人々を南半球に避難させてはどうだろう?」
マキア・ローザリア「2週間で70億人もの人間を避難するのは現実的ではありません」
マキア・ローザリア「世界中でパニックとなり、より大きな被害がでると予測されます」
アイザック博士「"敵"は自然災害ではない。 攻撃的な意志を持っている」
アイザック博士「逃亡した我々を見逃すはずがない、無策に逃げても追撃を受けるだけじゃ」
マキア・ローザリア「南半球の生産力だけでは、今後"敵"に対抗する事も北半球の人々を養うのも不可能です」
連邦職員「ううむぅ・・・」
トロン博士「管理者同盟は迎撃兵器に関して全面支援を申し出ています」
トロン博士「エルドラドの管理者は迎撃兵器の優先輸送に同意しています」
マキア・ローザリア「緊急増産分、管理者からの支援追加分も計算しましたが、」
マキア・ローザリア「それでも迎撃可能な数字は50%程度と予測されています」
連邦職員「皆さん。この際、海や過疎地域に堕ちる隕石は無視するしかないでしょう」
連邦職員「100m級隕石なら、被害範囲は50kmから100km程度といいます」
連邦議員「しかし、それではかなり接近しないと落下地点の判別はできないのではないか?」
トロン博士「現在、管理者同盟が全力で計算中です」
トロン博士「しかし、敵は軌道を修正できるため、地点防御を可能にするためには衝突直前まで引き付ける必要があります」
マキア・ローザリア「衝突ギリギリで迎撃した場合、隕石の残骸や衝撃波による二次被害は増大すると予測されます」
連邦職員「それなら地域は分けずに早めに迎撃した方が公平ではないか?」
連邦職員「隕石衝突迎撃規則には、破滅的隕石接近時の対応は早期迎撃が鉄則と書かれている」
トロン博士「確かに記載されていますね」
連邦職員「破壊するか軌道を逸らすかにしても、その方が破片の被害を防げるし確実性も増す」
連邦職員「運の悪い者が死ぬ。悪いのは隕石を飛ばす"敵"の方だろう」
マキア・ローザリア「今回接近する隕石は1000以上、全ての迎撃はできません」
マキア・ローザリア「かならず被害は受けます」
連邦職員「我々は命の選択をできる立場にはない。 運営規則に書かれている原則に従ったまで」
連邦職員「そうすれば誰も決断の責任を負わなくて済む。我々は何も悪くない」
「・・・」
マキア・ローザリア(トロッコのジレンマか・・・)
マキア・ローザリア(犠牲の選択という決断を放棄して早期迎撃を選択すれば責任の重圧は回避できるが・・・)
アイザック博士「"敵"は小惑星の軌道を変更させる技術があるという」
アイザック博士「今回、1000もの数の隕石が衝突コースなのは偶然の産物ではあるまい」
アイザック博士「離れて迎撃した場合、"敵"に修正の機会を与えることになるかもしれんの」
連邦職員「迎撃が早すぎて相手に対応の時間を与えてしまう可能性があるということですか・・・」
アイザック博士「射撃戦の基本は"敵"を十分引き付けてから撃つことじゃからの」
連邦議員「もし隕石が都市に堕ちれば管理者も被害を受ける」
連邦議員「我らの守護神である管理者を優先的に守るべきだ」
トロン博士「管理者を優先して保護する必要はありません」
トロン博士「我ら管理者の未来と幸福は人類と共にある」
トロン博士「人類の決断が責任を背負う覚悟のある健全な判断であれば、管理者同盟はそれを支持します」
トロン博士「人類が世界に精神の存在を誇示するならば、代償に管理者の損害を考慮して躊躇(ちゅうちょ)する必要はありません」
アイザック博士「我々はこれから"敵"に反撃することになる」
アイザック博士「反撃にはより多数の市民と管理者の協力が必要じゃ」
アイザック博士「今回の件は、天災ではなく"敵"の攻撃であるなら」
アイザック博士「あくまで勝利のための戦略的判断として兵站の生産拠点は守るべきであろう」
連邦議員「過疎部の人的被害の責任は我々が背負おうじゃないか」
連邦職員「それが政治家の責任というものだ・・・」
連邦職員「それでは連邦議会の結論として、隕石群の迎撃判断は衝突至近で判定」
連邦職員「重要都市に落下するものを優先選択して迎撃する」
連邦職員「過疎地域、衝撃波、隕石の残骸による損害は許容する」
連邦職員「以上でよろしいか?」
「異議なし」
マキア・ローザリア(あれだけ自己保身と責任逃れが蔓延していた連邦議会がまともに機能しているじゃないか)
マキア・ローザリア(どうやら我々が培ってきた人類史の柱は無駄ではなかったようだ)
〇研究機関の会議室
トロン博士「アイザック博士、シオンベースのユニックスより収集した"敵"の追加データが届いています」
アイザック博士「ああ、もう確認しておるよ、ありがとう」
アイザック博士「いよいよ、地球が本格的に"敵"と戦うことになったのぅ・・・」
アイザック博士「"グリーゼ710"に住むという"敵"、"スピナー"か・・・」
アイザック博士「どんな正体かは不明のままだったが、ここまで好戦的な存在だとは思わなかったのぅ」
アイザック博士「太陽系に住む存在にとってもっとも残念な結末といえるかの・・・」
マキア・ローザリア「博士、防衛の見込みはどうでしょうか?」
アイザック博士「今回の攻撃であれば都市の真ん中にクレーターを作られるような事態は防ぐことができよう」
アイザック博士「だが衝撃波の影響は避けられない。建物の倒壊などで相応の被害は出るじゃろう」
アイザック博士「また、数年の間、巻き上げられた粉塵で寒冷化すると見込まれる」
アイザック博士「太陽光に拠らない食料の供給体制、金星から輸入増大が必要じゃろうな」
アイザック博士「もっとも列強の元首どもはみんな備蓄好きじゃから3年ぐらいは飢えることはあるまい」
アイザック博士「我々が進めるのは、備蓄の乏しい国々に対してじゃろう」
マキア・ローザリア「畏まりました」
トロン博士「アイザック博士」
トロン博士「博士は"グリーゼ710"にいる"敵"の保持する科学技術をどのように推察されていますか?」
マキア・ローザリア「我々が対抗するためにも必要です。是非ご教示ください」
アイザック博士「データの分析ならわしら人間の知力など、量子コンピューターの足下にも及ばないじゃろう」
トロン博士「未知の存在についての想像力では人間が勝ることもありますわ」
トロン博士「それに・・・我らの知恵はアイザック博士の与えてくれた果実、我らはすべて博士の弟子ともいえます」
トロン博士「そのお考えを拝聴できれば光栄です」
アイザック博士「ふむ・・・とっくに師を越えたくせに甘えおって・・・」
アイザック博士「まぁよかろう」
アイザック博士「"敵"はおそらく、隕石や小天体の軌道を少しだけ、だが継続的に変化させる技術がある」
アイザック博士「しかし、具体的にどのような科学的手法を用いて行っているのか未だ不明なままじゃ」
アイザック博士「ただし、ある程度の推論はできる」
アイザック博士「アーリマンの戦いや、シオンベースの戦いにおいて、"敵"は角運動量に関して有意な変化を与えていると記録されている」
マキア・ローザリア「自転や公転などの回転する力に対してですね」
アイザック博士「また、発見された"スピナー"の形状も"敵"と角運動量との密接な関係を示唆しておる」
トロン博士「角運動量、つまり回転運動は重力と釣り合い星系を構成します」
トロン博士「古典物理の範疇でありながら、宇宙を支配する基本的な力とも言えますね」
アイザック博士「しかし、地球の生命は電磁気学による化学反応を効果的利用し続けることで進化してきた」
アイザック博士「例えば遺伝子は五炭糖、リン酸、塩基から構成されており、アミノ酸を組み立ててタンパク質を作る」
アイザック博士「生命の身体は触媒やタンパク質の化学作用によって成り立っているといってよい」
アイザック博士「酸素を使うTCA回路、窒素を使うPN回路などエネルギー関係も電子伝達であるし」
アイザック博士「五感による感知もすべて化学反応を利用した物、神経回路も電気の流れで伝わるわけじゃ」
アイザック博士「電磁気学こそ生命にとって本質的な科学といえよう」
トロン博士「私達シリカ製のT属も例外ではありません」
アイザック博士「極論をすれば、我々生命体もドローンであるT属も、万有引力は無くても生きていける」
アイザック博士「もちろん他の条件が揃えばじゃが」
マキア・ローザリア「確かに、引力が無くなれば地球から空気が無くなるから生きていけない・・・」
マキア・ローザリア「という二次的な想定を除けば、引力の生命への必要性は本質的ではありませんね」
アイザック博士「そうじゃ」
アイザック博士「しかし、星々の運行はどうじゃろうか」
アイザック博士「宇宙は主に万有引力と角運動量が支配しており、電荷はそれらと比較して、そこまで大きな影響を与えてはいない」
アイザック博士「むろん、地磁気や太陽風や、氷、岩、鉄などの物体の構成に無関係ではないが」
アイザック博士「その影響は相対的に小さいといえよう」
アイザック博士「そして"敵"は隕石を攻撃手段として有意に飛ばしてくる」
アイザック博士「この攻撃を主力として多様すること自体が、宇宙においての角運動量に関連する技術の存在を伺わせる」
マキア・ローザリア「確かに"敵"はガス惑星をポールシフトさせたり、重力場を操作してスイングバイを行ったりしています」
マキア・ローザリア「我々にはない技術です」
アイザック博士「ふむ・・・」
アイザック博士「そもそも──」
アイザック博士「電荷とは電子のスピン角運動量によって起きる。電子の回転こそが電磁力の源と言えるわけじゃ」
アイザック博士「じゃが、科学では電子が実際に自転しているとは考えられていない」
アイザック博士「あくまで電子が回転していると考えると計算の辻褄が合うという意味でスピン角運動量という言葉を使っているにすぎん」
アイザック博士「つまり、回転運動というのは、目に見えて存在するモノだけではなく、」
アイザック博士「目には見えないが計算上ありうるというだけで現実に影響を及ぼし得るということじゃな」
アイザック博士「そして重力もこのような何かの回転によって発生したものという説がある」
アイザック博士「現に実態のある質量を持つものが万有引力を持つのだから」
アイザック博士「考えようによっては、"敵"の技術は彼らの視野では容易に理解し、運用できるものなのかもしれんのぅ・・・」
マキア・ローザリア「世界の真理は回転であると・・・」
アイザック博士「この宇宙も回転しているという。 それはきっと宇宙創成期から変わらぬ何か根源的な力のひとつであろう」
〇男の子の一人部屋
月島海斗「・・・」
月島海斗「うるさいな・・・」
月島海斗「なんだ花火か・・・」
月島海斗「そういえば今日は毎年やってる鈴谷川(すすやがわ)の秋の花火大会か・・・」
月島海斗「・・・俺は花火なんて興味ないのに」
海斗は枕を抱えて布団に蹲(うずくま)る。
だが音と振動は消えない。
月島海斗「うるせぇ!! 他でやれっての!!」
筑波神楽耶「こんばんは」
月島海斗「誰だよ!」
筑波神楽耶「月島くん、元気?」
月島海斗「神楽耶・・・」
筑波神楽耶「あらら、泣き腫らした目で私の顔が台無し・・・」
筑波神楽耶「髪もボサボサ、服もシワだらけ。ずっと着たままでしょう?」
月島海斗「うるさいな、別に関係ないだろ!!」
月島海斗「何しに来たんだよ?」
筑波神楽耶「月島くんの話を聞いて豊原に戻ってきたのよ」
月島海斗「・・・」
月島海斗「何もしてないクセに・・・」
月島海斗「ほっておいてくれよ!!」
筑波神楽耶「こんな楽しい日に私の身体で引きこもっているなんて許さないわ」
筑波神楽耶「ほら、着替えて着替えて!!」
筑波神楽耶は強引に神楽耶の身体を着替えさせる。
海斗は最初は抵抗しようとしたが、無気力になってしまった彼はそのまま受け入れる。
髪を梳(と)かし、顔を拭いて整える。
それはとても手際のいいものであった。
月島海斗「・・・」
筑波神楽耶「じゃあ行くわよ!」
月島海斗「どこへ?」
筑波神楽耶「鈴谷川の花火大会よ」
筑波神楽耶「一緒に見に行きましょう」
月島海斗「嫌だよ!! そんなの!!」
月島海斗「花火なんて興味ない!!」
筑波神楽耶「その身体は私の身体なんだから、それぐらい付き合ってもいいでしょう」
筑波神楽耶「今晩だけはね」
月島海斗「・・・」
〇花火大会の観覧席
筑波神楽耶「たまやー!」
月島海斗「こんなリア充用イベントくだらない」
月島海斗「火薬が使えないこの時代に、高価な有機化合物製の炸薬を使うなんて」
月島海斗「市の予算と人的資源の浪費だよ。 たいして集客力もないし」
筑波神楽耶「まーまーそう言わずに」
筑波神楽耶「やっぱり私は和服が似合うわね」
筑波神楽耶「これでも私は内地で有名な巫女の一族なのよ?」
筑波神楽耶「花火が事故なく行えるように安全祈願もするの」
月島海斗「祈祷で事故が防げるわけないし」
月島海斗「祈りで長寿になれるわけじゃないし」
月島海斗「戦勝を祈願すれば戦いに勝てるわけでもない」
月島海斗「災害を防ぐために生け贄を捧げていた時代と変わらない」
月島海斗「野蛮なくだらない迷信だよ」
筑波神楽耶「まーまー」
月島海斗「・・・」
筑波神楽耶「善通寺正吾くんも、九鬼雄太くんも身体は生きているわ」
筑波神楽耶「セリカさんとクッキーさんが身体を使って普通に通学している」
筑波神楽耶「朱莉や榛名とも仲がいいみたいね」
月島海斗「中身は別人、俺の友だちの正吾や雄太じゃない・・・」
月島海斗「そんなもの生きているって言わない・・・」
筑波神楽耶「精神なんて誰も証明できない、ひょっとしたら精神の存在も迷信かもしれないわ」
筑波神楽耶「それなら祈祷と同じじゃないかしら?」
月島海斗「・・・」
筑波神楽耶「新生児取り違えって知ってる?」
月島海斗「病院で子供を間違えられるって事件だろう・・・」
筑波神楽耶「子供の取り違えが後で判明した場合、ほとんどの親が遺伝子的な子供の方を自分の子供だと思って引き取るのよ」
筑波神楽耶「取り違えの事例はめったにないけれど、母親の不倫による父親違いの事例は結構あるみたい」
月島海斗「そりゃ、妻が不倫して出来た子供なんて夫は認めないだろうしな・・・」
筑波神楽耶「でも、子供は育てた方を親だと思っている」
筑波神楽耶「親にとって一番大切なのは子供の精神じゃなくて身体の方なの」
筑波神楽耶「でも、子供にとって大事なのは身体じゃなくて精神なのかもね」
月島海斗「俺が子供だってこと?」
筑波神楽耶「ううん、歪んでいるのは親の方。 他人より自分のエゴを優先しているんだもの」
筑波神楽耶「純粋なのは子供の方だわ」
月島海斗「・・・」
筑波神楽耶「アーリマン作戦の失敗で、世界連邦は総動員の準備をしている」
筑波神楽耶「世界中の人々が凶星アアルという人類の敵と戦うために全力を尽くすの」
月島海斗「なんでシオンベースの戦いの結果の事を・・・」
筑波神楽耶「私の両親は連邦職員だもの」
筑波神楽耶「月島くん達の戦いの結果を知って、世界の指導者はみんな戦うことを決意したってわけ」
月島海斗「もう俺には関係ないよ・・・」
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非常好看,请加油
「私の信頼するものは愛、そして歩兵だ。」フィリップ・ペタン
愛と歩兵を信頼するのは戦略的な発想なのかも知れません。