剣か?弦か?(3)(脚本)
〇川沿いの原っぱ
猪苗代「うっふーん」
猪苗代「あっはーん」
猪苗代「おまたせーん」
最上「な、なんだその恰好は?」
最上「視覚の暴力か?」
猪苗代「失敬な。どこからどう見てもモダンガールではありませんか」
猪苗代「報道関係と思われないよう破廉恥スタイルに身を包んでいるのです」
猪苗代「あーん。はずかしいわーん」
最上「別の意味でな」
猪苗代「創刊しますよ。ゴリゴリの婦人冊子を 追い込みますよ。名指し似顔絵付きで」
最上「すまんすまん」
最上「このメロディも止めてくれないかな?」
猪苗代「では参りましょう。蓬莱街へ」
最上「ああ、全てに答えを出す時だ」
〇荒廃した市街地
最上「ここが蓬莱街」
猪苗代「いえ、この間潜入したときは普通のスラムでした」
時代を越えるチャラ子「ねえ~ん。この後ミルクホール行こう~」
時代を越えるチャラ男「僕のデカダンスな哲学を聞いてくれたらね」
時代を越えるチャラ子「いや~ん。今日もデカダンス~」
一言居士学生「つまりこの国は和の国であり、一度として独裁が成功したためしはない。故に平等なる価値観を浸透させるは他の国より容易い」
一言居士学生「そうだ!民は平等であるべきだ!厳密にはミカドの下に!」
一言居士学生「然り!有事の折は皆が等しく戦い皆が等しく苦しみ皆が等しく死なねばならない!」
一言居士学生「ミカド万歳!国家万歳!」
一言居士学生「ミカド万歳!国家万歳!」
呼び込み「さあさあ!馬来西亜より取り寄せたる世にも珍しい半魚人だよ!」
呼び込み「しかも双子!兄は上半身が人で弟は下半身が・・・」
最上「まことか!」
猪苗代「うそに決まってるでしょう」
猪苗代「世にも珍しい半魚人の『絵』とかです」
最上「だ、だろうな。勿論分かっていたさ」
猪苗代「浮かれてる場合ではありません。私達は、あくまでもバロン吉宗の正体を解明しに来たのです。勤めて冷静な気持ちで」
測天學「イラッシャイマセ。イラッシャイマセ」
猪苗代「そ、測天學!またお会いしましたわね!」
猪苗代「スーツもよくお似合いで」
最上「君よりは冷静だと思うがな」
〇廃倉庫
猪頭「いまのところ官憲の数も少なく、目立った動きも見られません」
鹿沼「もちろん『私服』がどれくらい紛れてるかは分かりませんがね」
お蝶親分「見張るのはむしろ飼い犬より野良犬たちの方さ」
お蝶親分「飼い犬は野良犬が暴れ出すのを待ってるんだからね」
お蝶親分「それを防ぎ街を守るのがウチらの役目だよ」
お蝶親分「たとえ街の連中に嫌われようとね」
猪頭「今更、誰に好かれたいなんざ思っちゃいませんさ」
鹿沼「俺達は先代の言いつけを守るだけですよ。お嬢」
お蝶親分「お、お嬢はおよし」
〇暖炉のある小屋
義孝「なんだとおおおお!」
義孝「バイオリンを演奏するなだとおおおお!」
ヒナ「あたりめえだろ」
ヒナ「むしろよくあの完成度で客前に出ようと思ったな」
義孝「ならばバロン一座の出し物はお前の踊りだけなのか」
ヒナ「それがオイラも今回は控えてろって」
ヒナ「ぷろでゅーさー様が貧民窟の健全性とやらを主張したいんだと」
義孝(桜子が・・・)
???「ああ、そういうことだ」
ヒナ「な、なんだ手前ら!勝手に人んちに・・・」
デンキ「ははは。僕らだよ」
ヒナ「なんだ今の恰好?」
トラ「芝居の衣装だ」
デンキ「根室先生脚本演出の演劇を、これから披露するんだよ」
ヒナ「こそこそやってた理由はそれだったんか」
トラ「ああ。仕事稽古仕事稽古の日々だったさ」
デンキ「手弁当で劇場修理して小道具も作って」
トラ「本番で台詞が出てこないって夢を何度見たことか・・・」
デンキ「僕なんて幕が開いたらお客が一人もいないって夢を・・・」
ヒナ「お前ら一体何になろうとしてんだ」
義孝「ご苦労な事だ。今後のご成功をお祈り申し上げる」
トラ「おいおい。バロンも出るんだよ」
義孝「なに?」
デンキ「本当はオイサンがやる役だったんだけど、どうもイメージと会わなくてね」
義孝「何の役だったのだ?」
デンキ「由緒正しき列強国の皇帝」
義孝「配役に無理があるだろう」
トラ「台詞もねえし、舞台の上で立ってるだけの役だから見落としてたんだ」
トラ「桜子プロデューサーたっての御指名らしいんだよ。出資者の御指名。頼むよ」
デンキ「芝居は僕達が勝手に進めるから」
義孝「まあ、それくらいならよかろう」
ヒナ「仮面は?赤面症は?」
トラ「立ってるだけだから顔が赤かろうが青かろうが関係ねえさ」
ヒナ「やめとけよバロン。やな予感がする」
義孝「・・・」
義孝「いや、問題ない」
ヒナ「バロン!」
義孝「台本はあるか?」
トラ「大丈夫大丈夫!衣装着て合図出たら舞台の上に出てくれりゃいい!」
トラ「じゃあ、後で呼びにくっから」
ヒナ「根室の舞台だろ?」
義孝「だからこそ逃げられん。あのような小物の挑発に屈してなるか」
義孝「大舞台には慣れているぞ!この俺は天下のバロン吉宗であーる!」
義孝「わーっはっはっはっは!」
ヒナ「・・・」
義孝(こういう人間性(キャラ)ではないようだな。バロン吉宗は・・・)
〇空
〇教会の中
最上「・・・」
猪苗代「少尉が緊張してどうするんですか?」
最上「もし閣下が生きているとしたら」
最上「またあの殺伐とした日々に戻るとしたら」
最上「かなり憂鬱だ」
猪苗代「複雑なお立場ですね」
猪苗代「あ、あの方は」
桜子「・・・」
最上「やはり出資者は桜子さんだったか」
猪苗代「ツガイの根室が見当たりませんが」
最上「おい、失礼だろう」
猪苗代「どうせ聞こえてません」
猪苗代「聞こえた所で考えが改まるわけで無し」
最上「心底嫌いなんだな。あの人が」
猪苗代「はい。見てくれだけの男に寄りすがる口先だけの女。醜悪極まります」
猪苗代「せめて周りを巻き込まず館に引籠って一生を終えてくれればよいのですが、何せ馬鹿を好き放題暴れさせるのもデモクラシーなので」
猪苗代「そういう危うさも込みで心底軽蔑しておりますです」
最上「そのへんにしておけ、山の手先生」
〇地下室
義孝「おい、俺の役は列強国家の皇帝といったな」
義孝「この衣装は軍服ではないか」
トラ「皮肉が効いてていいだろ」
義孝「根室の発想か?下らん」
トラ「まあそういうなって。啓蒙活動には分かりやすさが必要なんだよ」
デンキ「これはただの寸劇じゃない。僕たち貧民が大衆の目を覚まさせる演説舞台でもあるんだよ」
義孝「まあ、好きにやれ。俺は何も言わず立っていればよいのだな」
デンキ「あ、これも持ってて」
トラ「玩具だけど振り回すと危ないぜ」
ゴロツキ「おい!そろそろ本番だぜ」
蓬莱合唱団「き、緊張してきた~」
下等遊民「いやむしろ一流の俳優は人一倍緊張しなくてはならんのだ。緊張しない俳優など三流の芸しかできんのだ」
ゴロツキ「よし!用意しろ!」
ユートピア人「ああ、お腹痛い」
ユートピア人「もっと緊張しろ。吐くほどに緊張しろ」
義孝「上げるは下すは大変だな」
トラ「じゃあ舞台で会おうぜ」
デンキ「がんばろうね」
義孝「・・・」
義孝「剣も偽物なら軍服も偽物」
義孝「だがこの勲章だけは本物だ・・・」
義孝「そうだ・・・俺はバロンではない」
義孝「男爵、来栖川義孝だ」
〇教会の中
猪苗代「・・・!?」
猪苗代「寝てません。寝てませんよー」
最上「始まるみたいだぞ」
〇教会の中
最上「これはまた随分・・・」
猪苗代「凝っていますね」
リバーサイドクイーン「やるじゃんか」
桜子「・・・」
「ユートピア!」
デンキ「例えばそれは、どこにもない国」
「ユートピア!」
デンキ「例えばそれは、すぐ傍にある国」
トラ「これより語られるは余興なれどまことの話」
トラ「遥か海を越えた楽園の物語」
トラ「身分の差別なく男女の区別なく、共に働き共に生きる国家という名の個人の物語」
「ユートピア!」
ヒナ(す、すでに眠い)
〇教会の中
デンキ「半日を健全に働き半日を崇高な勉学や芸術に勤しむ」
トラ「皆で歩み、皆で考え、皆で生きるのだ」
デンキ「それをもって平穏。それをもって人間」
トラ「ゆえに、ここは楽園である!」
リバーサイドクイーン(いい男出ないじゃん・・・)
ユートピア人「しかしたった半日だぞ。たった半日の働きで国が成り立つのだろうか?」
トラ「成り立つ!全ての人間が順守すれば!」
デンキ「だが悲しいかな、この世界はその半日すら怠け遊ぶ者がいる」
デンキ「それでいて彼らは隣人より一層豊かに生きる為、皆が集めた財産をむさぼる」
トラ「それを我らは悪と呼ぶ!」
トラ「王族。軍人。政治家。実業家。世界は今、悪によって牛耳られている!」
最上「・・・!」
猪苗代「微妙に納得してる場合ですか」
最上「ま、まさか」
猪苗代「負け犬の遠吠えに耳を貸せば国が滅びます」
最上「厳しいな・・・山の手先生」
民衆「おっほん!」
最上「失敬」
トラ「かくの如き悪しき国なれど親善を結ぶため国王が参られた。皆、歓迎せよ!」
トラ「ユートピアへようこそ国王陛下!」
オイサン「ちがいます。わたしはただの奴隷です」
オイサン「国王陛下はこちらです」
トラ「何とこちらが国王陛下とは」
トラ「赤子ですらも喜ばぬガラクタを身につけ、卑しき心根の者が喜ぶ剣をぶら下げたこちらが?」
義孝(・・・ガラクタ?)
デンキ「胸に光る玩具は何の飾りですか?」
トラ「そんなに光るものを見たければ、星を見ればよいでしょうに」
デンキ「太陽を見ればよいでしょうに」
トラ「やはり貴方は道化でしょう。おかしな恰好をして我々を笑わせようとしてらっしゃる」
デンキ「それとも辱められておられまするか?」
トラ「だとしたらなんと哀れな。さあさあ皆者、この恥辱の衣をはぎ取ってさしあげよ」
「はぎ取れ!はぎ取れ!助けろ!助けろ!」
〇モヤモヤ
「はぎ取れ!はぎ取れ!助けろ!助けろ!」
「はぎ取れ!はぎ取れ!助けろ!助けろ!」
義孝(何だこれは・・・)
義孝(俺は一体、何をやっているのだ?)
〇教会の中
『はぎ取れ!はぎ取れ!』
『助けろ!助けろ!』
『はぎ取れ!はぎ取れ!』
『助けろ!助けろ!』
根室(ふふふ・・・)
根室(さあ、正体を見せろ。魔王)
トラ「さあ、そんな胸のガラクタなど捨ててしまえ!」
義孝「・・・ガラクタ?」
〇華やかな裏庭
「おとうさま」
桜子「もうすぐ晩ごはんですよー」
義孝「・・・」
桜子「お母様は風邪をひいちゃったんですって」
桜子「うつるといけないから今日はお父様と食べてくださいって、芳野が・・・」
桜子「・・・」
桜子「泣いてるの?」
義孝「・・・」
義孝「馬鹿を申せ。父は軍人である」
義孝「この国を正しく導く武士であるぞ」
桜子「格好いい!」
義孝「もっと恰好いいものを見せてやろう」
義孝「ミカドより賜った勲章である」
義孝「触ってもよいぞ。桜子は特別だ」
桜子「キレイ・・・」
義孝「綺麗だろう」
桜子「風邪が治ったらお母様にも見せてあげてね」
桜子「お母様、キレイなもの大好きだからきっと」
義孝「・・・」
桜子「・・・」
桜子「お父様・・・やっぱり泣いてる」
〇教会の中
義孝「何をした?」
トラ「え?」
トラ「お、おいバロン。台詞はいいって・・・」
義孝「貴様・・・何をしたーーーーーッ!」
トラ「ぐあっ!」
トラ「ぐあっ!」
トラ「・・・ううう」
トラ「お前・・・」
トラ「お前は一体・・・誰なんだ?」
ヒナ「・・・」
義孝「バロンだと?」
義孝「乞食めが。誰に口をきいている?」
義孝「俺の名は、来栖川義孝・・・」
義孝「憲兵司令、来栖川義孝男爵である!」
根室「・・・」
最上「・・・」
猪苗代「・・・」
桜子「・・・」
ヒナ「・・・」
義孝「・・・」
第五話 剣か?弦か?(終)