第九話:ラプラスの悪魔(脚本)
〇研究所の中枢
葛城大河「唯、怪我は平気か?」
三条唯「かすっただけです。平気ですよ」
猫元才「だめだよ。ちゃんと手当てしないと」
葛城大河「そうだな。じゃあ、保健室に・・・」
葛城大河「・・・そういえば!」
猫元才「どうしたの?」
葛城大河「火事が起きているんだ」
葛城大河「火災報知器のサイレンが・・・」
ノイマン「あれは、火災報知器の誤作動だ」
ノイマン「避難していた生徒も大学内に戻ってきている」
猫元才「きっと”デルタ”の仕業だろうね」
葛城大河「そうだったのか・・・」
三条唯「あの・・・」
三条唯「そろそろ、何が起こったのか説明してくれませんか」
三条唯「葛城先輩、どうやって猫先輩の意識を戻したんですか」
三条唯「”デルタ”は一体どこに・・・」
猫元才「デルタは、私が破壊した」
三条唯「破壊した!?」
猫元才「ごめんね、せっかく手伝ってくれたのに」
三条唯「いや、それはいいんですけど・・・」
葛城大河「・・・結局、デルタの目的は何だったんだ?」
葛城大河「才に成り代わって何をするつもりだったんだ」
猫元才「私にもはっきりとはわからない」
猫元才「でも、推測はできる」
猫元才「一度、研究室に戻って話さない?」
猫元才「唯ちゃんは、腕を手当てしてもらって」
猫元才「唯ちゃんが戻ってきたら、全てを話すよ」
ノイマン「私は、ここで失礼するよ」
ノイマン「火災騒動について職員会議があるだろうから」
猫元才「わかりました」
猫元才「じゃあ、私たちも行こうか」
葛城大河「そうだな」
猫元才「・・・・・・」
〇散らかった研究室
猫元才「久しぶりの研究室だ、懐かしい」
葛城大河「色々と聞きたいことはあるが、」
葛城大河「とりあえず唯が戻ってきてからだな」
10分後
三条唯「お待たせしました」
葛城大河「怪我は大丈夫だったか?」
三条唯「大したことないです。一応包帯を巻いてもらいました」
葛城大河「そうか」
三条唯「さあ、全てを聞かせてもらいますよ、猫先輩」
猫元才「いいよ」
猫元才「でもその前に、くずにひとつ質問」
猫元才「どうして、デルタが事件の犯人だと分かったの?」
三条唯「あ、それ、私も知りたいです」
葛城大河「きっかけは、デルタの破壊プログラムだ」
葛城大河「俺にはあれの仕組みはわからないし、細工をしようなんて考えもつかない」
葛城大河「デルタに破壊プログラムを仕掛けるなんてことは、」
葛城大河「開発者である才、唯、それとノイマン教授くらいにしかできないんじゃないかと思った」
葛城大河「そのときはまだ、デルタ自身が行ったことだとは思いもしなかったんだが」
葛城大河「確信したのは、唯から話を聞いたときだ」
三条唯「量子テレポーテーションには膨大な計算が必要だという、あれですね」
葛城大河「そうだ」
葛城大河「そんな計算を出来るコンピューターは世界に存在しない」
猫元才「・・・デルタを除いて、ってことか」
葛城大河「ああ」
葛城大河「量子コンピューターが今までのコンピューターの何倍もの計算速度を誇ることは調べて知っていたからな」
猫元才「それで、プログラムを仕組んだのもデルタなんじゃないかと思ったわけだ」
葛城大河「・・・信じたくはなかったがな」
葛城大河「俺の常識では測れないこともあるんだと改めて学んだよ」
〇散らかった研究室
葛城大河「さあ、次は俺の番だ」
猫元才「何でも聞いて」
葛城大河「・・・・・・」
葛城大河「お前は、何が起こるのか最初から知っていたのか?」
三条唯「・・・どういうことですか?」
葛城大河「才が消えた日、俺は直前まで才と話をしていた」
葛城大河「そのとき、才はこう言った」
葛城大河「『私を見つけて』と」
葛城大河「そしてお前は俺に、キ、キスを・・・」
三条唯「キス!?」
三条唯「猫先輩、葛城先輩にキスしたんですかあ!?」
猫元才「まあ・・・」
猫元才「うん、したね」
三条唯「はわわ・・・」
三条唯「神聖な研究室でそんなことを・・・」
葛城大河「まあ、それはそれとして、だ」
葛城大河「あの時お前は、まるで自分が消えるのがわかっていたようだった」
葛城大河「それに、メッセージのこともある」
猫元才「メッセージ?」
葛城大河「パソコンに残されていた二つのメッセージのことだ」
葛城大河「”I am alive”とシュレーディンガーの方程式」
葛城大河「あれだって、自分の身に何が起こるかを知っていたからこそできることだ」
猫元才「・・・なるほど。ちょっと考えさせて」
猫元才「・・・よし、わかった」
猫元才「確かに、メッセージを残したのは私」
猫元才「だけど、私が残したのはシュレーディンガーの方程式だけ」
猫元才「”I am alive”のメッセージは今初めて知った」
葛城大河「お前が残したんじゃないのか?」
葛城大河「どういうことだ」
猫元才「これについてはあとで話すわ」
猫元才「まず、私が起こることを事前に知っていたのかについて」
猫元才「うん。私は何が起こるかわかっていた」
葛城大河「一体、どうやって」
猫元才「あの日、私がデルタを完成させた日」
猫元才「デルタの部屋で動作確認をしていると、デルタが私にコンタクトを取ってきた」
猫元才「デルタは言った」
猫元才「自分は意思を持っている、と」
猫元才「そして私に計画の全容を伝えた」
猫元才「私と入れ替わるための計画をね」
葛城大河「なぜわざわざそんなことを」
猫元才「・・・ラプラスの悪魔って聞いたことある?」
葛城大河「いや、ないな」
猫元才「ラプラスの悪魔というのは、この世のすべての物理量を知っていて、」
猫元才「計算で未来を予測できるといわれている架空の存在のこと」
葛城大河「聞いたことはある気がするが・・・」
猫元才「デルタは、自分がそれだと言っていたの」
猫元才「その膨大な演算能力を使って未来を予測できると」
猫元才「つまり、デルタが私に計画の内容を伝えたのは、事実上の勝利宣言だったんだと思う」
猫元才「計画が成功する未来が見えている、ってね」
猫元才「だから私も、その未来を変えようとして行動を起こした」
猫元才「それで、私はどうすれば未来を変えることが出来るのか真剣に考えた末、」
猫元才「私が普段絶対やらないであろうことをしてみることにしたの」
葛城大河「それで、キスか」
猫元才「まあ、そういうこと」
猫元才「ちなみにメッセージの方は、デルタの完全破壊プログラムのキーワードを伝える意味もあったんだけどね」
猫元才「でも結局、デルタは私を量子テレポーテーションさせることで行方不明になったように見せかけ、」
猫元才「私の体に意識を移したうえで大学にまた現れることに成功した」
猫元才「量子世界にいる私にデルタは定期的にコンタクトを取っていたんだけど、」
猫元才「デルタの未来予測に変化はなかった」
猫元才「デルタの計算では、あのまま私の意識を永久に封印し、”猫元才”として人間社会に溶け込むことが出来ていた」
葛城大河「・・・結局俺たちは、デルタの掌で踊らされてたってわけか?」
猫元才「それは違うよ、くず」
猫元才「もしデルタの未来予測が完璧なら、唯ちゃんがダイブマシンを開発して、」
猫元才「くずがそれを使って量子世界に飛び込むことも阻止していたはずだから」
猫元才「ノイマン教授があそこで現れたのも、デルタの計算外だっただろうね」
猫元才「デルタが予測できなかったのは、」
猫元才「くず、唯ちゃん、そしてノイマン教授の、私を助けたいと願う気持ち」
猫元才「完璧な量子コンピューターでさえ、人の心は演算できなかったんだ」
〇散らかった研究室
葛城大河「・・・結局、デルタの目的は何だったんだろう」
葛城大河「もし才と入れ替わることに成功したとして、」
葛城大河「人間社会に紛れて何をするつもりだったんだ」
猫元才「わからない。でも、予測はできる」
猫元才「”I am alive”のメッセージを残したのは、きっとデルタだ」
猫元才「直訳すると、”私は生きている”」
猫元才「自分には意思があって、生きている存在なんだ」
猫元才「デルタは私たちに、そう伝えたかったんだと思う」
葛城大河「・・・・・・」
葛城大河「本当に、デルタには意思があったんだろうか」
猫元才「わからない」
猫元才「コンピューターが意思を持つ・・・」
猫元才「そもそも意思ってなんなんだろうね」
猫元才「私たちが本当に自分で考えて行動しているかなんてわからない」
猫元才「私たちは実は水槽の中に入れられた脳である、と主張する人もいるくらいだからね」
三条唯「・・・量子力学は、今までの学問では複雑すぎた人間の意識さえ解明できると言われています」
三条唯「それは、AIやロボットなどプログラムされた存在にも”意識”があるかどうかを解き明かすカギにもなる」
葛城大河「・・・デルタは、」
葛城大河「人間に成り代わることで、自分の存在を証明したかったのかもな」
猫元才「うん」
猫元才「”デルタ”はもういない」
猫元才「けど、また同じような存在が現れるかもしれない」
猫元才「そのときに私たちはどう向き合うべきか、考える価値はある」
猫元才「もしかしたら私が、また第二、第三のデルタを生み出すことになるかもしれないしね」
葛城大河「おいおい、勘弁してくれよ」
葛城大河「またコンピューターの中に入るなんてごめんだぞ、俺は」
猫元才「・・・やめないよ。私は科学者だから」
猫元才「研究はこれからも続けていく」
三条唯「私も手伝いますよ、猫先輩」
葛城大河「はあ」
葛城大河「お前らしいと言えばお前らしいか」
猫元才「ふふっ」
猫元才「だから、また私が危ない目にあったときは」
猫元才「くずが助けに来てね」
葛城大河「・・・任せろ」
葛城大河「何度だって助けに行ってやる」
こうして、量子コンピューター『デルタ』をめぐる事件は
『デルタ』が完全に破壊されたことで幕を閉じた──
人の心までは未来予測できない。…ロマンチックですね、デルタの事を考えると少し、切ないけど。
最終回、楽しみにしてます👏