美しい桜(脚本)
〇高級マンションの一室
岩本玲菜「はい。もしもし」
「・・・」
「昨夜、20時57分に、この電話に2分24秒間、電話をかけてきた方でお間違いないですか?」
── 本当にかかってきた。
〇新橋駅前
昨夜、あの後。
岩本玲菜「奥さまがヤバい人?」
倉島昇「会社ではかなり有名ですよ」
倉島昇「実はですね。 部長が風呂に入っている間に、部長のスマホを確認しているみたいで」
岩本玲菜「勝手に旦那さまのスマホを見てるってこと?」
倉島昇「隠すと「やましい事がある」と騒ぐらしいっすよ」
倉島昇「この間なんて、家にいる時に仕事の確認電話をした子が、慰謝料を請求されてましたよ!」
倉島昇「部長が風呂に入っている間に、勝手にチェックして、そのまま部長のスマホで電話するらしいです」
倉島昇「相手は部長からかかって来たと思うから、出るじゃないですか」
倉島昇「出てみたら、奥さんという、驚きと怖さ」
岩本玲菜「確かに、それは怖いかも」
倉島昇「部長は「ビックリさせて申し訳ない」って、いっつも謝っていて・・・」
倉島昇「部長、人が良すぎるんだよな。 僕だったら絶対無理だわー」
倉島昇「部長が誰からも好かれる人徳者だから、皆んな面倒くさがらずに相手をするけど」
倉島昇「奥さん、いつも上から目線で物を言う感じだから、カチンと来るんですよねー」
倉島昇「本来なら、「いつも主人がお世話になっております」ですよねー?」
倉島昇「見た目は可愛いのに。もったいない」
岩本玲菜「ふーん・・・」
岩本玲菜「・・・昇さん。 お願いがあるんだけど」
岩本玲菜「足立さんのスマホの電話番号 教えてくれる?」
倉島昇「えっ?どうして? 今、かけるのはやめた方がいいっすよ!」
岩本玲菜「もちろん!昼間に連絡するから。 ちょっと確認したい事があって」
岩本玲菜「大丈夫! さっき電話を代わった時に、私が勝手に電話番号見たってことにするから!」
倉島昇「さっき奢ってもらったしなー」
岩本玲菜「お願い!」
倉島昇「仕方がないなぁー。 くれぐれも「僕が教えた」って事は内緒にしてくださいよー?」
岩本玲菜「ありがとう!」
岩本玲菜「・・・」
岩本玲菜「あ、もしもし。足立さんですか? 岩本です」
”奥さまって、もしかして”
”美桜さん、ですか?──”
〇テーブル席
──6年前。
足立涼太「お付き合いする気はないのに、あの場に行くまで断れなくて、すみませんでした!」
足立涼太「実は私、学生の頃から、ずっと思っている人がいまして」
岩本玲菜「すごーい! 学生の頃からずっと。素敵ですね!」
足立涼太「それが・・・ 付き合ったり、別れたりの繰り返しで」
足立涼太「彼女は学生の頃から優等生でありながら、可愛くて、人気者で。みんなのマドンナ的な立ち位置にいました」
足立涼太「だから、いざ、付き合うことになると、私なんかでいいのかと、いつも不安になって」
岩本玲菜「なに言ってるんですか! 足立さんは選ばれた人なんですよ。 もっと自信もたなくちゃ!」
岩本玲菜「ほらほら。”俺はみんなの憧れのマドンナに選ばれた人なんだ”って、胸を張る!」
岩本玲菜「とりあえず、そうだなぁ・・・」
岩本玲菜「髪をピンクにしてみる、とか!」
足立涼太「ピンク髪?社長に怒られますよー」
岩本玲菜「冗談ですよー」
足立涼太「あ、でも。彼女、 ”美しい桜”と書いて、美桜って言うんです」
足立涼太「桜みたいなピンク色にしたら彼女は喜ぶかも!」
岩本玲菜「いや、思いっきり引くと思います」
足立涼太「やっぱり?」
思い出した
あの、”美桜さん”、か・・・
お父さまが官僚とかで、生まれた時からエリートの道を進まれていたお嬢様。
彼女の家族の反対が切っ掛けで別れたりしていた、と、玲菜は聞いていた。
足立涼太「俺、わかったんだ。 岩本さんの前だと、学歴とか、家柄とか。そういうのに劣等感を感じずに、自然体でいられる」
足立涼太「彼女と寄りを戻すのはやめた」
足立涼太「俺、岩本さんがいい!」
その頃、いろいろ彼女との話は聞いていたはずだった。
なのに、なぜか玲菜の記憶からは消えていた。
なぜだろう
なにか、他にも忘れている事が・・・?
〇高級マンションの一室
・・・ある気がする。
「昨夜、20時57分に、この電話に2分24秒間、電話をかけてきた方でお間違いないですか?」
岩本玲菜「はい。それは確かに私です」
「私、足立の妻です」
岩本玲菜「”妻”・・・」
「・・・」
「あの電話のタイミングで、子供が起きてしまって」
「私も主人も寝かしつけるのに時間がかかりまして・・・」
「特に主人は今日、大事な会議があったのに、寝不足で万全ではない状態で出勤だったのですが」
「それを聞いて、 あなたは、どう思われますか?」
岩本玲菜「・・・」
岩本玲菜「急用とはいえ、夜遅くのお電話。 大変失礼いたしました」
岩本玲菜「大変申し訳なく思っております」
「・・・」
「今後、お気をつけください」
岩本玲菜「はい。大変申し訳ありませんでした」
岩本玲菜「謝るだけでは私の気が済みませんので、お詫びの品をお渡ししたいと思っておりますが」
岩本玲菜「お持ちしてもよろしいでしょうか?」
「い・・・いえ。そこまでは」
「では、失礼します」
岩本玲菜「・・・」
岩本玲菜「・・・なかなか出ない」
「もしもし。玲菜?どうした?」
岩本玲菜「・・・」
岩本玲菜「涼太さんですか? 奥さまに用事があるのですが」
岩本玲菜「今しがた、奥さまからご連絡いただきまして。大変ご迷惑をおかけしたようで、 申し訳ありませんでした」
「えっ?えっ?そうなん? 今、風呂入ってだから・・・ いや、大丈夫だったよ」
岩本玲菜「奥さまはご遠慮なされたのですが、やはりそれでは私の気が済まないので、お詫びをしたいのですが」
岩本玲菜「奥さまに代わっていただけますか?」
「妻はちょうど俺と交代で 風呂に入ったところなんだ」
「それに、うちの妻とは関わらない方が良い。 ちょっと病気なんだよ」
「また、連絡するから!」
岩本玲菜「”うちの妻”・・・」
岩本玲菜「・・・涼太さん」
岩本玲菜「どうして、あの、ネクタイリング」
まだ、してるんですか?
どちらとも言えないやりとりの積み重ねが、じわじわと迫る怖さに繋がってるような気がします。詰め将棋のような、蜘蛛の巣にかかったような、それを更に天然気味なオブラートが、より怖さを引き立ててる気がします。
若者だと感情と行動がストレートに表れるのでしょうが、感情も行動も複雑化する玲菜さんにオトナの恐ろしさを感じてしまいますね。そして存在感を増すネクタイリング、興味をそそられます!
ひょぇぇ……😱 直接殴り合ってるとか、そんなんじゃないのに、こっちの方がよっぽど恐いっす。なにこのリアリティ……