侯爵令嬢アガットは、赤髪皇子の妃になりたい

椎名つぼみ

8.揺れ動く心。ラフの手が冷たくて(脚本)

侯爵令嬢アガットは、赤髪皇子の妃になりたい

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〇華やかな裏庭
  ミカエル殿下に手を引かれたまま、広い皇宮の敷地をあてもなく歩いた。
  角を曲がるたび、人とすれ違うたびに、
  彼は指先にきゅっと力を入れる。
アガット(あ・・・また)
アガット(「離したくない」って、 何だかそう言われてるみたい・・・)
アガット「・・・」
  私はどう答えていいか分からず、そのたびにただ俯いた。
アガット「殿下・・・あの、ここ2週目ですよ。 1度座りませんか?」
ミカエル「あぁ、すまない。 君を疲れさせてしまったな。座ってくれ」
アガット「はい・・・」
「・・・・・・」
アガット「あ、あの・・・いったん手を・・・」
ミカエル「このままではダメか?」
アガット「ええ。それは、ちょっと・・・ 落ち着きませんし」
ミカエル「そうか。 私は1秒でも長く、触れていたいんだが」
  彼は名残惜しそうに眉尻をさげ、私の手をいったん解放する素振りを見せるが、
  すぐ真顔になって引き返し、今度は両手で包むみたいに私の右手をとった。
ミカエル「・・・」
  キレイな指が確かめるように、私の手のひらを何度も往復する。
アガット(やだ、くすぐったい)
アガット「あ、あの殿下、手を・・・」
ミカエル「・・・マメがつぶれた痕があるな」
アガット「え?」
ミカエル「これは、剣の練習でできたものか?」
アガット「あ・・・ええ」
ミカエル「指には、タコもできてるな」
アガット「や、ヤダ!」
  私は慌てて、右手を胸もとに引っこめる。
アガット「すみませんね、キレイじゃなくて。 他の令嬢みたいに柔らかくもなくて」
アガット「でも皇子妃として隣に立ちたくて、相応しいと思われたくて、必死で練習したんです」
ミカエル「・・・」
ミカエル「全て、ラファエルのためか?」
アガット「あ・・・」
アガット「・・・」
アガット「昔、約束したんです。必ず彼の妃になると」
ミカエル「そうか。 もしその約束をしたのが、私だったら・・・」
ミカエル「そばにいたのが最初から私だったら、」
ミカエル「君が剣を握ることは、なかったかもしれないな」
アガット「え?」
ミカエル「その代わりに本を持ち、今以上に知識を広げ、私を支えようとしてくれたに違いない」
アガット「ミカエル殿下? 何を・・・」
ミカエル「どちらにせよ、 君は自分と相手の為に、努力を重ねただろうということだ」
ミカエル「だから、この前は悪かった」
ミカエル「強引に私のもとへ呼びつけたことも、 ラファエルに2度と会うなと告げたことも」
アガット(え!? ミカエル殿下が謝った!?)
ミカエル「私は体が弱く、体力がない。 君に剣を教えてやれることは、この先もないだろう」
ミカエル「君の手を・・・ この努力の証を見せられたら、」
ミカエル「ラファエルにもう教わるなとは言えない」
アガット(あぁ。 私の気持ちを一番に考えてくれたのね)
アガット「ありがとうございます。 これからも精進いたしますわ」
ミカエル「ただし、それはラファエルの隣に立つことを許可したわけではないぞ!! あくまで、私の婚約者として剣を習うだけだ」
ミカエル「そしてこの手をラファエルに・・・ 他の誰にも、握らせることは許さない!」
アガット「ええっと・・・分かりましたわ」
ミカエル「約束してくれるか?」
アガット(クスっ。 また仔犬みたいな顔しちゃって)
アガット「ええ、約束いたします」
ミカエル「ありがとう」

〇立派な洋館

〇豪華な部屋
アガット「ど・・・うしたの? これ・・・」
ラファエル「受け取れよ。 先日の埋め合わせってことで」
アガット「何よ、それ。どういう意味? だってこんなものくれたことなんて、今まで1度も・・・」
アガット(ああ、そうか。 ホワイト令嬢との逢瀬は、やっぱり私とは関係なく決まっていたのね)
アガット「・・・」
アガット「ラフ、こんなに受け取れないわよ。 私だって約束を守れなかったんだし」
アガット「ほら、いつもみたいに甘いお菓子でいいわ。 東部のカステーラ? 前にくれたあれ、美味しかったし」
ラファエル「そういうの、そろそろ卒業した方がいいんじゃないか?」
アガット「え?」
ラファエル「アガットももうすぐ成人するんだしさ。 食いしん坊のままじゃ恥ずかしいだろ?」
ラファエル「皇太子妃としてオレの横に立つなら、 今以上の品位を身につけてくれよ」
アガット「ええ、まあ・・・」
アガット「・・・」
アガット(今までそんなこと、言ったことなかったのに・・・)
ラファエル「とりあえずドレスに着替えて、今から観劇にでも行こう」
アガット「えぇ!? 何で急に!? だって今日は剣術を教えてくれるって・・・」
ラファエル「たまにはいいだろう? お前だって嫌いじゃないんだし、2人で社交の場に出れば、絶好のアピールになる」
アガット「そうかもしれないけど、そこは・・・」
アガット(前にラフが隣国の王女とお忍びデートをして、新聞にのったところじゃ・・・)
アガット「・・・」
アガット「行かないわ、私。 剣を教えてくれないなら、今日は帰って」
ラファエル「はぁ? 何だよそれ。 せっかくチケットもとって、お前のために準備してきたのに」
アガット「気持ちは嬉しいけど。 私は今日、ラフに久々に剣を教えてもらえるのを楽しみにしてたの」
アガット「だから急に予定を変更されても、心の準備が・・・」
ラファエル「・・・」
ラファエル「兄上に、オレと出掛けるなとでも言われたか?」
アガット「え? あ・・・まあ、それは。でも・・・」
ラファエル「そんなの、今まで通り無視すればいいだろ? 『嫌われ作戦』はどうしたんだよ!!」
アガット「ちょっと、ラフ・・・ そうは言っても私だけの力じゃ・・・」
ラファエル「ほら、さっさと行くぞ! ドレスはどこかの店に寄ってから──」
アガット(ヤダ・・・ダメ。 私の手を触っちゃ・・・)
ラファエル「アガット!?」
アガット「離して下さい、ラファエル殿下。 これはあまりにも無礼です」
ラファエル「なっ」
ラファエル「・・・アガット お前まさか、兄上に惚れたのか?」
アガット「何よ、急に・・・ 別に・・・そんなんじゃ」
ラファエル「あー、そういうことかよ。 この前、仲睦まじく手なんか繋ぎながら去っていったもんな」
アガット「あれは、その・・・成り行きで」
ラファエル「成り行き? 何だよそれ」
ラファエル「何年もそばにいたオレが、今ちょっと触れたくらいで、 勢いよく振り払うくせに!?」
アガット「あ・・・」
ラファエル「オレは前に言ったはずだ。 お前を手放す気はないと」
アガット「ラフ・・・?」
ラファエル「今日は帰る。また連絡するから」
アガット(ラファエル・・・ごめんなさい)
アガット(でも怖かったの)
  あなたの手がやけに冷たく感じて──
  咄嗟に、ミカエル殿下の温もりと比べてしまったのよ。

〇宮殿の門
  そこから──
  ますます関係が悪化した、2人の皇子。
  そして表面化してきた、貴族たちの派閥争い。
  しばらくして──
  それらを憂いた皇帝陛下が、ついに『皇位継承資格』について公然と述べられた。

〇謁見の間
皇帝陛下「ミカエル第1皇子、ラファエル第2皇子」
皇帝陛下「2人のうちどちらを、皇太子に任命するか。 その条件は──」
ラファエル「・・・」
ミカエル「・・・」
「・・・」
皇帝陛下「より帝国の皇后となるに相応しい妃を、 先に迎えた者とする」
ラファエル「・・・っ」
ラファエル「『皇后に相応しい女』との結婚・・・?」
ミカエル「・・・」

次のエピソード:9.残酷な現実と氷のキス

コメント

  • ラフ…。
    幼馴染みの気安さからか、女心が分からないのね😱
    人間だもの、イライラしたらこうなるよねと思いながらもミカエル優勢にほくそ笑む私です。

  • ラフが!違う!アガットがラフとしたいのはそういうことじゃないんだよ!と思わず……。ラフの不器用さヤキモキしてしまいました。
    アガットの気持ちもそっち行っちゃうの〜😱
    派閥争い激化に、皇帝の宣言。一体どうなっちゃうの?
    引き続き楽しませていただきます😊

  • あーっ!ラフが巻き返せてないー!!
    「どうせ俺が好き」が抜けきれてないじゃないの、あんなに言ったのにー!😂
    一方のミカエルはアガットの本質を見る発言をしてくれたので、そりゃ心は動いちゃいますよね……
    タイトル、どうなっちゃうの??青になっちゃうの?

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