気持ち違い(脚本)
〇寂れた村
江戸の時代、とある小さな長屋に八つぁんと呼ばれる男が住んでいた。
この男、自他共に認める大のお人好しで近所の評判も良かった。
八つぁん「おうおう、田村の婆さん。オイラはこれで帰るからな、養生せぇよ」
田村の婆さん「ほんにぃ、堪忍なぁ」
八つぁん「いいってことよ」
酒癖は良く、仕事も真面目、しかし一見完璧にみえる八つぁんにも弱点はあった。
それはめっぽう腹が弱い事、この日も朝餉を食べてからお腹の調子がよろしくない。
八つぁん「あぁ、いけね。また腹が痛くなってきやがった」
八つぁんは仕事を終わらせてから真っ直ぐ行きつけの町医者に向かう事にしました。
八つぁん「先生!八でさあ、また腹が痛くなったんで診察をおねげぇしやす」
先生「なんだい、また腹かい。おめぇ今月に入って何度目だい?」
中から中年の男性が出てきた。小綺麗な羽織を着たその男は、呆れた瞳で八つぁんを見つめてきた。
八つぁん「へい、まだ三度目でさあ!」
先生「三回もかい、まだ今月入って十日だよ。あたしだって忙しいんだからね」
と言いつつも、先生は八つぁんのお腹に手を当てて診察を始めます。
しかし、八つぁんはそこで違和感をおぼえます。
その先生、いつもよりくたびれているのです。疲労困憊といったところでしょうか。
八つぁん「(ははぁ、これは何かあったな)」
八つぁんのお人好しが爆発するのは当然の事でした。
八つぁん「先生、いやに景気の悪い顔じゃありませんか」
八つぁん「一体どうしたんでぇ?」
先生「なぁに、てぇしたこたぁねぇ。ちょいとばかしおかしな事があっただけさ」
八つぁん「ほほぉ、おかしな事ってえとなんだい?」
先生「それがだね、今日突然ある男がやってきたのさ」
先生「その男はここに来るなり大声で『先生! 桜木町壱番区に住む婆がキチガイを起こしたんだ』」
先生「て言ったわけさ」
八つぁん「はあ? それがどうおかしいんでぇ?」
先生「おかしいのはここからさ、あたしが桜木町壱番区に向かったら」
先生「キチガイをおこした婆はいないってんだ」
先生「あたしはからかわれたと思って帰ったんだがね」
先生「そしたらさっきの男が怒鳴り込んできやがった」
先生「なんでも、いつまで経ってもあたしが来ないからしびれをきらしたらしい」
八つぁん「はああ、そりゃおかしな話でさぁね」
八つぁん「そいで、仕掛けはわかってるんで?」
先生「ええ、実は私が向かったのは桜木町ではなく、桜樹町だったんです」
先生「つまり、木の字が違っていたんです」
八つぁん「キチガイの婆を診に行ったら、木違いで迷子になったと」
八つぁん「こりゃちゃんちゃらおかしいや」
先生「全く嫌になりますよ」
先生「ところで八つぁん、腹の具合はよろしいんで?」
そこで八つぁん、自分の腹が痛くないことに気付いた。
どうやら話に夢中で忘れていたらしい。
先生「元々あんたの腹は強いのさ」
先生「それを弱いだのと思い込んでいるから痛くなる」
八つぁん「するってぇとなにかい?」
八つぁん「オイラもまた気違いだったてわけですかい」
八つぁんといえば落語では八五郎、ガラッ八をイメージしますが、このお話では真面目なお人好しでした。こういう木の効いた、じゃなくて気の利いた大人の小噺もいいもんですね。
すごい上手い話ですね。
まるで落語を聞いているようでした!
漢字の読み間違いによる勘違いって、社会人になってから結構多くあります。慎重に読まねば…。
日本語には同音異義語が結構あるんだなあって、この二人の会話からくみとれて楽しく学べました。医者の先生がやたら薬を差し出すのではなく、彼のメンタルに注目したのは好感もてました。