仇よ花の錆となれ

咲良綾

第三話、修羅の種(脚本)

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咲良綾

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〇日本庭園
朱「母上。晴景様より、母上と桜丸の今後についてお話がありました」
朱「上杉が、定実様の年老いた母御を世話して話し相手になる者を探しているそうです」
朱「ご母堂の翠緑院様は子供好きなので、 桜丸も癒しになるであろうと」
瑞緒「ありがとう。良いお話だと思います」
朱「では、進めていただくよう申し上げますね。内々の話なので他言は控えてください」
瑞緒「わかりました。 朱は、落ち着いて過ごせているようですね」
朱「はい。 それから母上、先日一兎が訪ねて来ました」
瑞緒「! 一兎が!」
瑞緒「生きていたのですね。 様子はいかがでしたか」
朱「特に大きな怪我もなく、元気そうでした」
朱「その際、晴景様に見咎められたのですが、」
朱「晴景様は一兎を召し抱えて私の警護をさせたいと」
瑞緒「まあ・・・! それはありがたいわ」
朱「本当は桜丸について欲しいのですが・・・さすがに上杉家への出入りは難しいので」
瑞緒「わかっているわ。 貴女についていてもらえるだけでも僥倖」
瑞緒「一兎は今どうしているの?」
朱「まだ、一兎に話は通っていないのです。 今は叔父上の動向を探っていると思います」
瑞緒「そう」
  長常の裏切りについては、先日伝えた。
  母上も少なからず衝撃を受けていたが、
  恨み言は一言ももらさず、
  再興への思いを強くしたようだった。
桜丸「姉上、お話は終わりましたか?」
桜丸「蹴鞠、たくさん練習したんです。 上手になったので見てもらえますか?」
朱「桜丸。ええ、いいわよ。 お庭に出ましょう」
  桜丸は嬉しそうに膝に飛び込んで、
  手を重ねてきた。
  私はもうすぐ離れてしまうその小さな手の温もりを、味わうように握りしめた

〇屋敷の寝室
  バタバタと騒がしい音がする。
  部屋に現れた晴景は、
  戦支度を整えていた。
朱「晴景様、いかがなされました?」
長尾晴景「越中で一向一揆が起きた。鎮圧に参る」
  晴景は私の手を取り、
  小さな袋を握らせた。
長尾晴景「仏と一緒に、儂の髪が入っている」
長尾晴景「必ずそなたの元へ戻れるよう、 御守として持っていて欲しい」
  冷水を浴びせられたように、背中が冷える。
  死と隣り合わせの戦場へ赴くのだ。
  これはあらかじめ用意された形見だ。
  父や兄の出陣を、幾度も見送ったのに。
  こんな焦燥感は初めてだ。
朱「わかりました」
  ご武運を、と言おうとして、
  喉が詰まった。
  戦に出るということは、また誰かの家族を殺すということではないのか?
  それでも私は、この人の命を願うのか。
  仇相手に、そこまで愚かになるのか?
長尾晴景「上杉の話、母御たちの承諾は取れたか」
朱「はい」
長尾晴景「では、その話は戻り次第進める。 待っていてくれ」
  晴景は包むように私の肩を抱き、
  髪を撫でた。
長尾晴景「例の忍はまだ来ぬか?」
朱「はい」
長尾晴景「そうか・・・」
長尾晴景「儂の願いはわかっているな。 そなたの命の安堵だ」
長尾晴景「そなたの味方は少ない。 離れれば儂にも守る限度がある」
長尾晴景「重々、気をつけるのだぞ」
  躊躇なく私の命を願う姿が眩しい。
  この人は私欲を恥じない。
  生きて欲しい人を選び、迷わず力を尽くす。
  それは信念と、罪を背負う覚悟があるから。
朱「晴景様・・・ご武運を」
  私は、私欲にまみれた一言を発した。
  罪でもいい。
  誰が殺されても、貴方に生きていて欲しい。

〇屋敷の大広間
  一向一揆の勢力は膨らみ、
  鎮圧は一進一退。
  晴景の戻る気配はなかなか見えない。
  そんな中、為景が私を呼び出した。
長尾為景「朱姫。そなたの母と弟の話だが」
朱「はい」
長尾為景「翠緑院様が待ちわびているようだ。 上杉が催促して来た」
  上杉行きの話を為景は知らなかったはず。
  ということは、催促は本当なのだろう。
長尾為景「あまり延期されるようなら、 他で手配するそうだ」
朱「えっ・・・」
長尾為景「晴景はまだ戻らぬ。近々儂も出陣する。 今なら儂が送り届ける手配をできるが」
朱「よろしいのですか?」
長尾為景「元より上杉とは昵懇の仲。任せられよ」
朱「それでは、お願い申し上げます」

〇日本庭園
朱「そのような訳で、急遽ですが」
瑞緒「わかりました」
桜丸「姉上も行くの?」
朱「私は行けないの。 でも母上と一緒ですからね」
朱「文を書くから、桜丸も書いてね」
桜丸「はい」

〇屋敷の大広間
朱「お呼びですか、佐澄様」
佐澄「朱姫。貴女の文に、母御と弟君が上杉へ行くとあったけれど」
朱「はい。ご実家にお世話になります」
佐澄「おかしいのよ。 お婆様からそんな催促はしてないはずよ」
朱「え?」
佐澄「近々そのようなご予定はあるようで、文で母御のお人柄について尋ねたりはされたわ」
佐澄「でも晴景様が戻ったらと、まるで催促とは無縁の雰囲気で・・・それがつい昨日なの」
佐澄「催促のお話はどこからお聞きになったの。 もしかして、為景様?」
朱「そうですが・・・先ほど、為景様の手配で」
  答えながら心臓が早鐘を打ち、
  気分が悪くなってきた。
佐澄「もうご出立されたの!?」
朱「為景様の出陣まで間がないからと」
朱「でも、話してないはずの上杉行きの話を ご存知だったのです」
佐澄「その程度の情報、どこから手に入っても おかしくないわ」
佐澄「あの方は恐ろしいお方よ。もしかしたら、途中で賊に襲われたことにして、弟君を」
朱「!!」
  晴景の言葉がよみがえる。

〇屋敷の寝室
長尾晴景「そなたの味方は少ない。 離れれば儂にも守る限度がある」
長尾晴景「重々、気をつけるのだぞ」

〇屋敷の大広間
  頭を殴られるようだった。
  愛の言葉と受け取って舞い上がり、己の心しか見ていなかった。なんと愚かな。

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コメント

  • サウンドや心情が相まってとても引き込まれました!

  • 色々落ち着いたので戻ってきました。
    桜丸を可愛がる描写が丁寧で、殺されたときの悲しみが深くなりますね。許せません。
    主人公の心の動きが、起こる事件とリンクしてて動く様子がとても自然で受け入れやすいです。

  • 桜丸のくだりからラストまでかなりダメージ食らいました...😫
    また余裕が出てきたので、じっくり読ませていただきます🙏

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