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サトJun(サトウ純子)

【番外編】天才を見た(弥生語り)(脚本)

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〇事務所
如月弥生「もぉーっ!私は芳江さんの奥さんではないって何回も言っているのに!」
  弥生は頰をぷくっと膨らめ、掃除機を手にしたまま事務所を横切りはじめた。
矢島幹夫「で、出直した方がいいですか?」
月岡紘子「あー、大丈夫ですよ。 弥生さんは『寂しいであろう芳江さん』を、ああやってかまってあげてるんです」
矢島幹夫「そうなんですね! ちょっと安心しました」
  幹夫はちょっとホッとしたのか、よろけながら中に入ってくると、一番近くにある椅子にもたれかかった。

〇事務所
  ここは手作りパン屋、Deニッシュの事務所。
  しかし、ここはただのパン屋ではない

〇謎の扉
  ここで働いている従業員は全員
  重厚な扉の向こう側にある
  クレセントムーン・プロダクションの
  所属タレントでもある。

〇事務所
矢島幹夫「・・・弥生さんって、いつもお掃除しているイメージが強いのですが、お掃除とマネジメント専門、なんですか?」
  幹夫は、額に吹き出る汗を隅までキッチリ揃えてたたんである真っ白なハンカチで叩くように拭っていた。
如月弥生「掃除ばっかりって、失礼ねー!」
矢島幹夫「あ、いえ、その・・・」
矢島幹夫「またやってしまった」
如月弥生「・・・」
如月弥生「私がクレプロに来た切っ掛け、お話ししましょうか?」
  突然。弥生はそう言いながらメガネを外した。
矢島幹夫「・・・」
矢島幹夫「何かで見たか思い出せないが、どこかで見たことがある顔だ・・・」
如月弥生「・・・」
如月弥生「私、過去にとある作家の先生に引き抜かれて、お手伝いをしていました。 そこで天才を見たのです」
  『とある作家』と聞いて、幹夫の脳裏に某映画の制作発表の場面が浮かび、弥生を二度見した。
矢島幹夫「・・・あっ!もしかして!」
如月弥生「お題がでるでしょ。もうね、その子の中にある引き出しが半端なくて、どんどんアイデアが出てくるんです」
如月弥生「その上、わからないこととか、すぐに調べ出して現場に聞きに行って」
如月弥生「ネットとかで情報収集するんじゃないのです。そんなあてにならない情報じゃなくて、現場に行くんです」
如月弥生「・・・」
如月弥生「『天才』ってね。努力を努力じゃないと思う人の事を言うんだと思いました」
如月弥生「寝ても覚めても夢うつつのように創作の事で頭がいっぱいで、時には突然吐いてしまったり、泣き出してしまったり」
如月弥生「顔は青ざめ、なのに、目だけはリンリンと輝いていて」
如月弥生「幹夫さん。あなたもそうですよ。日々クタクタになってるのは、無意識にそういうことをやってるからではないですか?」
矢島幹夫「そんな事・・・ないと、思いますよ?」
  幹夫は天井を見上げて少し首を傾げた。本人自覚無し。
  その向こう側を忍び足で店の方に消えていく芳江の後ろ姿。弥生はそれを目で追いながらも、ゆっくりと話しを続けた。
如月弥生「正直、私からすると、そういうのって正気の沙汰ではないと思うわけです」
如月弥生「凡人は『才能がある人っていいね』って簡単に言うけど、そういうものがポンと出てくるくらいの努力をですね」
如月弥生「本当に想像ができないくらいの血の滲むような努力を積み上げてきているからこそ、得ることができる引き出しがあるのです」
如月弥生「・・・」
如月弥生「それを知らないで言ってるから、本当に腹が立つのですよね」
  店の方から妙子の叫び声が聞こえてきた。紘子と弥生は声がした方に目を向けたが、ヤレヤレ、という仕草を見せ、穏やかに笑う。
  幹夫も最近やっとこの光景に慣れてきたのか、一瞬奥に目をやったが、すぐに頷きながら弥生の方に向き直った。
如月弥生「私は、ついていけないのが現状だったから・・・すっかり自信をなくして、先生のところから逃げ出したのです」
  その後、間もなく彼女が病死したことを知った。
如月弥生「・・・」
如月弥生「先生曰く、彼女にとっての創作へのブレーキが私だったみたいで」
如月弥生「私が食事に連れ出したり、話しを聞いて欲しくて部屋に乗り込んで行ったりすることで、その時間が休憩になっていた、と」
如月弥生「・・・」
  私が逃げちゃったから
  彼女を止める人がいなくなった
如月弥生「私が彼女を死なせちゃったのかもしれません」
如月弥生「それを知ってから、私は空っぽになってしまい。創作の世界を忘れる為にビルの清掃の仕事に夢中になりました」
  弥生はガサガサに荒れている手を労わるようにそっとさすった。
  幹夫は視線を足元に向けたまま眉間にシワを寄せる。
如月弥生「そんなある日、とあるビル清掃をしている時、」
如月弥生「「へぇ!あなた、出際良いわね。うちの専属にならない?」って、芳江さんにスカウトされたのです」
  場を遮るように大きな音を立てて黒い塊が駆け抜ける。
  カレーパンの籠を持った芳江だった。
如月弥生「・・・」
如月弥生「つまり、私は。 掃除をしながら、うちのタレントが命を削ぎ落として働かないように見張っているのですよ」
  再びメガネをかけた弥生の表情が、キリッと引き締まる。
矢島幹夫「いつもここで見る、弥生さんだ!」

〇謎の扉
月城芳江「そだ!弥生チャーン。不燃物って、燃えないゴミのことー?何曜日に出せばいいのー?」
  芳江は事務所の扉を閉じる前に弥生の方を振り返ったが
  目線の先に妙子の姿を見つけたのか、返事を待たずに勢いよく扉を閉めた。

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