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サトJun(サトウ純子)

【番外編】主人公(紘子語り)(脚本)

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〇体育館の中
月岡紘子「おー、ドンマイ、ドンマイ!」
  紘子は後ろを振り返りながら大きく手を振った。
月岡紘子「ウチが六人いればこんなことにはならないのに」
  だから遊び感覚で参加してくるエキストラは嫌なんだ。
エキストラA「ま、楽しんでやろう!」
月岡紘子「そういう気持ちでやっているから演技も上手くならないんだよ」
  でも、喧嘩はしたくない。舞い上がったり、沈んだりするのは面倒臭いから。
エキストラB「この撮影が終わったらさぁ、飲みに行かない?」
エキストラA「いいねぇ。撮影の後のビールは美味いしね」
エキストラB「紘子さんも来るでしょー?」
月岡紘子「う・・・うん。行く!行くからっ!」
  紘子は、相手コートに目を向けたまま早口に答えると、今はそれどころではないことを雰囲気で伝えようとした。
月岡紘子「来たよー!」
  白いボールが鋭くネットを越えてくる。
  運良く紘子がレシーブし、柔らかい流れに変えて次に繋げた。応援席から歓声が上がる。
月岡紘子「・・・」
月岡紘子「確かにこのコートはメインではないから、あまり映らないかもしれない」
月岡紘子「でも、設定からすると、今、この体育館の中で試合をしているのは『勝ち上がってきたそこそこ強いチーム』ということ」
  応援席の一角には「紘子」と書かれたうちわを振っているジャージ姿のかたまりが場を盛り上げていた。
  この三ヶ月間、練習に付き合ってくれた母校の現役後輩たちだ。
エキストラB「呑みに行くとしたら、やっぱり『たから』がいいかな?」
月岡紘子「なのに、そんな中で飲みの話し。緊張感がなさすぎる」
  ネットが揺れ、ギリギリのところで相手コートにボールが落ちる。
  ホイッスルの音を合図に、のぞみの脳裏に昼間から酒を呑み歩いていた、昔の父親の姿が浮かんだ。

〇古いアパートの居間
紘子の父「誰のおかげで飯食えてきたと思うんだ!」
月岡紘子「朝から宛てもなくふらふらと出かけ、外で呑んでは喧嘩をしてきて、家で母親を怒鳴りつける」
月岡紘子「飲み屋からのクレームや、酔ってくだを巻いている父親からの電話」
紘子の母「どうしたらいいの・・・?」
月岡紘子「鬱になりかけた母親からの電話も、私のスマホにかかってくるようになった」
  もちろん『たから』も例外ではない。
  「寝てしまったので、迎えに来てあげてくれないか』
月岡紘子「マスターの声の後ろで、聞きなれた父の怒鳴り声が他人事のように響いていた」
月岡紘子「反抗期のガキみたい。世間体を考えてよ」
月岡紘子「店の人も商売なんだから、もう少しおだてるとかして誤魔化してくれればいいのに。ウチだったらもうちょっと上手にやるよ」
月岡紘子「まったく。本当にどいつもこいつも」
  なんとなく、仕事人間だった父親が定年したら。
  家族で旅行とか、一緒にDIYとか、のんびりそんなことをするんじゃないか、と、紘子は漠然と考えていた。
  実際に、父親が会社をやめる時も、家でのんびりできるように座り心地の良い座椅子をプレゼントしていた。
紘子の母「定年退職する前の大人しく地味だった頃の父親を思い出して!」
  と、母が泣きついてきたが、紘子はもう、全てが嫌になっていた。

〇体育館の中
  そんな時もあったなぁ
月岡紘子「振り返ってみれば、あの頃の自分は病んでいたかもしれない、と思う」
月岡紘子「ずっとへんな耳鳴りがして、夜、なかなか眠れなかったし、食べ物の味をあまり感じなくなっていた」
  気持ちはいつも主人公。
  カメラがいつ、自分を抜いても良いように準備万端にしておかないと気が済まない。
月岡紘子「主人公は格好良くなければいけない。簡単に諦めちゃダメなんだ」

〇立ち飲み屋
  あの日も『たから』から着信があった。
月岡紘子「ずっと鳴りっぱなし・・・しつこいなぁ」
月岡紘子「はい、もしもし」
「ちょっとぉ!あなた、このバカオヤジの娘さん?今すぐ来なさいよ!」
  『たから』に駆けつけた時、紘子の父親は、横に座っている女の足によって壁に押し付けられていた。
  芳江だった。
月城芳江「この酒乱オヤジ。完全に病気だから入院させちゃいなさいよ」
月岡紘子「そう言いながら、嬉しそうにマーガリンをスプーンですくっているこの人って・・・」
月城芳江「あのさー。骨折したら病院行くでしょ?それを接骨院の人は仕事にしてるんでしょ?簡単な事じゃん!」
月城芳江「このオヤジは頭の中が骨折してるんだから、あなたじゃダメなのよ。仕事としてやってくれる「得意な人」に任せればいいのよ」
月岡紘子「でも・・・」
月城芳江「医者はそれでメシ食ってんだから、シロウトがいちいち人の仕事奪わないでよねー」
月城芳江「で、あなたはその代わりに、人の為にあなたの得意なことを全力でやればいいんだから。仕事ってそういうもんじゃない?」
月城芳江「あ、しもしもー!高木せんせー? え?やだー!声が痩せたってー?」
月城芳江「一人、アル中のおやじを入院させたいんだけどー。すぐ大丈夫?」
月城芳江「あ、マスター!マーガリンじゃなくて、バターない?」
  自分の中で凝り固まっていた
  「何が」が崩れた瞬間だった。
月城芳江「そういえば、あなた。 エキストラやっている子でしょ?」
月城芳江「うちに登録しない? 私が営業してあげるわよー」

〇体育館の中
月岡紘子「『たから』は夕方からでしょ?今はやってないと思うよ」
月岡紘子「『たから』で裏方のバイトをしている父がそう言っていた。だから、間違いない」
  アル中を克服した紘子の父は、『たから』で働くようになった。
  あの座椅子に座りながら、母親と冗談を言い合って笑っている姿を、よく見かけるようになった。
エキストラB「ああ、あそこは居酒屋だもんなー」
月岡紘子「夕方出直すのは面倒だしっ」
  『面倒だし』の『し』を吐き出しながら、紘子は大きくジャンプした。
  紘子によって叩かれたボールは、ブロックをはじきながらラインの外に跳ね上がり、同時におおーっ!という声が響き渡った。
月岡紘子「最近、二丁目の豆腐屋の隣に焼き鳥屋ができたでしょ。あそこなんていいんじゃない?」
エキストラB「お、それいいですねぇ。 さすが、紘子さん!後で電話しよー」
月岡紘子「さ、決まったんだから、芝居に集中してよ。楽天的な奴らは非常識だから、本当に面倒臭い」
月岡紘子「・・・」
月岡紘子「でも、ウチがいてやらなくちゃ、ダメなんだな。撮影も、こいつらも」
月岡紘子「さぁ、いくよ!」
  紘子は、視界ギリギリに入っているカメラを意識しながら、主役に負けないくらい爽やかな笑顔をつくった。

次のエピソード:バブルボールとお饅頭

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