仇よ花の錆となれ

咲良綾

第二話、罪の契り(脚本)

仇よ花の錆となれ

咲良綾

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〇屋敷の寝室
  力が抜けたように、涙が止まらない。
  裏切りへの怒りが燃え立つほど、
  『どの口が』という叔父の言葉が刺さる。
  理解などしたくもないが、叔父の目にはそしりに屈さぬ覚悟があった。
  私は何を覚悟していたというのだろう。
長尾晴景「朱姫」
朱「・・・・・・」
長尾晴景「朱」
  傍らに座った晴景の手が、
  驚くほど柔らかい力で肩を包んだ。
長尾晴景「人それぞれに信念がある。 そなたはそなたの信念で生きるが良い」
長尾晴景「誰かにとっての正義に迎合する必要はない」
長尾晴景「己を見失うな。心を守れ」
朱「・・・心」
長尾晴景「家をなくしたこと、父を討たれたこと。 そなたには悲しむ権利がある」
長尾晴景「儂を殺したいならそれでも良い」
長尾晴景「だが儂にも私欲があるので抗うぞ。 儂を殺せば、そなたが殺されてしまう」
朱「・・なぜそんなに私を生かしたいのですか」
長尾晴景「わからぬか。 惚れたからよ」
朱「!」
長尾晴景「なんと鮮やかな目をする娘かと、 命の灯の宿る有り様かと、」
長尾晴景「一目で焦がれた」
  体が震える。
  震えが止まらない。
朱「私・・私は・・・」
  認めたくなかった想いが沸き上がる。
  美しいと思った。
  あの火の粉の中で、鬼に魅入られた。
  一目で焦がれてしまった。
  父の、遺体の前で。
  父を、椎名を、誰より裏切ったのは私だ。
  あまりの罪深さに目が眩む──
朱「私は、私の心こそ恐ろしい。こんなものを守っては、地獄に落ちてしまう」
長尾晴景「そなたは穢れてなどおらぬ。 全て儂の罪だ、儂を憎んでいれば良い」
  口を吸われ、気を失うような心地に抗う。
  晴景は覚悟を決めたように、
  腕の力を強めた。
  母が甘いものではないと言った、男の力。
  確かに、これではどうにもならない。
長尾晴景「朱」
  私は自分の罪を晴景に任せて目を閉じた。

〇屋敷の寝室
  身体が熱くなってしまうのも、
  力の限りしがみついてしまうのも、
  甘やかな声を上げてしまうのも、
  全て、この男の成したこと。

〇屋敷の大広間
佐澄「お待ちしておりましたわ。 まあ、なんと可愛らしいお方」
  面を上げた途端、
  思わぬ歓待を受けて面食らった。
佐澄「私が正室の佐澄です。 でもあまり堅苦しくならないでね」
  この人は長尾晴景の正室、上杉定実の娘。
  上杉定実は越後の守護だが、守護代として
  事実上の実権を握るのは長尾為景である。
  つまり、晴景とは政略結婚の間柄であり、
  長尾家の政治に欠かせない駒でもある。
佐澄「あなたに世継ぎを産んでもらえるなら 私も気が楽だわ」
  佐澄は朗らかに笑う。
  朗らかすぎるほどだ。
佐澄「嫉妬心はないのか、 という顔をしていらっしゃるわね」
朱「あ、いえ・・・」
佐澄「それがね、ないのよ。 なくてずっと困っていたの」
佐澄「私は昔から男が嫌いで、 本当は近づきたくもないのよ」
佐澄「世継ぎがないと困るというので 我慢して何度か契ったけれど」
佐澄「痛いし臭いし、できることならばもう二度とごめんだわ」
佐澄「この世に生きるのが女だけならいいのに。 きれいで、いい匂いで、柔らかい・・・」
佐澄「ねえ、そう思わない?」
  心なしかねっとりとした視線が肌を這い、
  奇妙な違和感を覚えた。
佐澄「時折、私とも遊んでくださると嬉しいわ」
美織「佐澄様!お戯れは程々になさいませ」
佐澄「あら、美織。怒らないで」
佐澄「怒った顔も可愛いけれど」
  佐澄姫は、傍らの侍女の頬を
  するりと撫でる。
佐澄「あなたとの遊びとは違うのよ。ね?」
  侍女ははにかみ、私は衝撃を受けていた。
  考えたこともなかったが・・・女同士で性愛を伴う関係を持つことがあるのだろうか
佐澄「不思議そうな顔ね。 そうよ、私が恋をするのは女性なの」
佐澄「凛々しい女が好きだから貴女のことも好みだけど、美織に怒られるからやめておくわ」
佐澄「あ。この事は為景様には内緒にしていてね?晴景様は察しているようだけど・・・」
  しぃ、と人差し指を立てて唇に当て、
  佐澄姫は笑う。
佐澄「貴女が側室として励むことは、 私を救うこと・・・おわかりかしら?」
  正室として致命的とも思われる嗜好。
  初対面の私に明かすには覚悟がいるはず。
  佐澄姫は、境遇を恥じる私の心を軽くするために・・・?
  佐澄姫の眼差しは、温かく優しい。
  襲撃以降ずっと搾られるようだった心がふっと弛み、涙を隠すように頭を下げた。
朱「側室として、つつがなく務めを果たせるよう励みます。ご指導よろしくお願いいたします」
佐澄「ええ、頼みましたよ」

〇屋敷の寝室
  また、佐澄姫から文が届いた。
  筆まめなお方で、文才もあるのだろう。
  日記のように送られる文には感受性豊かな言葉が連なり、物語のようだ。
  不思議に明るい正室の言葉は、
  絶望に苛まれる心を徐々に癒し、
  晴景と過ごす罪悪感を和らげた。
  返事をしたためようと
  文机に向かっていると、
  ホー、ホー
  庭先でフクロウの鳴くような声がした。
  遠くはない記憶を呼び覚まされ、
  はっと顔を上げる。
  もしかして・・・!
  短く3回、口笛を鳴らす。
朱「!」
朱「一兎!生きていたの!」
一兎「姫様・・・!」
朱「嬉しいけれど、こんなところまで来て 危険ではないの?」
一兎「姫様のためとあらば、 この身は惜しくありません」
一兎「ご無事なようでなによりです。 瑞緒様と桜丸様は?」

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コメント

  • 心理描写の細かさに驚かされます。キャラクターが直接表現していない裏の意図、そこに気付く、もしくは気付こうとするキャラクター達の立ち振る舞いに息をのみました。
    中でも女性が自分に言い訳を与えている部分は脱帽です。

  • ああっ、やばい、つい続きが気になってしまい、一気読みしそうなんですが、ちょっと焦る気持ち抑えて、本当はじっくり読みたいんです...最高です👍(語彙力)

  • 晴景…父の仇であり憎むべき相手ではあるけど、朱の身を案じ愛してくれているのが何とも皮肉😭
    一兎さえ護衛に取り立てようとする心の広さ…!!
    こんな形で出会っていなければ…?まさに『憎しみと愛』!!

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