さすらい駅わすれもの室「指輪の春」(脚本)
〇田舎の線路
〇森の中の駅
さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、
〇田舎駅の改札
わすれもの室。
ここがわたしの仕事場です。
〇古書店
ここでは、ありとあらゆるわすれものが
持ち主が現れるのを待っています。
〇コンビニの店内
傘も鞄も百円で買える時代、
〇田舎駅の改札
わすれものを取りに来る人は、減るばかり。
多くの人たちは、
〇田舎駅の改札
どこかに何かをわすれたことさえ
〇渋谷のスクランブル交差点
わすれてしまっています。
だから私は思うのです。
ここに来る人は幸せだ、と。
〇田舎駅の改札
駅に舞い戻り、
窓口のわたしに説明し、書類に記入する、
そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。
〇田舎の駅
春になると思い出すのは、結婚指輪を探しに来た夫人のことです。
〇雪に覆われた田舎駅
夫人がはじめてわすれもの室を訪ねて来たのは、冬のことでした。
〇田舎駅の改札
長患いのすえに、秋に亡くなったご主人は、
いつの間にか落としてしまった指輪のことを気にかけていたと言います。
いつもこの駅から病院へ通っていたので、
もしかしたらと期待を寄せて探しに訪れたのでした。
〇古書店
指輪はわすれもの室の常連です。
どうして持ち主が現れないのか首を傾げてしまう高価なものから
プラスティックのおもちゃまで、
ありとあらゆる値段や色や形の指輪がそろっています。
これだけの品揃えがあれば、夫人が探している指輪も見つかりそうです。
ところが、一時間かけてひとつひとつを調べた夫人は首を振り続け、
とうとう最後のひとつにも首を振りました。
〇雪に覆われた田舎駅
亡くなったご主人がはめていた結婚指輪は届いていませんでした。
〇田舎の駅
それから数か月経った春のこと。
〇田舎駅の改札
夫人「ありました!」
と声をはずませて、夫人が再びわすれもの室を訪れました。
〇古書店
駅の人「どこにありましたか!?」
わたしは思わず身を乗り出し、夫人の手の中をのぞきこみました。
夫人「咲いたんです」
駅の人「咲いた?」
夫人「これです」
夫人が差し出した写真には、白い花が咲いていました。
夫人「主人が植えた球根から芽が出て、指輪も出てきたんです」
〇一戸建ての庭先
自分がいなくなった後、夫人が淋しくならないようにと、
ご主人は夫人の好きな花の球根を庭に植えたのでした。
その作業の最中に、
病気でやせ細った指から指輪が抜け落ち、
土の中にもぐってしまったようです。
おそらく球根の上にのっかっていた指輪は、
球根の芽が大地を割ったとき、
一緒に持ち上げられ、
地面から顔を出したのでしょう。
〇美しい草原
〇古書店
時間は、わすれものの敵です。
わすれものが見つからないと、やきもきさせられますし、
時間が経つほど、わすれものはあきらめられ、わすれられていきます。
〇雪に覆われた田舎駅
けれど、時間がかかったからこそ、
〇田舎の駅
わすれものを輝かせてくれることもあるのでした。
〇古書店
夫人「あの人、昔から私を驚かせるのが大好きだったんです」
そう微笑む夫人の顔にも、
花が咲いたようでした。
〇花模様
このお話しは、何回読んでも胸にジーンときて、泣けてきます😭 おじいさんも、おばあさんも、大好き!