綺麗な石

大饗ぬる

エピソード3(脚本)

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〇スーパーの店内
  とあるスーパーにパートとして勤めています。
  レジ打ちを任されてからずっと辛い日々が続いているのは、職場以外の誰も──
  ううん、職場の人もひょっとすると知らないかもしれません。
小沢「──だから言ってるでしょ! あなた笑顔も作れないのに、よくうちで働いてるわね!!」
『私』「すみません・・・」
小沢「謝れば済むと思ってるのも大間違いだわ。あなたみたいなのがレジを扱うから客が減るのよ!!」
『私』「すみません・・・」
小沢「そもそもねぇ、あなた旦那がいるんだから働かなくても良いでしょ? 主婦だけしてればいいじゃない!!」
『私』「すみま──」
小沢「その「すみません」も鬱陶しくて仕方ないのよ!!!!」
  私がレジに入るようになってから、この人は裏方に回されたと同僚から伝え聞いたことがあります。
  それがとても不満らしく、主任に掛け合ったみたいです。どういう経緯を経たのかどうかはわかりません。
  私にレジの仕事を教えるアドバイザーという立場につくことになったそうです。
  笑顔は不得意だと自覚しています。
  何も言い返す言葉はありません。
小沢「あのね、聞いてるの? だからあなたは頭がおかしい──」
菅野「お、小沢さん、ちょっとどうしたんですか」
小沢「なあんにもないのよ。ただ接客は大事よねって話が盛り上がっちゃったのよ? ね、『私』さん」
『私』「・・・はい」
菅野「『私』さん、顔色良くないみたいね。休憩行く?」
  菅野さんは私の返事を待たず、バックヤードへと連れて行きます。
  私は淡々と事実を受け入れるしかできません。
菅野「小沢さん、その間レジ打ちお願いしますね」
小沢「任せておいてください。──いらっしゃいませ〜!!」

〇更衣室
  上司の小沢さんにレジを代わってもらうことになりました。
  私は菅野さんと休憩を取ることになったのです。
  椅子に腰掛け、そういえば”あの時”も菅野さんに優しくしてもらったと思い出しかけ、頭を振りました。
  けれど、小沢さんの言葉がリフレインして、人前だというのにいい大人がぽろぽろ涙をこぼしてしまいそうでした。
菅野「『私』さん・・・。小沢さんの言うことは気にしなくていいよ。『私』さんのせいじゃないから」
『私』「・・・でも、私、ちゃんと笑顔で接客が出来ていなくて・・・」
菅野「ううん、そんなことないから。お腹が空いてると気分も滅入りやすいから一緒にご飯にしましょうか」
  そう言うなり、「ロッカー勝手に開けるね」と、私の分のお弁当も取ってきてもらってしまった上に、お茶まで入れてもらいました。
  自分のふがいなさにうんざりです。
  膝に置かれたお弁当の包みを作業的に開けて広げます。
  生姜焼き。
  夫の好物。
  なんだかまたじんわりしてきてしまいます。
菅野「生姜焼きおいしそう! わたしのつくねと交換しちゃお!」
  明るく振る舞ってくれる菅野さんだけが職場での心の支えでした。

〇綺麗なリビング
  悪いことは重なるもので、話を聞いて欲しい時に限ってこんなメールが来るのです。
  「今日帰れないから先にご飯食べてて」
  簡素な文面から忙しそうな様子が伝わってきます。
  「お仕事がんばってね」としか言えませんでした。
  ご飯を作る気にも食べる気にもなれず、ベッドに横になりました。
  以前買った綺麗な石を照明にかざして眺めます。
『私』「今日もきつかったよ」
  と、サボテンに話しかけるみたいに報告しました。
  綺麗な石が鈍く光った気がしました。

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