マッチングアプリ 『4cLets』

花柳都子

マッチングアプリの『顔』(脚本)

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花柳都子

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〇川沿いの公園
真田明人「──ここまで来ればもういいかな」
浅葱寧々「・・・・・・」
真田明人「大丈夫?」
  なんだかいろんなことが起こって混乱してる
  私が一番ショックを感じたのは、一体何に対してなんだろう
  男の人に騙されてホテルに連れ込まれそうになったこと?
  マッチングアプリがやっぱり危ないものだと身をもって体験してしまったこと?
  なぜだか私を助けてくれた正義感の強いこの人にも、何か裏の事情がありそうなこと?
  それともやっぱり──
  静香が体の関係でさえも求めてしまうほど、寂しい思いをしていたということ──?
浅葱寧々「(いや、今はともかくこの人にお礼を言わなきゃ)」
浅葱寧々「(ホテル男と何か関係はありそうだけれど、私を助けてくれたのは事実だ)」
浅葱寧々「あ、あの・・・」
真田明人「──悪いことは言わないから、最初の三つの選択肢、早く変えたほうがいい」
浅葱寧々「えっ?」
浅葱寧々「あ、いや、でも、前に変えようとしたんですけど、ステータスが何とかってエラーメッセージが出て・・・」
真田明人「それは君がまだ誰ともマッチングしてなかったから」
真田明人「今ならできるはずだよ」
浅葱寧々「ステータスってもしかしてそういう・・・?」
真田明人「そう。一人でもマッチングした実績があるとステータスが更新されてできることが増えるようになる」
真田明人「・・・本当に何も知らないんだね」
浅葱寧々「・・・う、すみません」
真田明人「いや・・・マッチングアプリやその仕組み自体が悪いわけじゃないと俺は信じてるよ」
真田明人「けど、相手を探す人の必死さにつけこむ卑怯なやつがいることも、覚えておいたほうがいい」
浅葱寧々「(ずいぶん詳しく知ってるんだ、この人)」
真田明人「君にとっては不幸中の幸いで、あいつはまだマシなほう」
浅葱寧々「えっ・・・」
真田明人「あれで?って思うかもしれないけど、あいつは一応、人を見る目があるから──」
真田明人「──ああ、『見る目』っていうのは『判断する力』のことじゃなくて、一応、自分の基準で相手を見定める良心はあるって意味」
真田明人「人を見ようとする心があるってところかな。 あくまで自分の基準ってところが難ありだけど──」
真田明人「それでも、見ようとするつもりがないやつよりはいくらかマシだよ」
浅葱寧々「・・・つまり、もしあの人より悪い人に会ってたら問答無用でホテルに連れて行かれてたってことですか?」
真田明人「そう。あいつは君と最初に会った時に言ってたでしょ? 『まあいっか』って」
浅葱寧々「それって、私みたいな地味な女が相手でがっかりしたけど妥協したってことじゃ──」
真田明人「いやぁ、好みじゃなかったらそもそも会う約束をしなかったと思うよ。そういうところははっきりしてるやつだから」
真田明人「君には、災難だったと思うけどね」
浅葱寧々「じゃあ、どういう・・・」
真田明人「あいつも言ってた通り、君はアイページの印象とどうもちぐはぐで、実際に会ってみると『顔』を選ぶような子には到底見えない」
真田明人「でも、あいつとマッチングしたってことはあいつも君も『顔』を選んでいるから」
真田明人「『4cLets』では同じ選択肢を選んだ者同士がマッチングする傾向にある」
真田明人「どんなに小さな選択肢でもね。同じ選択肢があればあるほど、マッチング確率が高くなる」
浅葱寧々「だから、非公開情報のはずなのにあの人は私が『顔』を選んだことを知っていた──」
真田明人「そう。他にもたくさんあったと思うよ。だから自分や他の『体目的』の子たちと似たアイページの印象が勘違いを起こさせた」
真田明人「そして一番重要なのは『顔』を選んだ人にはそういう意思があると、このアプリ内では認識されてしまうこと」
浅葱寧々「──見た目や雰囲気がどうあれ、私が同意の上だと解釈したってことですか」
真田明人「そうだね。それはあいつに限らず、そういうやつばっかりだよ」
真田明人「君みたいに何も知らずに選んだ子でも『知らずに選んだお前が悪い』って好き勝手な理屈を並べ立ててさ」
浅葱寧々「・・・あの人もそんなふうに言ってました」
真田明人「うん。アイページの印象だけだと、君が何も知らないわけじゃないと判断できちゃうからね。あいつも予想外だったんじゃないかな」
真田明人「あいつを庇うわけではないけど、アイページも実際に会った印象も本当に全く何も知らなさそうな子なら、食事だけで解放したと思う」
真田明人「食事の間、君にも一応、確認らしきことはしてたでしょ? わかりにくかったと思うけど」
  そういえば、思い当たることは確かにあった

〇店の入口
  そう、最初からあの人との会話は何かと引っかかることばかりだった
男A「(小声で)この後たっぷり楽しむためにも!」
  それはたぶん食事の後のホテルでの時間のことを指していたのだと思うし
  私が『アプリに登録してから実際に男性と会うのは』初めてだと話した時も──
男A「えっ、ほんとに!?」
  こっちがびっくりするくらい驚いていた。
  あれはきっと『初めて』の意味を履き違えていたから
男A「大丈夫大丈夫、俺に全部任せて!」
  これもアプリの出会いや男性との会話に慣れない私の気をほぐすためなんかじゃなかった
男A「母親からのプレゼントなんだ」
  腕時計のことをそんなふうに言って、優しげに笑う彼には好感を持てたのに──

〇川沿いの公園
浅葱寧々「・・・お母さんのこと大切にできる人なんだなって、そういうところもある人なんだなって思ってたのに」
真田明人「・・・ああ、腕時計の話だね。あれ、本当は『金』を選んだ時に出会ったマダムにもらったって前に言ってたよ」
浅葱寧々「・・・・・・!?」
真田明人「あれもあいつの常套手段というか、一応、同意確認の儀式みたいなものなのかな」
浅葱寧々「──儀式?」
真田明人「もっと悪く言うと、『同意への誘導尋問』」
真田明人「まあ、本人にその気はないと思うけどね。無意識でやってるから余計にタチが悪い。誰も誘導されてると気づけないんだから──」
浅葱寧々「あの家族とか趣味とかの話ですか? マッチングアプリの出会いなら普通の話題かと・・・」
真田明人「まぁ普通ならね。でも、あいつのまわりくらいじゃないかな。そんな丁寧なことしてんの」
浅葱寧々「て、丁寧・・・?」
浅葱寧々「(女の子を半ば騙してるのに丁寧も何もないんじゃ・・・)」
真田明人「言ったでしょ。『顔』を選んだ人の目的は『体の関係』だから、もっとドライなんだよ」
真田明人「ひどい時はホテルの前集合だし、ドライブがてらなんてお手軽な提案してくるやつまでいる」
真田明人「──でも、ここではそれが居心地いいのも事実なんだ」
浅葱寧々「・・・・・・?」
真田明人「君も言われたでしょ。 寂しい顔してるって──」
真田明人「あいつはバカなように見えるけど、勘は鋭くてさ」
真田明人「君の中に自分と似た何かを感じ取ったんじゃないかな」
浅葱寧々「──あの人と、私が、似てる?」
真田明人「本当に似てるかどうかは俺にはわからないけど、少なくともあいつはそう感じた」
真田明人「その証拠に、君との会話で君が一番大事にしてるものを見抜いたでしょ」
真田明人「腕時計を『母親からもらった』って答えたのは、たぶんお母さんの話が一番君が反応した話題だったから」
  そう、私は静香の葬儀から彼女のお母さんの顔が忘れられずにいる
  静香のお母さんも、そして私のお母さんも、きっと娘を愛してくれている──
  だから、
  それを信じたいから、
  お母さんが大好きだから──
  つい話に力が入ってしまったのかもしれない
真田明人「友達や趣味の話が好感触なら、『友達からもらった』とか『好きなアーティストのグッズ』とか答えたんじゃないかな」
真田明人「そうやって自分と気が合うって相手に思わせて、寂しい心を埋めてあげる。ホテルに誘っても断られることが少ない」
真田明人「相手も自分も、心と体が気持ちよくなって万々歳ってね──」
真田明人「あいつは計算してそれができるやつじゃないけど、寂しい時に優しくされたら誰だって悪い気はしないし、頼りたくなる」
真田明人「だからあいつは『顔が広い』んだよ。 相手と適度な距離感を保ちつつ、険悪な雰囲気になることはほとんどない」
真田明人「ここではみんなそうやって、深入りされないように皮をかぶって生きている」
真田明人「けれど独りじゃ寂しい」
浅葱寧々「顔が広ければそういう相手にも困らなくなる──?」
真田明人「体が繋がってれば心も繋がるなんて、そんなのはただの幻想だけど、そういう藁にもすがる思いの人は少なからずいるんじゃないかな」
浅葱寧々「・・・・・・」
真田明人「口では遊び相手って言うけど、実際あいつにも色々あったんだと思うよ」
真田明人「幸か不幸か、君の寂しい顔に気づけないようなやつなら、ホテルに誘おうとはしなかっただろうからね」
真田明人「アイページの印象と違っても、君を『何も知らない子』と判断しなかったのは、あいつが君の寂しさに共感したからなんじゃないかな」
浅葱寧々「──やけに同情的なんですね」
浅葱寧々「(こっちはあんなに無理やり連れ込まれそうになったのに──)」
真田明人「──ごめん。俺だって良いことだとは思ってないよ。けど、人にはいろんな顔がある」
  人にはいろんな顔がある──
  それは確かにそう。
  ここには私の知らない静香がいて、私の知らない静香を知ってる人がいる
  目の前のこの人にだって、私の知らない顔がきっとある──
真田明人「・・・俺もあいつの仲間だと思ってる?」
浅葱寧々「えっ・・・いや、そんなことは・・・」
真田明人「まぁ否定はしないよ。俺もあいつのまわりの一人ではあるから」
真田明人「けど、俺には俺の目的があって、あいつと仲良しこよしするつもりはない」
真田明人「──なんて言い訳がましいかな」
浅葱寧々「(ホテル男にもそう言っていた)」
浅葱寧々「(裏切るつもりか、なんて声も聞こえたけど、一体どういう関係なんだろう)」
真田明人「ともかく、君には君の目的があるのかもしれないけど、本当に誰かと出会う気があるなら、せめて選択肢を変えたほうがいい」
浅葱寧々「・・・はい」
真田明人「じゃあ、俺はこれで」
真田明人「家まで送るって言いたいところだけど、得体の知れない男と一緒は嫌だろうから」
真田明人「──気をつけてね」
浅葱寧々「・・・あ、ありがとうございました」
  そう言って背を向けた彼は、振り向きもせずに去っていった
  そういう気遣いができる人なら心配なさそうだけど、なんて思った私はやっぱり男に騙されそうな素質を持っているのかもしれない
  今回解けた謎もあるけれど、増えた謎のほうが圧倒的に多い気がする。
  その中には私を助けてくれたあの男性のこともある。
  あの人はどうしてあの繁華街にいたのか
  どうして私とホテル男の会話を一部始終知っていたのか
  そして何より、すべて聞いていたはずの彼が静香のことには一切触れずにいてくれたのか
  結局、私は彼の名前を聞きそびれてしまったけれど、
  近い将来、また会うことになるとは、この時の私には知る由もなかった──

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