第一話 再び灯る光(脚本)
〇コンサート会場
急転直下。あるいは晴天の霹靂。
この瞬間、ライブ会場を訪れた数多のファンの心の内は、これ以外の言葉で表せないだろう。
ある者は口をあんぐりと開けたまま、ある者は手に握ったものを落とし、ある者は目を大きく見開いて。
”彼女”の引退宣言は、1分前までの盛り上がり全てを、一瞬で凍結させるに余りある話だった。
アカリ「・・・ごめんなさい。私はもう・・・今日限りで、『Play for stars』を卒業します」
???「嘘だろ・・・?こんなに・・・いきなり?」
「やめるって・・・もうアカリちゃんのことが見られないってことか!?」
「嘘だ・・・!信じられないよ・・・!」
大人気アイドルグループ『Play for stars』のセンターを務めた、文字通りの国民的アイドル、『アカリ』。
初の武道館ライブを成し遂げたその日、彼女は電撃引退。
以後、『アカリ』が表舞台に姿を表すことはなくなった。
〇簡素な一人部屋
『アカリ』の卒業から2年。
村米ダイ「・・・・・・う」
あの時、大勢のファンたちが涙を流した。悲しそうな顔をしてステージを去ったアカリの背中を、膝を落としながら見送った。
そんなファンたちも・・・2年もすれば変わる。
ある者はまた別のアイドルを、ある者はアイドルを離れて別のものを好きになったかもしれない。
情報の流れが速い現代。
新しく何かを見つけることは、難しいことではない。
村米ダイ「・・・・・・はぁ」
こんなにも────過去に囚われて生きている人間など、時代は待ってくれない。
この2年、好きなものを見つけることもなく、何かを思い出すだけの退屈な日々を過ごした。
村米ダイ「なんで・・・まだ忘れられないんだろうな」
村米ダイ「俺・・・そんなにアカリが好きだったか・・・?」
『好き』
理由も要らない純粋な思いすら、今の俺にとっては画面の奥に置いてきたものでしかない。
村米ダイ「ふぅ・・・」
村米ダイ「仕事・・・するか」
もう、自分の空虚さと向き合うことすら諦めた。
空いた穴を埋めようとすることすら、億劫に感じられてしまう。
そうだ。どうせ、俺は────
『走りだせない側』の人間なのだから。
村米ダイ「・・・・・・」
村米ダイ「壁紙・・・変えるか」
〇応接室
株式会社〇〇、本社オフィス。
「────ということで、まぁ・・・導入は見送りということにさせていただければと」
村米ダイ「それは・・・どういった点が問題だったのでしょうか?今からでも、修正は────」
「あぁ、いや・・・使いやすさとかについては特に言うことはないんですがね。我々も会社として動いている以上、信用が重要でして」
知ってる。
この次に出てくる言葉など、聞き飽きている。
「まぁ、その・・・有名な会社さんのサービスの方が安心して使えますし」
「あちらの会社の社長さんとは仲良くさせていただいている部分もありますし、えぇ」
続きは察せと言わんばかりに、担当者の目はチラチラをこちらを窺っている。
村米ダイ「っ・・・・・・!」
見慣れた目だ。
別段、傷つきやしない。
だというのに────なぜ、こうも胸の底が抉られるような不快感を感じなければならない?
村米ダイ「・・・・・・」
村米ダイ「分かりました。失礼します」
今日もまた、壁が立ちふさがっている。
冷たく、押せども押せども動くことのない────壁が。
〇オフィスビル
俺────村米ダイの職業はフリーランスエンジニア。
──と言えば聞こえはいいが、実態は案件を転々としている、不安定極まりない非正規労働者でしかない。
その上、好きな仕事も選べないようでは、いよいよフリーランスになった意味がない。
会社への就職を試みたこともある。
だが、既に作られた巨大な仕組みを理解できなければ仕事ができないことが肌に合わなかった。
ひたむきになることもなく、ただ何かを嫌い続けるだけ。そんな人間が、自力で安定した仕事を取れるわけもない。
気付いた時には、生活を維持するだけで手一杯な状況となっていた。
村米ダイ「う・・・腹減ったな」
村米ダイ「コンビニでパスタでも・・・いや、もったいないな」
村米ダイ「おにぎりで済まそう」
〇簡素な一人部屋
今日もまた、提案は通らなかった。
ジリ貧生活から抜け出すための起死回生の一手として準備していた、自作アプリケーション。
企業で使ってもらえるようなサービスにしたのだが、今のところ提案が通った試しはない。
どこに言っても検討する気すら起こしてもらえず、門前払いが席の山。危うく技術を盗まれそうになることもあった。
フリーでいる以上、俺に命令する者はいない。それはそれで楽だと感じる。
だが──それと共に与えられた『孤独』の心細さときたら、恐ろしいことこの上ない。
『もし俺の横に──俺の作ったものを言葉巧みに紹介してくれるような頼もしい人がいれば』
村米ダイ「いたら・・・・・・最高だなぁ」
こうなった時は、ほんの僅かな癒しを求めて──インターネットの世界にのめり込んでしまう。
根本的には何も変わらないが、それでも・・・画面の明かりを求めずにいられないものだ。
『もしかしたら、このどこかに自分を救ってくれる何かがあるのかもしれない』
そんな希望を、抱けるからだ。
村米ダイ「・・・・・・・・・・・・」
村米ダイ「・・・・・・ん?」
★新規事業立ち上げメンバー募集!★
[急募]エンジニア
共に新時代を切り開いていく仲間を募集しています!
村米ダイ「・・・・・・へぇ。エンジニアがいないのか」
村米ダイ「この前の案件も終わりそうだし・・・ちょうどいいかもしれないな」
いつもと同じように、どこからか目に入った求人広告の詳細をタップし、応募してみる。
気に入ったのは──『仲間』というワードだ。
村米ダイ「まぁ・・・・・・どうせ給料は低いんだろうな」
村米ダイ「新規事業・・・ベンチャー企業か」
村米ダイ「社員は・・・どんな人なんだろうな」
頭には、過去出会った様々な人が浮かんだ。
合わない人もいたが、大半は優しくしてくれたいい人だ。感謝もしている。
だが──彼らは『仲間』だったかと聞かれたら、俺は「違う」と答えるだろう。
ここは漫画の世界でもゲームの世界でもない。
素敵な仲間。
そんな存在など────
〇小さい倉庫
村米ダイ「────は?」
開いた口が塞がらない。
想定外というよりも・・・『ショック』と言った方が、この場合は正しいだろう。
応募した求人の待ち合わせ場所として指定されたのは、整えられた応接室でもなければ、話ができるカフェですらない。
『ボロい』としか言えない古い雑居ビルの屋根裏────天井に頭が届いてしまうほどに窮屈な部屋だった。
村米ダイ「ここがオフィス・・・?」
村米ダイ「(おいおい、大丈夫かよ)」
村米ダイ「(やばい会社に応募しちまったか?今からでも辞退して帰った方が──)」
屋根裏部屋というだけでも十分だというのに、突っ込みどころが次々と見つかる。
窓から差す光に照らされた、舞い散る埃。このオフィスの掃除が行き届いていないことが明白だ。
照明はいまどきのLEDではなく、振動音が止まない蛍光灯。時折光が消えてしまっており、照明にも手入れが届いていない。
少し歩いてみると、ギシギシと音を鳴らす床。この屋根裏部屋が本来の設計用途に合ったものなのかすら怪しいものだ。
そして何よりも──オフィスと呼ぶには、あまりにも不自然なインテリアの数々。
机と呼べるようなものはほとんどなく、椅子もかつて学校で使っていたパイプ椅子のみだ。
他には、何が入っているのか分からない段ボールの山、散乱した服と紙切れ、どこに繋いでいるのか分からない配線の数々。
こんな状態で、一体どうやって仕事をしているというのか。
村米ダイ「・・・ダメだろ、これは」
村米ダイ「むしろ、よく求人広告が出せたな・・・」
既に、俺は『帰る』という選択を決定していた。無駄足だったと諦め、ギィと音がなるドアを開ける。
残念だが、この会社は諦めるしかない。明らかに『ヤバい会社』である。
心残りがあるとするなら──求人広告にあった『仲間』というワードを確かめることもなく終わってしまうということ。そして──
『アカリテラス』という、なんとも引き付けられる会社名の由来を、聞けなかったことだろうか。
村米ダイ「さて────」
「あーーー!来てくれてるーーー!」
高く、明るい声がした。
後悔と諦めを背負って出ていこうとした俺を、その声は途轍もない力で押し留めた。
まるで──その声が、本当に不思議な力を持っているかのように。
村米ダイ「な────え?」
違う。声が俺を押し留めたんじゃない。
俺が、この声を求めていたからだ。
ずっと、こんな声を聞きたかったからだ。
この声だけは取りこぼしてはいけないと、無意識の内に強く思っていたから──
アカリ「始めまして!あなたが、予約していた村米さん?」
村米ダイ「────────」
アカリ「あー、反応的に私のこと知ってる人かな? なら話が早いや」
アカリ「それでは改めて──株式会社アカリテラスの代表取締役社長、細川アカリです!」
アカリ「昔アイドルやってましたけど、卒業してこうやって会社立ち上げてます。よろしく!」
忘れるはずもない、可憐な顔立ちと向日葵のような笑顔。
大好きだった国民的アイドルが────俺の目の前に、戻ってきたのだ。
俺の新たな挑戦の場の、『代表取締役社長』として。
ダイくんにとっては胸アツな展開ですよね!推しが仲間になるっていうのは、最初は感情の整理がつかなさそうですね。今後の2人の関係性も注目したいです!