第二話 乗り越えて(脚本)
〇小さい倉庫
人生は物語ではない。
だが、今起きたこの奇跡を──語らずにはいられない。
村米ダイ「──────」
断言できる。
俺の人生は今日──劇的に変化するに違いない。
アカリ「なるほど、私のファンだったのかー!」
アカリ「豪運だね~、君は」
村米ダイ「いや・・・えと・・・あの・・・」
口が思うように動かない。
脳内に言葉が際限なく溢れてきて、どれを口にすべきか、処理が追い付かない。
アカリ「こんなところで話すのもあれだし、とりあえずそこに座って!」
アカリ「こんな風にちゃんと応募してくれた人は初めてだから、歓迎しちゃうよ!」
村米ダイ「は、はい。わかりました・・・」
とは言われたものの──どこに腰掛ければいいのやら。
後ろを振り返ると、薄暗く汚い謎の部屋。
だが、目の前には花よりも華やかな、かつての推しアイドル。
状況を構成する要素全てが噛み合っていない。
テンパってしまい、中身が空になっていた段ボール箱に座ることを、誰が責められようか。
村米ダイ「──わっ」
アカリ「ありゃ」
村米ダイ「いてて・・・」
アカリ「あ、座るとこないの忘れてた・・・ごめんね」
アカリ「これ、中身がちゃんとある段ボールだよ。これなら座れると思う!」
村米ダイ「ええと・・・はい・・・」
村米ダイ「(・・・そうか、オフィスチェアに座る文化ってもう古い文化なのか・・・)」
彼女もまた、中身が詰まっているであろう段ボールを取り出し、その上に豪快に座った。
こうして、やっとのことで面接の体制が整う。
オフィスとは思えぬ雑居ビルの屋根裏部屋。椅子もなく段ボールに座る中──
かつての国民的アイドルが面接官という、これ以上ないほどに混沌とした状況の中で。
アカリ「面接なんて久しぶりだなー!張り切っちゃうよ!」
〇東京全景
「スタートアップ企業」というものをご存じだろうか。
元々、アメリカ合衆国のカリフォルニア州にある起業の激戦地「シリコンバレー」で使われるようになった言葉だ。
従業員数が少ない企業のことを指す「中小企業」や、設立から間もない企業のことを指す「ベンチャー企業」とは異なり、
事業を通し、「イノベーション」──社会の革新を目的とする企業のことを指す。
正式な定義が不明なため、その統計に確かなものはないが──
近年の日本では経済の低迷からの脱却のため、スタートアップ企業の躍進を求める声が増えており、数は増加傾向にあるらしい。
とはいえ、まだまだ課題は多い。
最大の課題は、起業に取り組む人材の不足だ。
どれほど価値のある目的を掲げていたとしても、共に事業を作っていく従業員がいなければ事業の成立は難しい。
故に──挑戦を続ける若者の存在は、非常に大きな期待を背負っているのだ。
〇小さい倉庫
村米ダイ「──っていう仕事をしてまして」
アカリ「え、じゃあ自分でサービス作れたりもするの?!」
村米ダイ「はい、作れます。開発なら任せてください」
アカリ「うわ、めちゃくちゃ頼もしい! すごい人に来てもらっちゃった♡」
アカリ「それに、ちゃんと仕事した経験がある人、まだウチにはいないから、すごく助かるよ」
村米ダイ「お力になれるようで良かったです!」
村米ダイ「(うおおおおおおおおおおおおおおやべぇやべぇ)」
村米ダイ「(アカリだ、本物のアカリだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)」
ドルオタの本懐、ここに至れり。
忘れかけた押し活の日々、過去のものとなってしまった、ステージ上の姿。
それら全てが一瞬にして脳内に黄泉がえり────
俺は今──最高にキレてる男となったのだ!
アカリ「もっと砕けた感じでいいよ!この会社で敬語使ってる人なんていないから!」
アカリ「これからは「ダイくん」って呼ぶね。私のことも「アカリ」でいいよ」
村米ダイ「────────ぅ」
アカリ「えぇ?! だ、大丈夫?」
村米ダイ「ぐ・・・だだだ、大丈夫、です・・・」
嘘である。
この男────既に致死レベルの感情に至っているのである。
それも仕方のないこと。
ただでさえ人との交流が少ない俺は、異性への耐性も紙切れのように脆い。
そんな俺が、突如として元国民的アイドルを目の当たりにするとどうなるか。
答えは、これ以上ない形で、体に表れてしまった。
アカリ「えっと・・・い、いきなり呼び捨ては嫌だったかな・・・」
村米ダイ「いえ、嬉しいです。これからもその呼び方でお願いします。何卒」
アカリ「そう? なら良かった」
アカリ「さてと、それじゃあ、ここからはこの会社──「ヒカリテラス」の話を始めていこうかな!」
会社説明を受け、採用される前に必要な情報を教えてもらうが──正直な話、必要のないことだ
何せ、俺の気持ちは既に決まっているのだから。
村米ダイ「(神様、仏様、本当にありがとうございます)」
村米ダイ「(明日から──アカリに誓って、怠惰な生活はしません)」
村米ダイ「(死ぬほど働いて、全力でアカリのために尽くします!!!)」
その後、アカリからの全ての質問に「はい」「もちろんです」「お任せください」「問題ありません」と答え続け──
俺は、『アカリテラス』のエンジニアとして採用されることが決定した。
〇簡素な一人部屋
村米ダイ「~♪」
帰宅後、ノリノリになりながらパソコンと向かい合った。
こんなにも楽しい気分になってパソコンに向き合うのは、本当に数年ぶりな気がする。
普段は絶対にしない行動も、今なら軽々とできそうだ。
一人で踊ることすらできるテンションである。
村米ダイ「(明日からアカリの会社、明日からアカリの会社・・・)」
村米ダイ「・・・・・・」
村米ダイ「・・・・・・俺、すげぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
思いを口にすることすら、今では快感である。
俺は初めて、歓喜を口にすることの幸せを知った。
村米ダイ「ここまでの苦労も、準備だと思えばいい」
村米ダイ「試しに色んなものを作って、本当に良かった。これなら、アカリの役に立てそうだ」
俺が今パソコンで開いているのは、一人で作ってきた自作アプリケーションである。
ゆくゆくは企業を相手として営業してみる予定だったが、営業の目途は立っていなかった。
そのため、これを推しの会社に捧げることに、何ら抵抗はない。
この時のために作り続けてきた過去の自分に心の底から感謝しよう。
村米ダイ「────さて、これでいつでもリリースできる状態だ」
村米ダイ「明日、早速見せに行こう。 アカリは・・・どんな反応をしてくれるかな・・・」
妄想は留まることを知らない。
〇小さい倉庫
アカリ「すごいよダイくん、こんなものが作れるなんて!」
〇簡素な一人部屋
村米ダイ「はは・・・楽しみだな」
こうして俺は、満面の笑みを浮かべながら床に就いた。
これまでにない、光に照らされた明日を思い浮かべながら────
〇小さい倉庫
村米ダイ「おはようございます!」
これまた久しぶりとなる、元気のいい挨拶。ボロボロのオフィスも、今となっては輝いて見える。
今日から俺は、あのアカリの部下としてここで働くことになるのだ。
気分が高揚して仕方がない。
机も椅子もないが、Wi-Fiは飛んでいるし、仕事はできる。
地べたに座り、段ボールを机にしてノートパソコンを開いた。
アカリが出社するのはもう少ししてからだと聞いている。それまでに、提出するアプリの調整を済ませようと考えた。
村米ダイ「・・・・・・」
村米ダイ「・・・・・・ん?」
部屋の隅で、何かが動いたような気がした。
扉の鍵は開いていたので、先に誰かが来ていたのだろうが、姿が見えないということは外に出ているのだろう。
まさか────部屋の隅に丸まっている布の塊が人のはずは────
村米ダイ「────────」
村米ダイ「うわぁっ!?」
布の塊から、手が飛び出した。
村米ダイ「ぎゃあああああああああああ!?」
「うるさ・・・誰だよ・・・」
布の塊────寝袋から出てきたのは、人間だった。
それも────部屋の隅に丸まっていることが似つかわしくない────
???「────誰?」
可憐な見た目をした少女だった。
大変だけどやりがい充分なスタートアップ企業、しかも元”推し”の会社。ダイくんは浮かれて当然ですね!さらにはラストで新キャラも、、、面白いことになりそうですね!