海からの脅威(脚本)
〇CDの散乱した部屋
では次のニュースです
魔導結社『終焉の13』<サーティーン>が壊滅してから今日で3年が経ちました
今年も犠牲となった方々、戦った英雄たちの慰霊と、街の復興の願いを込めた式典が行われ──
「『13』の壊滅から丁度3年か・・・」
「世間様は復興の式典で大盛り上がりみたいだね」
ティコ「目の前には既に別の脅威があるというのに、人間とは度し難いものだな」
「ティコ、『掃除』は終わったの?」
ティコ「イエス、マスター」
「今回は余計なものにまで手を付けていないだろうね?」
ティコ「完璧な仕事と言わせてもらおう」
「ずいぶんな自信じゃないか。どれどれ」
博士「・・・」
ティコ「どうだ?」
博士「って、全然片付てないし! 埃もたまったままだし! ゴミも落ちっぱなしだし!」
ティコ「余計なものには手をつけていない」
博士「余計なものの範疇がわかってねー! あー、もう! どうラーニングすりゃ『掃除』を覚えてくれるんだよ!」
ティコ「マスター、次はどいつを片付ければいい?」
博士「あー、じゃあ『皿洗い』でもやっててよ」
ティコ「イエス、マスター」
博士「はぁ・・・ まさか最強の怪人が1年間ラーニングして皿洗いぐらいしかまともに出来ないってね」
博士「やれやれ、どうしたもんかねー」
不意に日常に似つかわしくないラッパの旋律が鳴り響く。仕事用の着信音だ
博士「おっとー」
博士「あーねー、お仕事の時間が来ちゃったね」
博士「はい、こちら『25時のトランペッター』です。あー、教授? おひさー」
博士「うん、うん・・・。わかったー、すぐにそっちに向かうよ。それじゃ、詳しいことは現地で」
ティコ「見つかったのか、新たな脅威が」
博士「そだねー。まだ眠ってるらしいから、いつも通り今のうちに対処しておかないとね」
博士「それじゃあ、いこうか。怪獣退治に」
ティコ「イエス、マスター」
ティコ「それとマスター」
博士「ん?」
ティコ「食器用洗剤が切れたから帰りに買って貰えるだろうか」
〇空
怪獣災害──
有史以前からその存在を確認されている天災である
昭和と呼ばれた時代をピークにその被害は減少してゆき、この数十年は目撃報告すらなくなっていた
また終末思想のカルト集団『終焉の13』の怪人による無差別襲撃という脅威の前に怪獣はその存在すら忘れさられていった
ティコ「怪獣の発見件数は『13』が壊滅した年は1件とある。それが日に日に増えてゆき、今では月に1件か」
博士「『13』っていう危険がなくなったからね。どこの国も攻めるためか守るためか知らんけど軍拡の兵器開発してるんだ」
博士「その実験の影響で今まで地中深く眠っていた怪獣を呼び起こしてるんだよ」
ティコ「『13』によって人類は最盛期の半分にまで数を減らしたという識者もいる。なのにまだ数を減らしたいのか」
博士「『13』の観測では32%らしいけどね」
博士「ところで、まだつかないのー? いい加減、抱きかかえられながら飛ぶのも辛くなってきたんだけど」
ティコ「速度をマッハまであげれば1分かからず到着する」
博士「あー、うん。それはまだ人類には早すぎるから、このままでいいや」
ティコ「イエス、マスター」
〇研究施設の玄関前
ティコ「到着だ」
博士「うー・・・」
翠「ティコちゃん!」
間宮教授「お久しぶりです、博士、ティコ君」
到着した研究所では教授とその娘・翠が出迎えに立っていた
間宮教授──
怪獣災害研究施設の研究者の一人。施設に泊まり込みで怪獣災害を事前に防ぐための研究を続けている
怪人である私のことも認知しながらも他意なく接する数少ない人物だ
博士「どもどもー・・・」
博士「あのね、積もる話とか社交辞令とかいっぱいあるだろうけど」
博士「話は横になってからでいい?」
間宮教授「いつもの長旅でお疲れでしたか。すぐ手配させますので」
ティコ「マスター」
博士「なに、どうしたの? なにか優しい言葉でもくれるの?」
ティコ「今のうちに洗剤を買ってきてもいいだろうか?」
博士「うわーん、こいつ、まだ皿洗いのことしか考えてねー」
〇病院の診察室
朱美「こちら、お茶です。ペットボトルで申し訳ないですが」
博士「ありがとー。ぷはぁ、マジで生き返る!」
朱美「では何かあればお呼びください」
博士「はいはーい!」
朱美「・・・」
朱美「いくよ、翠」
翠「わたし、ここにいるー。ティコちゃんにえほんをよんであげるの」
朱美「・・・そう」
間宮教授「すみません、娘が不躾な態度を」
博士「いーのいーの。むしろ裏表なくていいじゃん」
翠「ティコちゃん、どのえほんがいい?」
ティコ「勇者の話を所望する」
翠「しょもー?」
ティコ「読んでほしい、ということだ」
翠「じゃあ、このえほんをよんであげるね」
ティコ「感謝する」
博士「妹ちゃんが物心つく頃には『13』なんて壊滅してるからね。怪人に抵抗ないかもだけど」
博士「『13』を知ってたらね、親しげな態度なんてねぇ」
間宮教授「でもあなたは『13』の人質だっただけで」
博士「でもボクのじいさんは『13』で怪人を造った科学者で」
博士「ボクを育てたのは『13』の研究者たちで」
博士「今や怪人を生み出し連れ歩いている」
博士「『13』と同列と見なして当然でしょ」
間宮教授「ですが」
博士「やめやめ! 今はさ、怪獣をどうにかするのが先でしょ」
間宮教授「・・・そう、ですね」
〇海辺の街
博士「データを見る限り、休眠中の怪獣は『汚いおっさん』かー。やだなー」
『汚いおっさん』
身長40mを越える怪獣
昭和に出現した怪獣「サ〇ダ」「ガ〇ラ」の亜種と推測される
獰猛で人間を捕食する。特に若い女性を好む
博士「あいつ怪獣のくせに服まで着てさ、おまけに笑顔がなんかムカつくんだよね」
ティコ「命令があれば、すぐに始末する」
博士「何度も言うけど無理だから」
博士「分厚い皮膚と脂肪の壁が大抵の攻撃を防いでしまう。戦車程度じゃ相手にならないだろうね」
間宮教授「記録ではメーサー兵器で対応したとありますね。撃退には至らなかったようですが」
ティコ「私の『パイルバンカー』を急所にあてれば絶命できるはずだ」
博士「可能ではあるけど、あれの射程は3m。強烈な反動があるから足場がないところでは使えない」
博士「40mのデカブツの急所にどうやって近づくのさ。あんなのを想定して作ってないんだよ」
間宮教授「やはり海中の温度を下げて冬眠状態にするのが良策でしょうか」
博士「麻酔薬も流し込んで眠らせた上で海溝へ沈めようぜ」
教授「それ、近隣住民や政府から猛反対されそうなんですが」
博士「そこは想定被害を3割増しにして脅すとかして頑張ってよ」
こうして『怪獣海溝』作戦の準備が始まった
〇病院の診察室
それは政府や近隣住民を納得させる会議が10日目に達したときに発生した
博士「な、なんだ!?」
ティコ「おっさんのバイタルが急上昇している。既に覚醒状態だ」
間宮教授「大変です! 奴が活動を始めました!」
博士「馬鹿な!? いくらなんでも急すぎる」
間宮教授「他国の工作員がサンプル回収を試みたようです。警備していた警官が止めに入った時には手遅れでした」
間宮教授「奴は人の集まっているこの施設を目指しています。自衛隊が応戦しているうちに避難を!」
〇海辺の街
戦車部隊がおっさんを迎撃するが、侵攻を遅らせることすらできていない
奴が一薙ぎすれば戦車部隊はたやすく打ち払われた
博士「想定よりも進行速度が速い。工作員を食ったな、こいつ」
怪獣発見時に近隣の住民は避難をしているため、おっさんはまだ人の残る施設を真っすぐに目指している
ティコ「命令を貰えればすぐに出る」
博士「いやダメだ。あそこに怪人が現れたら現場が混乱する。それより住民の避難は?」
ティコ「まだ70%。奴が到達した時点での想定は85%」
博士「だー、間に合わねぇー! つーか、おっさんのくせになんであんなに早いんだよ!」
博士「おっさんの動きが止まった?」
ティコ「おっさんは何をみて──」
ティコ「マスター! 翠と姉だ! おっさんは二人を目標に定めている!」
博士「なっ!? 幼女を手を出そうとしてるのか? 汚い! なんて汚いおっさんなんだ!」
ティコ「行くぞ、マスター!」
博士「ちょっ、待っ! お前の全速は人類には早すぎぶえぇぇぇぇ!」
〇街中の公園
朱美「・・・もうダメ」
「ティコー!」
ティコ「二人とも無事か?」
博士「ぜー、ぜー・・・ 間に合った!」
朱美「ティコ・・・さん? なんで、怪人が私たちを守って」
ティコ「何か問題があるのか?」
朱美「・・・いえ」
博士「良かった、みんな無事で」
博士「とにかく二人ともこっちへ! ボク達の避難が終わったらお前もすぐ逃げろ!」
ティコ「マスター、撤退命令はノーだ」
博士「な!?」
ティコ「今ここで倒さなければ、奴は欲求を満たすため人を喰らいながら、しつこく翠を追い続けるだろう」
ティコ「あぁ、なんだろうな。その惨状を想像するだけで思考が激しく乱れ体が熱くなる」
ティコ「なるほど、これが「なんかムカつく」というやつか」
博士「あのバカ、変なことをラーニングしやがって」
博士「くぅ、ほとんど勝ち目なんてないっていうのに・・・」
博士「わかったよ! ボクがサポートする。どうにかして奴を倒すぞ!」
ティコ「イエス、マスター!」
〇海辺の街
博士「斬撃も爆撃も効果はイマイチか」
朱美「殴っただけで地面がえぐれて・・・」
博士「なんつー威力だ。当たったらいくらお前でも無事には済まないぞ!」
ティコ「奴の速度は十分に避けられる程度のものだ」
博士「でもこのままじゃジリ貧だ」
博士「ティコ!」
「既に避けている。問題な──」
おっさんの横薙ぎを躱した先に待ち受けていたのは、その大きな口だった──
〇魔界
博士「ティコ! 無事か!?」
ティコ「無事だ。口内で踏みとどまっているが」
ティコ「ここは恐ろしく臭い。マスターが洗濯を忘れたジャージを越える悪臭だ」
博士「通信状態が悪くてよく聞き取れないけど、無事でよかった」
ティコ「しかし凄まじい腕力に攻撃範囲だ。おまけに食われるとはな」
ティコ「怪人では怪獣に勝てないというのも頷ける」
博士「やっと分かったか」
ティコ「私に与えられた命令が『13』の怪人と同じ『破壊』だったら、勝てなかったろうよ」
ティコ「だが私にマスターがくれた命令は違う」
博士「ったく、命令一つで何かが変わるわけないだろ。でもまあ・・・」
博士「そう思うならそいつの天辺ぶち抜いてやれ!」
ティコ「イエス、マスター!」
リアクション・アンカー起動
ティコ「アンカーを打ち込まれて痛むか。内側は脆いな」
パイルバンカー射出準備──
ティコ「でかくても身体構造に差異はない。この真上に貴様の脳があるんだろ?」
パイルバンカー射出!
超圧縮された合金の杭が、おっさんの口蓋を打ち抜く
その衝撃は脳にも達し破壊した
ティコ「翠が聞かせてくれた英雄譚でも巨人殺しは体内から攻撃してたな」
〇海辺の街
〇街中の公園
ティコ「『汚いおっさん』退治完了だ」
博士「まったく、心配かけ──」
博士「って、臭っ! 洗濯忘れて放置してたジャージより臭い!」
翠「くさくて、きもちわるい・・・」
朱美「助けてもらってなんですが・・・ 臭いです。あまり近寄らないでください」
ティコ「・・・」
博士「と、とにかく無事で良かったよ」
ティコ「当然だ。私にはまだ未達成の任務『皿洗い』、『掃除』、『洗濯』がある。それと『一緒に──」
博士「わー! わー! それを人前で言うな!」
博士「そもそもお前、皿洗いしかまともにできないじゃないか。まずはラーニングし直してこい!」
朱美「掃除と洗濯・・・ 私が教えましょうか?」
博士「え? いいの?」
朱美「恩返しくらいはさせてください」
博士「うぇーい!」
ティコ「うぇーい! 感謝する」
朱美「あ、近づくのはちょっと・・・」
朱美「臭いので・・・」
タイトルの「25時のトランペッター」の意味を知ってから読み返してみましたが、また一味違って感慨深いです。汚いおっさんの口内に入って内側から破壊するとは。ティコにしかできないミッションですね。
フランケンシュタイン「こんなのが私の末裔なのか……」
各個のキャラ作りがきちんとされていて、息づかいが感じられました。タイトルのセンスが抜群にかっこいいです。
世界観設定も良くて、文字数制限が憎いと思いました。もっと長めで読みたい作品です。面白かったです。