デスゲームに参加したくないので小料理屋始めました!

AAKI

予約5.花・エディブルとダシ巻き卵(脚本)

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〇広い厨房
芹沢 鴨姫「――とまぁ、熱い友情を交わしたわけだよ」
  鴨姫は『人生』へやってくる前のことを一通り話終えた。
  笑い話かのように――笑顔で語っているが、葉大がまともの聞けた範囲以外にもケガがある。
  止血しかしていないような状態で、よくもここまで笑っていられるものである。
朝生 葉大「大丈夫なんですか?」
  傷の具合を聞くだけしかできなかった。
芹沢 鴨姫「あぁ、薫ちゃんなら、邪魔してきた別の獲物を相手してる間にこっちを優先したからまた今度かな」
朝生 葉大「いや、そういうことじゃなくて・・・」
  鴨姫のかわらない見当違いの返答に困惑する。
芹沢 鴨姫「あぁ、薫ちゃんの出身地は──」
  聞いてもいないことをつらつらと話し始める。
芹沢 鴨姫「――ま、どれも役に立たないみたいだけどね」
  命がけで手に入れた薫の情報も、集めてみればあまり意味をなさない。
  きっと、葉大に教えたことも、個人情報を知った葉大も、彼女は許さないことだろう。
朝生 葉大「あー、もう良いです・・・」
芹沢 鴨姫「おん?」
朝生 葉大「いえ、これ以上は根木さんが恥ずかしがるんで」
芹沢 鴨姫「ははは、かもね!」
  笑う彼女は、果たしてわざとそうしているのだろうか。
朝生 葉大「それはそうと、そろそろ次のお客さんがくる頃合いですね」
  タイミング良く話題をそらす方法を思いついた。
芹沢 鴨姫「おぉっと、今回は少し遅かったからねぇ」
  一応、今日の日替わり分は堪能し終えたので問題はないが、もう少し楽しみたかったという表情だ。
芹沢 鴨姫「次は~」
朝生 葉大「花・エディブルさんって方ですね」
  予約を確認する二人。
芹沢 鴨姫「ふーん、どんな感じの人?」
朝生 葉大「気の弱そうな、高校生か大学生くらいの女性ですね」
  鴨姫の何気ない質問に答えた。
芹沢 鴨姫「ふ~ん!」
芹沢 鴨姫「へぇぇ!」
  途端に、彼女はおかしな反応を示しす。
朝生 葉大「えぇっと?」
朝生 葉大「ご存知の方なんです?」
  花という女性と何らかの確執があるのかとも考えたが、なにやら違う様子だ。
芹沢 鴨姫「うぅん」
芹沢 鴨姫「ただ、葉大が少し嬉しそうに見えてね」
  そう言ってから、鴨姫は不思議そうに首をかしげた。
芹沢 鴨姫「なぜ私は、不機嫌になっているんだね?」
朝生 葉大「いや、そんなことを聞かれてもですね・・・」
  当人にもわからない不機嫌の理由などどうすれば良いというのか。
朝生 葉大「と、とりあえず、他人がいると落ち着いて食事できないかもしれませんし?」
  予約を入れたときのことを思い出し、花が怖がらないよう鴨姫をさりげなく退店させる。
  しかし、珍しく食い下がってくる。
芹沢 鴨姫「いや、神聖なるキッチンに入ることを許してもらうよ」
  そう言って、カウンターを迂回して葉大の方に回り込んできた。
朝生 葉大「えぇっ!」
芹沢 鴨姫「6日目で、2階を使っていた参加者がこっちに来てるだろう」
  鴨姫の言う通り、上の階の個室から始まった人達が集まって来ている。
芹沢 鴨姫「私も情報収集のアドバイスをできるように、話を聞いておきたいと思うんだよ」
朝生 葉大「う・・・」
  鴨姫が傍にいて迷惑ということもないので、決定的に断る理由はない。
  また、共通点が個人情報にないならば他の気付きが必要になる。
朝生 葉大「わ、分かりました」
朝生 葉大「静かにお願いしますね」
芹沢 鴨姫「もちろん」
  葉大の注意に答えて、鴨姫はカウンターの影に隠れて様子を伺うことになった。

〇広い厨房
花・エディブル「こ、こんにち・・・こんばんは」
  その女性は周囲を警戒しつつやってきた。
  細い。
  肉体的な意味だけではなく、心も。
朝生 葉大「いらっしゃいませ」
  ちょっとのショックで切れてしまいそうなか弱い気配を、精一杯に気遣って笑って見せる葉大。
  この程度にも大きく体を跳ねさせるような女性だ。
  おどおどとする花に、それ以上は声をかけず手で座席を示す。
  卒業式の中でパイプ椅子を動かすときのように、恐る恐る引き座した。
  小さな音を立てることさえ死につながるとでも言わんばかりだ。
朝生 葉大「ここは結構安全ですから、気を揉まずにお召し上がりください」
花・エディブル「は、はい・・・」
  葉大の言葉に答えた後も、気持ちを落ち着かせようとしてか腕や足を手で撫でる仕草をする。
朝生 葉大「心配でしたら毒見はしますが?」
  一応、不安がっている人への変わらない対応をしてみせる。
花・エディブル「大丈夫、です・・・」
  そこまで疑っていないようで、断ってからハシを手にする。
  所作こそ鴨姫ほどでないとはいえ、大多数の中ではキレイなものである。
  心なしか彼女の表情は和らいで見えた。
花・エディブル「美味しい・・・です」
  しばらく、いくつかの料理を食べてから出てきた感想は、そのタンパクな一言だった。
  しかし、本心からの評価だとわかるため葉大もニコやかである。
朝生 葉大「お気に召していただけてなによりです」
  そしてまた、いくらかの沈黙。
  ハシは止めていないあたり舌鼓を打っているのだろう。
  体躯に似合わず食事量も多い。
  一通りの料理を食べ終えたところで、ハシを置くでもなくジッと黙りこくってしまう。
朝生 葉大「えっと、何か・・・?」
花・エディブル「いえ」
  何かを言いかけて少し考えている様子の花。
花・エディブル「その、だし巻き卵を・・・」
朝生 葉大「だし巻き・・・?」
朝生 葉大「あぁ、えっと、作れますよ」
  花が何を求めているのかを理解して了承する。
  首を縦に振るのを見て、葉大は注文の品を作り始める。
朝生 葉大「フワフワな卵焼きを作るには牛乳を入れると良いんですよ」
花・エディブル「あぁ、一ヶ月前に『試してゲッテン』でやってましたね」
  何気ない話にも答えてくれるようになった。
朝生 葉大「仕事中に見た番組なので詳しくは覚えてませんけど、料理人の顔が立たなくなりますね」
  笑い話に変えて場を和ませる。
花・エディブル「そうですね」
花・エディブル「情報社会って、商売をやっている人は大変かもしれませんね」
  社交性がないといったタイプではないのがわかってくる。
朝生 葉大「家でも簡単に作れるんでしょうけど、何か思い入れでも?」
  わざわざ注文するくらいなのだから理由があるのだろうと思って、聞いてみた。
  さすがに踏み込みすぎたのか、花はやや目を細めて黙ってしまう。
朝生 葉大「あ、プライベートなことなら無理に離さなくても構いません」
花・エディブル「いえ・・・母が作ってくれたんです」
花・エディブル「受験勉強の夜食に」
  それほど重たい話でなくて安堵する。
  ただ、花の心をほぐすのに必要な情報ではあった。
  だし巻き卵が一通り形になり、蒸らしている間にもうひと手間を加える。
朝生 葉大「こんな風に、オニギリと一緒にですね」
  そう状況を推理したのだ。
花・エディブル「あぁ・・・懐かしいです」
  花の浮かべた笑顔から、予想が当たっていたことを知る。
花・エディブル「フワフワで白身がトロッと流れでてくるだし巻きと塩オニギリ」
  大変な戦争に挑んできたのだろう。
  そんな勉強の合間に食べる愛情のこもった夜食だけが、心の救いだったのだろう。
花・エディブル「ペロ」
花・エディブル「とても、美味しかったです」
  指についた米の一粒まで残さず食べ終え、ごちそうさまと手を合わせる。
朝生 葉大「ありがとうございます」
花・エディブル「こんなにステキなお店ならもっと早くに来ておけばよかった」
朝生 葉大「いやぁ~」
  満面の笑みでホメられ、店主として非常に照れくさかった。
芹沢 鴨姫「・・・」
  そんな喜びも長くは続かず、鴨姫の不機嫌なオーラが漂った。
  これまで上手いぐらいに気配を消していただけに、降って湧いたような不穏さに葉大の額から冷や汗を滴らせる。
花・エディブル「どうかしました?」
朝生 葉大「い、いえ、危うく材料を落としそうになったので・・・」
  なんとか鴨姫のことをごまかしたが、不機嫌の理由まではわからない。
花・エディブル「あの、食べた後ですみませんが・・・その」
花・エディブル「支払えるものが・・・」
  花の方から話題を変えてくれた。
朝生 葉大「あぁ、えっと、また今度でも良いですけど」
  年齢のこともあって甘くなってしまう葉大。
  イヤな空気がさらに大きくなった。
朝生 葉大「小さなナイフの一本でも良いですよ」
  話が終わってしまうことを鴨姫が苛立ったのだと勘違いして、適当に話を引き延ばそうとする。
朝生 葉大「それこそ、デスゲームの情報でも・・・」
  ストレートな物言いだったが、葉大は苦肉の策を持ち出してみる。
花・エディブル「えっ?」
花・エディブル「あー・・・」
  そんな行き当たりばったりのセリフに、花はなにやら思い当たることがあるのか視線を左右に泳がせた。
花・エディブル「その、役に立つかわかりませんが、1つだけ・・・」
  葉大が聞き出そうとする前に、花が言葉を続ける。
  鴨姫の気配も止む。
朝生 葉大「えぇっ、何か知ってるんですか?」
花・エディブル「は、はい・・・」
朝生 葉大「あ、驚かせてすみません」
  花が困った顔をしたのを見て、少しがっつき過ぎてしまったことを反省する。
花・エディブル「い、いえ、大丈夫です・・・」
  花は気を取り直して話し始める。
花・エディブル「とある日に、都内の自然公園を通り抜けた人たちが、ここに集められているんだと思います」
花・エディブル「一定の時間のうちというのも」
  話す内容を整理していなかったのか、ややしどろもどろに紡ぐ。
  そんな内容でも、記憶にある自然公園や日々のルーチンから思い至ることはあった。
朝生 葉大「小谷田自然公園、ですか?」
花・エディブル「はい」
花・エディブル「半年くらい前の、10月2日、夜中9時から11時の間に、です」
  具体的な内容が出揃ってきた。
花・エディブル「試験勉強中で、外を見ていたときに通りかかったのが参加者の人たちでした」
朝生 葉大「俺のことも?」
  まさか自分のことも見られていたとは思わなかった。
花・エディブル「えぇ・・・全員かまではわかりませんが、ほぼほぼ一致してます」
  意外な共通点が判明したので驚く。
  しかし、だからといってその日その時間に何があるというのか。
朝生 葉大「何か心当たりでも?」
花・エディブル「・・・」
  花に尋ねるも、彼女は少し考える振りをした。
花・エディブル「すみません、これ以上はなんの確証もないので、私の口からは」
  賢い花は、自分の言葉がゲームに及ぼすものをわかって口をつぐんだ。
朝生 葉大「あ、あぁ・・・そうですね」
  葉大もまた、これ以上は聞く権利がないと自覚して話を打ち切ることにした。
  ただ、手がかりのなかったいままでにくらべれば大きく進展した。
朝生 葉大「今日はありがとうございました」
花・エディブル「いえ、こちらこそ美味しい料理をありがとうございます」
朝生 葉大「またのご来店をお待ちしております」
  そうアイサツをして、次なる予約も入れて別れる。
朝生 葉大「ふぅ・・・それで、あの・・・」
芹沢 鴨姫「なかなかに興味深いことがわかったよ」
  カウンターの下から出てきた鴨姫は、葉大の言葉を無視するかのようにつぶやく。
  怒っているといった様子はない。
芹沢 鴨姫「今日はこれで失礼する」
  鴨姫はそれだけいうと、振り返らずにお店を出ていってしまった。
朝生 葉大「え?」
朝生 葉大「えっと・・・やっぱり何かに怒ったのかなぁ?」
  花とは別方向へ向かう姿を、戸惑いながらも見送るのだった。

次のエピソード:予約6.根木 薫とチョコピスタチオ

コメント

  • 鴨姫さんの様子が本当に可愛らしいですね!
    それにしても、花さんの心を解きほぐしただし巻き卵、食べてみたいですね。ちなみにだし巻き卵の甘さについての好みは、大のオトナが喧嘩する原因ともなるネタなので恐ろしくて口に出せませんがw

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