白銀のモデル

千才森は準備中

人間(脚本)

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〇白い玄関
  涙を流しきったら、再び姿見の前に立つ。
  私の100年の記憶には、様々な
   “人間らしい” ポーズが刻み込まれている。
  望んで覚えた物もあれば、
  望まれて覚えさせられた物もあり、
  それらを操ることで時に淡く、時に激しく
  人間たちとの関係を滑らかに回してきた。
  でも・・・。

〇華やかな裏庭
  軽く曲げた膝に手を置いたら、
  前屈みになって上目遣いを送る。
  人間の骨格ではキツい姿勢かもしれないけど、この躰なら苦もなく胸を張れる。
  この時の主はマンガやアニメに傾倒していた。現実世界には居場所がないんだと、自虐的なつぶやきも、時々耳にしていた。
  そんな主に、空想世界から悪戯を仕掛けるように、
  蠱惑的な笑顔を浮かべながら、
  小首をかしげて見せる。
  あの時は・・・そう。
  三日月のように反らせた背中に
  漆黒の翼を付けていたっけ。
  背も翼も ツンと鋭く反っていたけど、
  両腕で閉じ込めた胸の谷間は
  柔らかな膨らみを形作り、
  そのアンバランスな姿態を、
  当時の主は蕩けるように喜んでくれた。
  悪魔を模した衣装に合わせてリクエスト
  された仕草は、私を幼く変えていく。
  主の眼差しに込められた微熱と、
  視線の向かう先から
  望まれているイメージを受け取った。
  舌足らずな声をつくり、
  稚拙で、それなのに計算高い おねだり。
  言葉に変えられなかった主の願いを体現できる喜びに、気分が高揚してくる。
  もちろん、主も。
  色を帯びた勢いのまま、更に奥へ。
  主の心の深層へと食い込んでいった。
  仕草で、言葉で、視線で――。
  晩秋の夜更けに熱く、主の心をくすぐった。
  でも・・・
  いつだって求められたのは

〇海岸の岩場
  ペタッと岩場に腰を落とす。
  膝を曲げて足の先を外側へと広げたら、
  両手を前に突き出して、だらしなく口を開いた。
  人間らしさを出すために備わっている
  眼球の湿潤機能を止めると、
  瞳から艶が失われていく。
  演出したのは、非現実な空虚さを醸し出す視線。
  マカロンにも似た
  甘い色合いのフリル付き水着に、
  穢れを知らずに過ごしていた夏休みから持ってきたかのような、安っぽい麦わら帽子を合わせた。
  赤くなった膝を濡らす、小さな飛沫たち。
  陽差しの強さに負けちゃいそうな波の音。
  彼らは、きっと海には帰れない。
  そういった景色が浮かび上がらせる
  幼気(いたいけ)な詩情を、
  人工的な現実の檻を想起させる
  空っぽの乾いた瞳が 打ち砕く。
  不安定すぎる岩場の上で、
  激しい口づけを交わし合った。
  当時の私は、まだ機微に疎くて
  この仕草と情景から得られる満足感を
  理解できなかった。
  くっついてるのに理解できないもどかしさに震えていたのを覚えてる。
  どうしても主の心を知りたくなった。
  お互いに濡らし合う唇が離れた隙に、
  息継ぎの合間に聞いてみたけど
  行為の最中に言葉はなかった。
  それでも、手を繋いだ帰り道で
  倒錯的な支配欲だよ?
  いつだって優しかった この時の主は、
  神様にさえ聞こえないような声で、
  答えを教えてくれた。
  でも・・・。
  いつだって求められたのは
  ありのままの私ではなくて

〇銀杏並木道
  籐で編まれた手提げのバッグに
  果物をいっぱい詰めて、
  落ち葉の並木道を二人で歩く。
  見てくれているのを見計らって、
  主の前でくるりと回った。
  一拍遅れて、長いスカートの裾が追いかけてくる。
  これなら、燃えるような紅葉並木の下でも
  映えるんじゃないかな?
  そう言ってプレゼントされたのは、
  青と白の鮮やかなワンピースだった。
  その時の主は、長い時間の中で最も幼く
  無垢な方だった。
  だから、プレゼントには
  大人びた駆け引きもなく、
  粘度の高い欲の体現でもなくて、
  ただただ、落ち葉の中に空を映し出す
  水溜まりを作りたかったんだろうなって
  予想を立てた。

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