マッチングアプリ 『4cLets』

花柳都子

マッチングアプリの罠(脚本)

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花柳都子

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〇店の入口
浅葱寧々「(・・・来てしまった)」
浅葱寧々「(ついにこの日が──)」
  あれからすぐに私はマッチングを開始した。
  スマホの画面にずらりと男性の写真が並び、それぞれのアイページを確認できるようになった。
  アイページとは──
  あなた自身を紹介するページです。
  マッチング相手に見られることを意識して、
  愛が伝わるように作成しましょう。
浅葱寧々「(・・・なんて書いてあったけど)」
浅葱寧々「(正直、私には『私を私』と認識してもらえるだけの特記すべき項目がない)」
  けれど実際に私が相手と会うことを考えると、静香に寄せて書くわけにもいかない。
  結局、私はできるだけ多くの人と知り合えるような回答を入力して登録を完了したのだけど──

〇綺麗な部屋
浅葱寧々「(・・・・・・)」
浅葱寧々「(男は星の数ほどいるって言うけど──)」
浅葱寧々「(たった一つボタンを押しただけで、こんなに・・・)」
  この中から静香と出会った男性を突き止めるなんて、無謀としか言いようがない──
浅葱寧々「・・・・・・いや、やるって決めたでしょ」
  当然ながら、相手のアイページの精査にはおそろしく難儀した。
浅葱寧々「(・・・うーん、静香の全てを知ってるわけでもなし)」
  そもそも静香と会った男性が、本当に今この瞬間、私とマッチングしているかどうかすらわからないというのに──
浅葱寧々「(こういうときは・・・)」
浅葱寧々「(静香のSNSにヒントがあるかも)」
浅葱寧々「(そう、最初の頃に出会った男性はお洒落で容姿に気を遣ってそうな感じ)」
浅葱寧々「(顔は写っていないけれど、服装は野暮ったくなく、かといって有名ブランドとまではいかず、気も値も張るほどじゃない)」
浅葱寧々「(よく言えばとっつきやすく、悪く言えば軽薄そうな印象かな──)」
浅葱寧々「(強いて言うなら、高そうなのはこの腕時計だけど・・・)」
浅葱寧々「・・・そっか、腕時計!」
  腕時計もたくさん持っているのかもしれないけれど、アイページには複数枚の写真が載っているから──
浅葱寧々「もしかしたら、その中に・・・!」

〇店の入口
  そうしてようやく探し出したのが、今日ここで会うことになっている男性──
浅葱寧々「(なのだけど・・・)」
  相手の希望で、会うのは夕方以降。
  お酒は苦手だと事前に予防線は張っておいたけれど──
男A「やあ、こんばんは!」
浅葱寧々「(・・・や、やあ・・・?)」
浅葱寧々「こ、こんばんは・・・」
男A「君が寧々ちゃん?」
浅葱寧々「あ、はい・・・」
男A「ふうん・・・」
浅葱寧々「あ、あの──?」
  まるで値踏みされてるみたいな視線──
男A「まあ、いっか」
浅葱寧々「(ま、まあいっか?)」
浅葱寧々「(え、いや『まあいっか』って何──!?)」
男A「緊張してる?」
浅葱寧々「(お、落ち着け──)」
  そう、ここで激昂したら何もかも台無しだ
浅葱寧々「あ、はい・・・」
男A「だよね〜」
男A「でも、大丈夫。 まずは何か食べながらお話しよっか!」
男A「(小声で)この後たっぷり楽しむためにも!」
浅葱寧々「(・・・・・・)」
  とにかく、どうにかして静香のことを聞き出さなきゃ──
浅葱寧々「(ま、まずは何でもいいから話題を──)」
浅葱寧々「わ、私、こういうの初めてで──」
男A「えっ、ほんとに!?」
浅葱寧々「(そ、そんな驚くこと・・・?)」
男A「嬉しいなあ、俺を選んでくれるなんて」
浅葱寧々「え、ええっと・・・」
男A「大丈夫大丈夫、俺に全部任せて!」
  彼はその言葉通り、私を質問攻めにした。
  好きな食べ物の話、家族構成、学生時代の思い出に趣味や特技──
  私のしどろもどろな答えに共感するように、彼は自分の話も自然に織り交ぜてくる
  話し上手で聞き上手、コミュニケーション能力抜群の彼に私は終始圧され気味だった
  静香のことを切り出すタイミングを掴めないまま、食事の時間が終わろうとしている
男A「何か俺に聞いておきたいことある?」
浅葱寧々「・・・えっ?」
男A「俺を選んでくれたってことは、少なからず興味持ってくれたってことだよね?」
男A「俺のどこが良かったのかなって」
浅葱寧々「・・・・・・」
男A「やっぱり、顔──かな?」
  冗談なのか本気なのか、私にはわからなかった
  運営側の言い分を信じるのであれば、私が『顔』を選択したことを彼は知りようがないはず──
  嘘をつくのが苦手な私は否定も肯定もできず、代わりに別の質問をすることにした
浅葱寧々「──その腕時計、素敵ですね」
男A「ん? ああ、これ・・・」
男A「母親からのプレゼントなんだ」
男A「こんな大人になっても、母親から貰ったもの大事にしてるなんて変だよね」
浅葱寧々「──お母さんのこと、大切に思ってる証拠ですよ」
男A「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ」
男A「実は恥ずかしくて今まで誰にも言ったことなかったんだ」
男A「(小声で)君と僕だけの、『秘密』だよ──?」
浅葱寧々「・・・はい」
浅葱寧々「(軽薄そうだと思ってたけど、それだけの人でもなさそうだな──)」
  やっぱり人には、いろんな『顔』があるのかもしれない
  静香もこの人のそういうところに惹かれたんだろうか──
男A「さて、じゃあもっとたくさんお話しできるところに行こうか──」
浅葱寧々「・・・はい」
浅葱寧々「(喫茶店かどこかにでも行くのかな?)」

〇ネオン街
浅葱寧々「・・・あ、あの、どこに?」
男A「え〜わかってるくせに」
浅葱寧々「あ、あの、私、お酒は──」
男A「うんうん、飲めないんだよね。 わかってるわかってる」
  ご機嫌な様子の彼は、私の手を軽く引っ張るようにして人混みをかきわけていく
  この先の道は、こういうことに疎い私でも知っている
浅葱寧々「・・・あっ、あの!」
男A「なあに〜?」
浅葱寧々「こ、こういうことはちょっと・・・」
男A「なにそれ」
浅葱寧々「えっ・・・?」
男A「君が選んだことでしょ? 今さら遅いよ、ほらおいで」
  ぐいぐいと腕を引っ張られる
浅葱寧々「(痛い、怖い、やめて──)」
浅葱寧々「(もしかして、静香にも同じことをしたの──?)」
浅葱寧々「(嫌がる静香を無理やりホテルに連れ込んで──)」
浅葱寧々「・・・っ、離してください!」
男A「えっ、急になに・・・」
  突然の私の大声に怯んだ彼の手を、私は強く振り払った
浅葱寧々「静香にも──」
男A「・・・・・・?」
浅葱寧々「──静香にも同じことをしたんですか?」
男A「静香?」
浅葱寧々「桜庭静香──あなたとマッチングアプリで出会っているはずですよね」
男A「あ、ああ、静香ちゃんね!」
男A「覚えてるよー可愛い子だよね」
男A「相性も良かったな〜 心も、体もね」
浅葱寧々「──っ!!!」
男A「あーちょっと待って、君なんか勘違いしてるみたいだけどさ」
男A「静香ちゃんも望んだことなんだよ」
浅葱寧々「(静香が? 何を望んだって言うの──)」
男A「というか、君は本当に知らないの?」
浅葱寧々「何を、ですか?」
男A「俺と出会ったってことは、君も『顔』を選んでるはず──」
男A「『顔』を選ぶってことは、”そういうこと”っていう暗黙の了解があるんだよね」
男A「まあ、あくまで『4cLets』の中だけだけど」
  つまり、体の関係を目的に相手を探してるってこと──?
浅葱寧々「(静香はそんなこと──)」
  絶対にしない、とは言い切れなかった
  私は静香の全てを知っているわけじゃない
男A「はあ・・・どうりでアイページの印象と実際に会った君の印象が違うわけだよ」
男A「こういうこと初めてって言ってたし、慣れてないだけだろうからまあいっかと思ったんだけど──」
浅葱寧々「・・・どういう意味ですか?」
男A「”そういうこと”を求める子にしては、君は無理しすぎてたってこと」
男A「静香ちゃんもそうだったけど、もっと軽い気持ちでおしゃべりできる子が多いんだよね」
男A「自然と知り合いも多くなって、そういう相手にも困らなくなっていく」
男A「つまり男も女も「顔が広い」って人が多いわけ」
浅葱寧々「──『顔が広い』」
男A「そう、それ君も自由記述の欄に書いたでしょ」
  あなたが『顔』から思い浮かべる言葉は何ですか?
浅葱寧々「(そうだ、私はできるだけ早く静香の相手にたどり着こうと『知り合いが多そうな人』を求めてそう書いた)」
男A「だから俺とマッチングしたんだよ」
浅葱寧々「(よくわからない)」
浅葱寧々「(これがこのマッチングアプリの仕組みらしいってことはわかるけど──)」
浅葱寧々「(出会う相手には秘密のはずのそのことを、どうしてこの人が知っているんだろう──?)」
男A「まぁでも、静香ちゃんは他のドライな子たちと違って”それだけ”が目的の子ではなかったかなぁ」
浅葱寧々「・・・えっ?」
男A「あの子は俺と会う時はいつも、寂しそうな顔してたよ──」
浅葱寧々「寂しそう・・・?」
男A「そう。今の君と同じ顔──」
  不意に彼の顔が近づいてきた
  唇が触れそうな距離に驚いて私は身を引いたけれど、その手首を彼は強く掴んでくる
浅葱寧々「や、いや、やめて──!!」
男A「君も寂しいんでしょ? 俺と一緒なら寂しくないよ、ほら──」
真田明人「おい、何してる──!」
浅葱寧々「(えっえっ、誰──?)」
男A「なっ、あっ、お前──っ!」
真田明人「はやく、こっち!」
  私は突然現れた名前も知らない男の人に手を引かれた
  有無を言わさぬ強さで──
  けれどもその大きな手はとても温かく、優しい感覚がした。
男A「お前、裏切るのかよ!?」
  背を向けた彼から声が飛んでくる
真田明人「──裏切るも何も、俺は最初からあんたと仲良しこよしするつもりはないよ」
  立ち止まって静かにそう言ったその人は、私の手を握ったまま繁華街を抜けていった。

次のエピソード:マッチングアプリの『顔』

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