第九話「当たり前っしょ」(脚本)
〇生徒会室
放課後。沙也加たちは部室で発声の練習をしていた。
摂津亜衣「あ、え、い、う、え、お、あ、お・・・」
摂津亜衣「・・・って、こんなの演劇で役に立つのか?」
海東三鈴「当たり前でしょ、発声練習は基本中の基本!」
青野沙也加「亜衣、ブレスもっと意識したほうがいいと思う」
摂津亜衣「わ、わかった」
小山内陽菜「ねえ、みんな! 今週の日曜日、暇?」
平井智治「日曜日? 何かあるんですか?」
小山内陽菜「安曇西高校の演劇部が校外発表会するみたいなの。みんなで行ってみない?」
海東三鈴「あ、安曇西って言ったら、演劇の強豪校じゃん!?」
〇花模様
第九話「当たり前っしょ」
〇大学の広場
青野沙也加「・・・みんな遅い。 十分前集合が普通でしょ」
沙也加が校門前で待っていると、中庭から芝居の練習をする声が聞こえてきた。
桐島優「ねえ、ねえ! お姉ちゃん、今の台詞どうだった!?」
桐島香苗「完璧な間と抑揚、それでいで正確な発声の台詞・・・」
桐島香苗「さすがは我が妹!」
青野沙也加(そっくり・・・双子?)
沙也加が眺めていると、片方の少女がピタリと動きを止めた。
桐島香苗「あー!」
青野沙也加「え? な、何?」
桐島香苗「やっぱりそうだ! あんた、もしかして青野沙也加じゃない!?」
青野沙也加「そうだけど、あなたたちは──」
桐島香苗「子役時代の面影がある!」
桐島優「えっ!? 青野さんって、あの国民的ドラマに出ていた──」
桐島香苗「こうして見ると案外普通だけどなぁ」
桐島優「ご、ごめんなさい! 姉が馴れ馴れしくて・・・」
桐島優「私たち、小さいときに青野さんの舞台を観たこともあって」
青野沙也加「いえ、別に──」
桐島香苗「すっごい舞台だったよねー。急に声出なくなって、主演が逃げ出しちゃうなんて」
青野沙也加「!」
桐島優「お、お姉ちゃん・・・!」
桐島香苗「いやぁ、あれはなかなか衝撃だった。 もし私があんな風になったら、もう舞台は立てないかなぁ」
青野沙也加「でも、私は──」
桐島香苗「同世代だし、憧れだったんだけどなぁ。 さすがにあれはないなって。あはは」
桐島優「もうっ! お姉ちゃんはさっさと体育館に行って準備して!」
桐島香苗「はーい!」
桐島優「・・・姉がごめんなさい」
青野沙也加「ううん。逃げたのは、ほんとだから」
桐島優「あの、もしかして校外発表会を観に来たんですか?」
青野沙也加「うん。友達と待ち合わせしてて」
桐島優「なら、是非後で感想教えてくださいね!」
双子の妹は、ペコリと頭を下げて校舎に走って行った。
青野沙也加(もしかしてあの子たち演劇部の・・・)
海東三鈴「あっ、沙也加だ! な、なんとか間に合った~!」
平井智治「三鈴さんが駅を間違えなければもっと余裕だったんです!」
摂津亜衣「・・・沙也加。何かあったのか?」
青野沙也加「え・・・別に何もないけど」
摂津亜衣「そうか。 なんかいつもと様子が違う気がしたから」
青野沙也加「・・・・・・」
〇体育館の舞台
安曇西高校の体育館には、発表会を見に来た沢山の観客が座っていた。
小山内陽菜「ねえ、みんな。今日のお芝居ね、化け物級のスーパールーキーが出るらしいよ」
海東三鈴「化け物って、お化けってこと!?」
小山内陽菜「なわけないでしょ!」
小山内陽菜「演技力のこと。 一年生でダブル主演らしいの。 しかも双子なんだって!」
海東三鈴「ふーん・・・一年生のくせに。 お手並み拝見といかせてもらおうじゃないか」
青野沙也加(双子・・・)
開演のブザーと同時に、照明が落ちて体育館内が暗くなった。
〇体育館の舞台
桐島香苗「お父さんが僕たちを捨てたりするはずがないだろ」
桐島優「でも、でも・・・もう何日も帰って来ないじゃない」
桐島香苗「いい加減にしろ。 いくら妹でも赦さないぞ!」
香苗が優に掴みかかり、舞台から落ちそうになるほど強く押した。
しかし優は、強靭な足腰でそれに耐える。
小山内陽菜「すごい迫力・・・!」
平井智治「作品はヘンゼルとグレーテルですね」
平井智治「口減らしのために、兄妹が森に捨てられるところから物語が始まります」
摂津亜衣「あれ、二人とも女の子・・・だよな?」
平井智治「ええ。お兄さん役は立ち振る舞い、台詞のトーン含め、見事に男の子を演じています。でも──」
摂津亜衣「でも?」
平井智治「すごいのは、妹役かなと──」
青野沙也加(確かにそうだ。 守ってあげたくなるような儚さ、繊細さ・・・)
青野沙也加(計算され尽くした完璧な演技で兄を上手く立てている)
桐島香苗「・・・大丈夫だよ。 僕は光る石を用意していたんだ。 これを辿れば家に帰れる」
桐島優「ほんとに、お兄ちゃんを信じていいの?」
桐島香苗「ああ、信じてくれ。きっと帰れるから」
青野沙也加(これが高校演劇のトップレベルってことか・・・)
ふと横を見ると、ステージに釘付けになった三鈴が涙を流していた。
海東三鈴「うん、大丈夫・・・きっと帰れる」
青野沙也加「三鈴・・・」
〇大学の広場
海東三鈴「い、いや~。たいしたことなかったね」
小山内陽菜「ウソつけ。号泣してたくせに」
平井智治「凄かった、ですね・・・」
摂津亜衣「あの学校と地区大会で当たるのか・・・」
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