第五話:量子力学のパラドックス(脚本)
〇散らかった研究室
葛城大河「才、なのか・・・?」
猫元才「・・・・・・」
葛城大河(特徴的な髪色、そして目・・・)
葛城大河(間違いない、才だ)
猫元才「くず・・・」
葛城大河「お前・・・」
葛城大河「今まで一体どこに行ってたんだ!」
葛城大河「心配、させやがって・・・」
猫元才「どこに・・・?」
猫元才「えーと、何のこと?」
葛城大河「・・・!」
葛城大河「覚えて、ないのか・・・?」
葛城大河「じゃああれは何だったんだ!」
猫元才「あれ?」
葛城大河「お前が消えた日、お前が俺に言ったんじゃないか!」
葛城大河「私を見つけて、と!」
葛城大河「そして、お前は俺に・・・」
葛城大河「俺に・・・」
猫元才「・・・・・・」
猫元才「ごめん、何のことかわからないや」
葛城大河「なっ!?」
葛城大河(記憶が混濁しているのか・・・?)
葛城大河「・・・いや、すまない」
葛城大河「何でもないんだ」
葛城大河「話はあとでゆっくり聞かせてくれればいい」
猫元才「ねえ、それよりも、唯ちゃんはどこ?」
葛城大河「唯?」
葛城大河「そうだ、携帯」
葛城は落とした携帯を拾い上げた
葛城大河(切れてるか・・・)
葛城大河「唯なら、もうすぐここに来る、と思う」
猫元才「そう?じゃあここで待ってるね」
葛城大河「あ、ああ・・・」
〇散らかった研究室
9:30
三条唯「はあ、はあ」
三条唯「葛城先輩!?無事ですか?」
葛城大河「唯!」
葛城大河「俺は、なんともない・・・」
三条唯「じゃあ・・・」
三条唯「・・・え?」
猫元才「唯ちゃん!」
三条唯「な、なんで・・・」
才は唯に抱きついた
三条唯「本当に、猫先輩なんですか・・・?」
猫元才「うん、そうだよ!」
才は唯から体を離し、その場で一回転して見せた
三条唯「猫先輩・・・」
三条唯「どうして、ここにいるんですか」
猫元才「私がここにいちゃダメ?」
三条唯「い、いや違うんです。そういう意味ではなくて・・・」
葛城大河「唯」
葛城大河「才は今、記憶が混濁してるみたいなんだ」
葛城大河「だから、あんまり質問攻めにしないでやってくれ」
三条唯「そうだったんですか、わかりました」
三条唯「・・・とにかく、無事でよかったです」
葛城大河「ああ。俺も同じ気持ちだ」
猫元才「私、二人に心配されるようなことしたかな?」
葛城大河「ああ、なんといえばいいか・・・」
三条唯「それについてはあとでゆっくり話しましょう」
葛城大河「ああ、そうだな。それがいい」
葛城大河「才。お前はまず、保健室で体に何も異常がないか見てもらえ」
猫元才「え、どうして?」
葛城大河「どうしてもだ」
葛城大河「ほら、ついてこい」
〇廊下のT字路
大学 保健室前
養護教諭「じゃあ、猫元さんは預かっておくから」
葛城大河「はい。お願いします」
養護教諭「それにしても、急に帰ってくるなんてね・・・」
養護教諭「しかも記憶喪失、か」
葛城大河「・・・はい。俺たちも困惑しています」
養護教諭「体に異常はなさそうだから、あまり心配しなくていいわ」
養護教諭「ノイマン教授には、私から連絡しておくわね」
葛城大河「ありがとうございます」
〇散らかった研究室
結局、才の体に異常はなく
失踪していた二か月間のことを聞いても、
わからない、と答えるだけだった
失踪していた人物が急に帰ってきたということで一時は大学内で騒ぎにもなったが
数日もすれば、いつも通りの日常が戻ってきた
・・・・・・
そして、五日後
〇警察署の食堂
10月31日 17:40
大学内 食堂
三条唯「・・・どうしたんですか、こんなところに呼び出して」
葛城大河「・・・話があるんだ」
葛城大河「なあ、唯」
葛城大河「才のこと、どう思う」
三条唯「・・・帰ってきた猫先輩は、記憶が抜けてること以外は何も変わっていません」
三条唯「二か月前と変わらない、いつも通りの先輩です」
葛城大河「・・・そうか。そうだよな」
葛城大河「なあ、もしこのまま、才の記憶が戻らなかったらどうなる」
三条唯「・・・猫先輩の失踪はただの家出で、本人には言いたくない理由がある」
三条唯「そういうことになって、警察もそれ以上の追及はしないでしょうね」
三条唯「なにせ、本人が何事もなく帰ってきているんですから」
葛城大河「・・・そうか」
三条唯「・・・葛城先輩の考えていることはわかります」
三条唯「たしかに、この事件は明らかになっていないこともある」
三条唯「ですが、本人が帰ってきた今、その答えを考えることに意味はない」
三条唯「私は、そう思います」
葛城大河「・・・・・・」
葛城大河「なあ、唯。本当にそうか?」
三条唯「・・・どういう意味ですか?」
葛城大河「俺は、」
葛城大河「まだこの事件は終わっていないと思う」
〇警察署の食堂
葛城大河「お前が『デルタ』を解析する方法を探している間、」
葛城大河「俺は量子力学について調べていたんだ」
葛城大河「少しでも、何かヒントになるものを探すために」
葛城大河「量子テレポーテーションについても、多少は理解したつもりだ」
三条唯「それが、どうかしたんですか」
葛城大河「・・・俺が初めて『デルタ』を目にしたあの日、」
葛城大河「お前が俺に量子テレポーテーションについて教えてくれたのを覚えているか?」
〇研究所の中枢
三条唯「量子テレポーテーションによって送られるのは、物質そのものではなく、”情報”なんです」
葛城大河「なるほど、つまり・・・」
葛城大河「・・・どういうことだ?」
三条唯「・・・・・・」
三条唯「・・・これは言おうか迷っていたんですが」
三条唯「量子テレポーテーションは、私たちが想像するような、」
三条唯「いわゆる”瞬間移動”とは大きく性質が異なります」
三条唯「・・・・・・」
三条唯「つまり・・・」
〇警察署の食堂
葛城大河「あのとき、『デルタ』の破壊プログラムが起動したせいで話を最後まで聞けていなかった」
三条唯「・・・そうでしたね」
葛城大河「今、あのとき何を言おうとしてたのか、教えてくれないか」
三条唯「今、ですか」
葛城大河「ああ、頼む」
三条唯「・・・わかりました」
三条唯「前に行ったことを更にわかりやすく言うと、」
三条唯「例えば、A地点にある量子を、B地点に移動させるとしましょう」
三条唯「量子もつれという現象を利用することで、」
三条唯「A地点にある量子の”情報”をB地点に送ることができます」
三条唯「これが、送られるのが物質そのものではない理由です」
葛城大河「ここまでは、前に聞いた通りだな」
三条唯「・・・はい」
三条唯「そして、送られた情報をもとに、」
三条唯「B地点でA地点と全く同じ量子が構築される」
三条唯「・・・つまりどういうことかというと」
三条唯「量子はA地点からB地点に移動したんじゃない」
三条唯「A地点にあった量子が、B地点で再構築されたにすぎないんです」
葛城大河「・・・なるほど」
葛城大河「やっぱり、そういうことだったのか・・・」
三条唯「・・・やっぱり、とは?」
葛城大河「・・・唯、お前はもう、気づいているんだろ?」
三条唯「・・・何の話ですか」
葛城大河「今の話は、調べれば俺でもすぐわかることだ」
葛城大河「だが、お前は、あのとき言うのを躊躇っていた」
葛城大河「それはなぜか」
葛城大河「『量子テレポーテーションの対象が、もし人間なら』」
葛城大河「お前はそう考えて、言い淀んだんじゃないか?」
三条唯「・・・・・・」
葛城大河「才が量子テレポーテーションされたという仮説が正しいとして」
葛城大河「帰ってきた才は、A地点にいたオリジナルの才なのか?」
葛城大河「それとも、B地点で再構築された”猫元才”なのか?」
三条唯「・・・何が言いたいんですか。葛城先輩」
葛城大河「ここ数日間俺たちのそばにいた」
葛城大河「自分を『猫元才』だと名乗る人物は、」
葛城大河「果たして、俺たちが知っている猫元才と同じなのか?」
〇警察署の食堂
葛城大河「ずっと、考えていたんだ」
葛城大河「才が帰ってきたというのに、お前はあまり嬉しそうじゃない」
葛城大河「なのに、理由を言おうともしない」
葛城大河「それはなぜか」
葛城大河「言ったら俺がショックを受けると思って、言えなかったんだろ?」
三条唯「・・・・・・」
葛城大河「なあ、唯」
葛城大河「最初に言ったはずだ」
葛城大河「俺は、才を救うためなら全てを捨ててもいい」
葛城大河「だから、話してくれ」
葛城大河「俺たちで、才を見つけるんだ」
三条唯「・・・・・・」
三条唯「・・・考えたくは、ありませんでした」
三条唯「ようやく帰ってきた猫先輩が偽物だなんて」
三条唯「それはとても残酷なことです」
三条唯「だから、葛城先輩には言えなかった」
葛城大河「・・・確かに、信じたくはない」
葛城大河「だが、もし本物の才がまだどこかにいるなら、俺たちは才を救わなければいけない」
葛城大河「全ての謎を、明らかにするんだ」
〇警察署の食堂
三条唯「・・・わかりました」
三条唯「黙っていてごめんなさい」
葛城大河「これからは、話してくれ」
三条唯「はい」
葛城大河「量子テレポーテーションされる前の物質と、再構築後の物質は」
葛城大河「同じものではないんだな?」
三条唯「量子ひとつを転送するなら、同じと言えるかもしれません」
三条唯「ですが、対象が人間となると」
三条唯「肉体を構成する物質は同じでも、その”意識”がどうなるかは・・・」
葛城大河「・・・二か月前の才と同じかどうか、わからないということだな」
三条唯「そうです」
三条唯「・・・とはいえ、今の猫先輩が二か月前の猫先輩と違うなんて、証明しようがないですよ」
三条唯「周りの人からすれば、そんなの私たちの妄想にすぎません」
葛城大河「妄想なら妄想でいいんだ」
葛城大河「全ての謎を明らかにすれば、自ずと答えは見えてくるさ」
三条唯「つまり、猫先輩を消した犯人を見つけるのが先ということですね」
葛城大河「そうだ」
葛城大河「一週間、ずっと考えていた」
葛城大河「もう少し、もう少しでわかりそうなんだ」
「・・・・・・」
葛城大河「・・・前に、量子テレポーテーションは実用化の段階に入っていると言っていたな」
三条唯「はい」
葛城大河「量子よりも大きな物質、例えば人間をテレポートさせることが出来ない要因は何だ?」
葛城大河「人間だって量子の集まりなんだろう?」
三条唯「・・・一番の問題は、人間を構成する量子の数が多すぎることです」
三条唯「人間を構成する全ての量子の状態と位置関係を把握し、操作するには、」
三条唯「膨大な量の計算が必要になる」
三条唯「それこそ、量子を一つテレポートさせるのとは比べ物にならないほどの」
葛城大河「・・・・・・」
葛城大河「つまり、その膨大な計算を処理できれば、人間もテレポートさせることが出来るんだな?」
三条唯「理論上は可能ですけど、今の技術では・・・」
葛城大河「なるほど・・・」
葛城大河「・・・・・・」
葛城大河「・・・!!」
葛城大河(まさか・・・)
葛城大河(いや、そんな・・・)
葛城大河(有り得ない、でも!!)
葛城大河(才が消えたときから、俺は常識とはかけ離れた世界にいるんだ)
葛城大河(なら、これもきっと・・・)
〇警察署の食堂
葛城大河「・・・唯」
三条唯「はい」
葛城大河「・・・才を消し、」
葛城大河「『デルタ』の破壊を試み、」
葛城大河「そして今、才に成り代わろうとしているかもしれない、」
葛城大河「全ての元凶」
葛城大河「・・・その正体が、わかった」
どこでもドアの思考実験や、スワンプマンを彷彿とさせる話ですね。興味深いです。