第一話「そんな目はしてない」(脚本)
〇花模様
春は舞台で青く色づく
第一話「そんな目はしてない」
〇黒
青野沙也加「母は言った」
青野沙也加「役者は舞台が墓場だと思いなさい」
青野沙也加「最後の幕が下りるまで、そこに立ち続けなさいと」
〇劇場の舞台
青野沙也加「その日は、大女優である母が初めて舞台を観に来てくれた日だった」
青野沙也加「だから何一つ、ミスは許されるはずなかった」
青野沙也加「お父様に私の気持ちはわからない!」
男性俳優「子どものくせに生意気なことを言うな!」
青野沙也加「私は奴隷じゃない! おと──」
男性俳優「・・・?」
青野沙也加「お、おと・・・う──」
〇黒
青野沙也加「その日、私は舞台の上で死んだ」
〇大きな木のある校舎
8年後
大きな校舎に書かれた「ご入学おめでとうございます」という垂れ幕。
上級生が新入生を部活に勧誘する中を、沙也加は颯爽と歩いていく。
男子生徒「ねえ君、野球部のマネージャーに興味ない? 今ならすぐに──」
青野沙也加「興味ないです」
男子生徒「そんなこと言わずにさあ」
青野沙也加「視界の邪魔。どいてくれます?」
男子生徒「なんだよ、可愛いのに愛想ねーな」
青野沙也加(愛想がない・・・そんな言葉、もう聞き飽きた。今更どうでもいい)
校舎へと歩く途中、沙也加はひと際人が集まっている部活を見つけた。
???「私を殴れ、セリヌンティウス!」
木村万里子「くっ・・・! 私は君を疑ったんだぞ。 その報いは受けるべきだ」
海東三鈴「何を言うんだ、セリヌンティウス。 僕だって同じだ、僕を先に殴れ!」
青野沙也加(・・・ヘタクソな芝居)
小山内陽菜「どう? 迫真の演技でしょ?」
青野沙也加「・・・・・・」
小山内陽菜「うち、部員少なくて廃部の危機なの。 君、演劇に興味あったりする?」
青野沙也加「・・・声量はあるけど、間の取り方が酷すぎる」
小山内陽菜「へ?」
青野沙也加「今の芝居。 観客の想像が入り込む余地が全くない」
青野沙也加「典型的な自己満足、自己陶酔。 ミザンスも悪すぎる」
小山内陽菜「え、あ、あの──」
???「気に入った!」
沙也加が振り向くと、先ほどメロス役をやっていた少女──海東三鈴が立っていた。
三鈴は動物のようにクンクンと鼻を鳴らして、沙也加の臭いを嗅ぐ。
青野沙也加「ちょ、ちょっと──」
海東三鈴「うん・・・鋭い洞察力だけじゃないね。 あなた、演技出来そうな匂いしてる」
青野沙也加「はあ?」
海東三鈴「それにその目! 演技が好きそうな目をしている!」
青野沙也加「・・・そんな目はしてない」
海東三鈴「役者は身体で語るべし!」
海東三鈴「よしっ、まずは基礎連のグラウンド十周から──」
青野沙也加「演技なんてくだらない」
小山内陽菜「三鈴のバカ、変なこと言うから逃げちゃったじゃん」
海東三鈴「ごめんごめ~ん。でもホントに、なんかキラッとしたもの感じたんだよ!」
小山内陽菜「ふーん、どうだか」
小山内陽菜「ていうか、あの子どっか見たことある気が・・・」
〇中庭
昼休憩の時間。
沙也加がベンチでお弁当を食べていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
海東三鈴「明日の部活紹介でミニ公演やるからさ、それを見て決めてよ! ね!」
男子生徒「マジで無理だって」
海東三鈴「そこをなんとか! 今なら、入部特典でこのシェイクスピアの戯曲集を──」
男子生徒「いらないって言ってんだろ!」
三鈴が差し出した戯曲集を、男子生徒が払い落とす。
バサッ
海東三鈴「あっ」
青野沙也加(・・・バカみたい)
沙也加が立ち去ろうとしたとき、三鈴が男子生徒に詰め寄った。
男子生徒「な、なんだよ・・・」
海東三鈴「戯曲を粗末に扱わないで。 作家は魂を削って書いてるの」
海東三鈴「それをないがしろにするなんて許せない」
男子生徒「ご、ごめん・・・悪かった」
青野沙也加「・・・・・・」
〇一人部屋
その日の夜、沙也加は机で翌日の授業の予習をした。
ふと思い立ち、本棚の前に立つ。
棚の奥には沢山の戯曲集が並んでいる。
その中から、一冊の戯曲を手に取った。
〇舞台下の奈落
パシッ
青野寿子「舞台から逃げ出すなんて女優失格よ」
青野寿子「二度と私の娘を名乗らないで」
〇一人部屋
手に取った本を棚に戻す。
青野沙也加「演劇なんて・・・大嫌い」
〇学校の廊下
翌日。沙也加が教室から出てくると、廊下で揉めている三鈴の姿を見つけた。
海東三鈴「ねえ、万里子の代役どうしよう?」
海東三鈴「セリヌンティウスがいない走れメロスなんて聞いたことないよ~!」
小山内陽菜「三鈴が夜中まで稽古させたりするから風邪引いちゃったんでしょ!」
海東三鈴「う・・・そ、それはその──ごめん!」
小山内陽菜「どうしよう。 もう時間ないし、部活紹介始まっちゃう!」
沙也加は黙って二人の横を通り過ぎる。
海東三鈴「あーー、あの時の!」
三鈴は沙也加に駆け寄ると、その手を引っ張った。
青野沙也加「ちょっ、ちょっと・・・!」
海東三鈴「ねえ、この子に出てもらうのはどう?」
小山内陽菜「へ?」
海東三鈴「私と一緒に、メロスやろ!」
青野沙也加「・・・それ、本気で言ってる?」
海東三鈴「本気! 本気と書いてマジと読むやつ!」
小山内陽菜「急にできるわけないでしょ!」
青野沙也加「悪いけど、無理──」
小山内陽菜「・・・ちょっと待って」
青野沙也加「?」
小山内陽菜「君・・・やっぱりそうだよ! 青野沙也加じゃない?」
海東三鈴「ん? 誰それ?」
小山内陽菜「誰って、国民的ドラマのヒロインを演じた超有名天才子役じゃん!」
小山内陽菜「三鈴はいつもテレビ観なすぎ!」
海東三鈴「う~ん・・・全然知らない!」
小山内陽菜「昔、舞台で・・・その・・・大失敗してから引退しちゃったって聞いたけど」
海東三鈴「あはは。 失敗なんて舞台に付きものじゃん!」
青野沙也加「・・・うるさい!」
海東三鈴「?」
青野沙也加「舞台の怖さを何も知らないくせに。 私のことは放っておいて」
海東三鈴「・・・わかった。陽菜、万里子の役は私がやるよ。一人二役でいけるっしょ」
小山内陽菜「はあ? そんなの急にできるわけ──」
海東三鈴「できる! ショーマストゴーオン! 幕は開かれなければならない、だよ」
小山内陽菜「はあ・・・出た。三鈴の演劇バカ・・・」
沙也加をその場に残して、三鈴と陽菜は歩いて行く。
去り際に、三鈴が沙也加の方を振り向いて言った。
海東三鈴「沙也加さん、だっけ? 私も舞台は怖いよ」
海東三鈴「でも・・・逃げたくない。舞台の神様に嫌われちゃいそうな気がするから」
青野沙也加「・・・っ!」
再び立ち去っていく三鈴。
その手を、沙也加が握りしめた。
「?」
青野沙也加「・・・私、出る」
小山内陽菜「はあ?」
青野沙也加「走れメロスのクライマックスでしょ?」
青野沙也加「そんなの小学生低学年の時には台詞全部入れてるから」
小山内陽菜「い、いや、あの──」
青野沙也加「多少のことはインプロ(即興)でつなぐから問題ない」
小山内陽菜「って言われても・・・どうする、三鈴?」
海東三鈴「ふふっ・・・あはは!」
「・・・?」
海東三鈴「やっぱりあなた、演技が好きそうな目をしてる!」
青野沙也加「・・・そんな目はしてない」