#2 高校初日(脚本)
〇病院の診察室
駿河秋人「あのう、俺──」
駿河秋人「別にストレスとかないと思うんですけど?」
四月六日、月曜日──
高校生活最初の日。
始業式だというのに、秋人は朝から心療内科にいる。
秋人はカードゲームの世界大会中に解離性健忘──
いわゆる〝記憶喪失〟になった。
解離性健忘症は、ストレスなどで一部の記憶が失われる。
秋人はここ一、二年の記憶と──
カードゲームに関することをぽっかりと欠落させてしまった。
生活に支障がないレベルの記憶喪失ではあるが──
その空白の期間に自分はなにをしていたのか。
謎のまま今日に至っている。
檜山優子「中学から高校へ学校が変われば──」
檜山優子「がらりと駿河さんの周囲の環境も激変する」
檜山優子「そうなればストレスも大きくなります」
駿河秋人「そうは言っても優子先生」
檜山優子「檜山です」
担当医の檜山優子が馴れ馴れしい呼び方を訂正する。
駿河秋人「・・・・・・檜山先生」
駿河秋人「始業式に遅れて高校デビューに乗り遅れることのほうが、ストレスだと思うんですよね」
駿河秋人「クラスの会話に入っていけないし・・・・・・」
檜山優子「私に言い返すだけのコミュニケーション能力があれば──」
檜山優子「その心配もないでしょう」
駿河秋人「俺、内弁慶なんですよ」
檜山優子「私は別に駿河さんの身内じゃありませんよ」
秋人の無駄話を受け流した優子医師は、白衣を翻して診断書を記入する。
檜山優子「自己紹介で──」
檜山優子「『心療内科に寄ってました、記憶喪失です』と言えば──」
檜山優子「少なくともクラスメイトの覚えはいいのでは?」
駿河秋人「いや、絶対引かれるでしょう」
駿河秋人「それ。本気で言ってます?」
檜山優子「・・・ぷっ」
駿河秋人「あ、今笑いました?」
コホンと咳払いし、優子はクールな表情を取り戻した。
檜山優子「音楽療法の方は?」
駿河秋人「えーっと・・・・・・」
駿河秋人「昔の自分のプレイリストを聞いてみるってやつでしたっけ?」
檜山優子「認知症のリハビリにも音楽療法は効果が認められています」
駿河秋人「一応、聞いてはいるんですが・・・」
秋人は優子の勧めで好きだったアニメやゲームのサントラや楽曲を聞いてみたが──
特に記憶は戻らなかった。
失っているのはカードに関することなので──
カードを触ってみればあるいは・・・
――とも思ったが、目覚めた俺の部屋には一枚もカードがなかったのだ。
親が売り払ったのか?
それとも・・・・・・自分で?
いったい自分はどんなつもりだったのか。
まったく思い出せなかった。
檜山優子「ま、気長にいきましょう」
檜山優子「失っている記憶は生活に支障がないようですし」
檜山優子「何より──」
檜山優子「忘れたほうがいいことも、人にはありますから」
駿河秋人「・・・・・・・・・・・・」
それは秋人も考えていたことだった。
記憶をなくした秋人は──
嫌な思い出をリセットしたかったのではないか
だったら今って、ハッピーな状態なわけで──
檜山優子「受付カウンターでお薬もらっていってください」
檜山優子「お大事に、駿河秋人さん」
〇教室
学校に着くころには、始業式は終わっていた。
秋人が教室に入るとクラスの自己紹介も──
明日からのオリエンテーションの説明も済んだあとだった
担任も「話は聞いている」と──
遅刻してきた秋人を最前列の右端に座らせた
駿河秋人(普通、高校の男の子っていうのは──)
駿河秋人(窓際の座席で舞い散る桜眺めて先生に注意されたり──)
駿河秋人(ヒロインと目合ったりするもんじゃないんですかねえ?)
心のなかで愚痴をこぼしながら、秋人は椅子に腰を落ち着ける。
クラスの連中も特に俺に気を留めることなく──
ホームルームは終了。
帰り支度をはじめる
まだよそよそしい雰囲気で、言葉を交わすこともない
どうやら高校デビューに出遅れるかもというのは、秋人の杞憂だったようだ。
そのとき──
妙な視線を感じて秋人は振り返った。
駿河秋人「――――?」
後ろの席の女子が──
キッと睨みつけるような鋭い視線を送っていた。
駿河秋人「・・・・・・・・・・・・っ!?」
角倉勝美「――駿河秋人」
駿河秋人「え、と・・・・・・何かご用で──」
角倉勝美「マジなの?」
駿河秋人「・・・・・・は?」
怪訝そうに問い返す秋人に「フンッ!」と少女が鼻を鳴らす。
角倉勝美「とぼけないで」
角倉勝美「記憶喪失って・・・・・・マジなの?」
腰に手を当て、俺を見下ろす女子が問うてくる。絵に描いたような勝ち気な少女だ。
名前を呼んだということは──
自分のことを知っていた人なのだろうか
秋人はリアクションに悩みながらもうなずいた。
駿河秋人「まあ・・・・・・」
角倉勝美「じゃあ──」
角倉勝美「アタシのことも当然、覚えてないわけね?」
気の強そうな少女の顔に、一瞬、影が差して見える。
何だか申し訳ない気がして──
必死に頭を捻ったが、秋人は少女を思い出すことはできなかった。
駿河秋人「俺・・・・・・君と知り合いだった?」
少女はやれやれと大きなため息をついた
気まずい沈黙がつかの間、流れる
駿河秋人「・・・・・・・・・・・・」
角倉勝美「・・・・・・・・・・・・」
駿河秋人「じゃあ、まあ・・・・・・」
駿河秋人「高校は高校で、よろしくな?」
駿河秋人「席も後ろだし」
角倉勝美「はあ?」
角倉勝美「明日から席替えだっつーの」
角倉勝美「今は成績順に並んでるだけ」
駿河秋人(知らねーし! 俺途中から来たし!)
・・・・・・と言い返そうとして、秋人はしばしの間、思案を巡らせる。
初期設定の座席って──
入試の成績順だったりするのだろうか?
しかも自分のクラスは『一年A組』
一年の、一番最初の席
つまり・・・・・・
角倉勝美「相変わらずイヤミなヤツ」
角倉勝美「成績が自分のほうが上だとでもマウントしたいわけ?」
敵対心をむき出しにした少女の声に、秋人は我に返る
駿河秋人「べ、別にそういうつもりじゃ・・・・・・」
角倉勝美「記憶喪失になって、生まれ変わったようなつもりでいるのかもしれないけれど──」
角倉勝美「アタシはアンタを許さない」
駿河秋人「な・・・・・・っ」
駿河秋人「俺が何かした・・・・・・んだよな?」
駿河秋人「いったい・・・・・・」
角倉勝美「アタシは今度こそアンタに勝つから」
女子は学生カバンを手に、嵐のように教室を飛び出していった。
去り際、フンッ!と鼻を鳴らすのも忘れなかった。
駿河秋人「何なんだよ、ったく・・・・・・」
理不尽に怒りを向けられ、秋人は腹立たしかった。
机の上に配られていた、クラス名簿を確認する。
座席からして、あの不機嫌を絵に描いたような彼女の名前は――。
駿河秋人「角倉勝美(かどくら・かつみ)・・・」
秋人の成績が一位なら、彼女は二位だったことになる。
ライバル視しなくとも──
記憶を失い、秋人の学力はオチていることだろう。
むしろ、記憶もないのに進学校に入学して・・・・・・勉強追いつくのか。
初日から、秋人の内心は暗かった。
駿河秋人(それにしても──)
駿河秋人(いったいどんな因縁があるってんだよ)
駿河秋人(思わせぶりなことだけ言って去っていって、動揺させるだけさせられて)
駿河秋人「気になるじゃないか!」
記憶喪失のうらに一体何が隠れているのかとても気になります。学生の頃ってなぜか、名字でもなく名前でもなくフルネームで呼ばれている人っていましたね、とそんなことも思い出しました。