#3 かつての同級生(脚本)
〇学校の下駄箱
昇降口の下駄箱──
秋人が靴に履き替えようとしたところで・・・
「駿河くーん!」
顔を上げると、少年のようなあどけなさを残した男子生徒が、にっこりと笑顔を近づけてくる。
お互いの鼻がくっつきそうだった。
駿河秋人(・・・・・・近すぎね?)
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「やっぱり駿河くんだぁ!」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「久し振りだね!」
駿河秋人「――――っ!?」
屈託のない笑顔を浮かべ、少年はぴょんぴょん跳ねている。
お人形さんのような白い肌に、青い瞳。さらに、染めたものではない、地毛の金髪が逆光で美しく輝く──
ショートカットの髪型からひょっこり覗く形の良い耳が印象的だ。
線の細い、折れてしまいそうな手脚は長く、全校生徒を公開処刑にしそうな勢いだ。
イケメンというより、守りたくなるようなか細い身体は、男子の制服を来ていなかったら、女の子と見間違えてしまうだろう。
――まるで北欧の妖精だ。
実際、すれ違う女子生徒が「イケメンじゃね?」とささやき合っている。
駿河秋人「あの・・・・・・えっと・・・・・・」
秋人は困惑気味に頬をかく。
そんな秋人を心底心配するように、少年は眉をひそめ、柔らかい手で積極的にボディタッチしてくる。
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「記憶障害、だったっけ?」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ウワサは本当だったんだね・・・・・・」
男にベタベタ触られているのに、不思議と悪い気はしなかった。
動物と戯れているような感覚。
思わずナデナデしたくなる感じとでも言うのか。
駿河秋人「ああ・・・・・・すまん!」
駿河秋人「正直・・・・・・君のことも覚えてないんだ・・・・・・っ!」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ううん、全然大丈夫! まったく問題ナシだよ!」
少年はニッと笑い、青い瞳で見つめ返してきた。
同じ男なのに、なんだかドギマギしてくる。
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ボクは――藤堂・クロエ・モーショヴィッツ」
駿河秋人「と、藤堂・・・・・・?」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「クロエって呼んでよ」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ボクたち、〝中学二年生まで〟同じクラスだったんだよ?」
クロエの声は澄んでいて、まるで女性のようだ。
無邪気に笑いながら、秋人の腕に抱きついてくる。
駿河秋人「・・・・・・〝中二〟、まで?」
駿河秋人「中二までってことは・・・・・・?」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「うん。ボク・・・・・・」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「引っ越しちゃったからさ・・・・・・」
クロエは顔を伏せ、モジモジしながら言った。
駿河秋人(か、かわいい・・・・・・って、イカンイカン、男だった)
秋人は顔をブンブンと振った。
外見と名前から察するに、両親の仕事の都合で海外に行っていたのだろう。
そういえば、さきほどから爽やかな笑顔には、地中海の香りが感じられる・・・・・・ような気がする。
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ねえ、久し振りに・・・どうかな?」
クロエは学生カバンから、プラスティック製の箱を取り出した。
を軽く振ると、カードの束らしきものが揺れるゴソッゴソッという音が廊下に響いた。
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「トーナメントセンター、行ってみない?」
駿河秋人「――ッ!?」
クロエの誘いに、秋人はビクリと肩を震わせた。
トーナメントセンター。
カードの束を収めたプラスティックの箱。
クロエが誘っているのが、カードゲームショップらしいことは大体わかった。
だが──
秋人の脳裏には、今朝、優子先生と交わした会話が浮かんでいた。
――忘れたほうがいいことも、人にはある。
頭の片隅には、しこりのように確かにあった〝カードゲーム〟という存在。
秋人はこれまで意図的に避けてきた。
もしかしたら、嫌なことを思い出すかもしれないからだ。
それは、かつての自分が記憶を失うほどのもので・・・・・・。
そんな過去の真実を知ることに、自分ははたして耐えられるだろうか。
そんな不思議な戸惑いが、秋人の内にはあった。
逡巡し、なかなか返事をしない秋人に、クロエは何かを察したらしかった。
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「あ! そっか!」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ごめん・・・・・・」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ボク、無責任なこと言っちゃったよね・・・・・・」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「やっぱ避けてるの? カードゲームは?」
駿河秋人「いや、何というか・・・・・・」
さっきの勝美とは真逆で、クロエは何だか話しやすい。
秋人も優子先生以外の、同年代の話し相手に飢えていたというのも、たぶん、ある。
駿河秋人「俺、記憶失くしてから、一度もカードに触れてないんだ」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「・・・」
駿河秋人「カードゲームのプロプレイヤーだったらしいのに、俺の部屋にはカードが一枚もなかったんだ」
駿河秋人「もしかしたら、親が売り払っちまったのかもしれない」
駿河秋人「あるいは・・・・・・」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「――自分で売っちゃった?」
秋人の複雑な事情に共感するというように、クロエは潤んだ青い瞳で見つめ返してくる。
駿河秋人「ってーわけで、一度は〝引退〟しちまったみたいなんだ・・・・・・」
駿河秋人「物理的にも、精神的にもさ」
駿河秋人「カードもないし記憶もない」
駿河秋人「だから・・・・・・クロエの対戦相手にはなれないと思うんだ」
クロエは首を横に振った。
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「ううん、ボクの方こそごめんなさい・・・・・・」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「駿河くんとは、カードゲーム以外でも遊べるもんね?」
言葉とは裏腹に、カバンにカードの束をしまおうとするクロエはどことなく元気がない。
駿河秋人(何だか申し訳ない気がしてきた・・・・・・)
さっきまでコロコロ笑顔だったクロエから、元気を奪ってしまったような、罪悪感が胸中に広がっていく。
駿河秋人(俺は何をしてるんだ?)
高校初日――ボッチになったらどうしようと怯える学生生活の立ち上がりにおいて、クロエはせっかく声をかけてきてくれた。
そんな友達を拒絶してしまった自分が、情けない。
カードゲームぐらい、いいじゃないか。
もしかしたら、記憶を思い出すかもしれない。それはつらい記憶かもしれない。だが──
少なくとも、記憶が戻れば、成績の面では不安はなくなる。
そんな打算も働かせた秋人は──
駿河秋人「もしよかったら・・・・・・教えてくれないか?」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「・・・!?」
駿河秋人「俺に。カードゲームを」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「す、駿河くん!?」
クロエは曇っていた表情をパアッと明るくした。
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「うん! やったあ!」
藤堂・クロエ・モーショヴィッツ「駿河くんとカードゲームできる!」
駿河秋人(わかりやすいやつだ・・・)
秋人と手のひらを組み合わせ、クロエはその場でびょんぴょん跳んだ。