トランクの人

銀次郎

水着の妖精(脚本)

トランクの人

銀次郎

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〇古いアパートの一室
若宮はづき「朝‥か」
  ぼんやりと目覚めた頭には、昨日の出来事が、まだ余熱のように頭に残っていた。
若宮はづき「何時‥7時か‥」
若宮はづき「あっ、ニュース! 昨日の事、何かやってないかな?」
  画面に映し出されたニュース番組では、昨日のショッピングモールでの殺人事件の経緯や犯人の人物像などが伝えられ、
  そして亡くなった田之上隆二が社会学の教授であったことも伝えらていた。
若宮はづき「あの人、大学の先生だったのか‥」
  ふいに昨晩の瑠璃沢の言葉を思い出した。
瑠璃沢(るりさわ)「あの方が決めたことです」
若宮はづき「何なんだろう‥この仕事って」
若宮はづき「‥とにかく、トランクを待つしかないか」
若宮はづき「朝ごはん‥食べる気になれないな‥」
若宮はづき「10時‥そろそろかな」
若宮はづき「あっ、はい」
配達員「お届けものです」
配達員「あと、昨日のトランクは持ち帰りますんで」
若宮はづき「あっ、じゃあ、お願いします」
配達員「じゃ、失礼します」
  そう言って配達員は昨日のトランクを持ち帰って行った。
若宮はづき「今日の中身は‥」
若宮はづき「また封筒‥でも昨日のより大きい 本‥?なんか図鑑みたいな感じかな?」
若宮はづき「あっ!メモは‥」
若宮はづき「えっと‥毛無川第一橋の下に13時 相手は髪の長い女性‥」
若宮はづき「えっ?これだけ?」
若宮はづき「‥とにかく、行ってみるしかない!」

〇川に架かる橋の下
若宮はづき「橋の下だからこの辺のはずなんだけどな、時間もちょうど13時だし‥」
若宮はづき「(もしかしたら、こっちが声をかけなくても向こうが見つけるかも‥)」
若宮はづき「(また昨日みたいに、見たらわかるって言いうかもしれない‥)」
白崎文月(しらさきふづき)「ちょっと!!」
若宮はづき「えっ!?」
白崎文月(しらさきふづき)「受け取りに来たわよ」
若宮はづき「えっと、あの、私、トランクの人です」
白崎文月(しらさきふづき)「知ってるわよ!だからほら、中身」
若宮はづき「あの‥わかりました?」
白崎文月(しらさきふづき)「何が?」
若宮はづき「私がトランクの中身を持ってるって?」
白崎文月(しらさきふづき)「わかるわよ、見たら」
若宮はづき「やっぱり‥見たらわかるんですね」
白崎文月(しらさきふづき)「だって、この場所にあんたしかいないじゃない」
若宮はづき「あっ‥」
若宮はづき「(そっか‥ここ人込みじゃないから、私しかいないや‥)」
白崎文月(しらさきふづき)「ほら、早く」
若宮はづき「あっ、はい、これです」
白崎文月(しらさきふづき)「はい、ありがと」
  封筒を受け取った彼女は、中身を取り出した
若宮はづき「それ‥図鑑ですか?」
白崎文月(しらさきふづき)「はい?」
若宮はづき「いや、なんか写真見たいな表紙で、 サイズも大きいから図鑑かなって‥」
白崎文月(しらさきふづき)「図鑑って‥」
白崎文月(しらさきふづき)「違う!写真集!!」
若宮はづき「写真集‥生き物の?」
白崎文月(しらさきふづき)「いや、まあ、生き物には違いないけど‥ 人よ!人!」
若宮はづき「‥あっ、人の‥図鑑だ! なるほど‥」
白崎文月(しらさきふづき)「あんた、わざと言ってるでしょ!?違うよ! ちゃんとした写真集よ!」
白崎文月(しらさきふづき)「ほら、グラビアアイドルとかが出すやつ!」
若宮はづき「あっ、すいません‥ なんか真面目なやつかと思ってて‥」
白崎文月(しらさきふづき)「いや、グラビアアイドルの写真集だって真面目なやつだからね!」
若宮はづき「‥すいません、そうですよね」
白崎文月(しらさきふづき)「あんたさ?こういう写真集に偏見持ってない?」
若宮はづき「なんか、エッチなやつかなぁって‥思って」
白崎文月(しらさきふづき)「‥いや、そりゃあ、多少って言うか、 だいぶはそうだけど‥」
若宮はづき「やっぱり、そうですよね」
白崎文月(しらさきふづき)「あのね、エッチな部分が多くたって、作ってる人間はいたって真面目にやってんのよ!」
若宮はづき「だれの写真集なんですかが?」
白崎文月(しらさきふづき)「あんた、話聞いてる?」
若宮はづき「あっ、はい!」
若宮はづき「ただ、誰のかなぁって‥」
白崎文月(しらさきふづき)「まったく‥私よ」
若宮はづき「えっ!?」
白崎文月(しらさきふづき)「いや驚かなくてもいいでしょ!私よ、私! 私の写真集よ!」
若宮はづき「‥グラビアアイドルなんですか‥」
白崎文月(しらさきふづき)「その全身舐め回す視線はやめなさいよ! おっさんじゃないんだから!」
若宮はづき「なんか、つい‥」
白崎文月(しらさきふづき)「若いころね‥昔よ、昔」
若宮はづき「えっ!だってまだ全然若いじゃないですか!」
白崎文月(しらさきふづき)「あんた‥、可愛い事言うじゃない」
若宮はづき「そっ、そうでしょうか‥?」
白崎文月(しらさきふづき)「ねえ?」
若宮はづき「はい?」
白崎文月(しらさきふづき)「ひまでしょ?」
若宮はづき「えっ?」
白崎文月(しらさきふづき)「どうせひまでしょ?」
若宮はづき「どうなんでしょう?ひまなんでしょうか‥」
白崎文月(しらさきふづき)「どうせ夜の電話まで暇なんでしょ? ちょっと付き合いなさいよ!」
若宮はづき「なんで夜の電話の事を知ってるんですか?」
白崎文月(しらさきふづき)「そりゃまあ、いろいろよ」
若宮はづき「あっ‥そうか、あんまり詮索しちゃいけないんだ‥」
白崎文月(しらさきふづき)「まあ、そういうこと ところであんたの名前は?」
若宮はづき「名前?あっ、若宮は‥あれ? 詮索しちゃいけないんじゃ‥?」
白崎文月(しらさきふづき)「あんたはね」
若宮はづき「えっ?」
白崎文月(しらさきふづき)「だから、あんたはね 私はいいのよ」
若宮はづき「へっ?」
白崎文月(しらさきふづき)「へっ?じゃないから、だから詮索しちゃいけないのは、あんただけ。と言うか、今のあんたはねって事よ」
若宮はづき「今の‥? あのー意味がわからないんですけど‥」
白崎文月(しらさきふづき)「いいのいいの、そのうち分かるから。 それより、名前?」
若宮はづき「あっ、若宮はづきといいます」
白崎文月(しらさきふづき)「はづき?」
若宮はづき「はい‥それが何か‥」
白崎文月(しらさきふづき)「8月生まれ?」
若宮はづき「あっ、そうです」
白崎文月(しらさきふづき)「ふーん‥」
若宮はづき「ふーん‥?」
白崎文月(しらさきふづき)「あたしね、『ふづき』って言うの」
若宮はづき「ふづき?」
白崎文月(しらさきふづき)「文月と書いて、ふづき 7月生まれだから」
若宮はづき「へー‥」
白崎文月(しらさきふづき)「これも何かの縁かもね‥ ちょっと行くわよ!」
若宮はづき「えっ!」
白崎文月(しらさきふづき)「とにかく、ちょっと付き合いなさい! 行くわよ!」
若宮はづき「行くって、どこへ?あっ!ちょっと!」
  そう言って足早に歩く彼女についていくはづきだった。

〇遊園地の広場
若宮はづき「遊園地‥」
白崎文月(しらさきふづき)「けっこう近いでしょ、あの土手からでも」
若宮はづき「近いでしょって、来た事あるんですか?」
白崎文月(しらさきふづき)「まあね‥ねえ、ちょっと座らない?あっ!その前にさ、そこの売店でビール買って来てよ」
若宮はづき「ビール?」
白崎文月(しらさきふづき)「飲む?じゃあ二人分お願い。 はい、これ代金ね」
若宮はづき「はい‥じゃあ、ちょっと行ってきます」
若宮はづき「(なんだろ‥この展開)」
若宮はづき「お待たせしましたー」
白崎文月(しらさきふづき)「おーありがと‥じゃ、ちょっとグイっとね」
若宮はづき「(乾杯とかしないんだ‥)」
白崎文月(しらさきふづき)「ぷはー! いやー昼間のビールはサイコーよね! さ、はづきちゃんも飲んで飲んで!」
若宮はづき「(はづきちゃん‥) あっ、じゃあ頂きます‥ぷはー!」
白崎文月(しらさきふづき)「おっ、いい飲みっぷりじゃない!」
若宮はづき「美味しいです‥なんかお酒が美味しいの久しぶりです」
白崎文月(しらさきふづき)「良かったじゃない‥あっ、ねぇ? ほら、見て見て」
若宮はづき「写真集‥へー、水着なんですね遊園地で‥ 遊園地?」
白崎文月(しらさきふづき)「そうなのよー、ここで撮ったのよ」
若宮はづき「遊園地で水着って‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ねー、ほんとよ。誰のセンスなんだって話よね」
若宮はづき「水着にハイヒール‥なんですね」
白崎文月(しらさきふづき)「そうなのよ。水着でヒール履いて、 しかも場所が遊園地」
若宮はづき「なんか、すごい写真集ですね‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ちなみに、この場所でも撮ってます!」
若宮はづき「あっ!さっきの土手!」
白崎文月(しらさきふづき)「そう、ここもしっかり水着です!」
若宮はづき「この写真集って、ずっと水着なんですか?」
白崎文月(しらさきふづき)「そうよ、水着を着た妖精がいろんな場所に舞い降りるって設定だから」
若宮はづき「‥妖精?」
白崎文月(しらさきふづき)「ほら、タイトル『舞い降りた妖精』」
若宮はづき「妖精‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ちょっと!その引いた顔すんのやめてくんない」
若宮はづき「あれ?このフェアリー・チャンって何です?」
白崎文月(しらさきふづき)「それ?名前」
若宮はづき「誰の?」
白崎文月(しらさきふづき)「わたしの」
若宮はづき「えっ?」
白崎文月(しらさきふづき)「だから、私の芸名!」
若宮はづき「‥中国の人なんですか?」
白崎文月(しらさきふづき)「いや、設定は台湾ね」
若宮はづき「あっ、じゃあ台湾の人なんですね?」
白崎文月(しらさきふづき)「いや、日本人だけど」
若宮はづき「へっ?」
白崎文月(しらさきふづき)「仙台出身」
若宮はづき「あのー‥意味が?」
白崎文月(しらさきふづき)「だから設定よ。台湾から来た水着の妖精『フェアリー・チャン』って」
若宮はづき「あー‥」
白崎文月(しらさきふづき)「「フェアリーちゃんって呼んでください」って言いながら、よくテレビ局回ったなー」
若宮はづき「そうなんですか」
白崎文月(しらさきふづき)「しかも水着で」
若宮はづき「うわー‥」
白崎文月(しらさきふづき)「台湾から来たアイドルってキャッチーだろ?って事務所に言われてね。まあ、とにかく売れたかったから、何でもよかったのよ」
若宮はづき「売れたんですか?それで?」
白崎文月(しらさきふづき)「売れなかったねー!清々しいぐらい売れなかった!」
若宮はづき「でも、写真集出したんですよね?」
白崎文月(しらさきふづき)「うん、精一杯やったんだけどね‥ これも売れなかったなぁ‥」
若宮はづき「そうなんですか‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ほんと、恥ずかしいぐらいしか売れなくて、ほとんど事務所と自分で買い取ったよ」
若宮はづき「でも、ファンで買った人とかもいたんじゃないんですか?」
白崎文月(しらさきふづき)「少しはね‥その人たちには、ほんとにありがとうって言いたいよ」
若宮はづき「‥あの!あとはどんな場所に行ったんですか?ほらハワイとか?」
白崎文月(しらさきふづき)「ハワイ?海外なんて行けるわけないじゃない!」
若宮はづき「あー‥じゃあ、沖縄とか?」
白崎文月(しらさきふづき)「もっと近くよ」
若宮はづき「近くだと‥江の島とか?」
白崎文月(しらさきふづき)「お台場」
若宮はづき「えっ!?」
白崎文月(しらさきふづき)「あるのよー、けっこう良い撮影スポットが」
若宮はづき「へー‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ほら見て!このページの、ここ、ここ」
若宮はづき「フジテレビ‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ねー、映り込んでるの。あははは」
若宮はづき「‥今もやってるんですか?その‥」
白崎文月(しらさきふづき)「この業界?もうずいぶん前に離れた」
若宮はづき「そうですか‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ねえ、はづきちゃんの事を聞かせてよ?」
若宮はづき「わたしの?」
白崎文月(しらさきふづき)「そう。どんなご両親で、どんな風に生きて来たか?」
若宮はづき「両親‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ごめん?なんか言いにくいことだった?」
若宮はづき「あっ‥あの、私‥両親ってよくわからなくって‥」
白崎文月(しらさきふづき)「わからない‥?」
若宮はづき「あの、母親はいたんですけど‥なんかいたって言うか、あんまりいなくて」
白崎文月(しらさきふづき)「いない?」
若宮はづき「冷蔵庫になんかあるから食べなって言われて、でも何にも無くて、それから全然帰って来なくて、何日も帰って来なくて‥」
白崎文月(しらさきふづき)「それ、ネグレストって‥」
若宮はづき「何日も何日も帰って来なくて、探しに行こうとしても玄関あかなくて‥」
白崎文月(しらさきふづき)「はづきちゃん‥?」
若宮はづき「お母さんって何度も呼んでも誰も来なくて、ずっとずっと呼んでるのに誰も‥誰も」
白崎文月(しらさきふづき)「大丈夫だよ、はづきちゃん。もう大丈夫、大丈夫」
若宮はづき「ずっとなんです、ずっと‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「だいじょうぶ、はづきちゃん。だいじょうぶ」
若宮はづき「‥‥あっ」
白崎文月(しらさきふづき)「だいじょうぶだよ、もう」
若宮はづき「はい‥」
白崎文月(しらさきふづき)「そっかー‥大変だったのかー」
若宮はづき「はい‥だから、よくわらないんです‥」
白崎文月(しらさきふづき)「なんか嫌な事思い出させちゃったね」
若宮はづき「いえ‥」
白崎文月(しらさきふづき)「無理させてごめんね」
若宮はづき「そんなこと‥ただ、あんまり人に話したことなかったので‥」
白崎文月(しらさきふづき)「そうなの?」
若宮はづき「はい‥何か、話せたのが不思議です」
白崎文月(しらさきふづき)「そっか‥ねえ、はづきちゃんって、いまいくつ?」
若宮はづき「歳ですか?25です」
白崎文月(しらさきふづき)「25歳か‥じゃあ、この写真集が出たころは10歳だね」
若宮はづき「10歳‥」
白崎文月(しらさきふづき)「うん、ちょうど15年前だから」
若宮はづき「そうですか‥」
白崎文月(しらさきふづき)「その頃も、その‥大変だったころ?」
若宮はづき「あっ‥どうっだた‥かな‥」
白崎文月(しらさきふづき)「いいのいいの、大変だったんだもんね」
若宮はづき「すいません‥」
白崎文月(しらさきふづき)「なんであやまんのよー。ごめんね、こっちこそだよー」
若宮はづき「いえ、もう大丈夫ですよ」
白崎文月(しらさきふづき)「まあ、こっちもさ、はづきちゃんほどじゃないけど、大変だったころだから」
若宮はづき「写真集、売れなくてですか?」
白崎文月(しらさきふづき)「まあ、ね。正直、売れないかもって言われてたけど、それでも勝負かけたんだ。 まあー、惨敗だったけど。あはははは」
若宮はづき「でもこの写真のふづきさん、みんな綺麗でかっこいいですよ。ちょっとエッチですけど‥」
白崎文月(しらさきふづき)「そう?ありがと‥‥ねえ?」
若宮はづき「はい?」
白崎文月(しらさきふづき)「それ、もらってくれない?」
若宮はづき「えっ?」
白崎文月(しらさきふづき)「その写真集、はづきちゃんがもらってくれないかな?ダメ?」
若宮はづき「いや、だめって言うか、これは、あのトランクの中身で、ちゃんと渡さないと‥」
白崎文月(しらさきふづき)「だいじょうぶ」
若宮はづき「だいじょうぶ?」
白崎文月(しらさきふづき)「トランクの中身はちゃんと受け取ったから」
若宮はづき「どういうことです?」
白崎文月(しらさきふづき)「必要だったのは写真集じゃなくて、その頃の想いだから」
若宮はづき「想い‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ちゃんと受け取ったから」
若宮はづき「‥そうなんですか」
白崎文月(しらさきふづき)「そう。それに、はづきちゃんっていうオマケもついてきたしね」
若宮はづき「‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「なんかー、楽しかったよ。ちょっとの時間だったけど」
若宮はづき「‥はい。私も楽しかったです」
白崎文月(しらさきふづき)「もっと話したいって人に会ったの、 久しぶりだなー」
若宮はづき「私も、もっと‥ふづきさんと話したいです‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ありがとう‥誰かにもっと話したいって言ってもらえるの、嬉しいな」
若宮はづき「そうですね‥」
白崎文月(しらさきふづき)「さて、それじゃ、そろそろ」
若宮はづき「ふづきさん‥」
白崎文月(しらさきふづき)「写真集、大事にしてね!もうあんまり売ってないみたいだから」
若宮はづき「‥はい」
白崎文月(しらさきふづき)「じゃあね!元気でね!」
若宮はづき「‥ふづきさんも、お元気で‥」
白崎文月(しらさきふづき)「元気かー‥それは、まあ‥でも頑張ってみるかー、あははは」
  そう言って彼女は立ち去って行った

〇お台場
白崎文月(しらさきふづき)「なんか、あの子といると、もうちょっと話したくなるんだよな‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「なんだろ‥気持ちが揺れるなぁ‥‥」
調整人・綴木(つづるぎ)「調整が‥必要か?」
白崎文月(しらさきふづき)「はあ?」
調整人・綴木(つづるぎ)「調整が必要か?」
白崎文月(しらさきふづき)「だれ?あんた?」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「調整‥‥あー、あんたが‥」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥必要なら行うが」
白崎文月(しらさきふづき)「‥大丈夫よ。ちょっといい子にあったから、それだけよ」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥中身は受け取ったか?」
白崎文月(しらさきふづき)「受け取った。でもあげちゃった」
調整人・綴木(つづるぎ)「あげた?」
白崎文月(しらさきふづき)「そう、あの子にあげちゃったの。そうしたかったの、なんか、あの子はずっと覚えててくれそうだったから」
調整人・綴木(つづるぎ)「フェアリー・チャンのことをか?」
白崎文月(しらさきふづき)「ちょっと!昔の芸名で呼ばないでよ!」
調整人・綴木(つづるぎ)「たしか写真集のタイトル『舞い降りる妖精』だったか、売れた部数は6400部。 ほとんどが事務所と自分で購入のはず」
白崎文月(しらさきふづき)「だから昔の古傷を言うな!」
調整人・綴木(つづるぎ)「金額は5500円」
白崎文月(しらさきふづき)「そんなにしないよ!2750円だよ!」
調整人・綴木(つづるぎ)「2冊‥買った」
白崎文月(しらさきふづき)「はあ!?」
調整人・綴木(つづるぎ)「1冊は保管用に‥もう1冊は観賞用だ」
白崎文月(しらさきふづき)「買ったって‥?」
調整人・綴木(つづるぎ)「2冊とも‥大事にしている」
白崎文月(しらさきふづき)「あんた、もしかして‥」
調整人・綴木(つづるぎ)「ファン‥‥だ」
白崎文月(しらさきふづき)「えっ?ファンって‥あはははは」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「あー、なんだよ、すげーな、あんた」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ありがとね、なんかすっきりした」
調整人・綴木(つづるぎ)「そうか」
白崎文月(しらさきふづき)「なんか決心ついたなぁ‥」
調整人・綴木(つづるぎ)「そうか‥」
白崎文月(しらさきふづき)「これが調整?」
調整人・綴木(つづるぎ)「いや‥そういうわけじゃ‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ふふふ‥だよね」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「ねえ?」
調整人・綴木(つづるぎ)「なんだ?」
白崎文月(しらさきふづき)「ファンでいてくれて、ありがとね」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥ああ‥いや、うん」
白崎文月(しらさきふづき)「よし!それじゃ‥いってくるか!」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「あっ、ねぇ? ほんとは調整ってどうするの?」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥あんたに触る。それだけだ」
白崎文月(しらさきふづき)「それだけ?」
調整人・綴木(つづるぎ)「それだけだ」
白崎文月(しらさきふづき)「ふーん‥じゃあ、触ればよかったのに?」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥いや、出来れば‥」
白崎文月(しらさきふづき)「‥やさしいね、あたしのファンは」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥‥」
白崎文月(しらさきふづき)「あっ、そう言えばさ、アンタ、ちょっと似てるよ」
調整人・綴木(つづるぎ)「似てる?誰に?」
白崎文月(しらさきふづき)「ほら、トランクのはづきちゃん」
調整人・綴木(つづるぎ)「そうか‥顔は全然違うと思うが」
白崎文月(しらさきふづき)「顔じゃないよ‥その位わかるでしょ?」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥そうだな」
白崎文月(しらさきふづき)「あっ、もし、はづきちゃんにあったらよろしく言っといて」
調整人・綴木(つづるぎ)「‥わかった」
白崎文月(しらさきふづき)「さて、それじゃね」
  そう言い残すと、彼女は軽い足取りで去って行った。

〇古いアパートの一室
  遊園地で彼女と別れ、部屋に戻るころには、もう夕方になっていた。
若宮はづき「ふづきさん‥どうなったんだろう‥ そうだ!ニュース!」
  昨日と同じようにテレビのニュースでふづきの情報を探すが、特にそれらしい事件は起きていなかった。
若宮はづき「何もないか‥‥」
  プルルルルー📞
若宮はづき「はい、もしもし」
瑠璃沢(るりさわ)「お疲れ様です、瑠璃沢です」
若宮はづき「あっ、はい‥」
瑠璃沢(るりさわ)「問題無く渡せましたでしょうか?」
若宮はづき「はい‥一応」
瑠璃沢(るりさわ)「一応?と言いますと?」
若宮はづき「あの、貰っちゃたんです」
瑠璃沢(るりさわ)「貰った?」
若宮はづき「お渡しした中身を‥あの、ふづきさんが私にあげるって言って‥」
瑠璃沢(るりさわ)「なるほど‥」
若宮はづき「これって‥いいんでしょうか?」
瑠璃沢(るりさわ)「彼女は何と言っていたんですか?」
若宮はづき「あの、必要だったのは写真集じゃなくて、その頃の想いだからって。それはちゃんと受け取ったからって‥」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですか‥彼女がそう言ったのなら、問題ありません」
若宮はづき「そうなんだ‥あの」
瑠璃沢(るりさわ)「はい?」
若宮はづき「あの、知ってました?ふづきさん、以前グラビアアイドルをやってたこと」
瑠璃沢(るりさわ)「はい‥まあ」
若宮はづき「今回、中身が写真集だったんですよ、グラビアアイドル時代の」
瑠璃沢(るりさわ)「そうでしたね」
若宮はづき「その頃の芸名が、フェアリー・チェンって言って‥」
瑠璃沢(るりさわ)「フェアリー・チャンですね」
若宮はづき「えっ?」
瑠璃沢(るりさわ)「フェアリー・チャンです。チェンで無く、チャンです」
若宮はづき「あっ、そうでした‥チャンです」
瑠璃沢(るりさわ)「写真集、『舞い降りた妖精』でしたね」
若宮はづき「えっ?はい‥よくご存じで?」
瑠璃沢(るりさわ)「買いましたから」
若宮はづき「えっ?」
瑠璃沢(るりさわ)「買いました」
若宮はづき「買ったんですか?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい、ファンでした」
若宮はづき「ファンって‥」
瑠璃沢(るりさわ)「何か?」
若宮はづき「いや、何でも‥‥ふふふ‥あはははは」
瑠璃沢(るりさわ)「‥‥」
若宮はづき「すいません、すいません、何か意外だったので」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですか?」
若宮はづき「はい、なんかそう言うのあんまり興味無さそうな感じ何で」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですか‥」
若宮はづき「はい‥‥ふふ‥あはははは」
瑠璃沢(るりさわ)「‥‥」
若宮はづき「アハハハハ‥あー、すいません、何度も笑って」
瑠璃沢(るりさわ)「‥いえ」
若宮はづき「はー、なんか久しぶりに笑った気がします」
瑠璃沢(るりさわ)「‥少し複雑ですが、何かの役に立てたなら何よりです」
若宮はづき「ありがとうございます」
瑠璃沢(るりさわ)「いや、お礼を言われるようなことは何もしていないのですが‥」
若宮はづき「あの‥」
瑠璃沢(るりさわ)「はい、なんでしょう?」
若宮はづき「ふづきさん‥どうなったんでしょう? ニュースとかになってないから‥」
瑠璃沢(るりさわ)「‥‥」
若宮はづき「あの、田之上さんみたいに‥また」
瑠璃沢(るりさわ)「申し訳ありませんが、それについては‥」
若宮はづき「そう‥ですよね」
瑠璃沢(るりさわ)「はい」
若宮はづき「できたら、もう一度会って話したかったなって‥」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですね、お気持ちはわかります」
若宮はづき「さみしいですね‥」
瑠璃沢(るりさわ)「若宮さん」
若宮はづき「はい?」
瑠璃沢(るりさわ)「彼女もあなたに会えたことを喜んでいたようですよ」
若宮はづき「えっ?」
瑠璃沢(るりさわ)「そういう連絡がありました」
若宮はづき「そうですか‥」
瑠璃沢(るりさわ)「ありがとうございます。彼女のファンとしてお礼をいいます」
若宮はづき「あっ、いえ‥なんか、よかったです」
瑠璃沢(るりさわ)「‥‥」
若宮はづき「瑠璃沢さん」
瑠璃沢(るりさわ)「はい」
若宮はづき「本日もお疲れ様でした‥また明日も宜しくお願いします」
瑠璃沢(るりさわ)「‥はい、宜しくお願いします。それでは」
若宮はづき「はい」
  電話を切った後、今日の出来事を振り返ってみた。しかし理解出来る事は少なかった。
若宮はづき「ふづきさんも、田之上さんも‥なんか、いい人なんだよな‥」
若宮はづき「明日は何が届くんだろ‥ 誰に会うのかな‥」
  続く

次のエピソード:四つ目の願い

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