四つ目の願い(脚本)
〇古いアパートの一室
その日も10時になると、当たり前のように玄関のチャイムが鳴った。
若宮はづき「10時か‥」
〇アパートの玄関前
配達員「お届け物です」
若宮はづき「はい‥これ、昨日のトランクです」
配達員「はい、確かに。それじゃ失礼します」
そう言って配達員は立ち去っていった。
〇古いアパートの一室
若宮はづき「中身は‥‥これ?」
若宮はづき「袋だ‥軽い。 あっ、メモは‥あれ?」
若宮はづき「写真が付いてる‥代理人の野戸海樹、20歳。14時に反町総合中央病院前か‥」
若宮はづき「代理人‥どういうこと?」
〇総合病院
14時 反町総合中央病院付近
若宮はづき「この辺か‥あれ?写真の?」
若宮はづき「あの‥」
野戸海樹「えっ?はい?」
若宮はづき「野戸海樹さん?」
野戸海樹「はい、そうですけど‥あっ、あのアレの‥」
若宮はづき「渡すのは、あなたでいいの?」
野戸海樹「あっ、いや、案内しろってじいちゃんに」
若宮はづき「じいちゃん?」
野戸海樹「じいちゃん、具合が悪くて入院してて、それで‥」
若宮はづき「だから病院か‥」
野戸海樹「あの、絶対俺が受けとっちゃだめだって。とにかく持ってきた人を病室まで案内しろって言われて‥」
若宮はづき「‥わかりました。じゃあ、病室まで案内してください」
野戸海樹「はい、あの‥」
若宮はづき「なに?」
野戸海樹「何を持って来たんですか?じいちゃんに?」
若宮はづき「この袋の中身よ。まだ見てないからよくわからないけど」
野戸海樹「袋の中身‥」
若宮はづき「でも多分、あなたは知らないほうがいいのかもしれない。おじいさんもそう思ってるんじゃないの?」
野戸海樹「‥そうかも。病室、案内しますね」
〇病室
野戸海樹「じいちゃん、連れてきたよ」
野戸洋「‥おお、来たか」
若宮はづき「あの‥」
野戸洋「ちょっと待ってくれ‥ 海樹、悪いが外に出ててくれ」
野戸海樹「‥うん、わかった」
そう言って彼は部屋を出て行った。すると白髪の男性は鋭い目でこちらを見つめ話し出した。
野戸洋「あんたか? 中身を持ってきたのは」
若宮はづき「はい」
野戸洋「ふん‥変わってるな。 いや、珍しい‥か?」
若宮はづき「珍しい‥何がですか?」
野戸洋「何が‥? あんた、わからないのか?」
若宮はづき「わからないか‥そうみたいです。今までも似たような事を言われたので」
野戸洋「そうか‥なるほど‥。 で、届け物は?」
若宮はづき「あっ、これです」
野戸洋「おお、これか‥ようやくだな」
若宮はづき「‥‥」
野戸洋「興味はあるが詮索はしないと言った顔か‥ ルールは守るようだな」
若宮はづき「まあ、はい」
野戸洋「これはな‥」
そう言って老人が袋から取り出した物は、干からびたような何かだった。
若宮はづき「何ですか、それ?」
野戸洋「これはな、手だよ‥『猿の手』だ」
若宮はづき「猿の手‥?」
野戸洋「あんた、『猿の手』って小説を知ってるか?」
若宮はづき「猿の手?小説? 知らないですけど‥」
野戸洋「『猿の手』はな、1906年イギリスのウイリアム・ウイマーク・ジェイコブズが書いた怪奇小説だ」
若宮はづき「怪奇小説? 怖い話ってことですか?」
野戸洋「まあ、そうなるな」
若宮はづき「どんなお話しなんですか?」
野戸洋「簡単に言うと、『猿の手』が3つの願い事を叶えてくれるが、願いにはそれなりの代償が伴うって話しだ」
若宮はづき「3つの願い? 何だか聞いたことがあるような‥」
野戸洋「もともとは西洋でよくある昔話が元になっているからな。まあ、今でもいろんな話に影響を与えているよ」
若宮はづき「あれ?でもそれってお話なんですよね? だけどその手は‥」
野戸洋「‥それがな、実際に猿の手があるとしたらどうする?」
若宮はづき「実際にって、願いが叶う猿の手がですか?」
野戸洋「そうだ。ずっと昔から願いを叶える『猿の手』として存在するんだとしたら、あんたはどうするよ?」
若宮はづき「どうするって‥」
野戸洋「俺はな、この『猿の手』について散々調べまくったよ。そしてホントに願いを叶える猿の手が存在することを突き止めたんだ」
若宮はづき「その、じゃあ三つの願いを叶えるって‥」
野戸洋「いや、それは違っていた。 実際には一つだけだ」
若宮はづき「じゃあ‥願いを一つ叶えたんですか?」
野戸洋「まあな。ただ正確に言うと、叶った願いは三つだ」
若宮はづき「えっ?だって猿の手は一つの願いしか叶えないって‥?」
野戸洋「そう、猿の手一本なら願いは一つだ。 だが3本なら‥どうだ?」
若宮はづき「3本って‥そんなにあるんですか?」
野戸洋「ああ。俺は今まで22本の『猿の手』を手に入れてきた。だが実際に願いを叶える力があるのは3本だけだった」
若宮はづき「そんなに‥でも、見てわかるモノなんですか? その、願いを叶えられるかどうかなんて?」
野戸洋「まあ、だいたいな。手に持つとわかるよ。何と言うか独特の禍々しさをしているからな」
若宮はづき「そうなんですか。‥じゃあ、もしかして?」
野戸洋「ああ。あんたの持ってきたそれも、間違いなく本物だ。4本目の『猿の手』だよ」
若宮はづき「本物の『猿の手』‥」
野戸洋「この4本目でようやく最後の願いを叶えることが出来るよ」
若宮はづき「最後の願いを叶える‥ あれ?でも願いには代償が伴うって?」
野戸洋「そうだ、代償が伴う。俺は既に三つの代償を支払っている」
若宮はづき「三つの代償‥」
野戸洋「一つ目は心を、二つ目は体を、そして三つ目には自分をな」
若宮はづき「それって、どういう‥?」
野戸洋「俺はな、この4本目の『猿の手』で四つ目の願いを叶えたいんだ。この世の中から俺と言う存在を消してしまいたいという願いをな」
若宮はづき「それが四つ目の願い‥でもそれって‥」
コンコン!!
医者「失礼しますよ、検診です。 野戸さん、その後の調子はいかがですか?」
野戸洋「あ、ああ」
若宮はづき「(えっ? なんか様子が‥)」
医者「すいません、野戸さんを検診しますので、ちょっと退室してもらえますか?」
若宮はづき「あっ、はい。じゃあ、外にいますね」
野戸洋「あっ、ああ」
医者「はい、腕をまくりますよ」
検診が始まると私は部屋を出た。
ただ、急に様子がおかしくなった老人のことが、何か気がかりだった。
〇大きい病院の廊下
若宮はづき「野戸さんだっけ‥どうしたんだろ、急に?」
野戸樹「あんたが持ってきた人か?」
若宮はづき「えっ?」
野戸樹「うちの親父に、あの『猿の手』を持ってきたのはあんたかって聞いてるんだよ」
若宮はづき「親父って‥野戸さんの息子さんですか?」
野戸樹「ああ。あいつの息子の樹(いつき)だ」
若宮はづき「『猿の手』のこと、知ってるんですか?」
野戸樹「散々聞かされたからな‥」
若宮はづき「聞かされた?」
野戸樹「俺がガキの頃から親父は『猿の手』探しに狂っててな、「絶対これを見つけて、お前たちに楽させてやるからな」ってよ」
若宮はづき「楽をさせる‥ですか」
野戸樹「ああ。親父は建設会社をやってたんだが、経営がかなり苦しくてな。『猿の手』の力でなんとかしたかったんだろう」
若宮はづき「そうなんですか」
野戸樹「その頃は貧乏だったが、親父もおふくろも楽しそうでよ。俺も毎日が楽しかったんだ。しばらくしておふくろが亡くなるまではな‥」
若宮はづき「‥お母さまは亡くなれたんですか?」
野戸樹「そうだ、まだ俺が15歳だったか。 交通事故でな‥」
若宮はづき「交通事故‥」
野戸樹「おふくろは轢いた相手がどっかの議員か何かでよ、このことを公表しない代りにって、結構な額の金を置いてったって話だ」
若宮はづき「‥‥それ、まさか」
野戸樹「その金で親父の会社は立て直ってな、生活は裕福になったよ。でも、親父はそれから一切『猿の手』の話はしなくなった」
野戸樹「それに親父はまったく笑わなくなってよ。俺にも関心を示さなくなって、それどころか何かにつけちゃ手をあげてくる始末だ」
若宮はづき「そうですか‥」
野戸樹「それにな‥それに、そこからもっとひどくなっていくんだよ‥」
そう言って野戸樹は話し始めた。
〇雑踏
母親が亡くなり数年たった頃、父に肺に腫瘍が見つかり、今では全身に転移している事。
また数年前から重度の認知症になり、満足に会話が出来ていない事。
今の会社は息子の樹が継いでいるが、父親が経営していた頃以上に業績が良い事。
そして父の業績を否定するように会社を発展させ、今や創業者の父親の影響は皆無であること。
〇大きい病院の廊下
野戸樹「俺はな、あいつを越えて、完全に忘れたいんだよ‥親子であることを消してしまいたいんだよ」
若宮はづき「消したい‥ですか。 あの、ちょっと聞きたいんですけど‥」
野戸樹「なんだ?」
若宮はづき「さっき満足に話が出来ないって、認知症だからって。でも私、ちゃんと話をしました、たったいま。これって、いったい‥」
野戸樹「『猿の手』の話、だからだろう‥」
若宮はづき「『猿の手』の話だから‥?」
野戸樹「理由はよくわからないが、親父は認知症になってからも『猿の手』が関わる話だけはまともに話せるんだ」
若宮はづき「そんなことって‥」
野戸樹「医者にも聞いたが、親父が嘘をついてはいないらしい。『猿の手』に関する事だけが今の認識に強く結びついているとか言ってたな」
若宮はづき「だからさっき、お医者さんが来た時に様子が変だったのか‥」
医者「どうもお待たせしました、検診終わりましたよ。おや、野戸さんの息子さんでしたか?お見舞いですか?」
野戸樹「そんなんじゃ‥ないです」
医者「そうですか‥では、私はこれで」
若宮はづき「あの‥私は、まだ野戸さんと話がありますので」
野戸樹「俺は‥信じてないからな」
若宮はづき「‥何をですか?」
野戸樹「『猿の手』なんて‥俺は信じてないからな! そんなものがあってたまるか!」
若宮はづき「そうですか‥じゃあ、失礼します」
〇病室
野戸洋「すまなかったな、話の途中で」
若宮はづき「いえ‥あの、いま息子さんに会いました」
野戸洋「樹にか‥そうか」
若宮はづき「息子さんの言っていることって‥」
野戸洋「ほぼ事実だよ‥まあ、あいつは『猿の手』を信じていないが」
若宮はづき「信じてないって‥でも、お母さまが亡くなったのって‥」
野戸洋「そうだ、代償だよ。最初のな‥」
若宮はづき「やっぱり‥」
野戸洋「あんたに言ったろ、最初に心、次に体、そして自分の順だと」
若宮はづき「はい、代償としてと‥」
野戸洋「代償はな‥自分にとって、もっとも大切なものを奪っていくんだよ」
若宮はづき「もっとも大切なもの‥」
野戸洋「そうだ。だから俺は妻を失うことで心を、重病になることで体を、そして重度の認知症になることで自分を‥代償に支払ったんだよ」
若宮はづき「それが‥代償」
野戸洋「そして、あんたの持ってきてくれた4本目の『猿の手』で、ようやく最後の願いが叶うんだよ」
若宮はづき「世の中から自分を忘れさせたい‥ですか。 でも、なんで息子さんに憎まれたままでいるんですか?これじゃ、いくらなんでも‥」
野戸洋「代償が‥必要だからさ」
若宮はづき「代償って‥‥ (もしかしたら‥)」
野戸洋「‥‥そういえば、あんた、まだわからないと言っていたな?」
若宮はづき「何のことです?」
野戸洋「あんた、まだ見えてないんだろ?」
若宮はづき「見えてない‥ああ、そのことですか。そうですね、何かそうみたいです」
野戸洋「そうか‥ だったら、きっかけをやろう」
若宮はづき「きっかけ?」
野戸洋「ああ。ほら、俺の腕を掴め」
そう言って野戸洋は、自分の左腕を差し出した。
若宮はづき「腕を掴む? ‥わかりました えっと‥これでいいですか?」
野戸洋「よし‥それで俺を見るんだ」
若宮はづき「見る?」
野戸洋「そうだ。俺だけを見るんじゃなくて、部屋全体と言うか、俺も含めた空間全体を、一つとして見てみろ」
若宮はづき「えっ、それって、どういう‥」
野戸洋「いいから、集中しろ‥ お前ならすぐに気がつく」
若宮はづき「(この人だけを見るんじゃなくて、部屋を、空間をひとつとして‥見る‥)」
その時、はづきの目には焦点の定まらない空間の中で、ぼんやりと青い、光が見えた。
若宮はづき「これ‥‥青い‥ あれ‥くらくらする‥」
野戸洋「(ふん‥やはり早いな)」
若宮はづき「あの‥すいません、ちょっと頭が痛くて‥」
野戸洋「もういい、無理するな」
若宮はづき「はい‥すいません」
野戸洋「これがきっかけだ。後はもう時間の問題だろ」
若宮はづき「これって‥いったい何なんですか?」
野戸洋「だからきっかけだよ。最後の『猿の手』を持ってきてくれたあんたへの‥ あんた、名前は何ていうんだ?」
若宮はづき「あっ、はづきです。若宮はづきといいます」
野戸洋「そうか、若宮さんか。これは若宮さんへのお礼だよ」
若宮はづき「お礼‥」
野戸洋「あんたは少し変わってる。いつかそれを活かす時が来るんだろう」
若宮はづき「それを活かす‥?」
野戸洋「さて、そろそろ最後の願いをしたいんだ。部屋から出てくれないか? 息子にもしばらく入って来るなと伝えてくれ」
若宮はづき「息子さんにはそれだけ‥ですか?」
野戸洋「それだけだ‥今はそれ以上は‥」
若宮はづき「今はですか‥わかりました、そう伝えます」
野戸洋「じゃあな、ありがとう」
若宮はづき「はい‥失礼します」
そしてはづきは部屋から出て行った。
〇大きい病院の廊下
廊下では野戸樹が待っていた。はづきは野戸洋から言われた事を彼に伝えた。
野戸樹「ふん、しばらく‥か」
若宮はづき「はい。そう言われていました」
野戸樹「そうか‥あんたは、これで帰るのか?」
若宮はづき「はい。私のやることは終わりましたので」
野戸樹「あんたも迷惑だったろうにすまなかったな。年寄りの戯言に付き合わせて」
若宮はづき「いえ‥あの」
野戸樹「なんだ?」
若宮はづき「本当に『猿の手』を信じてないんですか?」
野戸樹「なんだって?」
若宮はづき「お父様が酷いことをしたのは、きっとあなたの言われた通りだと思います。 だけど、その理由が‥」
野戸樹「それが『猿の手』のせいだって言いたいのか!そんなわけないだろ!」
若宮はづき「それなんですけど‥」
野戸樹「なんで俺が『猿の手』のせいで親父に殴られなきゃならないんだよ!」
若宮はづき「そうなんですけど‥そうだ! ちょっと待って下さい!すぐ戻りますから。必ず待ってて下さいね!」
そう言ってはづきは走りだし、その場を離れた。そして10分程たった頃に戻ってきた。
若宮はづき「ハァハァ‥ お待たせしました‥あれ?」
野戸海樹「あっ、どうも」
若宮はづき「あれ?樹さん‥あなたのお父さんは?」
野戸海樹「なんか急にじいちゃんの具合が悪くなったからって、先生と病室に。俺にはここであなたを待ってろって」
若宮はづき「具合が‥そうなんだ‥」
野戸海樹「うん。俺にもあなたの用事が済んだら、病室に来いって‥」
若宮はづき「そっか‥ じゃあ、これをお父さん、樹さんに渡してください」
野戸海樹「手紙‥ですか?」
若宮はづき「うん、手紙。でも読むのは、野戸洋さん、おじいさんにもし何かがあったら‥その‥」
野戸海樹「それって‥じいちゃんが死んだらってこと?」
若宮はづき「ごめんね‥そうなるかな。 でも、必ず亡くなってから読んで下さいと、お父さんに伝えて」
野戸海樹「‥うん、わかった」
若宮はづき「‥嫌な事を言ってごめんなさい。 じゃあ、私はこれで」
野戸海樹「うん、じゃあ」
困惑しながらも、理解しようとしている野戸海樹の視線を感じながら、はづきはその場を後にするのだった。
〇古いアパートの一室
はづきが病院を出て家に着くころには、もう薄暗くなり始めていた。
若宮はづき「もうすっかり夕方か‥」
プルルルルー📞
若宮はづき「そっか、そんな時間か‥」
若宮はづき「はい、もしもし」
瑠璃沢(るりさわ)「お疲れ様です、瑠璃沢です。 本日も問題無く渡せましたでしょうか?」
若宮はづき「はい、問題はありませんでした。 あのー、瑠璃沢さん?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい、なんでしょう?」
若宮はづき「今日の方‥野戸さんって、 ちょっと今までと違うような‥」
瑠璃沢(るりさわ)「ああ、確かにそうかもしれませんが、 何かありましたか?」
若宮はづき「そういうわけじゃないんですけど、 何だかずいぶん前から、こうなることを望んでいたような‥」
瑠璃沢(るりさわ)「ずいぶん前からですか?」
若宮はづき「はい。それこそ何十年も前、奥様が亡くなられた時ぐらいから、今回のことを決めていたような気がします」
瑠璃沢(るりさわ)「なるほど‥確かに私どもにも理解しがたい部分のある方でしたが‥」
若宮はづき「あのー‥ ちょっと聞いていいですか?」
瑠璃沢(るりさわ)「なんでしょう?」
若宮はづき「野戸さん、息子さんとずっとうまくいってなくて‥」
瑠璃沢(るりさわ)「そうなんですか」
若宮はづき「何とかしたくて、ちょっとお手伝いをしたんですけど‥」
瑠璃沢(るりさわ)「手伝い?」
若宮はづき「今思うと‥これって、やっていいことだったかなって‥」
瑠璃沢(るりさわ)「何をなさったんですか?」
若宮はづき「手紙を渡したんです、息子さんに。たぶんお父さんの‥野戸洋さんのホントの考えに気がついてないから、それに気づいて欲しくて」
瑠璃沢(るりさわ)「手紙‥それは事前に用意していたんですか?」
若宮はづき「あっ、それは、病院の1階に売店があったので、急いで買って大急ぎで書きました」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですか。ところであなたは‥はづきさんは、野戸洋さんのホントの考えに気がついたんですか?」
若宮はづき「はい‥たぶん」
瑠璃沢(るりさわ)「たぶん?」
若宮はづき「いや、あの‥でも、合ってると思います。 合ってるから、あまりにも苦しくて、何とかしてあげたくなって‥」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですか‥」
若宮はづき「まずかった‥ですかね?」
瑠璃沢(るりさわ)「‥‥いや、問題ないでしょう」
若宮はづき「あっ!そうですか!」
瑠璃沢(るりさわ)「ええ。もしかしたら、それもあなたの力の一つかもしれません」
若宮はづき「私の力?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい。ですが、それについてお話しするのはまだ先です」
若宮はづき「あっ、はい‥そうですね」
瑠璃沢(るりさわ)「では、そろそろ。 また明日も宜しくお願いします」
若宮はづき「はい‥お疲れ様でした」
そう言って瑠璃沢は電話を切った。はづきは電話が切れた後に、ある重要な事を思い出した。
若宮はづき「あっ、青い光のこと聞き忘れちゃった‥」
若宮はづき「まあ、いいか。どうせまだ話してくれないだろうし‥」
若宮はづき「(そう言えば息子さんへの手紙、ちゃんと渡してくれたかな‥‥)」
〇綺麗なリビング
一週間後
野戸樹「‥‥」
野戸海樹「‥ねぇ、父さん」
野戸樹「うん?どうかしたか?」
野戸海樹「あの‥」
野戸樹「なんだ、元気ないな。まあ、お前は爺さんと仲が良かったからな」
野戸海樹「うん‥そうだね」
野戸樹「でも、爺さんが死んでから一週間たったんだ。そろそろ気持ちを切り替えていかないとな」
野戸海樹「うん‥」
野戸樹「そう言えば不思議なのが、会社では親父がいた事をみんな忘れてるみたいに話題にならないんだよ」
野戸海樹「そうなんだ‥」
野戸樹「ああ、葬式ではみんな悲しそうだったのにな。いざ仕事に戻ると、そもそもそんな人はいなかったんじゃないかってぐらいにな」
野戸海樹「うん‥あのさ」
野戸樹「なんだよ、神妙な顔して?」
野戸海樹「あの女の人、覚えてる? じいちゃんの亡くなる少し前に、何かを持ってきた人」
野戸樹「‥ああ、覚えてるよ。 『猿の手』を持ってきた女な」
野戸海樹「俺、あの人から手紙を預かったんだ。じいちゃんが死ぬまで絶対に読むなって言われてた手紙を」
野戸樹「手紙‥?なんだそれ?」
野戸海樹「父さんに渡したら、じいちゃんが死ぬ前でも読んじゃいそうだから。俺が持ってた」
野戸樹「そう‥だったのか」
野戸海樹「俺も読んでないよ。あの人から父さんにって言われたから。はい、これ」
野戸樹「これが‥」
野戸海樹「渡したよ。‥あっ、もし大丈夫だったら、俺にも手紙の中身を教えてね」
野戸樹「ああ‥」
野戸海樹「じゃあ俺、邪魔になると嫌だから、ちょっと出て来るね」
野戸樹「いや、邪魔ってお前‥」
野戸海樹「いいのいいの、それじゃあね」
野戸樹「手紙‥か」
その手紙にはこう書いてあった。
〇雑踏
急いで書いたお手紙なので、文章がひどくてすいません。ただお父様について、どうしても伝えたいことがあります。
それと必ずお父様の死後にお読み下さい。もし生前に読まれ、内容をお父様に確認でもしたら、樹さんが代償になる恐れがあります。
樹さんの信じていない『猿の手』の話ですが、たぶん本当の事です。これは願いを叶える代わりに、一番大切な物を奪っていきます。
そして最初の『猿の手』は、お父様の洋さんが一番大切だったもの、あなたのお母様を奪っていきました。
その時、お父様は気がついたんだと思います。もし次に『猿の手』に願いをかけたら、お母様が亡くなったいま、
お父様がもっとも大切に思っている人物、樹さん、あなたの命が奪われる。
お父様は、それだけはどうしても避けたかったんです。
だからこそ、あなたと距離を置き冷淡に接し、ある時は暴力さえ振るった。
心からあなたを大切にしないように接してきた。
あなたを『猿の手』の代償にしないために。
ただ、私にもわからない事があります。
なぜお父様がそこまでして『猿の手』の力を必要としていたのか。
そんな理不尽な代償を求めるものなら、
お母様が犠牲になった後は
もうやらなければよかったはずなのに。
もしかしたら、一度でも『猿の手』を使ったら、その力に捕らえられてしまうのかもしれません。
自分の大切な何か、心や体や自分自身を、そして愛する事までも、その全て奪うまで、離れる事が出来ない呪いなのかもしれません。
お父様の最後の願いが叶えられ、その代償としてお父様の命が差し出された今となっては、
もう樹さんに『猿の手』の呪いが及ぶことは無いはずです。
お父様を許すことは難しいかもしれません。ですが、お父様が歪んだ形であなたを守っていた事だけは、わかってあげて下さい。
『猿の手』を届けた女 より
〇綺麗なリビング
野戸樹「そんな‥そんな‥‥」
野戸樹「そんな‥‥‥」
続く
謎が良い感じで深まってきました。
もったいないので時間をかけて読みたい気持ちと早く次がと思う気持ちが拮抗してます。