花丸の思惑(脚本)
〇カウンター席
大間 柾「すみません店長。」
店長「いいよ。気にしないで。 抜けられるのは痛いけど、SNSの反響も大人しくなってるし、新しいバイトも入れるつもりだったからね」
大間 柾「できる限りは出ます。 ここではしっかりと勉強できてますし・・・」
店長「うん。助かるよ。 シフトに関しては任せてね。」
店長「それに元々ウチは常連客メインの店だからね。SNSでどうこうあっても基本困らないよ」
大間 柾「ありがとうございます。では、よろしくお願いします。」
柾は店を出て行った。
赤井アリア「おじさま。 あれ? さっきまで柾さんがいなかったかしら?」
店長「ああ、実は今日からシフト調整で柾くんの出る時間が減るんだよ。 だからアリアちゃんには頑張ってもらいたいんだ。」
赤井アリア「そ、そうなんだ」
赤井アリア(もしかしてダイガクジュケンで忙しいの? ・・・なんかやっぱり私も何かしないとなのかな?)
店長「ねぇ、アリアちゃん。 アリアちゃんはアリアちゃんのペースで良いんだよ?」
赤井アリア「・・・え?」
店長「年の功ってやつだね。 なんとなく考えてる事が分かるんだけど、アリアちゃんは緊張感が高すぎるよ。その上、完璧主義だ。」
赤井アリア「え、えっと・・・」
店長「彼のような人が側に居るとついつい自分と比べて焦る。その気持ちは分かる。 けど、幸せも価値観も自分で持たないとダメだよ。」
赤井アリア「ど、どういうことですか?」
店長「自分で価値観を決める事が一番大変だけど、それが出来ないと幸せになれないってことだね。」
店長「アリアちゃんは、自分の事を自分で決める練習をして少しずつ幸せを考えて、そこから行動しても遅くないと思うんだ。」
店長「物事を一気に決められる。答えがある。それなら楽だけど、人間はそんな単純じゃないからね。」
赤井アリア「よく・・・分からないです。」
店長「とにかく焦らない事だ。 本当に焦らなくてもいいからね。」
赤井アリア「・・・・・・はい。」
〇事務所
小林 誠司「と言う訳で、少しばかりシフトを減らしていただきたいのです。」
要 さよ子「分かりました。 しっかりと調整させてもらうわね。」
小林 誠司「よろしくお願い致します。」
小磯 朱里「いや、泣いとる!?」
戸田 夏江「そりゃ泣くでしょ! こちとら日々の潤いと癒しが減るのよ!?」
小磯 朱里「確かに・・・」
小磯 朱里「じゃなくて・・・労働者の権利ですから仕方ないですよ?」
要 幸平(今・・・)
上坂 健太郎(・・・確かにって言った。)
要 幸平「まぁ、辞めないだけでも、ありがたい事だよ。」
上坂 健太郎「その通り。 それにやるべき事があるなら仕方がないよ。」
上坂 健太郎「人手はなんとかなるから、遠慮なく減らしてもらって良い。でも、やっぱり辞めてほしくはないよ。」
要 幸平「うん。小林君はウチの重要戦力だからね。 前も行ったけど・・・将来、就職先に困ったらウチに入ってほしいくらいだもの。」
戸田 夏江「いやもうウチで囲いましょう! 誠司くんはウチの物です! 誰にもあげません! ウチ以外では働かせません!」
要 幸平「法律事務所の社員がする発言じゃないよ!?」
太田 伊予「・・・・・・・・・・・・」
要 さよ子「あら? どうしたの伊予ちゃん。」
太田 伊予「いえ・・・あ。 何でもないです。」
要 さよ子「でもやっぱり寂しいわね。」
小林 誠司「そう言っていただけるのはありがたいのですが・・・別に辞める訳ではありませんよ。」
要 さよ子「あら? 週5のフルタイムで入ってくれて訳でしょ? もう普通に事務所の一員だったから、寂しいわよ。」
戸田 夏江「じゃあ、今度みんなで飲みに行きましょう! 今後来るであろう寂しいさを乗り越えるために!」
要 さよ子「あら? いいわね。」
小林 誠司「あ、私は・・・」
小林 誠司「・・・・・・・・・・・・」
小林 誠司「いえ、そうですね。 行きましょう。」
戸田 夏江「よ~し! 私が幹事します! それじゃ、今日と明後日くらいに行きましょう!」
上坂 健太郎「明後日も? なんでですか?」
戸田 夏江「私と誠司くんの二人っきりで行くからです。」
要 幸平「なんて力強い意志!?」
小磯 朱里(ぬおぉぉぉ!? 私も二人っきりで行きたい!)
その日、飲み屋へ向かう為、事務所を出る直前の事――
太田 伊予「あの・・・小林さん。」
誠司は呼び止められた。
小林 誠司「どうしましたか?」
太田 伊予「あの、もしかしてと思って・・・そのシフトを減らすのって私の所為かなって・・・」
小林 誠司「なんのお話でしょうか?」
太田 伊予「私、小林さんに比べて優秀じゃないから、失敗も多くて・・・大変だったのかもしれないって思ったんです。」
小林 誠司(それが原因でシフトを減らすと? なるほど・・・・・・この女は随分と被害者意識が強いな。)
小林 誠司(悲劇のヒロインタイプか? 人一倍面倒なタイプだ。 まぁ、適当にあしらって──)
小林 誠司(──いや、こんな時・・・柾さまならどうなさるか? あの方の側近であるなら・・・やるべきことがあるか。)
小林 誠司「そんな事はありません。 失礼を承知で言わせていただくなら、それは思い上がりです。」
太田 伊予「お、思い上がり・・・?」
小林 誠司「私も昔、どんなことでも自分で出来ると信じていましたが、それは違った。 完璧など不可能です。」
小林 誠司「だから、人は群れるのです。 私ができる範囲で完璧を遂行しても、他の範囲で完璧はできません。」
小林 誠司「太田さんは、自分のできる範囲で仕事を遂行し、そして私も同様の事をしていた。」
小林 誠司「足を引っ張るという発言は、全部自分でやればいいという発想に繋がっています。 そんなことができる人などいませんよ。」
小林 誠司「自分の欠点とできない事を認められない。 これは思い上がり以外の何物でもありません。」
小林 誠司「太田さんは優秀です。私が保証します。 その代わり、全てをやろうとすれば追いつかなくなるので、そこだけご注意ください。」
小林 誠司「頼るのです。 縋ったり、願うのではないです。それができる環境があの事務所です。遠慮をする方が無粋でしょう。」
太田 伊予「あ、ええっと・・・」
太田 伊予「・・・はい。ありがとうございます。」
小林 誠司「では、行きましょう。遅れてしまいます。」
太田 伊予「は、はい! 小林さん。なんだか、その・・・本当にありがとうございます。」
小林 誠司「お気になさらず・・・」
〇ダイニング
大間 柾「スケジュール調整は済んだ。」
小林 誠司「お疲れ様です。私の方も完了です。」
大間 柾「はぁ・・・。 まぁ、向こうに行ってる間、こっちではほとんど時間が進まないのが救いだな。」
角田 花丸「こちらも完了でそ!」
小林 誠司「お前にシフト調整など必要ないだろ?」
角田 花丸「え? 辞めてきましたが、なにか問題でも?」
小林 誠司「――んな!?」
大間 柾「何やってんだぁぁ!?」
角田 花丸「ふぬぬ、この時を待ってたでそ! 私はユーチューバーになるでそ! その為の機材は買い揃えたでそ!」
大間 柾「まさか・・・お前がコソコソ課金してたのって──」
角田 花丸「この時の──」
角田 花丸「──ためでそ!!!!」
小林 誠司「そ、そんなモノになる為に生活費を──」
角田 花丸「そんなものとは失敬な! 今や市民権を得た職業でそ!」
大間 柾「いや、このユーチューバー飽和時代でどうしようと思ってるんだ お前は?」
角田 花丸「ふふふ・・・察しの悪い方々でそ。」
大間 柾「・・・・・・お前まさか!?」
角田 花丸「そのまさかでそ! こんなチャンス他には絶対に転がっていないでそ!」
大間 柾「お前・・・フロストアークでのやり取りを動画で上げるつもりか!?」
角田 花丸「大・正・解・でそ!!!!!!」
大間 柾「お、お前・・・その為だけに女神助けたな?」
角田 花丸「当然でそ。 他の理由で助けるような存在でもねぇでそ。」
小林 誠司「その点はどうでもいいが・・・花丸よ。 そんな事をして信じてもらえると思うのか?」
小林 誠司「私もそこまでユーチューバーに詳しい訳ではないが、動画にしたところでフィクションと言われるのがオチだ。」
大間 柾「そ、そうだ。 それにフロストアークの事が世間に知られるの問題だろ?」
大間 柾「どうせフィクションだと言われるだろうがな。」
角田 花丸「は? 本物であるかないかなど重要ではないでそ。」
大間 柾「どういうことだ?」
角田 花丸「本物か偽物かの議論など意味がないでそ。重要なのは、注目されるかどうかでそ。」
角田 花丸「良くも悪くも、あそこは素人動画投稿サイトでそ。つまり、真偽など誰も確かめようがないでそ。」
角田 花丸「素人の上げた動画が、変わっていて面白いからバズって再生数が稼げて、そこに広告会社が飛びついているでそ。」
角田 花丸「良くも悪くも、あそこに動画の面白さなど求められていないでそ。」
角田 花丸「それを求めているのは視聴者。つまり、利用者でそ。 金を発生させている経営側には動画の面白さなど、どうでもいい事でそ。」
角田 花丸「これは真面目な話。 迷惑系や炎上系の投稿者などは、実は着眼点だけは正しいでそ。」
角田 花丸「社会的な問題、おおいにあり。 しかし、あそこは再生数こそ全て。それを稼ぐ一番手っ取り早い方法をとっただけでそ」
角田 花丸「言っちまえば、企画の実力が無いからソッチの方向でやるしかなかったってだけでそ。」
角田 花丸「そして、ハッキリ言えば、それを求めたのは運営でそ。やった事は運営の意図通りとも言えるでそ。」
角田 花丸「最も金の入ってくる運営側からすれば、一瞬でも稼げば投稿者がどうなろうが、どうでもいい・・・実に上手い商売。」
角田 花丸「それに「動画投稿サイトで広告料が稼げる」という事さえなければ、そもそも迷惑系なんぞ生まれないでそ。」
角田 花丸「そこに言及しない世間・・・実に美味しい構造でそ。」
角田 花丸「真偽? そんなものが責任を負う必要の無く金の入ってくるんだから、どうでもいい事でそ。気にするのは視聴者だけでそ。」
角田 花丸「ならば、画面の端っこに「この動画の全てはフィクションです」とでも入れておくだけで、万事解決でそ。」
角田 花丸「再生数と視聴者数。それで広告料ゲットでそ!」
大間 柾「・・・お前、碌な死に方せんぞ?」
小林 誠司「全く・・・どうしてこう悪知恵ばかり働くのか。」
角田 花丸「しか~し! 稼げるのは事実でそ! ならば、やって損はないでそ!」
大間 柾「もう、好きにしろ・・・全く。 ただし、俺達の顔はどうにかしろよ。 顔が晒されるなんて後々面倒だ。」
角田 花丸「その点は任せて下され。 すでに対策も取ってあるでそ。」
小林 誠司「・・・・・・不安だ。」