第十七話『戦いの前夜』(脚本)
〇皇后の御殿
駆け付けた医官の手により、玉兎に盛られた毒は解毒できたものの。
怪我が悪化したこともあり、満身創痍である。
皇后「麗華、玉兎の様子は?」
麗華「今は眠っています。何度か目を覚ましましたが、朦朧としているみたいで」
寒月「・・・玉兎に狙いを絞ってきたところを見るに、あいつが一番の障害だとわかっていたのでしょう」
潔斎後から祭祀までは訪問しないという決まりを破り、寒月が内密に訪れていた。
皇后「玉兎は淑妃が旧太子妃宮の幽鬼だと断言したわ。手合わせをしていたなら、玉兎を警戒して当然でしょうね」
寒月「そして『秘花宝典』もあちらの手に渡った、と」
皇后「・・・困ったわね?」
寒月「困ったでは済みませんよ。玉兎があの状態では、明日の祭祀をどうするのですか」
皇后「わたくしも武門の出よ。 正々堂々と戦ってみようかしら?」
寒月「冗談を言っている場合ですか・・・。 娘娘は武芸を修めていないでしょう」
皇后「玉兎のことだから、明日にはけろりと起きてきそうな気もするのだけど」
寒月「娘娘! 玉兎は不死身ではないのですよ」
皇后「わかっているわ。 けれど皇后には舞を奉納する役割があるの」
寒月「故意に穴だらけにした警備の中で? 敵を誘い込んだうえで、それでも娘娘がご自身で舞われると」
皇后「寒月、おまえの立場はどちらなの? ぼろぼろの玉兎かわたくしか、二つに一つを選ぶしかないのよ。はっきりしなさい」
淡々とした問いかけに、寒月が一瞬言葉に詰まる。
寒月「計画を・・・中止しましょう」
皇后「選ばないつもりなのね。 そして、今後もわたくしは狙われ続けると」
寒月「今から警備の配置を固めます。娘娘を必ずお守りするよう、腕の立つものを・・・」
皇后「わたくしが狙われ続けるということは、玉兎が矢面に立ち続けるということよ。同じことを繰り返すつもりなの?」
寒月「それは」
皇后「それに、すでに『秘花宝典』は盗まれたわ。今更後には引けない」
皇后「陛下の影であるおまえが選べないのなら、わたくしが選びましょう」
寒月「娘娘、今しばし時間を──」
皇后「わたくしは、この国のため、陛下のために決して死ねない。玉兎を舞わせるわ」
緊迫した空気が漂う中、か細い声が奥の部屋から届く。
玉兎「あのう、すみません。どなたかー・・・」
麗華「玉兎! 起きてこないでよ!? 今聞きに行くから!」
皇后「目を覚ましていたのね」
寒月「・・・全部聞かれていたのでしょう」
皇后「わたくしはまるで悪役だわ。満身創痍の小娘に、命を差し出せと言っているようなものだもの」
寒月「私が悪いのです。迷うべきではなかった。玉兎を出せと、そう言うべきでした」
皇后「そうね。けれどおまえは迷った」
皇后の静かな言葉に、寒月は深くうなだれる。
寒月「・・・罰してください」
皇后「・・・咎めるつもりはないわ。皇后という役割を無視できるのなら、わたくしとて迷うでしょう」
重い空気が漂う中、玉兎の様子を見に行っていた麗華が部屋に戻ってくる。
麗華「寒月さん、玉兎が呼んでいます。 寒月さんにしか頼めないことがある、と」
寒月「何だ・・・?」
麗華「あとは本人に聞いてください。 無理はさせないでくださいね」
寒月「ああ、わかっている。娘娘、失礼します」
〇後宮の一室
寒月が部屋に踏み込むと、寝台の上に身を起こした玉兎がへらりと笑った。
玉兎「あ、寒月さん。 お呼びたてしてすみません・・・」
寒月「なぜ起きている!? 寝ろ、休め!」
寒月「いや、水を飲みたいのか? それとも粥か。用意してやるから、とにかく寝ていろ!」
玉兎「あーっ、寝かせないでくださいー! 説明しますから」
寒月「手短に話せ。おまえを無理させるなと麗華に言われているんだ」
玉兎「幽鬼・・・淑妃さまの手で、内傷(ないしょう)を負いました。こればかりは、医官でもどうしようもなくてですね」
寒月「おい、まさか」
玉兎「寒月さんにしか頼めない、って言ったじゃないですかぁ」
寒月「だが、それは・・・」
玉兎「お願いです。内傷の治療に、手を貸してください」
玉兎「武芸に通じていて、玉兎が弱点をさらせる人なんて・・・寒月さんしかいないのです!」
玉兎は素早く壁の方を向くと、帯に手をかける。
寒月「おい待て、脱ぐんじゃない!」
玉兎「布越しでは内気を整えられませんよ」
寒月「そういう問題ではないだろうが!」
玉兎「玉兎は祭祀に出なければなりません。 娘娘をお守りするためです!」
寒月「死にたいのか!?」
玉兎「いいえ。死ぬつもりはありません。 玉兎は淑妃さまに負けませんから」
玉兎「寒月さん、腹をくくってください。 玉兎と寒月さんは夫婦ですよね?」
玉兎が振り向き、寒月を見つめる。
しばしの逡巡の後、寒月の唇から大きなため息が漏れた。
寒月「・・・わかった」
玉兎「よろしくお願いします」
〇黒
玉兎が衣を脱ぐと、裸の背中にひんやりとした両手が触れる。
冷たさは一瞬で、すぐに背中から全身へと温かい気が巡りはじめるのがわかった。
玉兎(玉兎は皆さんに助けてもらってばかりでした。今だってそうです)
玉兎(だから、一番大事な時くらい、しっかりと勤めを果たしたい──)
〇後宮の一室
鳥の鳴く声が、玉兎の耳に届く。
寒月「・・・よし。これで問題ないだろう」
背中から手が離れ、玉兎は目を開けた。
玉兎「む、むむ・・・」
内気の巡りを確かめてみれば、内傷が完治しているのがわかる。
玉兎(これなら戦えます。 本当に、寒月さんのおかげですね)
寒月「具合はどうだ。私は全力を尽くしたぞ」
ずっと背中を向けていた玉兎が振り向く。
玉兎「ばっちりで──寒月さん、ひどい顔ですよ!?」
寒月「一晩中付き合わされたんだ。 私だって消耗するに決まっている」
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