第十四話『初夜再び? 二人きりの潔斎』(脚本)
〇皇后の御殿
月は夜ごとに明るく満ち、月蝕は近づきつつあった。
皇帝と皇后は月蝕の祭祀を行う前に、一晩祠堂(しどう)にこもり、身を清めなければならない。
負傷している玉兎を影武者として使うかをめぐり、議論は紛糾していた。
皇后「祠堂は警備をしやすい造りではないわ。それに潔斎の間は、陛下とわたくし以外は立ち入ってはならない」
皇后「敵からすれば、格好の機会よね」
寒月「それはもう、玉兎に行けとお命じになられているのと一緒かと」
皇后「うふふ」
玉兎「あの、玉兎は大丈──ぶっ!!」
「大丈夫」と言いかけた玉兎の頬を、寒月が軽くつねった。
寒月「どの口が言う」
玉兎「寒月さん、無理はしないと約束しますから!」
寒月「・・・おまえの「無理はしない」ほど信用できない言葉もないな」
玉兎「では寒月さんは娘娘が襲われてもいいと!? もしくはおひとりで守り切る自信があると!?」
寒月「なぜ煽る!? 私はおまえを案じて・・・案じてはいないが!」
玉兎「どっちですか!?」
皇后「面倒くさいわね、おまえたち」
〇祭祀場
静かな祠堂で、玉兎と寒月は並んで座っていた。
玉兎「寒月さん、こういうのは慣れっこなのですね」
寒月「宮中の大抵の儀礼には影武者として出席したことがある。慣れもするさ」
玉兎「寒月さんっていつから影武者をしているのですか?」
寒月「陛下の皇太子時代からだ。 あの方の外遊先で偶然出会った」
寒月「顔がそっくり同じなものだから、そのまま強制的に連行されたわけだ」
玉兎「それ、不思議だったのです。 生き別れの兄弟とか・・・?」
寒月「もちろん家系図まで調べ上げたさ。 結果、まったくの赤の他人だとわかった」
玉兎「影武者になる前は、いったい何をしてたんですか?」
寒月「・・・侠客」
玉兎「えぇっ!? それ、ホントですか!」
寒月「過去のことだ。私は江湖から去り、陛下と晨国につくことを選んだ」
玉兎「ますます意外です。江湖の人たちは、国のことにはかかわらないのが普通ですよね?」
寒月「陛下と出会ったのは、あの方が凶手に襲われていたところに通りがかったからだ」
寒月「その凶手は、陛下に敵対する大臣に雇われていた。民に過酷な税を課すことで有名な男にな」
玉兎「そんな状況なら、陛下に味方したくもなりますね。これぞまさに義侠心です!」
寒月「陛下はこの国で貴族が利権をむさぼり、各地の民から財を搾取することを許してはおかない」
寒月「貧しい育ちの私は、バカみたいに単純に・・・陛下の描く理想の国に共感した。ただそれだけだ」
玉兎「・・・でも本当はもっと色々な思いがあるのですよね?」
寒月「なんだその期待は・・・」
玉兎「だって、影武者って大変じゃないですか」
寒月「おまえも影武者だろうが」
玉兎「玉兎には見返りがありますので!」
寒月「それなら私にもある。 陛下が良い国を作ると私に約束した」
寒月「それが守られるかどうか、一番近くで見届けることができる。もっとも、それまでに私が死ななければの話だが」
寒月が目を伏せ、薄い唇に微笑を浮かべる。
玉兎「・・・そんな顔もするんですね」
玉兎(寒月さんは陛下のために死ぬつもりみたいに聞こえます・・・そんなのって、なんだか・・・嫌です)
寒月「おまえこそ、変な顔をしてどうした?」
玉兎「むっ、失礼ですよ! いつもこんな顔ですー!」
寒月「娘娘の顔でそういうことを──」
〇黒
寒月の言葉の途中で、不意に祠堂の中の灯りがすべて消える。
〇祭祀場
突如として暗闇に包まれ、玉兎は思わず立ち上がった。
寒月「──おい、動くな」
寒月の手が伸ばされ、腰を浮かせた玉兎を留めた。
大きな手に捕まえられて、玉兎は声を低めた。
玉兎「十中八九、襲撃です。 何故止めるのですか?」
寒月「皇后が影武者を使っていることは、極力伏せたい。それに、怪我人は大人しくしていろ」
玉兎「むぅ・・・」
玉兎(そういえば、無理はしないと約束していましたね)
寒月「騒ぎが起きないところを見ると、護衛たちはみな眠らされているようだな」
玉兎「迂闊すぎやしませんか・・・?」
寒月「仕方がない。後宮が一枚岩でないことは、すでにおまえも知っての通りだ」
喋りながら、寒月が祠堂の床板を剥がす。
そこにはひと振りの剣が収められていた。
寒月「さて、迎え撃つとするか」
玉兎「あの、玉兎の剣はどちらに・・・?」
寒月「あるものか。おまえの役割は、私に守られることだ。悲鳴の一つでも上げておけ──」
玉兎「えぇっ!?」
闇に紛れ、黒衣の凶手が姿を現す。
凶手「ほう、内部に護衛は置いていないか。慢心したな、若き皇帝よ」
寒月「朕とて剣の覚えくらいある。 あまり舐めないでもらおう」
凶手「ふん、温室育ちが抜かす。皇后を差し出せば、貴様の首までは取らん。どうだ、乗るか」
寒月「妻を捨てろと言っているのか?」
凶手「俺の目当てはそこで震える女の首一つ」
寒月「承諾しかねる。朕のただ一人の妻であり、おいそれと差し出せるものではない!」
凶手「では──死ぬがいい!」
──キィン!
火花を散らしながら、剣戟(けんげき)の音が暗い祠堂に響き渡る。
凶手「いつまで耐えられるか、見ものだな・・・!」
長引かせるつもりはないらしい。
凶手は攻め手を速め、一合二合、目にも止まらぬ攻撃を繰り出す。
寒月は受ける一方で、消極的に見えるほど手堅い動きを続けている。
玉兎(でも、一歩も動かない・・・もしかして、こちらに凶手を寄せつけないために?)
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