〇洋館のバルコニー
アガット「遅くなって申し訳ありません、殿下」
アガット「それで本日は、どのようなご用件でしょうか？」
ラファエル「アガット・・・ なんかずいぶん、他人行儀だな」
ラファエル「ほら、人払いしたんだし。 いつもみたいに、『ラフ』って──」
アガット「『愛称』は家族や恋人以外に、使うべきではありません」
アガット「私はもう、気軽に口にできないの」
アガット「そうさせたのは・・・ 他でもないあなたでしょ？」
ラファエル「悪い・・・」
「・・・・・・」
アガット（責めたいわけじゃない。 ミカエル殿下との婚約は、別にラフのせいじゃないし）
アガット（心変わりだって、しかたのないことで・・・）
ラファエル「オレはこのまま、お前と離れる気はない」
アガット「・・・分かっています。 これからは友人として、剣術を教えて頂ければ──」
ラファエル「アガット、こっちを向いてくれ」
　　少しかすれた声でそう囁くと、ラファエルは力強く私を胸に抱き寄せた。
アガット「やめて、ラフ。 誰かに見られたら・・・」
ラファエル「好きだ、アガット」
ラファエル「オレの相手は、最初からお前しかいない」
アガット「なっ・・・今さら何を言ってるの！？️ 私はただの、候補者の１人だって」
ラファエル「そう言うしかなかった。 お前が成人するまでに、危害を加えさせないためにも──」
ラファエル「アガットがオレの唯一だと知られないように、他の令嬢と迷っているふりをする必要があったんだ」
ラファエル「でないと兄上が、どんな手段を使ってでも、オレたちの婚姻を妨害すると思って──」
アガット「何なの？　意味が分からないわ」
アガット「どうしてミカエル皇子が、私たちを引き離そうだなんて・・・」
ラファエル「父上が・・・」
ラファエル「この国の皇帝陛下が、 近々正式に『皇太子』を決める」

〇空
　　ジェムズ帝国の皇位継承は、長子相続制ではない。
　　現皇帝による、絶対指名制だ。

〇豪華な部屋
アガット「・・・身体が冷えたでしょう？　どうぞ」
ラファエル「ああ。サンキュー」
アガット（継承問題・・・ 何となく勝手に、ラフが皇太子になるものだと思ってた）
アガット（過去には派閥争いで、多くの人が亡くなった時代もあったというのに）
ラファエル「なあ、アガット。 オレは兄上に負けたくない」
アガット「うん」
ラファエル「次期『帝国の太陽』は、オレこそが相応しいと思ってる」
アガット「私もそう思うわ。 分け隔てなく誰にでも優しいラフなら、きっといい指導者になれるもの」
アガット（『皇后』は私には荷が重いけど、ラフが皇帝となるなら、付いていきたいと思ってた）
アガット「でもミカエル皇子がなぜ私に、危害を加えるかもしれないなんて・・・」
ラファエル「まだ公表前だけど──」
ラファエル「どうやら父上は、先に妃を迎えた方に、 継承権をもたせるつもりらしいんだ」
アガット「なんですって!?」
　　つまり、お相手の決まっていないミカエル皇子にとって、私は邪魔な存在だったということ。
ラファエル「お前との関係が知られれば、何か仕掛けてくるだろう事は予想してた」
ラファエル「だからアガットが成人の儀を終えるまでは、兄上に悟られないよう、」
ラファエル「婚約相手を濁しつづけ、油断させるつもりだったんだけど・・・」
ラファエル「正直、焦ったよ。 まさかお前を、ああいう形で奪われるなんて、思ってもみなかったんだ」
アガット（そういうことならミカエル皇子にとって、 私が成人前というのは、誤算だったでしょうね）
アガット（でもラフを妨害して、手っ取り早く自分の相手を決める──）
アガット（彼にとって『私』は、一石二鳥だったんだわ）
アガット「・・・悔しい」
アガット「貴族の娘が、逆らえないと知っていて・・・」
ラファエル「・・・」
アガット「でも、ラフもラフよ！ 初めから話してくれれば、こんなに傷つかなくてすんだじゃない」
ラファエル「それは本当にごめん。 簡単に洩らせる内容でもなかったし、ほらお前ってすぐカオに出るから」
アガット（でも・・・良かった）
アガット（私との約束を、忘れたわけじゃなかったのね）
アガット「で、これからどうするつもり？ ラフはまんまと、ミカエル皇子にしてやられたわけだけど？」
ラファエル「アガット、協力してくれ！」

〇結婚式場の前
　　「兄上から、『婚約破棄』を言い渡されてくれ!!」
アガット「ラフ・・・ それは無為無策というのではないかしら？」
アガット（なら私が、とことんやらなきゃダメね）
アガット「さあ、行きましょ。 『悪女になって振り回しちゃえ作戦』、レッツゴーよ！」