予約1.朝生 葉大とデスゲーム(脚本)
〇広い厨房
朝生 葉大「お待たせしました」
そのセリフとともにカウンター席へ差し出されたのは、小鉢に入った鶏と季節野菜の煮物だった。
良く煮込まれた手羽先を、キヌサヤエンドウやニンジン、タケノコの諸々で彩った落ち着きのある一品。
決して派手ではないまでも、整った盛り付けと立ち上る芳香は高級料理のそれに劣るものではない。
料理を出した青年、朝生 葉大(あそう ようた)は、自己を主張するでもなくフェードアウトするでもなく一歩後ろに引く。
芹沢 鴨姫「待ってました!」
喜びを露わにして料理を受け取ったのは葉大よりもやや若いくらいの女性。
同じ日本人でありながら、日本人ばなれした目鼻立ちをしている美女だ。
ボディラインを露わにしたぴったりと張り付く衣装についた僅かな黒いシミを除けば、一切の欠点が見当たらない。
芹沢 鴨姫「いただきます」
ハシを持ち直し、胸の前で手を合わせて祈る所作にさえ一分のスキもなかった。
ハシ先で鶏肉がほぐされ女性の口へと運ばれる。
パク――モグモグ。
――モグモグ。
朝生 葉大「どう、ですか、芹沢さん?」
繰り返される咀嚼(そしゃく)音と沈黙に耐えかねた葉大が聞いた。
芹沢 鴨姫「うん、美味しいよ」
朝生 葉大「ほぅっ」
料理を飲み込んだ芹沢 鴨姫(せりざわ かもめ)の返した感想に、葉大は安堵の息を吐いた。
芹沢 鴨姫「ふむ、評価を気にする質だとは思わなかった」
朝生 葉大「いや、芹沢さんにお気に召していただかなかったら俺の命がありませんから・・・」
そう、彼女に供された料理は葉大にとっての命綱と同じなのである。
芹沢 鴨姫「言われてみれば、これらはそういった『契約』になっていたね」
鴨姫は、思い出したと言わんばかりに言って飾り切りされたニンジンを、歯ざわりの良いタケノコを続けざまに口へ運ぶ。
手早く煮物を片付けて、次の料理であるイカとネギの味噌和えに目を輝かせる鴨姫。
芹沢 鴨姫「しかし、いささか他人行儀ではないだろうか?」
芹沢 鴨姫「こうして『契約』を結ぶことになってから30時間弱」
思い返すようにたっぷりと時間を溜めてから言う。
芹沢 鴨姫「そろそろ鴨姫と呼んでくれても良いころだと思うのだが」
いきなり心的な距離を詰めてくる美女に、葉大は困惑を隠せなかった。
朝生 葉大「い、いや、その、言っても店員とお客さんですからね?」
朝生 葉大「もう少し時間が必要かなぁって・・・」
冷静さを取り戻そうとしつつ葉大は言い訳がましく答えた。
殺し合うなんてしないと決めてはいても、彼女がそれを望まないとも限らない。
思い返せば、ここへ連れて来られてから約4日。
どうしてこんなことになってしまったのかを回想し始める。
〇殺風景な部屋
かすかに頭がぼんやりとする。
布団に寝ている感触がすることから、いずこかの部屋だということはわかった。
しかし、葉大の知る自分の部屋とは似ても似つかないし、ベッドなどというものはボロアパートの自室に置いていなかった。
朝生 葉大「うっ・・・ここは?」
体を起こした葉大ははっきりとしない意識をなんとか手繰り寄せ、まず自分の置かれた状況を確認した。
ベッドとテーブルが1つずつ、扉が2ヶ所の壁に1つずつ、そして窓らしきもののない閑散とした部屋。
酔った勢いで友人の部屋に転がり込んだ――というわけではなさそうだ。
朝生 葉大「確か、仕事の帰りに急に意識が遠くなって・・・ダメだ、思い出せないっ」
ルーチンワークとなった一日の動きを思い返すも、このような部屋にやってくるまでの出来事は皆目失われている。
何か手がかりがないかともう少し散策するが、扉の1つは施錠されており、もう一つはユニットバスにつながっているだけ。
何者かに誘拐されて監禁されたのかと思ったところで、どこからともなくアナウンスが流れてくる。
???「お目覚めかな、朝生 葉大さん」
???「単刀直入に言えば、貴方は殺し合いゲームに参加することになりました」
いきなりのことで驚いてしまった。
アナウンスされる男性のセリフはほとんど入ってこず、どこから聞こえてくるのかというのを先に確認してしまう始末。
???「まあ落ち着いて」
朝生 葉大「カメラ?」
朝生 葉大「落ち着いてと言われて、わかりましたなんて言えないでしょ!?」
???「あぁ、貴方達のことは観察させてもらっているし、最低限の情報は与えるつもりだよ」
???「だから、今は話を聞いておいた方が見のためだろうね」
天井の隅に取り付けられたガラスケースの中で、小さなドーム型の機械が動作しているのを見つけた。
そこから一緒に音声も流れているらしく、声の主は葉大のような反応にも手慣れた様子で話を続ける。
???「詳しくはこちらのマニュアルを読んだ方がわかるだろうね」
アナウンスが一旦途切れると、テーブルの中央が自動的にスライドして薄いくぼみからそのマニュアルとやらが出現した。
朝生 葉大「『デスゲーム完全マニュアル』って・・・はぁ」
ゲームの主催者たちによる遊び心にも笑顔は戻らず、マニュアルに一通り目を通し頭を抱えることとなる葉大。
わかりやすくまとめられた内容や立派なギミックなどを見る限り、この状況を冗談といったもので片付けるのは無理だろう。
だからといって、バトルロワイヤル形式の殺し合いなんてまっぴらだ。
朝生 葉大「最悪、殺し合いはせずに生き残る方法はあるのか・・・」
ただ、当然、ゲームの方法について違和感を覚えなかったわけではない。
???「準備が良ければ、これから貴方のデスゲームを開始するよ」
かくして、葉大の意思に反してゲームは開始された。
しかし、グッと拳を握りしめて殺し合いなんてしないと固く誓う。
〇広い厨房
芹沢 鴨姫「――しかし、殺し合うのが嫌だからデスゲームの会場で小料理屋を開くなんてどうかしているね」
朝生 葉大「けれど、その企みが意外と成功しているわけですから」
鴨姫は最後の一品である味噌汁をすすり終えると、からかうように言うのだった。
葉大はなんとも言えない感じで答えを返す。
芹沢 鴨姫「いや、貶しているわけではないよ」
芹沢 鴨姫「このような場所で美味しい料理にありつけることにも、葉大にも感謝している」
芹沢 鴨姫「うぅん、ごちそうさま」
100の言葉を尽くすよりも一言だけで十分だと理解した鴨姫は、デスゲームに勝ち残ってきただけの能力を持ち合わせている。
朝生 葉大「ははは、お粗末様です」
葉大は照れくさそうに笑うと、カウンター脇に置かれたバインダーを手に取る。
「次の予約は、主催者さんか」
2時間後にくる客を確認すると、注文の通りに料理の準備し始めるであった。
デスゲームと小料理屋の組み合わせが斬新で面白かったですー!絶対に思いつかない!
生き残るためのデスゲームが嫌で料理を作るストーリーが斬新です。彼は料理が得意だろうから、これから主催者の胃袋をどんどん掴んでほしい。
デスゲーム回避のための発想が素晴らしい!
普通なら受け入れられないけどやらざるを得ないだろうと嫌々参加してしまいそうですが…。強い心の持ち主?!