デスゲームに参加したくないので小料理屋始めました!

AAKI

予約2.芹沢 鴨姫と生姜焼き(脚本)

デスゲームに参加したくないので小料理屋始めました!

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〇広い厨房
  鴨姫が席を立つタイミングだった。
  ちょうど、入り口にかけられたカーテンを潜り来店する人影ががあった。
大男「やあ、早かったかな?」
  屈強そうな黒サングラス黒スーツの男が――いや、後をついて入ってきた方が言った。
  背中ごしに現れたのは、口の周辺だけを露出する形の仮面。
  戯曲に使われるようなアレだ。
主催者「よろしくお願いするよ」
朝生 葉大「いえ、今終わったところです」
  葉大はニコやかに答えた。
  仮面男に続いて、また大男がカーテンをくぐってくる
  鴨姫は、大男2人に警戒されているのを知って、キッチンで精一杯距離をとってパイプイスを譲った。
  するとグレーのスーツをまとった2番目の仮面男だけが客席に座る。
朝生 葉大「こちら一品目です」
  鴨姫に出したものと同じ料理を提供する。
  料理に手を合わせる仮面の男、脇を固める大男2人、そして彼らを眺めてナイフを弄ぶ美少女。
  この異様な光景に顔色を変える者は誰一人としていない。
朝生 葉大「いかがですか、主催者さん?」
  眼の前の客が、仮にデスゲームの元凶であってもだ。
  葉大は愚か鴨姫さえ手を出そうとしない。
  ボディーガードがいるからといった理由ではない。
主催者「良いね」
主催者「野菜は煮崩れないギリギリで時間をかけつつ味を染み込ませている」
主催者「手羽先も一度はしょうゆポン酢で炊くことで口溶け良くしてある」
芹沢 鴨姫「それな!」
  自然と始まった主催者の食レポに、軽いノリで鴨姫が割り込んだ。
  仮面の怪しさだったり、本当にゲームの主催者なのかといった疑問を抜きにして、2人は葉大の料理でつながっているのだ。
主催者「技術だけじゃないお客さんへの気遣いが、ささやかな下処理に出ているよね」
芹沢 鴨姫「おぉ!」
芹沢 鴨姫「主催者ちゃんが私の言いたかったこと代わりに言ってくれて助かるよ」
主催者「いやいや、いつも美味しそうに食べる芹ちゃんあってこそだよ」
  主催者と鴨姫の馴れ合いとも違う熱い談義が繰り広げられる。
朝生 葉大「お二人ともありがとうございます」
大男「・・・・・・」
大男B「・・・・・・・・・」
  しかし誰も止めようとしなかった。
  しばし奇妙な空気の中での飲食鑑賞会が続く。
  葉大とて、主催者が料理を食べに来たときはチャンスだと思った。
  ただ、皆考えるのではないだろうか。
  第一に、彼が本当に主催者か。
主催者「お酒を置いてなかったのは抜かったね」
  調子こそ違えど、ノリは最初の部屋で流れたアナウンスの声の通りだ。
芹沢 鴨姫「ホンッッット、そう!」
朝生 葉大「料理酒くらいしかありませんもんね」
  美味しい料理に対してお酒を用意されていないことに、鴨姫が詰め寄る。
大男「コラコラアマリチカヨルナ」
大男B「マダイキテイタイナラ・・・」
芹沢 鴨姫「ハイハイ」
  当然、ボディーガードに止められてしまった。
  拳銃らしきものを懐にしまってまでの警備だ。
主催者「さっさとこんなところ出てシャバを楽しみたいんじゃないか?」
芹沢 鴨姫「・・・酔いに任せてゲーム参加さたくなくて用意しなかったのは目をつぶるとしよう」
芹沢 鴨姫「正直、この舞台を整えてくれたことには感謝しているんだよ」
  急な話題の変更で、意外――ということもないセリフが鴨姫の口から出てきた。
主催者「わずか数人でも楽しんでくれるなら喜ばしい限りだよ」
芹沢 鴨姫「否定はしないんだね」
主催者「小料理屋なんて始める参加者、客になる参加者、そんなことを想定していなかった可能性は?」
芹沢 鴨姫「アルコール度数によっては武器にもなるし、お酒を用意してないっていうのはないかな」
芹沢 鴨姫「これだけの大舞台を用意しておいて、葛西を嫌がるのもないでしょ」
主催者「見ての通りほとんどは耐火性じゃないんだよ」
主催者「何事も完璧にはいかないものさ」
芹沢 鴨姫「勝手に焼け死んでくれるなら、主催側としては願ったり叶ったりでしょ?」
主催者「・・・」
芹沢 鴨姫「何か見えてきそうだね、ふふっ」
  2人の間で激論が交わされた。
  鴨姫が一歩リードである。
朝生 葉大「オレ、何かマズいことやっちゃいました?」
  葉大は、自身に過失があるのではないかとおかしなことを聞いてしまった。
主催者「いやいや、こういったイレギュラーもワレワレには良いエンターテイメントさ」
  主催者はなんてことなさそうに答えた。
  この通り、実行犯や出資者の1人でしかない可能性もあり、どうにかしたところでゲームは終わらない。
芹沢 鴨姫「安心したまえ」
芹沢 鴨姫「私や主催者ちゃんがここ1階食糧室のキッチンを聖域としているんだよ」
  そう2人は太鼓判を押してくれた。
主催者「おっと、そうだ」
  主催者が何かを思い出したように言う。
主催者「料理の代金としてプレゼントがあるんだよ」
朝生 葉大「ええ!」
  主催者の言葉に驚いた。
  食糧室にある数々の食材といい、キッチンの調理器具といい、一般的なものから外れないまでの彼ら持ちだ。
主催者「なぁに、後10日ほどが限界の新店舗に対する嫌がらせかもしれないよ?」
  主催者は口角を吊り上げると、男たちを伴い店を出た。
  葉大と鴨姫は忘れようもないタイムリミット――ゲーム開始から14日間――を胸に彼らを追う。
  カーテンをくぐった先で主催者が手を上げていたので、2人は指で示された方を見る。
朝生 葉大「・・・・・・!」
芹沢 鴨姫「・・・・・・」
  そして閉口した。
  なにせ、キッチンの入り口上部に立派な看板が現れていたからだ。
朝生 葉大「じん、せい・・・」
  看板には【小料理屋『人生』】と銘打たれていた。
  葉大は感動していた。
  仮に残り十日ほどの運命であるにしても、自分の店を持てたのだから。
朝生 葉大「望んだ形ではないかもしれないけど、ずっと修行してきてよかったです・・・」」
主催者「気に入ってもらえて嬉しいよ」
主催者「奇跡的にここを出られたなら、賞金の10億とこれは君の物だ」
朝生 葉大「ありがとうございました」
主催者「朝生君の努力の結果さ」
主催者「礼を言われるようなことじゃない」
主催者「それではお暇するよ」
  用事の全てが終わった主催者は、そこで振り返ると食糧室を出ていこうとした。
  しかし、不意に立ち止まり言うのだ。
主催者「そうだ」
主催者「数日前に私が言ったことを覚えているだろうか?」
朝生 葉大「数日前?」
  いきなり聞いてくるものだから、葉大は感動から戻ってきたすぐに反応できない。
  4日も経っていると何のことだか思い出すのに時間がかかる。

〇殺風景な部屋
  葉大は、まだ目を覚ました部屋に留まっていた。
???「・・・・・・」
???「・・・・・・・・・」
  アナウンスの男性はしばしの沈黙を息遣いだけで伝える。
  そして、シビれを切らしてか話し出す。
???「準備は?」
朝生 葉大「まだ」
  葉大はアナウンスの問いに答える。
  さらに問いは繰り返された。
???「もう確認するところは確認したんじゃないかな?」
朝生 葉大「心の準備できてないので」
  葉大はせめてもの反抗とばかりにそう決断した。
  なぜなら、、部屋の鍵さえ開かなければ誰も侵入はしてこれないのだから。
  殺し合いなんてまっぴらごめんだと、立てこもることに決めたのだった。
???「君もそういう選択なんだね」
???「まぁ、確かに、水さえあれば数日は生き延びられる」
  アナウンスは、葉大の意図を汲んだ――いや、巻き込まれた参加者の何人かはそうしているといったニュアンスで言った。
  幸いにも、空腹感が無いことから帰り際に食べたまかない料理の残りが胃を少々は満たしてくれているとわかる。
  この部屋に連れて来られてから半日と経っていないのだろう。
???「頭は悪くないが平凡だね」
  アナウンスの声はそう葉大を評価した。
朝生 葉大「っ・・・」
  貶しているとも違うのだろうが、葉大が密かに下唇を噛むくらいの評価だ。
???「心の準備ができたら声をかけてくれればすぐに開けるよ」
  アナウンスはそれだけ言うと、完全な沈黙を保った。
  葉大はというと、ベッドに寝っ転がってしまう。
  どうするというわけではないが、何か――何かはわからないが――わかるまでは籠城戦だ。
朝生 葉大「ふざけてはいるけど、無駄に作り込んであるし・・・もしかしたら」
  デスゲームとやらのルールに手がかりがないか、『デスゲーム完全マニュアル』を開く。
  ──
  ――――
  当然、ルールがわかる程度だった。
  そして当然、外の様子もわからないままいくらかの時間が経過した。
朝生 葉大「んん・・・さすがに限界かな」
  数度目かの目覚め。
  その時点で何時間が経ったのかはわからないが、ほぼ水しか摂取しないまま過ごし、強い空腹を訴えるほどにはなった。
  腹の虫が喚いて、否応なく目がさえてしまう。
  生きていられるとは言っても、お腹を満たすまで間ろくに動けなくなっては意味がない。
  最悪、誰かと殺し合うことになるのだから逃げられるくらいの体力は残して置く。
朝生 葉大「アナウンスの人? 聞こえるかな?」
  ベッドから起き上がると、可能な限りの声で呼びかけてみた。
???「聞こえているよ」
  それほどせずに応答があった。
???「心の準備ができたようだね」
朝生 葉大「いや、仕方なくで・・・まだ部屋を出るだけですから」
  殺し合いはしないと暗に宣言して、慎重に行動を開始した。
  まず、ピーという電子音の後に解錠されたであろう扉を開く。
朝生 葉大「ほっ・・・」
  外に誰かが待ち伏せしているなんてこともなく、大きめに開いた先にある廊下を安堵した表情で眺めた。
  その廊下も、空腹も原因だったが変な罠がないか探り疑いつつゆっくりと進む。
  本当に殺し合いだけさせるのが目的なのか、無事に突き当りの扉に到着した。
朝生 葉大「罠は、なし・・・」
  アナウンスの主が聞いていて、何か答えてくれるのではないかという淡い期待を持って独り言を口に出した。
???「・・・」
  聞いていないのか答える気がないのか。
  拭い去れない不安をいだきつつ、さっきの部屋とは違う木製扉を押す。
  またわずかに隙間だけ開けて外の様子を伺った。
  眼の前には上り階段が見え、何時間もかけて頭に叩き込んだ間取り図から、ここが館の1階北に近い部屋だというのがわかった。
  幸運にも、食糧室が近い位置だ。
  こちらも誰かが待ち伏せしているといった様子はない。
朝生 葉大「よし・・・」
  もはや無意識に独り言を発しつつ、覚悟を決めてその扉も壁に対して直角くらいまで開いた。
  誰もいない。
  しばし観察してみてわかることは、正面の大柱に時計があるということくらい。
  後は、質をあまり求めていない内観であるという点か。
朝生 葉大「えっと、50時間くらいか・・・」
  時間感覚もわからなくなるような館内で、頑張った方だと時計の数字から自らを鼓舞する。
  のんびりしている暇はないため、葉大は可能な限り早足で食糧室へ向かった。
  人が生きるのに重要な食べ物の置き場所など一番危険だ。
朝生 葉大「誰もいないでくれよ」
  祈りつつ、まずキッチンの方に入っていく。
  入ってすぐに気配がするといったことはなかった。
朝生 葉大「誰も来てないか、すでにめぼしいものは持っていかれたかな?」
  殺し合うための武器が館の至る所に隠してあるという話だが、台所だから包丁などが置いてあるとも限らないのかもしれない。
  一応、簡単にシンク下の棚などを確認しておく。
朝生 葉大「なんだ、包丁とかあるじゃん」
  何かが持っていかれた様子もなく、ただ誰も立ち寄っていないだけのようである。
  ならばと、柳刃の包丁の一本だけ持ち出して、また慎重に食糧室を覗き込んだ。
  あまり調理器具などを武器に使いたくないというのはあった。
  本当に念のためだ。
朝生 葉大「誰もいないでくれよ・・・!」
  声を抑えながらもそう言うとスーパーマーケットを彷彿とさせる部屋に、いざ足を踏み入れる。
  誰かがいるような気配はない。
  まだ周りを警戒しながら、手早く食べられそうな食料を物色する。
朝生 葉大「生鮮食品がほとんどか・・・」
朝生 葉大「とりあえず果物とか飲み物を」
  選ぶつもりだった。
  気づけば葉大は、なぜかキッチンに立っていた。

〇広い厨房
朝生 葉大「・・・・・・」
  血糖値が下がり過ぎて頭が回らないせいなのかもしれない。
  それでも働かない思考は勝手に体を動かし、手早く料理を作っていくのである。
  職業病というのか性分というのか・・・馬鹿げている。
  気づいても手を止めることなく、フライパンをコンロの炎で熱し終えたところで下味をつけた豚のロース肉を投入。
  2つの、二組の鼻孔がスンと、甘みと辛味の混じった香りを吸い込んだ。
芹沢 鴨姫「ほー・・・」
  いつの間にか、若い女性がキッチンの入り口の一方に立っていた。
  手にはナイフを脱力して握り、頬にこびりついた赤い雫を袖で拭う。
  今しがたデスゲームに参加してきましたと言わんばかりの出で立ちである。
朝生 葉大「えっと・・・」
  当然、葉大は自分の身を守ろうとして意味もなく周囲を見渡した。
  幸い、キッチンカウンターを挟んでいるため走れば撒ける。
  最初の部屋まで逃げ込めばこちらの方が優位になるはず。
  そんなことを考えつつ葉大はジリッと後ずさろうとする。
  瞬間、女性はナイフを前に掲げて向けてくるではないか。
朝生 葉大「!?」
朝生 葉大「い、命だけは!」
  逃げようとしているのに気づいて威嚇したのだと思い、葉大は両手を上げて無抵抗の意思を示した。
  しかし、女性の口から出てきたのは意外なセリフ。
芹沢 鴨姫「肉、焦げるよ」
朝生 葉大「え?」
  言われて視線を下げると、確かにソースや肉が黒く変色し出していた。
朝生 葉大「わわわっ!」
  慌ててひっくり返したり、火加減を調整して場所をずらしていく。
  つでに薄めの半月切りにしたタマネギも投入した。
  そんな様子を、女性は「何をやっているんだろう」と言わんばかりの怪訝な表情で眺め続ける。
  当然だ。
  殺し合いをしている場で、悠長に料理を作っている人間に普通の視線など送れはしない。
  しかし料理は着実に出来上がっていく。
朝生 葉大「よし、生姜焼きの出来上がり!」
  千切りキャベツとタマネギ、豚肉を皿に盛り付けて完成した。
  豆腐の味噌汁もつけて安っぽくはありながらも定食の体裁が整う。
芹沢 鴨姫「・・・ほぅ」
  ご飯と並べられた料理を見て感心したような息を吐く。
  ――クゥゥゥゥゥ。
  そして女性のお腹から可愛らしい鳴き声がした。
  ・・・
朝生 葉大「・・・お腹、空いてるんです?」
芹沢 鴨姫「あぁ」
  変な気まずい空気が流れ、葉大の問いに女性は答えた。
  彼女は素直にうなずいた。
朝生 葉大「じゃあ、こちらどうぞ」
  ならばと生姜焼き定食を女性の方に差し出した。
芹沢 鴨姫「いや、それはそちらが作ったものだし?」
朝生 葉大「まだ材料はありますし、大した手間じゃないので」
  人は傷つけても食べ物を受け取るのは遠慮する、女性の態度がどことなくおかしかった。
朝生 葉大「・・・・・・」
  クゥゥゥゥゥゥ。
芹沢 鴨姫「・・・・・・うん、そこまで勧められてはいただかないわけにはいかないね」
  また腹の虫がわめき、睨み合っていても仕方ないという風に言うと受け取ることを決めた。
  壁に立てかけてあったパイプ椅子を持ってくると、調理台をそのままテーブルに使って着席した。
芹沢 鴨姫「いただきます」
  これから何度も見ることになる流麗な仕草でさまざまなものへの祈りを示すと、土鍋で炊いたご飯を一口。
  そして、しばし咀嚼した後に飲み込む。
芹沢 鴨姫「なるほど」
芹沢 鴨姫「では、メインを・・・これは?」
  小さく言うと、今度はお肉に箸をつけた。
  噛み締め味わう姿を、葉大も静かに眺めつつ自分の分も作り始める。
芹沢 鴨姫「あぁ、この砂糖とは違う優しい甘みはすりおろしたリンゴか」
朝生 葉大「はい」
朝生 葉大「酵素で肉も柔らかくなりますから」
  女性は調理過程を観察して、引っかかっていたものの答えにたどり着く。
芹沢 鴨姫「タマネギにもしっかりタレが染み込んでいて、ご飯が進むね」
  女性は満足してくれたようだ。
  その内に葉大の分も完成し、何故か向かい合わせで食事することになった。
  そして、十五分ほど後には満足げな2つの顔が並んだのである。
芹沢 鴨姫「いやぁ、ジューシーかつ安定の塩梅が素晴らしかったよ」
芹沢 鴨姫「ありがとう」
朝生 葉大「どういたしまして」
  互いに真面目にも言葉を交換しあった。
朝生 葉大「それで、えっと・・・」
  当然、食べ終えたなら運動だ。
  すなわち殺し合い。
芹沢 鴨姫「あぁ、すまない」
芹沢 鴨姫「同じ境遇のはずなのでわかると思うが、あいにくとお金は持ち合わせていなくてね」
  するかに思えたが、彼女の方は一歩ずれていた。
朝生 葉大「いや、そうじゃないですよね?」
  葉大としても思わずマヌケなツッコミを入れてしまうくらいにはズレていた。
芹沢 鴨姫「はっ!」
  女性は、肩をすくめるオーバーなリアクションの後、葉大のセリフを別の意味で受け取ったようで体を縮こまらせる仕草をする。
芹沢 鴨姫「体で支払えと」
朝生 葉大「違います!」
  魅力的な提案だが百歩くらい違ったので断った。
  しかし、すぐに別の使い道を思いつく。
朝生 葉大「いや、そうですね・・・」
芹沢 鴨姫「私から言っておいてなんだが・・・期待されても困るよ?」
芹沢 鴨姫「私から言っておいてなんだが・・・期待されても困るよ?」
  遠回しに生娘であるとの宣言を受けたが、葉大の答えは変わらない。
朝生 葉大「そうじゃなくて!」
朝生 葉大「それこそ俺の護衛をしてくれるというのはどうです?」
芹沢 鴨姫「ほう?」
  意外な提案に彼女も真面目な顔をした。
朝生 葉大「短い間でも」
朝生 葉大「その、何か策を考える時間が欲しいんです」
  葉大はそうお願いした。
芹沢 鴨姫「安い対価だけど、護衛というのは無理かな」
朝生 葉大「う・・・まぁ、そうですよね・・・」
  しかし、女性から返ってきた答えは予想通りだった。
  彼女とて、このゲームに勝ち残りたいと思っているのだろう。
  館から脱出に必要な鍵が2つあり、揃えて特定の位置に行くとゲームに勝利できる。
  鍵1本につき10億円の賞金が得られるという。
  10億円――人を殺す理由には十分な金額だ。
  それでなくとも、彼女はカードキーを首から紐でぶら下げている。
  否応なく狙われる立場にあるのだ。
芹沢 鴨姫「私は殺しをこよなく愛す」
芹沢 鴨姫「貴方も対象の一人であって、例外なく殺したい」
朝生 葉大「・・・・・・」
  葉大は固唾を呑んだ。
芹沢 鴨姫「ただ、対価は対価だからね」
芹沢 鴨姫「今ここでは止めておくよ」
  とりあえず、女性の計らいで延命はできた。
朝生 葉大「料理を提供し続けたら?」
  なんとなく思い立った言葉を問いかけてみる。
芹沢 鴨姫「ゲーム中ずっとってことかな?」
芹沢 鴨姫「料理屋でも始めるつもりかい?」
  葉大のセリフに苦笑を返す女性。
  デスゲームの中で呆れるような提案だったが、彼女の存在を考えれば荒唐無稽とも言えない。
朝生 葉大「それ、良いですね」
芹沢 鴨姫「言うほど名案だったかな」
  彼女の方は、ただの冗談の応酬と思っているようだ。
朝生 葉大「ですから、俺はここで小料理屋を始めるので客として来てくださいよ」
芹沢 鴨姫「その代金の分だけ、俺を殺さないでくれたら良いです」
芹沢 鴨姫「・・・・・・」
  すぐに冗談ではないとわかった女性は、空っぽの食器と葉大を交互に見つめる。
  そして少しの思案をした後、答えるのだ。
芹沢 鴨姫「わかったよ」
芹沢 鴨姫「このキッチンにいる間の貴方には手を出さないし、可能な限り争いを納める方向で動くよ」
  上々の報酬を引き出せた
芹沢 鴨姫「そっちの食糧置き場では、手こそ出さないけれど他者からは守らない」
朝生 葉大「はい」
芹沢 鴨姫「その他の場所は、客でもなんでもないから容赦なく殺しに行く」
芹沢 鴨姫「それで良いね?」
朝生 葉大「はい」
  できれば出会いたくないものだが、彼女の様子からすると一定の場所にとどまったりルート巡回するということはないと考えた葉大。
朝生 葉大「精一杯、気に入っていただけるよう努めますね」
芹沢 鴨姫「楽しみにさせてもらおう」
芹沢 鴨姫「おっと、自己紹介がまだだったね」
芹沢 鴨姫「私は──」
  こうして『契約』は結ばれたのだった。

〇広い厨房
「――おーい」
主催者「――おーい、朝生くーん」
朝生 葉大「え?」
朝生 葉大「あ、はい」
  ついつい数日前を深く思い出してしまい、しばし主催者に呼びかけられていた。
  ハッと気づいて本題を思い出す。
  思い出そうとするも、すっかり脳内ビデオは目的の場面を通り過ぎている。
  また最初から再生し直しだ。
主催者「あのような狂犬を手懐けたのだから、君は平凡なんかじゃないよ」
主催者「その点は発言を撤回して謝罪しよう」
  すると先に主催者の方から言い出してきた。
  そして佇まいを正すと一礼する。
  軽いものだったが、彼なりの誠意がそこにはあった。
  葉大は謝罪を受け取るために、視線を一人の女性に向けた。
朝生 葉大「違いますよ」
  訂正を1つだけ求める。
朝生 葉大「芹沢さんは狂犬なんかじゃありませんよ」
主催者「そうか」
  主催者も納得したかはわからないが静かに答えた。
  その芹沢 鴨姫は食品の中を物色して周り、振り返って言う。
芹沢 鴨姫「葉大」
芹沢 鴨姫「またあの生姜焼きが食べたいんだが」
芹沢 鴨姫「わかりました」
  無邪気な子供のような笑顔でのリクエストに、葉大も微笑みを返した。
朝生 葉大「次のご予約の際には用意しておきます」
  食材を受け取ってキッチンに戻る。
  主催者もそこで別れるのだが、最後に短く質問してきた。
主催者「リクエストも受け付けているのかい?」
朝生 葉大「え?」
朝生 葉大「まぁ、可能な範囲でなら」
  葉大も片手間に答える。
主催者「そうか」
主催者「なら、レシピがあるのでそれをお願いするよ」
主催者「キッチンに届けておくよ」
  一通り勝手に言うと、また大男たちを連れて歩き出す。
  ボディーガードが目を光らせているため、どこへ帰って行くのか気になるものの追いかけられなかった。
  鴨姫とて、気にならないだけかもしれないが追いかけない。
芹沢 鴨姫「鴨姫とて、気にならないだけかもしれないが追いかけない」
  鴨姫は次の予約を紙に記すと、同じく別れを告げてキッチンを出ていった。
朝生 葉大「またのご来店をお待ちしております」
  聞こえていたかはわからないがありきたりな――ここでは特別な言葉を告げる。
  それから葉大も、次の客が来るまで7時間ほど開きがあるのを確認し、しばらくの休息を求めて最初の部屋へと戻る。
  一応、誰もキッチンの外にいないことは確認して。

次のエピソード:予約3.主催者とポテトサラダ

コメント

  • 殺し合いの最中でも、ヒトである限りは腹が減る。そして、美味しい物を食べると感情が豊かになる。非現実的な世界の中でのリアル描写、読んでいてほっこりしますね。

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