鑑定‘聴’査人、田中律子

tomato4t

叫ぶ薔薇(脚本)

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〇地下室への扉
  暗い、寒い、乾いている
  私はいつまで、こんな所にいなければならないの・・・?
  ルカ、私はここよ
  ルカ、早く迎えに来て・・・!

〇地下室への扉
田中 律子「あ、あのー・・・」
  おどおどしながら入ってきた、顔も見たことのない女
  ボサボサの頭に色褪せたダサい服まで視界に入って、さらにげんなりした
田中 律子「は、初めましてローザさん 私は田中律子と申しまして・・・あの・・・ろ、ローザさんに色々お話を・・・」
  声も小さくて聞き取りづらいし、全体的にもさっとしていて芋くさい
  話を聞くとか言っておきながら口をもごもごさせている姿もイライラして、思わずため息が出た
「・・・歯に口紅ついてるわよ」
田中 律子「へ!?す、すみませ!あ・・・本当だ・・・」
  うっかり声に出してしまったけど、目の前の女はあたふたしながら鞄を漁った
  薄汚い布がついた手鏡を見ながら親指でこする姿を見て、さらに長いため息が出る

〇地下室への扉
田中 律子「そ、それで、ローザさん ずっとお呼びになっているルカさんのことなんですが・・・」
「ルカを知っているの!?」
  久々に大声を出して頭がくらくらするけど、どうだっていい
  ようやく、ルカを知っている人間が目の前に現れたのだから
  ルカ、私が生涯愛したただ一人の男
  ルカ、私はずっと探していたのよ

〇ヨーロッパの街並み
ルカ・ストラーディ「おはようローザ、今日も君は美しいね」
  ありがとうルカ、あなたも素敵よ
ルカ・ストラーディ「ローザ!ずっと聴いていたよ! 君の声は本当に美しい!」
  嬉しいわルカ、あなたのことを想って歌っていたのよ
  ずっと私のことだけを見ていてね
ルカ・ストラーディ「今日もありがとうローザ、愛しているよ」
  私も・・・!
  私も愛しているわルカ!
ルカ・ストラーディ「さあローザ、彼が君の新しいご主人様だよ」
  いや!いやよルカ!
  何で私を置いていくの!?
ルカ・ストラーディ「全く・・・また帰ってきたのかい? 困った子だなあ・・・」
  ルカ!私から離れないで!
  もう2度とよ!

〇地下室への扉
「えっと、なんだったかしら・・・リツコ?」
田中 律子「はい・・・」
「ルカの所に連れて行ってくれるのかしら? それともルカが迎えに来てくれる?」
「ルカってちょっと抜けてるところがあるから、迷子にでもなっているのかしら」
  別に話したいことがあるわけでもないのに、口が勝手に動く
  ルカの話ができることに浮かれてるのか
  それとも苦しそうな表情を浮かべるリツコから、逃げたくなっているだけなのか

〇地下室への扉
田中 律子「ローザさん」
「な、何よ」
  声が震える
  さっきまでの頼りないリツコの姿はどこにもなく、力のこもった目が訴えてくる
田中 律子「ずっとローザさんが呼んでいたルカ・ストラーディさんは、約200年前に亡くなっています」
「・・・は?」
  リツコの言葉の意味がわからない
  ルカが死んだ?
  200年前に?
「たった・・・200年で? 私の成長はこれからなのに?」
「肌ツヤはもっと滑らかになって、声は深く、豊かに響くようになる ルカは、いつも言ってた・・・ 未来の君の声が、楽しみだって」
田中 律子「ローザさん、人の寿命は100年ほどしかありません」
田中 律子「バイオリンのあなた方のように何百年とは・・・生きられないんです」

〇地下室への扉
  リツコはまだ何か話しているけど、耳に入ってこなかった
  ルカは死んでいた
  そりゃあ、いくら呼んでも来れないわけよね
「ねえ」
田中 律子「は、はい」
「私の声・・・ルカに届いていたと思う?」
  無言のリツコの表情で、ようやく踏ん切りがついた
  ルカへの想いは私の独りよがり
  そして、ルカにもう二度と会えない
  ずっと釈然としなかったことが解決して、何だか心が軽くなった
「リツコは、私にもう喋るな、って言いに来たのね」
田中 律子「そ、そう言うわけでは!」
「最近じゃ私が話しかけても、みんな大騒ぎするばっかりでつまんないし ちょうどいい喋り納めだわ」
「もう騒いだりしない、約束するわよ」
田中 律子「ローザさん・・・!」
  ルカをもう待たなくていいって分かったら、すっきりした
「人は、儚いのね」
田中 律子「ローザさん! ルカ・ストラーディ氏の名作たちは、戦争によってほとんどが消失、生き残っているのはあなただけなんです!」
田中 律子「どうか・・・!」
  ルカ、私は幸せだったわ
  幸せだった頃を思い出すだけの明日なら、私には必要ないと思えるほどに
「ありがとう でもごめんなさい、リツコ」
  黙り込んだ後に涙を流すリツコに釣られて、私も少し泣いてしまった
  まあリツコになら、別にいいかな

〇洋館の一室
依頼主「はあ・・・作った人をずっと呼んでたのかい」
田中 律子「はい・・・」
依頼主「楽器も、健気なもんだねえ」
  バイオリンの名匠ルカ・ストラーディの最期の作品、『薔薇』
  その名のごとく赤みを帯びたボディと美しい『歌声』で世界を魅了したが、誰の手にも居着くことはなかった
  一人でに音を奏でるその様は呪われているとまで言われ、何度もルカ・ストラーディの元へ返された、という記述も残っている
  そして後日、『薔薇』は不審火によって消失
  現存する芸術品は、また1つこの世から姿を消した

〇見晴らしのいい公園
田中 律子「先生・・・また、救えませんでした」
  苦しい時、逃げ出したい時、律子は色褪せた立体パズルをすがるように握る
先生「迷ったり、困ってる人がいたら助けたい」
先生「美術品も同じだよ、私にとって」
  今は亡き師匠の言葉を胸に、迷える美術品を救うために前を向く
  彼女に‘耳’がある限り

次のエピソード:鏡の魔女

コメント

  • 音楽を文字で表現するのはとても難しい考えてる私ですが、難なく表現されておりテンポも良く素敵な作品でした。すごい!続きも読ませていただきます。

  • タイトルに惹かれて読ませていただきましたが、とても面白かったです。私も迷える美術品の声をしっかりと聴いて、物を大切にしていきたいなと思いました。

  • 存在するものには魂が宿る、、、なんとなくわかる気がします。ものを大事に使っていくことが、人間関係にも共通しているような気がします。いいストーリーでした。

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