マッチングアプリの謎(脚本)
〇ハート
マッチングアプリ
『4cLets』へようこそ。
はじめに──
あなたが結婚するにあたって
最も重視したい項目は
次のうちどれですか?
①顔
②金
③愛
どれを選んでも不正解はありません。
また、どれを選んでも
その回答を知られることもありません。
私どもはあなたの選択により、
ふさわしいお相手をマッチング致します。
〇綺麗な部屋
──突然の友人の訃報から数日。
葬儀を終えた今もまだ、信じられずにいる。
高校時代の友人、桜庭静香。
のんびり屋な私と違って
明るくて行動力があって
田舎を抜け出して東京に行こう──。
あれから別々の大学に進んで、10年近く。
年に一回、会うかどうかの関係になった。
けれど、彼女は変わらず友達だった。
──はずなのに。
浅葱寧々「・・・・・・」
〇綺麗な部屋
静香の葬儀からひと月──
静香とはほとんど会っていなかったのに、
もう会えないと思うと、途端に苦しくなる。
気づけば、私は彼女のSNSを開いていた。
私はSNSが好きじゃなくて、静香の生前にはもっぱら電話かメッセージ機能しか使わなかった。
──だから、知らなかった。
静香の幸せも、楽しい思い出も、
そして、彼女の寂しさと、苦しさも──
〇テーブル席
──2年前、夏。
桜庭静香「ねえねえ、寧々!」
浅葱寧々「なあに、静香」
桜庭静香「マッチングアプリ、って知ってる?」
浅葱寧々「──マッチングアプリ? 新手の出会い系、みたいな?」
桜庭静香「何言ってんの! 相変わらず考え方が古すぎ!」
マッチングアプリ。
今や婚活の主流とも言える、らしい──。
桜庭静香「私、結婚相手探してるの! 寧々もどう?」
浅葱寧々「いやぁ・・・私はいいよ。 そんなに結婚願望ないし」
桜庭静香「あっ、そんなこと言ってるうちに、 婚期逃すよ〜?」
浅葱寧々「ま・・・まぁ、それならそれで 仕方ないかなって──」
桜庭静香「もう〜そういうところも変わんないなぁ。 欲がない!」
桜庭静香「ほらほら、登録するかどうかは別にして、 アプリ入れるだけ入れてみたら?」
浅葱寧々「うーん・・・」
桜庭静香「他のアプリと違って、 変な質問が最初にあるの」
浅葱寧々「──変な質問?」
桜庭静香「そう。 男に求めるものは、顔か金か愛か── ってね」
浅葱寧々「・・・何それ」
桜庭静香「私もそう思ったんだけど、 これがなかなかどうして、 気の合う人を紹介してくれるんだよね〜」
浅葱寧々「へえ、そうなんだ・・・。 でも、危なくないの? 知らない人と会うんでしょ?」
桜庭静香「そりゃそうだけど、登録は本名・写真付だし」
浅葱寧々「写真はともかく、 偽名でも登録くらいできるんじゃない?」
桜庭静香「物理的にはできると思うけど、 私は一回もそういう人に会ったことないよ」
浅葱寧々「ってことは、もう実際に結構会ってるんだ?」
桜庭静香「まあね〜。 寧々は深く考えすぎなの。 みんなやってるんだから、心配ないって」
浅葱寧々「──世の中、悪い人もいるんだよ」
桜庭静香「知ってるよ〜。でも、大丈夫。 会うって言っても、 最初は楽しくおしゃべりするだけ」
桜庭静香「ね? 寧々が登録したら、一緒に行きたいな♪」
〇綺麗な部屋
そう、ちょうどその頃から──
男性との食事と思われる場で笑顔の静香。
そういう写真が続いている。
浅葱寧々「(ねえ、静香──)」
浅葱寧々「(何があったの? こんなに幸せそうなのに)」
SNSの投稿は最近のものに近づくにつれ、
ネガティブな言葉が徐々に増えていく。
写真はほとんどなくなって、
慰めや励ましの返信も少なくなって──
浅葱寧々「(みんな、薄情だな)」
浅葱寧々「(いや、一番薄情なのは・・・)」
浅葱寧々「(SNSを見もせず、連絡もしなかった、この私──)」
一身上の都合で会社を辞めます、
なんて自分の人生で使うことない──
そう思ってた。
情緒不安定なの許して欲しい。
こんな気持ちになったの
初めてなんだもん。
友達に紹介したの間違いだったかな・・・
名前を呼ばれると嬉しかった
だって、このままじゃ
私が私じゃなくなっちゃいそうだから──
なんでこんなことになっちゃったんだろうね
浅葱寧々「・・・・・・」
静香のSNSを振り返っていると、
いつも決まってあの日のことを思い出す。
〇葬儀場
ひと月前──
地元で営まれた静香の葬儀──
少しだけ彼女のお母さんと言葉を交わした。
静香の母「寧々ちゃん、遠いところ 来てくれてありがとうねぇ・・・」
浅葱寧々「いえ・・・」
静香の母「東京に行ってから、忙しい忙しいって 全然連絡くれなくてねぇ・・・・・・」
浅葱寧々「そう、なんですか・・・」
静香の母「もしよかったら、寧々ちゃんが知ってること教えてくれないかしら?」
浅葱寧々「・・・実は私もなかなか会えずにいて、年に数回、電話をするくらいで──」
静香の母「・・・そう。 ねえ、寧々ちゃん──」
静香の母「一番最近、あの子に会ったのはいつ?」
浅葱寧々「・・・2年くらい前、だと思いますけど」
静香の母「そう。あの子に何か変わったことなかった?」
浅葱寧々「・・・・・・?」
静香の母「──ごめんなさいね。 嫌な聞き方だったわ」
静香の母「こんなことになったのは私のせい。 連絡が来ないなら、私からすればよかったのよ・・・」
浅葱寧々「そんな、お母さんのせいじゃ・・・」
哀しそうに首を振るお母さんに、私は言葉を続けられなかった──
〇綺麗な部屋
静香の死因は聞いていない──
というよりも、誰もがあえて避けていたように思う
だからこそ、察しがついてしまった。
浅葱寧々「(お母さんは何かを疑っていたふうだった)」
もしも静香の死に不審を抱いているのだとしたら──
もしも私がそのSOSに気づかなかったのだとしたら──
いや、気づこうとすらしていなかったのだとしたら──
静香のSNSにはまだ続きがある
話しただけで解決するわけじゃない
でも、聞いてくれてありがとう──
寂しくて悲しくてたまらないよ
早く私のこと忘れてね
来世で、また会えると信じてる
見つけた私の運命の人──
ここでSNSの投稿は唐突に終わる
遺書のようにも、
ただの日記のようにも思える。
あの様子だと、おそらくお母さんに
マッチングアプリの話はしていない──
浅葱寧々「(私だけがその事実を知っていたんだとしたら・・・)」
私は覚悟を決めた
浅葱寧々「(静香が最期に何を想って、何を伝えたかったのか──)」
それを確かめることが
私の責務であり、追悼であり、
浅葱寧々「(贖罪だ──)」
〇テーブル席
スマホと向き合って数十分。
浅葱寧々「(結婚に求めるものは──)」
①顔
②金
③愛
どれも違う気がする
けれど、究極的には
この3つに集約される気もしてしまう。
浅葱寧々「(でも、①と②を選ぶのには抵抗があるなぁ・・・)」
〇テーブル席
マッチングアプリ『4cLets』は
結婚相手を探すあなたの勇気と行動力を
全力で応援します。
『4cLets』は
seekとLet'sから来た造語です
登録の過程で得た非公開情報は
明かさないことをお約束します
浅葱寧々「(──非公開情報?)」
また、私どもは
幸せには4つの法則があると考えております
それが、皆様にお答えいただく
最初の選択肢です
浅葱寧々「(最初の選択肢・・・)」
浅葱寧々「(3つしかないけど)」
3つしかなかったと思ったあなた──
浅葱寧々「(──!?)」
4つ目は『secret』
つまり、まだ秘密です
まずは身をもって体験してください
そして、考えてください
あなたにとって
最良の幸せの形を──
浅葱寧々「(うーん)」
浅葱寧々「(半分くらい何を言ってるかわからない)」
浅葱寧々「(でも・・・)」
SNSでの静香を見る限り、
マッチングアプリが関係しているように思えてならない。
とりあえず、やってみないことには
静香に一歩も近づけない──
浅葱寧々「(確か静香のSNSには──)」
おそらくアプリに登録した当初の写真──
浅葱寧々「(お洒落そうな若い男性、かなぁ・・・)」
顔は写っていないけれど、服やお店の雰囲気でそう思う。
私は改めて選択肢を見つめた
浅葱寧々「(よし、決めた)」
この選択肢でよろしいですか?
はい いいえ
浅葱寧々「(・・・はい、と──)」
浅葱寧々「・・・・・・」
私はスマホを置いて深呼吸をした。
逃げちゃいけない
目を背けてもいけない
それがせめてもの誠意だ
だって、これから私は
桜庭静香の『秘密』を、
暴こうとしているのだから──
マッチングアプリの存在を軸としたストーリー展開がとても鮮やかで、読んでいて引き込まれました。アプリと静香の死との関係など”気になること”を読み手の心に植え付けた第一話ですね。
ストーリーの展開がとても楽しくて最後まで惹きつけられたまま読ませて頂きました。アプリでの出会い、今ではもう普通にありますよね、沢山の出会いの中で相手を見極めるのは難しそうです、、、今後の展開も気になります。
結婚相手は一緒に暮らしていく以上、容姿や経済力なども大切ですが、やはり相性みたいなものが一番だと思います。アプリでの出会いでなくても、相手を見極める目が重要ですよね。彼女がどのように友人の秘密を紐解いていくかとても楽しみです。