クレプロ

サトJun(サトウ純子)

目印は腕時計(脚本)

クレプロ

サトJun(サトウ純子)

今すぐ読む

クレプロ
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇通学路
矢島幹夫「僕は人が嫌いだ」
矢島幹夫「いや、実際は嫌いでは無い。 ただ、人が発している膜に触れると、全身がビリビリ痺れるのだ」
  僕は、これを「マンバブル」
  と呼んでいる。
矢島幹夫「色々な病院に行った。 失語症でも、対人恐怖症でもない。 原因は不明」
矢島幹夫「面倒くさいので、「自分は人嫌い」という事にしている」
矢島幹夫「いつもの僕だったらこの菓子折りも、手紙を添えて宅配便で送っているはずなのに」
矢島幹夫「あの時のマンバブルがどうしても気になって・・・」
  来てしまった。

〇オフィスのフロア
  ──三日前。
高学歴の年下上司「いちいち緊張されたらこまるんだよな。要点をしっかり言えよ」
矢島幹夫「年下の上司に呼び出されたと思ったら・・・いきなり絡まれた」
矢島幹夫「わかっている。 そんなことわかっているけど・・・」
矢島幹夫「話そうとすると、喉の奥にマンバブルが詰まってきて、声がすんなり出てこない」
同僚B「主任。やだなぁ。なに、そんな怖い顔してるんすか!」
同僚A「どうしたんですか? 私が彼の代わりに説明しましょうか?」
矢島幹夫「そうやって、僕のアイデアはことごとく同僚によって公表されていった」
高学歴の年下上司「おまえは、なにもしない給料泥棒だなぁ」
矢島幹夫「上司からはいつもそんな扱いをされていたが」
同僚A「あんな奴の言う事なんか、気にするな!」
同僚B「俺らがいるから大丈夫!」
同僚A「困った事があったら何でも言ってくれ」
矢島幹夫「仲間たちが守ってくれているから大丈夫」
  そう、思っていた。
同僚A「次の企画もアイツにやらせようぜ!」
同僚B「上も「うまく使え」って言ってるしな。 面倒くさいけど、ご機嫌取っておくか」
  都合よく使われていただけなのか?
  忘れた企画書を取りに戻った幹夫は、中に入らずにそのまま会社を後にした。
  もう、こんなのうんざりだ。

〇駅のホーム
  会社の帰り。
矢島幹夫「・・・あっ!危ないっ!」
  数人の叫び声。遠くには大きな音を鳴らしながら光を灯して近づいてくる長い列。
  駅のホームから線路に落ちたことに
  気づくのには時間はかからなかった。

〇壁
  まぁ、いいか。このままでも。
  これで楽になるかもしれない。
矢島幹夫「・・・ん? 誰かが腕を引っ張っている?」
矢島幹夫「・・・もう、このままでいいから。 お願いだから放っておいて・・・」
黒い塊「ちょっと!これ、NACsのヴィンテージレンズオートマチックじゃない!」
黒い塊「どうせ死ぬなら、これ、ちょうだいよ!」

〇駅のホーム
黒い塊「電車が行ってからでもよかったけど、時計が傷ついたら嫌だしー」
  幹夫は、その声がする方をうっすらと見た。
  ギラついた目をしながら幹夫の腕から時計を剥ぎ取ろうとしている大きな塊。
  いや、女性。
  それが、芳江だった。
矢島幹夫「なんだ?このマンバブルは・・・」
  あの後すぐに電車が止まり、
  大勢の人が二人を助けようと
  線路に降りてきた。
矢島幹夫「うわぁ・・・ いきなり大勢の人が・・・」
  ──そんなに近づかないで!
  幹夫は、押し寄せる無数のマンバブルにつぶされて、意識を失ってしまった。
  目が覚めた時。
  ポケットに入っていた一枚のメモ書き。

〇店の入口
  裏道を抜けると、商店街のある大通りに出た。
矢島幹夫「あれ。この辺りだと思うんだけど・・・」
矢島幹夫「あ、店の横の壁に寄りかかりながら気だるそうに煙草を吸っている女性がいる」
矢島幹夫「す、すみません。あ、あのー、えっと、怪しい・・・ものでは・・・ないです。じゃなくて、だから、えっと」
入り口にいた女「・・・」
矢島幹夫「・・・」
矢島幹夫「うわぁ!吐いた煙に目を細めながら、メモ紙を覗き込んで来た!近い、近い!」
  幹夫は跳ねるように後退りした。
入り口にいた女「・・・あ、Deニッシュって店、ここですよ」
矢島幹夫「パン屋さんに用があるわけではなくて・・・ どうしよう。なんて説明しよう・・・」
矢島幹夫「えっ?なになに? ジッとこっちを見ていたと思ったら、 突然、ニヤリと笑った! 怖い!」
入り口にいた女「・・・パン買いに来たんじゃなさそうですね。どうぞ。こっちからも入れるんで」
  幹夫はその女性に促され、距離を置いたまま裏の入り口の戸を開けた。

〇事務所
矢島幹夫「・・・え。 ここ、パン屋さんの裏、のはずなに、 ・・・事務所?」
矢島幹夫「な、なにっ!? パソコンの前でキーボードを叩いていた女性が、僕を見て、いきなり机の下に隠れたけどっ!」
矢島幹夫「代わりに、メガネの女性が掃除機を手にしたまま、駆け寄ってきた!」
メガネの女「はーい。何の営業の方ですか?」
矢島幹夫「えっと、そうじゃなくて、 その、だから、えっと」
矢島幹夫「うわぁ。緊張して変な汗が出てきた・・・」
焼きそばパンを持った女「あ!NACsのヴィンテージレンズオートマチック!」
矢島幹夫「こわい、こわい、こわい。 焼きそばパンを持った女性がいきなり立ち上がって僕を指差して来た!」
メガネの女「あー。その時計。 なるほど。芳江さんですね。 こっちですよ」
  メガネの女性はまた「よいしょっ」と掃除機を手にすると、こっち、こっち、と幹夫を奥に手招いた。

〇謎の扉
矢島幹夫「・・・更に奥の方に、ナチュラルなお店の雰囲気釣り合わない重厚な扉が!」
メガネの女「こちらです」
矢島幹夫「うわぁ。ノックもせずに、いきなり肩で開けた・・・」

〇校長室
メガネの女「芳江さーん。お客様ですよー」
矢島幹夫「奥のデスクに、三枚ほど重ねたままのクッキーを口に放り込んでいる黒い塊が・・・」
矢島幹夫「あの人だ!」
矢島幹夫「そう!このマンバブル!」
メガネの女「あー、やっぱり。ちょっと。絨毯に食べカスが落ちちゃってるじゃないですか!机の上で食べてくださいよ!」
矢島幹夫「えっ?大音量で掃除機をかけ始めたけど、僕がいる事忘れてる?」
月城芳江「ごめーん。弥生チャーン♪」
メガネの女「と、言っている側から、食べカスを下に払い落としているじゃないですか!」
矢島幹夫「・・・ちょっ! メガネの女性はブツブツ言いながら扉の外に出て行っちゃったよ!」
月城芳江「あ!! あの時のNACsのヴィンテージレンズオートマチックの時計の人ね!」
矢島幹夫「こ、こ、こ、こんにちは! はじめ・・・まして!」
矢島幹夫「うわぁ。 間を置かずに、もう片方の手にあったカレーパンを口に押し込んでる・・・」
月城芳江「あの時は、私が突き落としたと思われてー。もー、失礼しちゃうわよねー」
月城芳江「時計が欲しかっただけなのにねー」
矢島幹夫「・・・大笑いしている口から、噛み砕かれたカレーパンが飛び散って・・・」
矢島幹夫「・・・とりあえず口に全部入れる感じ。昔飼っていたハムスターの”コナツ”に似ているかも!」
矢島幹夫「そうだ!コナツだと思って話せばいいんだ!」
矢島幹夫「そ、その節は、ごめいわくを・・・」
月城芳江「まぁ!これは!? あの、一日30個しか販売されない幻のチーズケーキ!」
矢島幹夫「うわぁぁぁっ! 差し出した”お詫びの品”を奪い取って、いきなり目の前で開け始めた!」
月城芳江「無理してしゃべらなくていいですよ。対人恐怖症なんでしょ?」
矢島幹夫「そう言いながら、もう片方の手でポルボロンを鷲掴みに・・・」
矢島幹夫「ま、豆撒きのように口の中に放り込んだ!」
矢島幹夫「い、いえ。対人・・・きょ、恐怖症では・・・」
月城芳江「・・・じゃあ、なんですの?」
矢島幹夫「・・・」
月城芳江「・・・」
月城芳江「・・・?」
矢島幹夫「と、と、と、特殊電気持ちの、ひ、人嫌いなんです!」
矢島幹夫「うわぁ。とっさに変なこと言ってしまった」
月城芳江「・・・」
月城芳江「そうなのねー」
矢島幹夫「あ、軽くスルーされた」
月城芳江「そうそう、今の会社、辞めちゃいなさいよ。あんなつまんない会社」
矢島幹夫「え、今、開けたばかりのチーズケーキを全部口に押し込んでる!」
月城芳江「そもそも、ピンクのドット柄にあの色のストライプを合わせる男が上司ってどうよ」
矢島幹夫「・・・確かに、あの上司の定番のコーディネート」
月城芳江「あのネクタイ、ルッチのジャガードシルクよね。あーもったいない。私にくれればいいのに」
矢島幹夫「それ、上司のお気に入りのネクタイだ! どうして上司のことを知っているんだ?」
矢島幹夫「というか、話しているのか、咀嚼しているのかわからない勢いで口の中のチーズケーキが吸い込まれていく」
月城芳江「そうだ!ちょうど良い! その、特殊電力?特殊電話?」
矢島幹夫「と、と、”特殊電気”です」
月城芳江「それ、込みで面倒見るから・・・ うちの事務所に登録しない?」
矢島幹夫「・・・えっ!?」
月城芳江「私が営業してあげるわよ」
  幹夫はその時、はじめて顔を上げて芳江の目をしっかりと見た。

〇謎の扉
  入り口の重厚な扉の横には
  「クレセントムーン・プロダクション」
  そう、書かれた一枚板の看板が
  掲げられていた。

次のエピソード:会社辞めました

コメント

  • マンバブル!印象に残りますね😆
    癖の強い女社長をはじめ、女性陣のキャラが立ってて、主人公には受難の日々?が待ち受けているのでしょうか!
    見守りたいと思います

  • 遅ればせながら拝読いたしました!オモシロイ!他にも特殊体質のキャラクターがでてくるのだろうか・・・?続きが楽しみです!!

  • 単純にいい人というわけではないし、むしろガサツで強欲、気遣いに欠ける…一見主人公が苦手そうなタイプにも思えますが、不思議な魅力がある芳江さんが良いですね😆
    人物描写が秀逸でした!
    俳優業のお話ということで、人が苦手な主人公がどうその世界に向き合って行くことになるのか、楽しみです😆

コメントをもっと見る(13件)

成分キーワード

ページTOPへ