拝啓、純然たるキミヘ(脚本)
〇黒
――拝啓、純然たるキミへ。こんな手紙でしか想いを綴れない僕を、許してほしい──
〇睡蓮の花園
龍神様「――――――」
鬼神「どうしたい、難しい顔して。異界の恋人から、恋文かい?」
龍神様「・・・いや。そも、我に想い人などおらぬ。再三言っておろうが」
鬼神「再三ったって、数千年は生きてるあんたの基準じゃあねぇ」
龍神様「邪魔をする気なら、去ね。どちらにせよ、ヒトからの文は読んでやらねばなるまいよ」
鬼神「はいはい。おクソ真面目様なことで」
龍神様「――――――」
〇睡蓮の花園
淳「――――――」
香奈「ねぇ、淳ちゃん? どうして、そんなにヘンな顔してるの?」
淳「ああ、香奈か。・・・ヘンな顔、してたかい? どんな?」
香奈「なんだろ、『信じられないものを目にしましたっ!』って感じ。超常現象?」
淳「どうかな。超常現象ってほどのものじゃないと思うけど・・・」
香奈「まあ、龍神様の池だもんね。何があったって、おかしくはないよね」
淳「・・・うん」
〇睡蓮の花園
手紙を、書いた。
遠い昔、この場所に来たばかりで暇を持て余していた自分に、毎日の楽しみをくれた貴方へ。
〇睡蓮の花園
鬼神「しっかし、ここも見事になったもんだよなぁ。あんたが来た時は、結構な荒地だったくせにさ」
龍神様「まだおったか。・・・万物の根源たる水に、土地の回復など造作もないことだ。たとえそれが異郷の地であったとしてもな」
鬼神「この池、今でもあっちと繋がってんの? おれが触れば、一瞬だけ血の池になったりするかな?」
龍神様「また、ろくでもないことを・・・。いいから去ね。我は、文に返事を書かねばならん」
鬼神「はぁん。神様にお返事貰えるなんて、幸せな人間様もいたもんだ。おれなんか、嘆願書山積みにしたまま放置しちゃってんのに」
龍神様「貴様は文字など書けぬであろうが。嘆願には天変地異で返すのが、貴様ら鬼の通例だと聞いているが?」
〇睡蓮の花園
香奈「淳ちゃん。手紙には、なんて書いたの?」
淳「え? ああ、それは、ほら。いつもありがとうございます、とかね。なんの取り留めもない、いつもの近況報告さ」
香奈「つまんないの。他に言うことないの? 彼女ができましたー、とかさ」
淳「それでもし龍神様が君の前に出てきたら、ちゃんと失礼のないように挨拶できる?」
香奈「う。それは、自信ないけど」
〇睡蓮の花園
決して並び立つことのできない存在だということは、最初から分かっていた。
だからこそ、惹かれたのだ。ほんのひと繋がりでの交流を、望んだ。
〇睡蓮の花園
鬼神「それにしても不思議な仕組みだよねぇ。窓とか、扉とか、そういうのは一時的なもんだとばかり思ってたけど」
龍神様「脆弱な貴様らの力と一緒にするでない。人界を繋ぐ池の一つや二つ、維持できねば神だなどと名乗っていられるか」
鬼神「ま、でなきゃ可能にはならないよな。神様と人間の文通、なんてさ」
龍神様「ふふ、最近はとみに楽しくなってきたぞ。そろそろ、やつもつがいを娶る頃らしい」
〇睡蓮の花園
香奈「最初は、普通に神頼みしたんだったっけ」
淳「うん、そう。友達ができますようにって、紙に書いて放り込んだんだ」
香奈「龍神様、ダイレクトに叶えすぎじゃない?」
淳「まあ、相手の指定はしなかったしね。でも楽しいよ、こうやって透明な手紙がどこからか浮かび上がってくるのも」
香奈「こっちの手紙が消えちゃうのもね。で、お返事はなんだって?」
淳「あ、ちょっと、まだ見ちゃダメ──」
〇黒
――拝啓。天衣無縫が産み出した、純然たるヒトの君よ。
我も祝福しよう、いつか貴様ら夫婦の子にも相まみえることを、心より願っておるぞ──
~fin~
あとがきを拝見して、神様を少し可愛いと思ってしまいました。純粋な心の持ち主同士の不思議な交流と、イラスト背景のきれいさがよく合っていて、映画のように美しいです。
神秘的な池、主人公の繊細な感受性が龍神様との交流を可能にしたのでしょうね。現代社会で手紙での交流が減ってきている分、こうしたやりとりが温かく感動的でした。
凡人には発想がないストーリーで感銘を受けました。神と人間が繋がる池をどの様に物語を仕立て上げるのか。手紙というシンプルかつ斬新な物が出てくるあたりは流石です。