第一話 揚げパン(脚本)
〇大きな木のある校舎
学校生活の中で、もっとも重要なものはなんだろうか。
友達? それとも部活? 真面目な学生は授業なんて答えるかもしれない。
だが、この俺、矢的隆司(やまとたかし)にとってはどれも間違いだ。
成長期である俺たち中学生にとって、重要なのはただ一つ。
それは──
〇教室
佐藤亮「・・・やはりマズイですね、給食は」
友人の佐藤亮(さとうりょう)が給食を一口食べ、愚痴る。
矢的隆司「ああ。しゃばしゃばの野菜スープ。旨味も何もないキノコソテー」
矢的隆司「・・・俺たちを侮っているとしか思えないな」
佐藤亮「しかし隆司(たかし)君。きみはこの状況を甘んじて受け入れるわけではないのでしょう?」
矢的隆司「もちろんだ。マズイ給食に行うことは決まっている」
矢的隆司「そう・・・アレンジだ!」
俺はいつも学校に持ってきている秘蔵の鞄から、各種の調味料を取り出していく。
矢的隆司「まずは野菜スープだ。これはバターを入れて、足りないコクを補う」
矢的隆司「そしてキノコのソテー。コイツにはニンニクと一味唐辛子を少し足すことで旨味を追加する」
佐藤亮「・・・さすがは隆司君ですね。バター、そしてニンニクの香りがここまで漂ってきて、食欲をそそられます」
矢的隆司「やはり、給食はアレンジするに限る」
矢的隆司「毎日の給食は、美味いほどいいからな」
亮にそう答えながら、俺はアレンジした給食を食べ進めていくのだった。
〇教室
それはいつものように、献立表を見ながらその日の給食のアレンジを考えていた、ある日のことだった。
担任「今日は、皆さんに転校生を紹介します」
担任「星さん。入って来て」
星有紀「はい。失礼します」
男子「うわ・・・すげぇ可愛い・・・」
女子「お人形さんみたいに綺麗な髪・・・」
担任「はいはい、気持ちはわかるけど、静かにね」
担任「星さん、自己紹介お願い」
星有紀「はい」
星有紀「初めまして、星有紀(ほしゆうき)と申します」
星有紀「まだこちらの生活には慣れていないので、色々と教えていただければと思います。 よろしくお願いいたします」
佐藤亮「隆司君は、転校生に興味なさそうですね」
矢的隆司「確かに可愛いが、転校生なんかよりも、今日の給食の方が大事だろう?」
佐藤亮「ふふっ、隆司君らしいですね」
担任「星さんの席は、窓際の列の一番後ろね」
星有紀「はい」
先生に言われ、席に向かうために、転校生が俺の横を通っていく。
矢的隆司(・・・ん? あの転校生、なんで鞄を二つも持っているんだ?)
矢的隆司(まあ、俺も普通のカバンとアレンジ用の調味料が入ったカバン、二つ持っているから、人のことは言えんが・・・)
疑問に思っていると、転校生がこちらに視線を向けた。
そして彼女は俺も二つの鞄を持ってきていることに気づくと・・・
星有紀「ふふ・・・」
矢的隆司「っ!?」
矢的隆司(なんだ、あの不敵な笑みは・・・)
予想外の反応に動揺していると、彼女は持っていた鞄から妙な機械を取り出し、何かの準備を始めるのだった。
〇教室
矢的隆司(・・・結局、あの転校生が何をしてるのかは、わからないままだったな)
矢的隆司(まあ、わからないものをいつまでも気にしてる暇はない)
矢的隆司(それよりも、今は給食を目いっぱい楽しむことの方が大事だ)
矢的隆司「今日のメニューは『揚げパン』だな」
佐藤亮「給食では人気のメニューの一つですね。これはそのままでもある程度美味しいとは思いますが・・・」
佐藤亮「隆司君は、もちろん?」
矢的隆司「ああ、アレンジをする」
矢的隆司「今回は・・・これだ!」
佐藤亮「これは、きな粉にココアパウダー?」
矢的隆司「その通りだ。そしてこれは当然・・・」
佐藤亮「おぉ・・・そんな、揚げパンに贅沢に味付けをしていくなんて・・・!」
矢的隆司「揚げパンは確かに美味い。といっても、それは給食の中ではの話だ」
矢的隆司「しかも味は揚げたパンに砂糖をまぶしただけ・・・最初はいいが、食べ進めていけばいくほど、味には飽きていく」
佐藤亮「しかし、きな粉やココアパウダーで変化をつけることで、味のバリエーションを増やし、最後まで美味しく食べられる・・・!」
矢的隆司「ああ。その通りだ」
矢的隆司「そしてきな粉とココアパウダー。 ・・・これが砂糖と合わないわけが──」
クラスメイトたち「うおおおおおっ!?」
矢的隆司「・・・騒がしいな」
佐藤亮「向こうは、転校生の机の方ですね」
矢的隆司「なっ・・・!?」
転校生の方を向いた俺の目に飛び込んできたもの、それは・・・
佐藤亮「そんな・・・あれは、アイス!?」
矢的隆司「いや、驚くところはそれだけじゃない!」
矢的隆司「ヤツは、アイスを揚げパンにトッピングしていやがる!」
佐藤亮「しかし、アイスなんてどこから・・・」
様子を伺う俺たちの目に、転校生の傍らにある、あの妙な機械が映った。
佐藤亮「ま、まさかあれは・・・!」
矢的隆司「知っているのか、亮!」
佐藤亮「ええ。あれは、アイスクリームメーカー!」
佐藤亮「給食のメニューには、アイスなんて存在しない。だから、作ったんですよ、彼女は!」
矢的隆司「・・・そういうことだったのか」
矢的隆司「あいつがホームルームの後にやっていたのは、アイスの準備だったんだな!」
矢的隆司「アイスを作るのには時間がかかる。だから給食の時間に完成するように、材料をセットしておいたというわけか・・・!」
佐藤亮「しかし、まさか機械を持ち込むとは・・・」
矢的隆司「ああ。俺も思ったことはある。給食の時間にアイスを作れれば、とな」
矢的隆司「だがその手間と手段は、俺の思うアレンジの域を超える。そう思って断念した」
矢的隆司「だというのに、実行するヤツがいるとはな・・・」
矢的隆司(しかもそれだけじゃない。揚げパンにアイスを乗せるという発想・・・アレンジ力も相当に高い)
女子生徒「星さん、それすごく美味しそう。私も少し貰っていい?」
星有紀「・・・では、貴方は代わりに何を差し出しますの?」
女子生徒「え!?」
星有紀「給食とは、午後を乗り切るための重要なもの。 生きる活力といっても過言ではありません」
星有紀「まさかそれを無償で差し出せなどとは、おっしゃらないでしょう?」
星有紀「もし、牛乳が欲しいのであれば、デザートのプリンを」
星有紀「冷凍みかんがほしくば、から揚げを渡すのが道理」
星有紀「私のアイスがほしくば、相応の対価を差し出しなさい!」
矢的隆司(なんてヤツだ。給食に対して、ここまでの想いを抱えているとは・・・)
矢的隆司「ヤツは俺と同じ、いや、もしかしたらそれ以上に給食を・・・」
矢的隆司(・・・そんなはずはない! 給食にもっとも真摯に向き合っているのは、この俺だ)
矢的隆司(そう、給食の王は俺一人で十分だ!)
〇大きな木のある校舎
女子生徒「それじゃあ星さん、また明日!」
星有紀「ええ。また明日」
矢的隆司「待て」
星有紀「あなたは・・・」
矢的隆司「転校生。いや、星有紀。一つ聞こう」
矢的隆司「お前は俺と同じ、味の探求者なんだろう?」
それを聞いた星有紀は、ニヤリと笑みを浮かべた。