高見の話①(脚本)
〇シックなリビング
美桜「ししょー! 掃除するよー!」
美桜「ってあれ?いない?」
美桜「・・・」
美桜「お宝発掘たーいむ!」
美桜は持っていたハタキを放り投げ、
師匠の部屋の家探しを始める。
美桜「ぬぁっ?!」
超定番のベッドの下、やたら重い紙袋を引き摺り出す。
美桜「なにかななにかなー? ごかいちょー!」
美桜「なぬーっ?!」
乱雑に止められたテープを剥がすと、紙袋の中には札束がぎっしりと詰まっていた。
美桜「・・・」
はじめこそ沢山の札束にテンションが上がったものの、段々と見ちゃいけないものだったんじゃないかと思い始める。
美桜「そーっと戻しとこう。 そーっと・・・」
高見「こら、ひとの部屋で何してる?」
美桜「ぎょー!!」
美桜は慌てて紙袋をベッドの下に押し込もうとして、力加減を誤ってむしろ紙袋を引き裂いてしまった!
舞い散る札束。
美桜「・・・」
高見「・・・」
美桜「あ、あの。えと。 あのねししょー、えと、」
高見「・・・はぁ。 なんでこんな事になってるんだ?」
美桜「えと、えとね。 ししょーの部屋もお掃除しようと思って。 でもししょー居なかったから探検したくて」
美桜「えと、えと・・・ ごめんなさい!」
高見「・・・はぁ」
美桜「!」
高見「別に怒ってない。 怪我は?あの袋結構重かっただろ?」
美桜「ない・・・」
高見「ならいい」
美桜「あの・・・ ほんとにごめんなさい・・・」
高見「もう謝るな。 すぐに触れる所に置いておいた俺も悪い。 それより掃除は?」
美桜「する・・・」
高見「よろしい」
美桜「ん」
さっき放り投げたハタキを拾って、美桜はパタパタと埃を払っていく。
ちらりと振り返ると、美桜の師匠である高見は難しい顔をしていた。
ばら撒いた中身を拾い終えて、紙袋を睨みつけている。
高見「・・・」
美桜「・・・じーっ」
高見「・・・こら。 ハタキを振ってる音がしないが?」
美桜「あうっ!」
美桜はハタキを置いて高見のそばまで寄ってくる。
そわそわした美桜の様子に、こうなるだろうと思っていた高見はただため息だけをついた。
美桜「ねーねーししょー、 このおかね・・・」
高見「言っておくが悪いことして手に入れた金じゃないからな?」
美桜「じゃあなんでベッドの下にあるの?」
高見「・・・」
高見「俺の傷だからな」
〇男の子の一人部屋
女『──もう、終わりなのよ。私たち』
男『待ってくれよ!もう一度だけチャンスをくれないか!今度こそ君を幸せにしてみせるから!』
女『もう聞き飽きたわ。
──コロコロ変わる月なんかに愛を誓うようじゃ、何度やり直しても結果は見えているわ』
男『待ってくれよ!待てったら!』
追い縋る男を振り解いて、女は足早に去っていった。
拓海「月、ねぇ・・・」
俺はクラスで人気のドラマのエンディングを聞き流しながら、窓の外を見る。
ところどころ雲の見える夜空には、まん丸な月がぽこんと浮いていた。
テーブルに置いてあったスマホが着信を知らせる。
幼馴染で親友の優斗からだ。
こんな夜に何かあったのだろうか?
拓海「もしもし。どした?」
「あ、拓海。今からお前の部屋行ってもいいか?」
拓海「? 別にいいけど、なんかあったか?」
「んー、別にそういうのじゃないんだけど、さっ」
電話からの声を聞くのと同時に、優斗が開けたままの窓から入ってくる。
拓海「お前なぁ、いつもいつも窓から入ってくんなって」
優斗「あはは、悪い悪い。 こんな時間にピンポン鳴らすのもどうかと思ってさ」
拓海「ったく・・・」
優斗は悪びれもせずに俺の部屋のベッドにダイブして、寝転がったままこちらを向いた。
拓海「・・・それで? こんな夜に部屋まで来て何の用だよ?」
優斗「あー、それな。 ほら、今日って月がめちゃくちゃ綺麗じゃん?」
優斗「だから、お前と一緒に見ようと思って」
拓海「お前なぁ・・・」
そう言って優斗は窓の外をしゃくった。
俺もそちらを見る。
さっきと同じまん丸な月が佇んでいる。
拓海「お月見にはまだ早いだろ?」
優斗「あはは、そうかもな。 でもめちゃくちゃ綺麗だしいいだろ?」
拓海「まーな・・・ で?月見ならなんか食いもんとかは?」
優斗「おっ、ならこれとかどうよ。 ポテチ食うASMR」
拓海「音じゃん。 しかもポテチて」
優斗「いーじゃん。 俺らっぽいだろ?」
拓海「まぁなー」
パリィ・・・
ポリィ・・・ポリィ・・・
優斗「なー、俺ポテチ食いたくなってきた」
拓海「俺もだよ。 ったく、お前がポテチ食うASMR流すからだぞ?」
優斗「のり塩ねぇの? のりしおー」
拓海「ねぇって。 こないだ来た時全部食ってっただろ」
優斗「・・・そうかも」
優斗は諦めたように仰向けに転がった。
しばらくごろごろと転がった後、優斗はこちらを向いて転がるのをやめた。
優斗「なー、泊まってっていい?」
拓海「いいけど、おばさんは?」
優斗「今日帰ってこないから」
拓海「わかった。 明日朝メシ食ってく?」
優斗「・・・いや。 朝起きたら帰るよ」
拓海「りょーかい」
少し表情の強張った優斗をベッドの奥に押しやって、俺は部屋の明かりを消した。
〇男の子の一人部屋
優斗「あれ?もう寝んの?」
拓海「部屋暗い方が月見えるだろ?」
優斗「確かに!」
優斗はじっと月を見上げている。
優斗の家は母子家庭で、
おばさんは夜の仕事をしている。
寂しい時や何か話を聞いて欲しい時、
優斗は決まって夜に俺の部屋を訪ねてくる。
話すだけ話してスッキリすると勝手に帰って行ったりするが、今日はそういう気分ではないらしい。
月を眺める顔をぼんやりみていると、ふと優斗の目がこちらを向いた。
優斗「なに?」
拓海「別に。 本当にお前月好きだよな」
優斗「おー、まぁな。 だって綺麗じゃん?」
拓海「そうだけどさ。 なんていうか、それだけじゃないだろ?」
俺がそう言うと、優斗は少し黙った。
それから、少しこちらに寄って
誰にも聞かれないように声を潜める。
優斗「・・・昔さ、もっとちっさかった頃さ。 母ちゃんの休みの日に、夜に一緒に散歩行ってたんだよ」
拓海「・・・うん」
優斗「そん時にさ、母ちゃんが言ってたんだ。 仕事で一緒に居れなくても、見てる月は同じだから離れてても一緒なんだって」
拓海「うん」
優斗「だから、・・・なんていうかなぁ。 見守られてる?みたいな感じがして好きなんだよな」
優斗「マザコンぽくてなんかアレだけどさ」
拓海「ばか。んなこと思わないって。 お前がおばさんのこと大事にしてるの知ってるっての」
優斗「・・・ん。さんきゅ」
優斗はそれきり黙った。
ただ、こちらだけはじっと見つめてくるので、なんだか居た堪れなくなって俺は布団の中へ潜った。
拓海「あー、もう寝るぞ」
優斗「おー」
優斗の声を聞きながら、俺はぎゅっと目を瞑った。
〇男の子の一人部屋
それからしばらく経った後。
優斗「・・・」
優斗は静かに目を開けた。
そして、隣で寝息を立てる拓海を見やる。
そっと拓海の頬に触れる。
指先に伝わる温もりは、無かった。
優斗「・・・大丈夫、やれる。 まずは、──『縛る』」
優斗の指先が薄く発光し、その光が筋となって拓海の体に絡みつく。
つぶやいた言葉の通り光が拓海を締め上げる。
苦しげに漏れる吐息に、優斗は顔を歪めた。
優斗「あとは、『奪う』」
光の筋が色を変える。
拓海の顔が一層苦しげに歪む。
優斗は思わず顔を逸らした。
その時だった。
拓海「う、・・・ 優斗・・・?」
優斗「拓海・・・? なんで・・・?」
拓海「う、なんだこれ。 めっちゃ苦しいんだけど。なあ、これ何が、」
優斗「・・・」
優斗「『奪う』」
拓海「かはっ」
拓海「なぁ、何だよこれ? 優斗、助けてくれよ!」
優斗「・・・それは出来ない」
拓海「なんで!」
優斗「それが俺の仕事だから」
拓海「仕事・・・? 何言ってんだよお前、だってただの高校生だろ?」
高見「違う。 俺は高見。所謂祓い人を生業にしてる、お前から見れば大人になる」
拓海は哀れになるほど狼狽えている。
高見はひどく苦しげな『優斗』と同じ顔のまま、拓海に向かって手を伸ばした。
その指先は淡い光を湛えたままで、拓海はそれに顔を引き攣らせて身をよじった。
拓海「な、なぁ、優斗。冗談やめろよ。 ホントに俺、」
高見「そもそも優斗という人間は存在しない。 お前の妄想が生み出した架空の人間だ」
拓海「ふ、ふざけんなよ! 俺の親友馬鹿にしやがって!」
高見「そもそもお前に、そんな親しい友人はいたか? 信頼して腹を割って話せる相手が?」
拓海「・・・は?」
高見「信頼する相手と言えば、家族はどうした?」
拓海「か、家族? そんなの今はみんな寝てるに決まって──」
拓海「────」
拓海「──」
拓海「・・・」
拓海はふと動きを止め、部屋の隅をじっと睨み始めた。
高見「思い出したか?」
拓海「ああ、ああ。 思い出したよ、思い出した──」
拓海「そうだ、俺に親友なんているわけない。 学校にも家にも居場所がなくって、俺は──」
拓海「この窓から飛び降りたんだ!」
にこりと拓海が微笑む。
高見はバツの悪そうな顔のまま、拳を握り直した。
拓海「あ、はは。そうか!そういうことか! あはは!悪かったな優斗・・・じゃなくて高見サン?」
拓海「ごめんな、ごめんなぁ?」
拓海「・・・しね」
言うが早いか、拓海は高見に向かって腕を振り下ろした。
衝撃波のようなものが発生して、高見の体が壁に叩きつけられる。
高見「ぐっ・・・」
拓海「あんたのやったことから察するに、あんた俺を殺そうとしたろ? ・・・ああ、幽霊だから除霊か?」
拓海「だったら俺だってあんたのこと殺したっていいよな? だって俺死にたくないし?もう死んでるけど」
拓海は倒れ込んだ高見の胸ぐらを掴んで、顔を寄せる。
にいっと口の端を吊り上げた。
高見「・・・話は最後まで聞いてもらおうか。 確かにお前はこの部屋の窓から飛び降り自殺を図った」
拓海「それが?」
高見「けどお前はまだ死んでない。 首の骨を折る大怪我だったが、一命は取り留めたんだ」
拓海「・・・は?」
高見「昏睡状態のまま病院のベッドに寝ているんだ。 ここにいるお前は言わば生霊だ」
拓海「・・・」
高見「この家に取り憑いたお前は、この家の人たちにちょっかいをかけている」
高見「お前を体に返して、この家の人に家を明け渡すのが俺の今回の仕事だ」
拓海「・・・」
拓海は黙った。
拓海「・・・へぇ」
スッと拓海の目が挟まった。
高見は警戒して距離を取る。
拓海「高見サンさぁ、この家の人間と俺の関係、 なんか知ってる?」
高見「・・・そこまで詳しくは。 あまり仲が良好で無かったことは聞いてる」
拓海「仲が良く無かった、ねぇ?」
拓海「あっははは! ホントにあいつらクソ喰らえだな!」
そう叫んで拓海は窓から飛び出した。
高見が慌てて窓に駆け寄ると、真夜中の街並みを物凄いスピードで走り抜ける拓海の背中が小さく見える。
高見「まずい、あっちは病院の方向だ」
高見も階段を駆け降りて、すぐに拓海の後を追った。
〇病室
何とか周囲の目を掻い潜りながら、高見は拓海の病室まで潜り込む。
そこには、拓海の両親と兄が居合わせて談笑しているようだった。
高見「良かった、皆さん無事でしたか」
高見の言葉に3人は首を傾げる。
拓海が家を飛び出して病院に向かったことを告げると、あまり興味なさそうな顔をした。
高見「・・・?」
それから取り繕うように、母親がまぁ怖いと言う。父親も兄も困ったと繰り返すばかりだった。
高見「・・・」
高見は3人が完全に背を向けている、カーテンの閉まったベッドを見る。
ベッドにもカーテンにも揺らぎひとつない。
だというのに、カーテンに映る影はゆらゆらと動いていた。
高見「ここか!」
高見が思い切りカーテンを開けた
そこでは、ベッドで未だ目を覚さない拓海に、生霊となっている拓海が覆いかぶさって首を絞めている。
高見「おい馬鹿!やめろ!」
拓海「ちっ、うっせぇな! あんたには関係ないだろ!」
拓海の周りのどす黒いもやに阻まれて、高見は拓海に近づけない。
そうしている間にも、眠っている拓海の首が締まっていく。
拓海「は、情け無ぇよな。 とっとと死ねっての」
高見「やめろよ! せっかく助かったのに、なんで」
拓海「ははは、あんたまだそんなこと言ってんの?」
高見「・・・?」
拓海「・・・さっき、寝る前の話。 アレって作り話?」
高見「・・・どの話だ?」
拓海「母ちゃんが夜の仕事してて大変だけど、あんたも母ちゃんもお互い大事に思ってるやつ」
高見「いや、・・・あれは実体験だが?」
拓海「そっか。良かったじゃん、いい母ちゃんで。 元気にしてんの?」
高見「・・・いや。 一年位前に亡くなった」
拓海「あー、それはごめん」
高見「い、いや・・・?」
拓海の顔は、今まで高見が見たどの顔よりも穏やかだ。
それがひどく高見の心を掻き乱している。
拓海「そんな優しい母ちゃんがいるんならさ、 やっぱりあんたには分かんないよ」
拓海「だってそいつら、いま何してると思う? クソ兄貴はゲーム、親父は持ち帰った仕事、お袋はネットショッピングだぜ?」
拓海「いまあんたが俺のベッド覗いて怖い顔してんのにさ、声ひとつかけてこないだろ?」
高見「そ、れは」
高見はちらりと3人を見やる。
拓海の言った通り、母親と兄はスマホに、父親はパソコンに釘付けでこちらなどまるで気にしていないようだった。
拓海「俺さ、要らない子だったんだよ」
高見「そんな・・・」
拓海「いいって、ホントの事だから。 優秀な子供が欲しかったあいつらにとって、優秀じゃない俺は居ないのと同じだったから」
拓海「クソ兄貴に至っては、シカトだけならまだしも襲い掛かってくるからホントやめて欲しいよな。処女喪失が兄貴とか笑えねー」
高見「・・・」
拓海「んでそのクソ野郎から噂が広まって、晴れて高校デビューってな。 クソがいい顔したいせいでタダマンだったんだぜ?」
拓海「そんなだからクラスにも馴染めないし、昔からの友達ですら「お前タダってホント?」とか言われんの」
拓海「このまま生きてくんかなぁって思ってたら、すっげー月が綺麗な日があってさ。 そんで思わず飛び降りたんだ」
高見「・・・」
高見は拓海に掛ける言葉を持たなかった。
それでも何とか言葉を絞り出して繋ぎ合わせる。
高見「・・・だめだ」
高見「今が辛くても、生きていればきっと良いことはあるから」
高見「だから、」
その後を高見は続けられなかった。
穏やかでいて、けれど高見の言葉を止めるような強い目で拓海が見つめてくる。
拓海「・・・ん、確かにイッコあったかもな」
拓海「偽物で、俺を引き剥がすための演技でも 親友に会えたのは生きてて1番よかったかも」
高見「──っ」
バキリ、と音がして拓海の首の骨が折れる。
拓海「んー、なんかごめんな。 あんた良い人だし、しんどい顔させちまって」
拓海「あ、そうだ。 多分あいつらのことだから、俺が死んだってなればゴミが減ったって報酬とか弾むと思う」
拓海「そんで美味いもんでも食ってきてよ」
高見「・・・」
高見「いま、お前がその手を止めれば。 あの人達と交渉して、お前を引き取って一緒に暮らしたって良い。だから──」
拓海「あんたホントに良い人じゃん。 さっきは殺そうとしたりしてごめんな」
拓海「でももう首の骨折れてるし、生きてたって迷惑かけるだけだしさ」
高見「多少の金ならあるから、介護でもなんでもしてやる」
拓海「あはは、ホントにありがとう。 気持ちだけ貰っとく」
締め上げられた拓海の首より上が、どんどん赤紫色に変色していく
生霊の方の拓海も、限界が近いのか輪郭さえ朧げになっていく。
高見「おい、」
拓海「あーあ、なんで今なんだろうな。 もっと早くにあんたに会えてたらさ、 俺だって・・・」
拓海「・・・」
生霊の拓海の体が端からポロポロ崩れていく。
拓海「そうだ、そういえばあんた祓い人なんだっけ?こうなんかすげーやつできねぇの?極楽浄土ビームみたいな」
高見「なんだそれ」
拓海「うん、俺も今のネーミングセンスはどうかと思ったわ」
高見「俺には・・・、まだ技術が足りない。 無理やりあちらに送ることは出来ても、送り出すにはまだ・・・」
拓海「お、じゃあ練習してみようぜ。 俺実験台な」
高見「バカ。技術が無いって言ってるだろ。 苦しむことになるぞ」
拓海「いーって、どうせもう死ぬし。 高見サンの極楽浄土ビーム楽しみだなー」
高見「・・・苦しいこと、多かったんだろう? これ以上お前を苦しませることはしたくない」
拓海「・・・ホントあんたお人好しだな。 いーじゃん。 俺の最後のこの世の思い出に見してよ」
高見「・・・」
高見「・・・わかった。 最大限努力はする」
拓海「やった!」
高見「・・・もし苦しかったら、俺を恨め。 お前は結構力が強いから、俺ぐらいなら道連れにでも出来ると思う」
拓海「・・・」
拓海「・・・ん。 あんまり下手そうなら考えとく」
へらりと笑う拓海を横目に、高見はぐっと表情を引き締めた。
両手を拓海に向かって突き出す。
いつも破壊にしか使わない自分の能力の
流れる方向にひたすら神経を研ぎ澄ませる。
高見の指先が震えている。
何か声をかけようとして、結局何も言わずに拓海は口を閉じた。
高見「・・・『おくる』」
〇シックなリビング
美桜「・・・それでそれでっ? 上手く出来たの?」
高見「いや、結果は大失敗。 術式で包んで還すつもりだったのに、握りつぶして強制的に送る形になった」
美桜「そ、それってめちゃくちゃ痛くないの?」
高見「ああ。 痛いなんてモンじゃない。 でもあいつは笑ってた」
高見「この下手くそって言いながら、俺を呪いもせずに行っちまった」
美桜「・・・」
気まずい沈黙が落ちる。
なんだかんだそつなくこなす師匠に、そんな過去があったなんて思っても見なかった。
美桜は何とか話題を逸らしてみる。
美桜「あ、お客さんは?そのあとどうなったの?」
高見「・・・」
美桜「・・・し、ししょー?」
高見「・・・拓海の言った通りだった。 家を取り返せた上に、自分達にとって都合の悪いものまで処理できて嬉しそうだった」
高見「報酬は元々安くは無かったが、世話になったからと、その倍で出してきた」
美桜「くそやろー!」
高見「おい言葉遣い。 ・・・まぁな。あの時の金にだけは手をつけてないんだ」
美桜「じゃあ、あの札束はその時のなの?」
高見「ああ」
それきり高見は黙った。
美桜はしばらくそばにいたが、どうにも高見は動きそうにない。
美桜は自分の両頬をぺちんと叩いて立ち上がった。
美桜「ねーねー、ししょー」
高見「ん?」
美桜「私、お寿司食べたい!それか焼肉! めーっちゃくちゃ高いやつ!」
高見「は? いきなりどうした?」
美桜「ししょーは何が好き? あ、ししょーのお母さんはシュークリーム好きだったっけ!それも食べたい!」
高見「お、お前何言って・・・?」
美桜「美味しいものでも食べてこいって拓海さんに言われたんでしょ? だから美味しいもの食べに行こうよ!」
高見「!」
高見「・・・」
高見「・・・」
高見「・・・」
美桜「・・・あ、えと ししょー?」
高見「悪い、なんでもない」
高見「・・・そう、だな。 なんか食いにいくか」
美桜「やったー!」
高見「・・・これで、いいんだよな?」
高見は紙袋の中から紙幣を何枚か取り出す。
ぴょんぴょんと跳ね回る美桜の頭を見下ろして、そっと高見は呟いた。
拓海「いや、なんでもない。ただ・・・」
優斗「なんだ?」
拓海「月って、いつまで見てても飽きないよな」
優斗「そうだな。 あのまん丸な形もなんかいいよな」
拓海「そうそう、あのまん丸が好きなんだよな。 なんか安心する感じがする」
優斗「それはそうかもな。 俺もそんな感じするかも」
拓海「・・・」
しばらく黙っていると優斗が声をかけてきた。
優斗「あの、拓海」
拓海「なんだ?」
優斗「ありがとう。 今日は」
拓海「え? なんで?」
優斗「俺、なんか最近寂しかったんだよな。 でも今日は拓海とこに来て、月を見て、ポテチ食って・・・ なんかすごくいい気分になった」
拓海「そうか・・・ 俺も優斗が来てくれると嬉しいよ」
優斗「・・・」
再び月を眺めると、優斗はふとこちらを見た。
優斗「ん? なんか泣いてる?」
拓海「何言ってんだよ」
優斗「あ、そっか。 たぶん月がまぶしかったんだな」
拓海「ったく、お前もな・・・」
そう言うと、俺は優斗の頭を軽くポンと叩いた。
優斗は顔を真っ赤にして、また月を見上げた。