高嶺の花だったのは過去の話でしょ?

国見双葉

エピソード1 戦力外通告(脚本)

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国見双葉

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〇綺麗な会議室
  ここは大手出版社『英知社』が発売しているファッション雑誌『fly』編集部の会議室
  「女の子はどこまでだって飛んでいける」をキャッチコピーに、10代後半~20代の女性から圧倒的支持を獲得している人気雑誌
  『fly』の編集部は、オシャレに興味のある女の子ならば誰しもが一度は憧れる就職先の一つである。
  そんなキラキラした編集部に編集者として勤める相川薫は、やり手で評判の『fly』編集長佐々木峰子に呼び出しを喰らっていた。
相川 薫(突然編集長から呼び出しだなんて、私何かやらかしたかなあ)
相川 薫(というか、やらかせるほどの仕事もここ一年くらい任されてないんだよなあ・・・)
相川 薫(どうしよう、全く心当たりがなさ過ぎて心臓がバクバクするよぉ!!)
  薫は会議室の前で姿勢を正し、ゆったりと深呼吸をして扉をノックした。
「入りなさい」
相川 薫「し、失礼します!」
佐々木編集長「忙しいところ呼び出して悪いわね相川さん」
相川 薫「い、いえ。全然大丈夫です!!」
相川 薫(それに私、あんまり忙しくないし・・・)
佐々木編集長「ま、そうよね。あなたがもしここで忙しいアピールでもしていたら、風船でもくっつけて空へ放とうと思っていたわ」
相川 薫(い、いつもながら皮肉が凄いな編集長は。それに風船じゃさすがに私の体は浮きませんよ~)
佐々木編集長「それじゃ、気を取り直して早速話に移るわね」
  佐々木編集長は会議室に並べられたスチール脚の席に腰を下ろし、彼女に促される形で薫もまたその対面に座った。
  編集長が放つ威圧感に、薫の体が緊張で小刻みに揺れる。そんな薫の状態など気にも留めずに編集長はゆっくりと口を開いた。
佐々木編集長「あなた、今年でこの編集部に来て何年になる?」
相川 薫「4月でもう4年になります・・・」
佐々木編集長「4年・・・ね。あなたはこの4年間で、一体何を学んだ?」
相川 薫「しゃ、社会人として必要なマナーやスキルを学びました!」
佐々木編集長「なるほど。確かに騒ぐことしか能のない典型的な量産型大学生だったあなたが、」
佐々木編集長「それなりに社会人として栄えるようになったのは立派な成長なのかもしれないわね」
相川 薫「ありがとうございます!これも全て佐々木編集長のお陰です!」
佐々木編集長「どういたしまして。まあ上の立場の者として、当然のことをしたまでだけど」
佐々木編集長「だけどね相川さん。本来それは1年目で既にマスターしておくべき案件なのよ。それに出来る人なら、大学生の時点で身に付けてる」
相川 薫「ごもっともでございます・・・」
佐々木編集長「つまり『fly』編集者として見れば、あなたはこの4年間で何も学んでいない。そういうことになるわね」
相川 薫「・・・!!」
  二人の間に殺伐とした空気が流れる。
  薫は今から編集長に告げられる内容を何となく察知し、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
佐々木編集長「この『fly』編集部において」
佐々木編集長「結果を残せない、もしくは見込みなしと判断された人間がどうなるのかはあなたも知っているでしょう?」
相川 薫「・・・はい」
  しばしの沈黙。まるで海の底に沈んでいくような重い空気が部屋中にのしかかるが、編集長の表情は全く微動だにしなかった。
佐々木編集長「正直あなたが悪いとは思わない。情熱を持って仕事に全力で取り組み、成果を上げられる人間なんて社会ではほんの一握り」
佐々木編集長「けれど、この『fly』編集部はそんな一握りの人材しか生き残れない仕組みになっているの」
相川 薫「つまり私は、その一握りにはなれないってことですか?」
佐々木編集長「はっきり言えばそうね。『fly』が持つブランドは、あなた自身もよく理解しているはず。流行を作る側という立場の過酷さも」
佐々木編集長「逆に訊きたいのだけど、その立場として振舞えるだけの能力や意気込みが自分にあると思っていたの?」
  これはいわゆる、戦力外通告であった。薫の先輩たちの中でも、毎年のようにこの通告に涙する者がいた。
  それがまさか、こんなにも早く自分に降りかかると薫は思ってもみなかった。入社し最低5年は様子を見る風習が定着していたからだ
相川 薫(今までの仕事の出来から考えて、いつかこうなる日がくることは覚悟していた)
相川 薫(だけど実際、直接こんなふうに言われちゃうとやっぱりキッついな・・・)
相川 薫(編集長が言うんだから私がここで働くのにふさわしくないことは間違いないんだろうし、早めに諦めるのも一つの手なんだろうな)
相川 薫(けど私だって、それなりに努力してやっとの想いで長年憧れたこの編集部に入ったんだ)
相川 薫(戦力外と言われて、はいそうですかときっぱり諦められるほど、私の『fly』に対する想いも夢も決して軽いものじゃない!)
相川 薫「確かにこの仕事の過酷さも難しさも、『fly』編集部で働くということに対しての責任もこの4年で理解したつもりです」
相川 薫「正直、自分にはやっぱり無理なんじゃ・・・と弱気になることもたくさんあります」
相川 薫「けれど私は、量産型なりに強い覚悟を持ってここに入ったつもりです。この業界に憧れて、やっとの思いで夢を掴みここに居ます」
相川 薫「ですのでどうか、もう少しだけ私にチャンスをくれないでしょうか。今日から私、心を入れ替えるつもりで全力で頑張りますから!」
  椅子から立ち上がって勢いそのままに頭を下げる薫に、佐々木は頭をかかえて深くため息をついた
佐々木編集長「・・・はぁ」
  腕を組みながら椅子に寄り掛かる佐々木を、薫は真剣な眼差しで睨みつける。
  しかし佐々木は、そんな真っすぐな彼女の視線を合わせることなく、天井を仰ぎながら口を開いた。
佐々木編集長「あなたのその熱意が、もう少し早い段階で見られたら今年はまだ我慢していたかもしれないのにね」
相川 薫「そ、それって・・・」
佐々木編集長「相川薫。あなたに文芸誌『あかつき』編集部への異動を命じます。これは決定事項です。どんなに足掻いても覆りようはない」
  ふわっと空気が抜けたように、薫はひょろひょろと床に崩れ落ちた。
  そんな彼女の肩に一瞬だけ触れ、佐々木は会議室を後にした。
  一人室内に取り残された薫は、ただただ黙って会議室の白い壁を見ながらしばらくの間呆然としていた。

〇大衆居酒屋(物無し)
相川 薫「ああ!!もうやってられるかあ!!」
松田美咲「薫。アンタ飲み過ぎ。もうその辺にしときな~」
相川 薫「あのね美咲。私クビになったのよ!?これが飲まずにやってられるか!!」
松田美咲「あ~うっさいうっさい。 店員さ~ん。お冷一つ貰えますか?」
  ここはとある商店街の大衆居酒屋
  佐々木編集長から戦力外通告を受けた薫は、高校時代からの親友である松田美咲を招集し、荒れに荒れていた。
  美咲は店員からお冷を受け取ると、介護士としての普段の丁寧な仕事からは想像もつかないほど雑に、無理やり薫の口に注ぎ込む。
  体内にアルコール以外の水分が入ったことにより少し落ち着いた薫は、服に零れ落ちた分のお冷をハンカチで拭きながらゲップをした
松田美咲「あ~あ~あ~。汚いし惨めだねえ。学生時代は多くの同級生を虜にする「高嶺の花」なんて呼ばれていたのに」
松田美咲「それが今じゃ酒に溺れておっさんみたいな豪快なゲップをするわ飲み物は赤ちゃんみたいにこぼすわ」
松田美咲「今の姿を「薫ちゃんサイコー。薫ちゃん天使」とか言ってた馬鹿な男子にみせてあげたいよ」
相川 薫「いやいや、あの時も今も元々こんな女ですよ。向こうが勝手に美化してただけで私はゲップもするし水もこぼすしクビにもなる」
松田美咲「正確には「異動」でしょ?職があるだけありがたいと思いなさい」
相川 薫「ま~そうなんだけど。やっぱり『fly」の編集者になりたくてこの出版社に入った訳だし、なかなか切り替えはムズイよ~」
松田美咲「確かに薫、普段はちゃらんぽらんだったくせに、就活の時だけはめちゃくちゃ気合入れて頑張ってたもんね」
相川 薫「当たり前だよ!昔から愛読してた『fly』の編集部に入るために、私の今までの人生の中で一番頑張った時期が就活なんだから」
松田美咲「いや就活で一番が止まってちゃダメでしょ。社会人になってからが本番。入るだけで満足しちゃってたからこんな結末を迎えたんだよ」
相川 薫「やめて!!これ以上は、精神が持たないよ!!」
  思い返せばこうなってしまった心当たりがありすぎる薫はがっくりと項垂れ、涙目でたこわさを口に含む。
  わさびのツンとする辛さが、今の薫にとってはまるでツボを押すマッサージのように心地よかった。
松田美咲「ところでさ、8月にうちの高校の同窓会があるらしいんだけど行く?」
相川 薫「いきなり話変えるじゃん・・・」
松田美咲「これ以上仕事の話したら、薫枯れちゃうかなと思って。で、行くの?」
  現在は、3月の下旬。そんな数か月も先の同窓会のことなど行き当たりばったりで生きている薫が考えてるはずも無く、首を横に振る
  すると美咲は何やらニヤニヤしながら薫の方をじっと見つめ始めた。
相川 薫「な、なに!?」
松田美咲「実はさ、私たちの同級生で凄い人がいるらしいよ。何しろ現在、日本中から注目を集めているとか」
相川 薫「え、でも私たちの学年にそんな有名人いたっけ?」
松田美咲「社会人になってから注目されたんでしょ。 学生時代は目立たなくても、その道で結果を残す人とか別に珍しくないと思うけど」
相川 薫「うぐ。私とは真逆のパターンか。い、胃が痛む・・・」
松田美咲「はいはいこうなったのは自分のビジュアルに甘えて社会人としての努力を怠ったあなたの責任でしょ~?切り替えて切り替えて」
相川 薫「か、返す言葉もございません・・・」
相川 薫「それで?私では眩しくて見られそうにないそのすごい人っていうのは一体誰なの?」
松田美咲「それがね。分からないの。何でもその人は偽名で活動している上に、そもそもメディアに出ない人らしくて」
相川 薫「なるほど。じゃあどの分野で活躍してる人かも分からないんだ?」
松田美咲「そうね。噂によると、歌手とか漫画家とか芸能方面の人らしいけど」
松田美咲「薫がこれから働く『あかつき』って雑誌は確か文芸誌だっけ?もしかしたら?もしかしたら?作家の可能性もあるかもね!!」
松田美咲「そして正反対の人生を歩んできた二人は編集者と作家という立場で運命的な再会を果たして・・・」
相川 薫「ちょっと? 今日はとことん甘えようと思ったのに、いつの間にか美咲の方が酔っぱらってない?そこの妄想機関車、止まりなさーい」
相川 薫「てかそもそも私、彼氏いるから!」
  もう暴走し始めた美咲を横目に、薫は遠距離恋愛中の彼氏『長塚大樹』のことを思い出す。
  関西で働いている大樹とは、かれこれもう半年以上会っていない。
  学生の頃から付き合っているため、この状況が当たり前になって
  いるため、もはや彼への想いが冷めているのかさえ、薫は自分で分からなかった。
松田美咲(ああ、ドロドロの三角関係・・・。 蜜♡)
相川 薫「ちょっと、絶対変な妄想してるでしょ!?」

次のエピソード:エピソード2 新天地

コメント

  • タイトルにインパクトがあったので読んでみました。主人公の心情表現やリアルでわかりやすい会話がよかったです。友人が妄想していたように、今後いろいろな人物が登場してどうなっていくのか楽しみです。

  • 戦力外通告は野球選手で良く聞きます。能力が無ければ即退団です。彼女もその能力が無いと判断されたら仕方ないと思います。でも、クビではなく人事異動で良かった。

  • 誰だっていつまでも全力で挑戦し続けることが大切なのかなぁと考えさせられました!しかし,佐々木編集長みたいな厳しい上司は,どこにでもいますねぇ…とてもリアルな作品で面白かったです。

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