高嶺の花だったのは過去の話でしょ?

国見双葉

エピソード2 新天地(脚本)

高嶺の花だったのは過去の話でしょ?

国見双葉

今すぐ読む

高嶺の花だったのは過去の話でしょ?
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇雑誌編集部
笹川「いや~。まさか相川さんのような華のある女性がうちに来てくれることになるとはね。嬉しい限りだよ~」
相川 薫「い、いえいえそんな華だなんて!! お役に立てるかどうかは分かりませんが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!!」
笹川「おお!!元気が良いねぇ。明るくて美人で礼儀正しいなんて素晴らしい。 社内一地味と言われるうちの中ではまさに紅一点だね」
  4月を迎え、正式に文芸雑誌『あかつき』編集部へと異動してきた薫は己の浮きっぷりに冷や汗をかいていた。
  『あかつき』編集部は『fly』とは比べものにならないほど人も物も部屋も地味で、まさに異世界に感じられるほどだった。
  張り巡らされた固い空気の中では、明らかに薫の存在は異物そのものであったし、華とは言っても場違い感がこの上ない
  それはまるで寂びれたスラム街の日陰に咲く一輪のひまわりのようであった。
相川 薫(これでもメイクは控えめにしてきたつもりなんだけどな・・・。いや、そもそもそれ以前の問題か。はあ、先が思いやられる・・・)
「笹川さん。それ、セクハラですよ」
  突然、デスクで作業をしていた女性がパソコンに画面を向けたまま笹川に鋭い叱責を飛ばす。
  その氷のような声色に、笹川はたじたじとなって後ずさりした。
笹川「い、伊藤くん。もちろん君も、あかつき編集部の華だよ」
伊藤 静香「そういう意図で言った訳ではありませんが。変な勘違いをしないで下さい。不愉快です」
  伊藤の追撃に、笹川の顔がさらに青くなる。庇われた立場にある薫でさえも、彼が気の毒に思えるくらいの当たりの強さだった。
伊藤 静香「そもそも五大文芸誌も一つでもあるこの『あかつき』編集部において、華なんて必要でしょうか」
伊藤 静香「文学とは、無限とも言うべき言葉の大海から一つ一つ探り当てるという地道な工程の中で紡がれていくことにより光を放つ」
伊藤 静香「そして私たちの役目は、そんな大海の中で作り上げた作家さんの紡ぎをさらに深海まで潜って不純物がないかをチェックする事」
伊藤 静香「深海に華など、咲くはずがない。つまり私たちはただ日の目を見ることなく深海を泳ぐ名もなきプランクトンに徹してれば良いのです」
  伊藤はここで初めて薫の方を振り返り、獲物を狙うサメのように厳しい視線を向けた。
  これが自分への手痛い歓迎であることは、多くの人に囲まれて育ち、人間関係に葛藤し続けてきた薫ならばすぐに理解出来た。
  時に眩しすぎる光は、人々から疎まれ、拒絶される。
  このような視線には、薫自身もそれなりに慣れていたのでダメージはそこまで無いが、やはり少しのショックも無いと言えば嘘になる
相川 薫(なんか、凄いところに来ちゃったかも。私、ここでやっていけるかなあ・・・)
  脱落してきた先での幸先の悪いスタートに薫は小さくため息をついた。
  今まで暮らしてきた世界とはかけ離れたこの空間に、早くも居心地の悪さを感じる華であった。

〇雑誌編集部
笹川「てな感じでうちの雑誌の概要は、こんなもんかな」
  笹川は、よその編集部から異動してきた薫のために『あかつき』という雑誌についてやこれからの仕事内容を一通り説明してくれた。
  笹川の説明を簡潔にまとめるとこうだ。
  『あかつき』は日本の五大文芸誌の一つであり格式の高い雑誌である
  しかし、ここ近年文芸誌の売り上げは低下の一方をたどるどころか、『あかつき』自体最近は目ぼしい作品に恵まれず
  他の四つの文芸誌にさえ決して小さくない差をつけられている危機的状況である。
笹川「そこで、この状況を打開するために去年から様々な改革を行っている最中なんだけどね・・・」
相川 薫「改革、ですか?」
笹川「そう。だけども編集部の空気を見て分かる通り、ここの連中は保守的な連中ばかりでなかなか改革が上手くいってなくてね」
相川 薫(ま、いかにも「昭和」って感じの人たちばかりだったし、そりゃ新しいことを始めようとする空気にはならないだろうな~)
笹川「だからこそ僕は、フレッシュでエキゾチックな相川さんに大きな期待を寄せているんだよ!!」
相川 薫「あ、ありがとうございます・・・」
相川 薫(私なんてなにも出来ないのに。 期待どころか、この調子じゃ輪を乱して大きく足を引っ張ることになる)
相川 薫(笹川さんには悪いけど、私はすでに不良品の烙印を押された、枯れ果てた花なんですよ・・・)
  薫はそう思いながら、渡された資料に目を通していると気になる文面を見つけた。
相川 薫「笹川さん。この改革案に記述された「新しい風」って何ですか?」
笹川「ああそれね。さすが相川さんお目が高い。これは今、うちっていうか、僕と編集長なんだけど、一番力を入れている企画なんだ」
相川 薫「新しい風・・・。どんな内容なんですか?」
笹川「名前の通りだよ。今の古く寂びれたあかつきに新しい風を吹かせられるような異分子的な作家さんを募って連載を持たせようって話」
笹川「純文学という枠を飛び越え、『あかつき』を新しいエンターテイメント文芸誌へと生まれ変わらせる」
笹川「それを文芸誌と呼べるのかは、かなり怪しいところだけどね」
相川 薫「そ、それって大丈夫なんですか?文芸誌って歴史があって固いイメージなのに、その概念すらも打ち破るようなことをして」
  出版業界に勤めているため、さすがの薫も雑誌の方向性を大きく転換させることの意味は分かる。
  もし改革に失敗すれば、既存の読者すらをも手放すことになり、そのリスクはあまりにも大きい。
  それが歴史ある文芸誌ならば、そのリスクは何十倍にも跳ね上がる。しかし笹川は薫の問いかけに対してニヤリと笑った。
笹川「良いんだよ。どのみちここで博打に出ないとこの船はいつか沈む。『あかつき』の編集者としてそれだけは絶対に避けなきゃいけない」
  笹川の穏やかな口調の裏には、強い覚悟と信念が感じられた。その静かな迫力に、薫は内心圧倒された。
相川 薫「なるほど・・・。それでは、さきほど仰っていた異分子って一体なんですか?」
笹川「それはね・・・」
  笹川は少し間を空けて、楽しそうに笑みを浮かべながら言った。
笹川「ラノベ作家や、ネット小説を投稿している名もなき素人さん達かな」
相川 薫「・・・!?」
  普段から全く本の読まない薫でさえも、これが意味することは容易に想像がついた。
  由緒正しき文芸誌に、純文学とは対極に位置するライト文芸やネット小説の波を取り込もうとしているのだ。
  文芸界からするとこれはもはや、女性ファッション誌で男性モデルを起用するぐらいの暴挙である。
  それなのに笹川は、絶対的な勝算があるかのような余裕の笑みすらも浮かべている。
相川 薫(ああ。この人も編集長と同じ、仕事に対して熱意を持って取り組み、その世界で通用するだけの力を持っている勝ち組なんだな)
相川 薫(仕事に夢を抱くことができ、それを叶えるためのビジョンも描ける能力だってある。私に比べて、数百倍も生き生きしている・・・)
  羨ましいな
  そんな負の感情が、薫の心を覆おうとした、その瞬間だった。
笹川「それで、相川さんには早速やってもらいたい仕事があるんだけど」
相川 薫「・・・私にですか?!!」

次のエピソード:エピソード3 開戦前

成分キーワード

ページTOPへ