〇駅前広場
小鳥遊遥「生島サ～ン、おはよ～」
生島宗吾「うわっ、小鳥遊？」
生島宗吾「こんな朝から出勤してくるなんて、 どういう風の吹き回しだ？」
小鳥遊遥「あはは～帰ってないだけだよ。 徹夜で作業して、ダルかったから朝ごはんとカフェイン買いに出てきただけ～」
生島宗吾「睡眠はきちんと取れと言っただろう」
小鳥遊遥「あとちょっと、 ひと段落したら帰って寝るよ～」
生島宗吾「どうだか・・・」
小鳥遊遥「まあまあ、早く水族館に行こうよ。 ・・・あ」
生島宗吾「どうした？」
小鳥遊遥「工事をしていたショッピングモール、 形になってきたなあ、って思って」
生島宗吾「言われてみればそうだな」
　　俺は工事中のビルを見上げる。
　　目隠しのためのビニールシートには、
　　これから入るテナントのロゴがいくつもプリントされていた。
小鳥遊遥「オープンしたら、にぎやかになりそうだね」
生島宗吾「そうだな、入るテナントはレストランに、ファッションブランドに・・・ん？ 水族館？」
小鳥遊遥「えっ、なにそれ。ショッピングモールに、水族館が入るの？ うちじゃないよね？」
生島宗吾「あのロゴはトリトングループ？ ・・・どういうことだ？」

〇古生物の研究室（３Dプリンタあり）
斎川理央「営業妨害です！」
小鳥遊遥「えー？」
斎川理央「こんなに近い場所に、 わざわざ水族館を建ててくるなんて、 絶対営業妨害ですよ、もう！」
斎川理央「うちのお客を取っちゃう気なんです！」
生島宗吾「本当なのか？」
堺ひろこ「残念ながら、本当でしょうね」
　　はあ、とため息をつきながら、
　　堺はテーブルに一枚のチラシを置いた。
　　それは、ショッピングモールにオープンする水族館が発行したものだ。
　　名前は『Deep Sea Island』
堺ひろこ「喜連川の坊やは、 昔から私のことを目の敵にしているから」
生島宗吾「喜連川勝敏といえば、トリトングループのオーナーですが・・・ご存知なんですか？」
堺ひろこ「投資開発関係でちょっとね」
斎川理央「昔、プロポーズされたことがあるんですよ」
生島宗吾「えっ・・・」
堺ひろこ「十五も歳下の坊やに言い寄られても、 嬉しくともなんともないわよ」
生島宗吾「・・・・・・」
生島宗吾（喜連川オーナーは今六十・・・いや、 計算はしないでおこう）
斎川理央「Deep Sea Islandはその名前の通り、 深海をテーマにした水族館です」
斎川理央「日本列島の南側、日本海溝周辺を中心に、世界各地から集めた深海生物を展示するそうです」
生島宗吾「深海をテーマにしたのは、 古生物水族館を意識したんだろう」
生島宗吾「深海生物には、何億年も前から姿が変わらないものも少なくない」
小鳥遊遥「いわゆる、『生きた化石』ってやつだね」
堺ひろこ「深海生物って、 普通の魚より飼育が難しいはずよね」
堺ひろこ「どうやってショッピングモールの中で飼うつもりなのかしら」
生島宗吾「あまり工夫をするつもりはないでしょう。そこそこ注意して飼育して、死んだらまた新しい個体を入れる方針だと思います」
堺ひろこ「元トリトングループのあなたがそう言うなら、そうなんでしょうね」
小鳥遊遥「その飼い方だと、 生き物が使い捨てになっちゃわない？」
生島宗吾「ああ、その通りだ」
生島宗吾「当時、トリトングループで生き物一匹一匹を丁寧に見ていた管理者は俺だけだった」
生島宗吾「今のあそこで、上の方針に異を唱える者はもういないだろうな」
斎川理央「貴重な魚も含まれているんですよね・・・そんなことをしていいんでしょうか」
生島宗吾「一応、希少動物の保護を目的として作られた、『ワシントン条約』という国際的な取り決めが存在するんだが」
堺ひろこ「あったわね、そんなもの」
斎川理央「確か・・・ 条約のリストに載っている生き物は、 国際的な商取引が制限されるんでしたっけ」
生島宗吾「今、リスト上で公に保護されている深海生物といえば、一部のサメ、オウムガイ、 シーラカンスくらいだ」
小鳥遊遥「それだけ？ 思ったより少ないね」
生島宗吾「学者のあんたならわかると思うが、特定の種をリストに載せるためには、『絶滅に瀕している』ことを証明する必要があるんだ」
小鳥遊遥「あー・・・それは大変だね。 個体数を把握して、環境を特定して・・・ 考えただけで頭痛くなりそう」
生島宗吾「特に深海生物は調査自体が大変だからな・・・登録するまでには、 長い時間がかかるだろう」
小鳥遊遥「それまでは、 どれだけ商取引をしてもお咎めなし」
堺ひろこ「黒と断定されない限りは、限りなく黒くても白と定義される、そういうことね」
生島宗吾「ええ」
斎川理央「何か、嫌ですね。そういう方針の水族館にお客を取られるのは」
生島宗吾「・・・・・・」

〇古生物の研究室（３Dプリンタあり）
　　パン！