エピソード11(脚本)
〇ヨーロッパの街並み
ニルがアイリの背中を追ってついたのは、こじんまりとした佇(たたず)まいの一軒家だった。
アイリは慣れた手つきで鍵を取り出して差し込み、そのままカチャリと小気味のいい音をさせた。
開いた扉の中に足を踏み入れたアイリに続き、ニルは「おじゃまします・・・」と控えめに口にしながら敷居を跨(また)ぐ。
〇西洋風の部屋
暖色調のインテリアに雑多にならない程のぬいぐるみが置いてある、女の子らしい部屋である。
ニルはそわそわしたまま、マントも脱がずにきょろきょろと視線を動かした。
アイリ「・・・なによ、分かってるわよ。 意外だと思ってるんでしょ」
ニル「え、いや、そんなことないよ」
アイリの言葉にニルは首を横に振るが、「別に誤魔化さなくてもいいわよ」とアイリは汚れた衣服をカゴに投げ込んだ。
アイリ「先に私が入るから、お風呂に入るまではおとなしくそこの椅子にでも座ってて」
アイリ「あとで着替えは貸すから、汚さないでよ」
アイリはしっかりとニルに釘を刺してから、浴室と隣接する脱衣所に消えていく。
ニルは言われた通り、椅子に腰を下ろしてぼんやりと室内を眺めて過ごした。
〇西洋風のバスルーム
アイリ「ふう・・・」
アイリは温かいお湯にしっかりと肩まで浸かって、満足げに息をついた。
揺蕩(たゆた)う水面を見ながら、この数日間の様々なことをぼんやりと思い返す。
アイリ(本当に、色々あったわね・・・)
アイリは苦笑いを浮かべて、凝(こ)り固まった肩を解すように伸びをした。
アイリ「さて、ニルもいることだし、あんまり長風呂しちゃ悪いわね。そろそろ——」
そこまで考えてハッと息を呑んだ。
アイリは頭を抱えて、苦虫を噛(か)みしめたような表情を浮かべる。
・・・そう、普段の癖で、脱衣所に着替えを持ってくるのを忘れたのだ。
アイリ(タオルを巻いて外に出る・・・いや、無理)
アイリ(だからってさっきまで着てた服をまた着るのも嫌だし・・・)
アイリはしばらくポタポタと髪から落ちる水滴でできた波紋を眺めてから、意を決して浴槽の縁(ふち)に手をかける。
アイリ(ああもう!)
こうなってはしかたない、とアイリは浴槽から勢いをつけて出た。
しっとりと濡れた髪を手早くまとめてから、全身の水滴を、厚手のバスタオルに染み込ませる。
そして大きく息を吸ってドア越しに叫んだ。
アイリ「ニルー!ちょっといいー!」
「ん? なに〜?」
存外近くから返事が聞こえ、アイリは呼びかける声を弱めた。
アイリ「・・・その、着替えを持ってくるのを忘れちゃって」
アイリ「アンタにとってもらいたいんだけど」
「着替え?」
ニルのきょとんとした声に、アイリは少し考えてから答えを返す。
アイリ「そう・・・オレンジ色の棚の上から2段目、ワンピースがあるはずだから・・・それを持ってきてくれない?」
「うん、分かった」
居間の方で、ニルがごそごそとワンピースを探す音がする。
脱衣所のドアの隙間から手を伸ばしながら、アイリは落ち着かない気持ちでニルがやってくるのを待った。
やがて「はい」というニルの声とともに布を渡される感触がして、手を引っ込める。
「アイリー、それで合ってる?」
アイリ「ええ、ありがとう」
アイリは返事をしながら受け取った着替えに素早く袖を通す。
本当は下着も持ってきてもらいたかったが、さすがにそれは羞恥が勝った。
裸の上にそのまま着たワンピースは、普段自分が部屋着としているものと同じなのかと疑うほどの違和感である。
〇西洋風の部屋
スースーする感覚に羞恥を抱きながらも、それを表情には出さずに脱衣所を出たアイリは、ニルを見て咳払いをする。
アイリ「待たせたわね。 アンタもすぐ入っちゃいなさいよ」
ニル「うん、ありがとう」
すれ違う形で脱衣所へと入るニルに、アイリはなんともない顔で棚を指さした。
アイリ「タオルはその棚に入ってるものを使って」
ニル「はーい」
バタン、と閉まったドアを見届け、アイリは急いで下着の入った棚に向かう。
アイリ「今のうちに・・・」
〇西洋風のバスルーム
アイリに言われた棚からタオルを取り出し、ニルは自身の上着に手をかける。
しかしそこで、アイリが風呂に入る前自分に着替えを貸してくれると言っていたのを、はたと思い出した。
ニル(脱ぐ前に気づけてよかった・・・)
居間へのドアノブに手をかけながら、アイリに声をかける。
ニル「アイリごめん、着替え借りてもい——」
〇西洋風の部屋
ニルは言葉を途切れさせ、目の前にいる下着姿のアイリを認めて動きを止めた。
アイリはさっとワンピースを胸元に寄せてわなわなと赤面し、声にならない声を上げている。
アイリ「〜〜〜〜!!」
ニル「え!? なんで!? あの、えっと・・・ご、ごめん!!」
素早く後ろを向いたニルだが見てしまった事実は変わらない。
激しく脈打つニルの心臓とは対照的に、後ろから感じる気配はひどく静かだった。
アイリ「・・・ニル」
先に静寂を破ったのはアイリのほうだった。
ニルは喉に生唾を流し込んでから、カラカラに乾いた口をそろりと開けた。
ニル「・・・はい」
アイリ「なにか、言い残すことはある?」
ニル「え、え!? ちょ、ごめ・・・」
容赦なく叩き込まれたアイリの鉄拳は、ニルの後頭部が少し変形するほどの威力だった。
〇西洋風の部屋
殴られた位置を撫でながら、ニルが洗面所から姿を現す。
アイリ「・・・さっきは取り乱して悪かったわね」
アイリ「まだ痛むかしら?」
ニル「いや、痛みはもうないよ」
ニル「ただ、ちょっと・・・」
そう言いながら、ニルは袖を鼻に寄せてスンと嗅(か)ぐ。
アイリ「なっ、なにしてんのアンタ!?」
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