32 飛散(脚本)
〇屋敷の一室
宝物庫を荒らしたのは二人。どちらも一門の者だった。
二人の内、男の方は、ハランに取り押さえられたが──
女の方は行方をくらませた。
試作品であった91個もの「球」を持って。
〇屋敷の牢屋
牢屋の奥で、男はじっと座っていた。
姉君「なぜ、道具を盗み出した?」
一門の男「人々を救うためです」
姉君「あれは試作品です。まだ人に試すのは──」
一門の男「貴女は困窮したことがないから、そんな悠長なことが言えるのだ!」
男は頭を搔きむしり、歯を食い縛った。
〇先住民の村
一門の男「私には弟がおりました」
一門の男「弟は病に倒れて、その後は仕事もままならない状態でした」
一門の男「生活を切り詰め、誰にも頼れず」
一門の男「私が見つけた時にはもう・・・」
弟は誰にも看取られず、最期は獣に食い荒らされ、骨だけとなっていた。
一門の男「弟が何をしたというのです?」
一門の男「優しく、人を助けてばかりだった弟が・・・」
一門の男「いったい・・・何をしたと?」
〇屋敷の牢屋
一門の男「あのような最期を、誰にも迎えて欲しくない!」
一門の男「病に伏した時に・・・あの道具があれば」
一門の男「寄る辺があれば・・・弟は」
一門の男「弟は今も生きていたでしょう」
嗚咽を漏らす男に背を向け、姉君は牢の扉を閉ざした。
〇屋敷の一室
姉君は果断だった。
姉君「まずは、試作品の回収を急ぎます」
姉君「お前は符号から道具を追跡して」
鈴蘭(リンラン)「はいっ」
姉君「お前は支部に連絡を。応援を頼み、探査に秀でた者を編成して」
林(リン)「仰せのままに、師姉」
姉君「ハラン」
姉君「貴女も、力を貸しておくれ」
姉君「ハラン?」
ハランは、そっと姉君の袖を引いた。
ハラン「答え無き問いを、お聞きくださいますか」
姉君はハランの肩を優しく包み込み、瞳を覗き込んだ。
姉君「言ってごらん」
ハラン「正しさとは、何でしょう」
ハラン「誰が悪い訳でも、何が悪い訳でもない」
ハラン「そんな時・・・いったい何が、正しいというのでしょうか」
ハランの脳裏に、牢で咽(むせ)び泣く一門の男が浮かび上がった。
ハラン「分かっています」
ハラン「道具の回収を急がねば、閉じ込められる人々が出てくる」
ハラン「しかし、彼らが道具の庇護を望む気持ちも、理解できます」
ハラン「取るべき行動は決まっています。やるべきことも。けれど」
ハラン「私には分からないのです」
ハラン「何を正しさと呼ぶか」
ハラン「分からないのです、姉君(あねぎみ)」
姉君「そうね」
姉君はしっかりとハランと視線を合わせた。
姉君「私にも分からないわ。でも」
姉君「泣いても悔やんでも、状況は待ってはくれません」
ハランは一つ頷くと、黒髪を翻した。
ハラン「回収に向かいます」
〇要塞の回廊
道具の回収は、国の内外を問わなかった。
人里離れた砦の中に、ぽつんと転がっていた道具。
ハランは身を屈めると、人気のなくなった砦の床から、道具を拾い上げた。
その時、遠くから人の足音が近づいてきた。
見知らぬ男「あの、少々お尋ねします」
現れたのは、くたびれた身なりの男だった。
見知らぬ男「この辺りに、「救いをもたらす道具」があると聞いてきたのですが」
ハラン「救いをもたらす道具?」
ハラン「・・・・・・」
ハランは回収した道具を袖口に忍ばせて、首を振った。
ハラン「申し訳ない。存じ上げない」
見知らぬ男「そう・・・ですか」
見知らぬ男は、一歩、二歩後ずさると、石壁に背を預けてへたり込んだ。
見知らぬ男「そんな都合のいい道具・・・」
見知らぬ男「はははっ」
見知らぬ男はうなだれて、それ以上何も口にはしなかった。
ハランは男に背を向け、その場を後にした。
〇屋敷の一室
回収した道具には、すでに大勢の人々が入り込んでいた。
姉君「これ以上、道具に負荷をかける訳にはいきません」
集まった面々を見渡して、シャラがため息をついた。
シャラ「まさか、私まで駆り出されるとは」
シャラ「一門の尻拭いくらい、他人にやらせるな」
姉君「甘んじて受けるわ」
姉君「シャラは南方へ」
姉君「ハランは西方へ行ってちょうだい」
姉君「あと少しです」
〇森の中
一門の女「はあ、はあ」
ハラン「これまでだ」
そして、ようやく最後の道具が、回収されようとしていた。


