31 「球」の創生(脚本)
〇黒背景
時計の針は巻き戻っていく。
今まさに──
「球」が生み出されようとする時へ。
〇太子妃の御殿
ハラン「師姉(しし)」
師姉(しし)と呼ばれた女性は、道具から顔を上げた。
姉君「「姉君」と呼んではくれないの?ハラン」
この頃──出征から戻ったばかりのハランは、姉君へと一礼した。
姉君「西方は片付いたのね」
ハラン「はい。ようやく平定出来ました」
姉君「無事で何より」
姉君は、ハランの装いに目を細めた。
ハラン「師姉?」
姉君は袖を口に当てて、朗らかに笑った。
姉君「西方の衣装も似合うこと」
姉君「そこで回って見せておくれ」
おずおずと回って見せるハランの黒髪が、異国の甲冑にふわりと流れた。
姉君は、手を叩いて目元を和ませた。
姉君「手紙も寄越さないのだもの。こちらに帰ってこない気かと思った」
目を泳がせたハランは、姉君の持つ道具に目を留めた。
ハラン「師姉こそ、何をなさっておいでで?」
姉君「ああ、これね」
姉君は、手にした道具をハランの前に差し出した。
ハラン「「御霊の球」・・・ですか」
姉君「そう。生き物を封じ込める檻」
姉君「お前も、戦場で何度もお世話になったろう」
僅かに口を尖らせたハランが、ふいとそっぽを向いた。
ハラン「閉じ込められたとて、支障はありません」
ハラン「すぐに壊せば良いのですから」
姉君「ふふっ」
姉君「「壊す」なんて芸当はね、お前かシャラくらいしか出来ないよ」
袖口に道具をしまって、姉君は歩き出した。
姉君「おいで、ハラン」
姉君「見せたい物がある」
ハラン「はい。師姉」
〇御殿の廊下
姉君「これを」
姉君が取り出したのは、先ほどの道具によく似た、球体だった。
ハラン「もしや」
ハラン「完成したのですか?」
ハラン「寄る辺の無い人々を、守る道具が」
姉君「まだ試作品よ」
姉君「細かい調整が難しくてね」
姉君「道具の内部に、人々の故郷を再現して、衣食住に困らないようにして──」
姉君「けれど、その衣食住の再現には、相応のエネルギーが必要なのよね」
姉君「今のままだと、人の増加に仕組みが追い付かないのよ」
道具を片手に、眉を寄せる姉君。
ハラン「多少なり、入った人々にエネルギーを分けてもらう必要がありそうですね」
姉君「そうね・・・エネルギー源は、罪人に務めてもらおうかしら」
姉君は、紙に筆を走らせながら、構想を独りごちた。
姉君「法を犯した者を、エネルギー源となるよう陣を敷いて──」
姉君「エネルギーは故郷の再現や物資の補給に──」
姉君「人々が争わぬよう、街の間隔をあけて・・・罪人は荒野へ──」
姉君「だめね。それでも、手詰まりはやって来る」
姉君「恒久(こうきゅう)には維持が出来ない」
ハラン「私は、道具を創る才はありません。が」
ハラン「話を聞くだけで、師姉(しし)の取り組みの深さは分かります」
姉君「愚痴に付き合わせたわね」
ハラン「ふふっ」
ハラン「嬉しいのです」
ハラン「師姉の夢が叶いそうで」
姉君「そう言ってもらえると、嬉しいわ」
姉君「長年取り組んだ甲斐が、あったわね」
〇屋敷の一室
久々の自室に、一門の男が訪ねてきた。
ハラン「久しいな。一昨年の模擬戦以来か?」
一門の男「お久しぶりです。ハラン様」
一門の男「なにやら上機嫌ですな?」
ハラン「うん。夢が叶いそうなんだ」
一門の男「夢・・・ですか?」
一門の男「国内外を平定した、猛将たるあなた様の?」
一門の男「いったい、どんな荘厳(そうごん)な夢でしょう?」
ハラン「寄る辺の無い人々を、守る場所を創ること」
一門の男「それはもしや・・・師姉(しし)の?」
一門の男「完成したのですか?ついに?」
ハラン「いや、まだだな」
ハラン「創れぬ道具はない、と謳われた姉君をもってしても」
ハラン「一筋縄では行かないようだよ」
一門の男「どこに問題が?」
ハラン「道具を維持するための仕組みが追い付かない」
一門の男「・・・あらかた出来ているのなら」
一門の男「試しに運用してはいかがですか?」
一門の男「不具合は、運用しながら直していけばいい」
一門の男「助かる者も多いはず」
一門の男の申し出に、ハランはついと視線を外した。
ハラン「師姉は許さないだろうよ。 私も反対だ」
ハランは一つ息を吐いて、膝の上で組んだ指を、額に当てた。
ハラン「慎重に進めねば。人の命に関わる」
ハラン「試すにしても、一門の有志からだな」
ハランは自身の長い黒髪を伴って、部屋を後にした。
一門の男「まだ、時間がかかるのか」
男は、面を伏せてたたずんだ。
一門の男「そうしている間にも、苦しむ人が居るというのに」
たたずむ男は、そっと拳を握りしめた。
〇屋敷の一室
未完成の道具は、宝物庫に納められていた。
そんな宝物庫に──
人の手薄な深夜、息を潜めた者達が、忍び込んだのだった。


