読切(脚本)
〇ハチ公前
金本大和「どうしよっかなぁ」
無意識の呟きは
ハチ公広場の雑踏にかき消えた。
〇教室
「渋谷になんか新しく、 でっかいゲーセンができたらしい」
金本大和「マジで!?」
「行こう!」
〇渋谷駅前
昨日で長ったらしい期末試験が終わり、
部活の休止期間真っ只中の今日土曜日。
開放感に包まれた俺こと金本大和と
俺の友だちは、
ゲーセン目指して渋谷に赴くことにした。
ただし全員住んでいるエリアが違うから、
渋谷で待ち合わせすることにしたのが
昨日の話。
中でも俺が一番遠いから、
遅れないように余裕をもって向かった。
〇ハチ公前
特に何事も無く、
俺は待ち合わせ場所に到着した。
通る人の邪魔にならないよう、
サポートベンチの傍へ寄って、
金本大和「う~ん」
辺りを見る。
金本大和(俺が一番か)
金本大和(えっと、スマホスマホ)
案の定というか、
まだ10分以上も余裕があった。
上々だ。
こうなるように来たのだから。
〇ハチ公前
金本大和(じゃあ、ゆっくり待とうかな)
パズルゲームのアイコンをタップすると、
徐々にBGMが耳の中へ入ってくる。
金本大和(そうそう)
金本大和(これだよこれ)
そのまま身を委ねようとしたときだった。
ふと俺の視界が前方を向いた。
意味なんてない、
単純に顔を上げた先が真ん前だっただけ。
でも俺の目はぴたりと止まった。
そこにはハンカチが落ちていた。
薄黄色の生地が、
遠い灰のアスファルトに映えていた。
遠目でも、女性のものとわかった。
新品には見えないけれど、
傷んでいるようにも見えない。
ほどほどに愛着を持たれている品。
金本大和(『だからどうした?』)
金本大和(って話だよな)
確かにハンカチは落ちている。
けれどその場所から、
俺のいる場所は程々の距離があって。
そりゃあ俺なら、
1分も経たずに拾って戻って来られる。
だけど知らない人のものを、
拾うなんて面倒で。
金本大和(どうせ、すぐに持ち主が帰ってくるだろ)
俺はスマホへ視線を戻した。
デイリーミッションを確認して、
ガチャの画面を開く。
一日無料のボタンを押せば、
輝くエフェクトに包まれ、
大粒のダイヤモンドが踊った。
金本大和「ふぅ」
金本大和(かっこいいけれど長いんだよな、これ)
慣れた仕草でスキップ画面を連打して、
俺は首をぐるりと捻る。
そうしたらまた見えた、あの薄黄色が。
未だに地面に伏したまま、
そよ風に生地がたなびいていた。
もしかしたら持ち主は、
おっちょこちょいなのかもしれない。
金本大和(だけど俺には関係ないよな)
スタートの合図でパズルを解く。
流れるようにクリアして、
結果発表まで少し暇になった。
ふと、
俺はスマホから目線を外した。
またしてもあのハンカチが見えた。
あの薄黄色は、
雑踏の中で暢気に寝そべっていた。
みんなアスファルトへ足を乗せても、
手を置こうとはしない。
金本大和(おいおい)
金本大和(あれだと、 いつ踏まれてもおかしくないんじゃ)
ハンカチへ革靴が飛んできた。
金本大和「あ!!」
革靴の主はヒカリエの方に疾かれて、
もういなかった。
でも、
現場はハンカチが残っている。
更にここで、
ハンカチを認識しているのは俺だけで。
金本大和「あぁ、本当に──」
なんとも無気力な声が出た。
〇ハチ公前
スマホはしまった。
気分ではなくなってしまった。
あのハンカチに、
俺の意識は固定されたのだ。
金本大和(何がしたいんだろう、俺)
結局何もしないのに。
やれば良いのにやらないで、
ひたすら見つめるだけなのに。
金本大和(だって俺には関係ないし)
メリットだってない。
ないない尽くしだ。
でも。
育ちの良さそうな薄黄色が、
黄土に塗れている。
あれを見て、俺はなんて思った?
本当に関係ないなら、
なんであのとき俺は、
踏まれた後のことなんて考えた?
金本大和「あぁ」
金本大和「そっか」
どうしようなんて、馬鹿だ俺は。
もう答えは出ていたんだ。
時間まではまだ余裕がある。
肩の力を抜きたくて、
いっぱいに息を吸う。
金本大和「やるか!」
〇広い改札
落とし物は交番へ。
俺は今、JR渋谷駅を横断している。
交番にハンカチを預けてきた帰りなのだ。
〇ハチ公前
交番を調べれば、
なんとJR渋谷駅の傍にあった。
金本大和「マジかよ反対側にあるんだ!?」
まだまだ渋谷は謎だらけ。
解明できる日は遠そうだ。
〇広い改札
金本大和「ふんふふ~ん」
良い気分だ。
善いことをしたからだろう。
届ける最中に持ち主と出会えれば、
もっとラッキーだったけど。
金本大和(ま、それはそれ)
金本大和(俺にもなんか、 良いことが起こらないかな)
なんて思っていれば改札が見えた。
金本大和(おっ)
金本大和「丁度良い!何時かな」
見れば、もうすぐ予定の時刻だった。
金本大和(もうみんな来ているかな)
金本大和(早く行こう!)
なんて、ハチ公像へ足を向けたとき。
微かなバラの香りが横切った。
金本大和「・・・・・・」
金本大和「えっ、何だ今の!?」
消えた艶やかな髪を追って俺は振り向く。
『高嶺の花』
これはその人のための言葉だ、なんて。
本気で言ってしまうかと思った。
丁度、駅から出て行くところだった。
その人が去るだけで、
映画を見た気分になった。
金本大和「え、やば」
金本大和「すっげー美人だった・・・!」
金本大和「美人だしすらっとしてるし、 良い匂いがした!!」
金本大和(東京ってすごいんだな)
金本大和(俺もいつか東京で・・・・・・)
金本大和(あれ?)
金本大和(何か忘れているような)
金本大和(たしか、そう)
金本大和(ゲーセン)
心臓が急速に冷えた気がした。
金本大和「って時間!」
金本大和「最初に来たのに遅刻とか嫌だ!」
俺は足を急かした。
どんどん人を抜かしていく。
金本大和「ふふっ」
金本大和「あとで自慢しよう!」
彼はハンカチに気付いてから色々考えていましたが、結局落とし物を交番に届けて良いことをしましたね。都会の人たちは落とし物にあまり関心がないのかな。
雑踏の中で、何かが気になる瞬間は私もありました。
たぶんそこだけ「止まってる」からだと思うんです。
なぜか気になると、落とし主さんが拾いに来るのを待ってしまいますよね。
都会など多くの人で溢れかえっている所で何かが落ちていることに自分だけ気がついているってこと、私もありました。
特にゴミが気になってしまって、ゴミ箱に持っていくこともありますが、良い行いは必ず自分に返ってくると思ってます!